悪魔との契約
静かにくすぶる『闇』。
『久々にうまい魂が食いたいものだ……』
——
*
伝説のロッカーが運用を開始し、冒険者に一番喜ばれたこと。
それは、クリムの予想外の『モノ』を収納するためであった。
——『お金』だ。
*
ダンジョン・ティンブクトゥ内で生活する冒険者が増えるに従い、お金のやり取りが問題になってきた。
この世界ではお金は、重い硬貨のみ。
今までのように売り買いするものもなくひたすらダンジョンに潜るだけであれば大してお金を持ってくる必要はなかった。
しかし、クリム自身がその慣習を大きく変化させてしまった。
クリムがもたらしたダンジョン内の商業施設を当たり前のように利用し、ドロップアイテムの売り買いや宿泊もできるようになると、その精算のためにやたらと重い金貨を持って歩かなければならなくなった。
—— 一時的にでもお金をしまっておけるロッカーは、この点、大いに役に立った。
クリムは、『サマルカンド地下大墳墓』の中に大量のお金が入った重そうな巾着袋を持ち込む冒険者たちの行列をみて、ひとりごちた。
「でも、こんなことのためにロッカーを使うなんて、私の美学に反するのよね」
ロッカーの問題だけではない。
『コテージ』にロングステイするために訪れたお客様も、ダンジョン内に大金を持ち込む必要があった。
このダンジョン・ティンブクトゥに、今後ますます多種多様な目的の人々を集めるのであれば、『お金』の問題はどうにかしなければならない。
*
クリムは、彼女の経済力とダンジョン内での信用を元に、地上の窓口で冒険者からお金を預かり、ダンジョン内で好きなときに預けている額だけ引き出せるシステムを考えた。
冒険者はお金をこの窓口に預け、カード状の預金魔道具を受け取る。
カードは、他の人に盗まれてたりしても無効となるように、発行する際に本人との間の契約魔法が付与され、本人が本人の意思でカードを使わない限りは
そして、ダンジョン内でのお金のやり取りを、このカード1枚に集約した。
このカードだけで各種商業施設や『聖女の宅急便』の支払いやドロップアイテム買取額の受け取りができる。
また、冒険者同士でお金のやり取りをしたい場合も、このカードを互いに重ねて持ち、金額を設定するだけで移動できる。
冒険者はもう重い硬貨をダンジョン内で持ち歩かずに済むようになった。
*
もちろん残高がなくなればこのカードは無価値だ。
残高がなくならないように、冒険者は自分のカードにいつも多めにお金を預け、一回限りではなく常にこのカードを携帯するようになった。
発行時の契約魔法により発行された人物が誰だか証明できるため、ダンジョン内での身分証明書としても使われた。
この仕組は非常にうまくいった。
サービスを開始してから瞬く間にダンジョンを利用する冒険者ほぼ全てがこのカードを持つようになった。
ダンジョン地上に設置していたカード窓口はちょうど岩壁の隙間にあった。
冒険者たちがこの窓口のことを
*
想定外のこともあった。
早急に改善しないといけなくなったのは、ダンジョン・ティンブクトゥにしかカード窓口がなかったことだ。
冒険者が必ずしもダンジョンの近くに生活拠点を構えているわけではない。
特に、今までのダンジョン攻略ガチ勢冒険者だけでなく、ドロップアイテムや素材集めでお金を稼ぐ人々、聖地巡礼としてポルテ企画の邪聖クリム様公式グッズを買いに来るような熱心な
大金を預けるためにティンブクトゥまで現金として持ってこないといけない。
また、ドロップアイテムや素材取引で得た収入を持って帰るにも、ダンジョンの窓口で現金化したお金を持ち歩かないといけなかった。
*
ダンジョン・ティンブクトゥでこれから1ヶ月の『コテージ』生活を楽しもうとしてくれていた退役冒険者ご夫妻が、そのような大金を持った利用者が現れるのを狙って道中待ち伏せしていた窃盗団に奪われた事件がクリムに決断を急がせた。
—— クリムは大規模な投資を即断した。
早速王国中のギルド組合にも協力を仰ぎ、全てのギルドにカード窓口を設置した。
王国の主要な村、街、都市、数千箇所にもカード窓口を作った。
単なるダンジョン・ティンブクトゥ内でのお金のやりとり簡便化のためのカードにしては大規模すぎる投資だ。
窓口を作ったところにはダンジョン冒険者がひとりもいない村もあったくらいだ。
—— しかし、クリムはこのカードの将来が、早晩その発想に収まらなくなることを理解していた。
このカードの本質は、ダンジョン内でのお金のやりとりの簡便化ではない。
カードにお金を入れさえすれば、どこの街からどこの街に移動しても、窓口さえあれば現金化できる。
つまり、私の『胃袋』がものを好きなところに一瞬で運べることと同様に、このカードと全国に張り巡らせたカード窓口はお金を自由に移動させることができる。
—— お金という『価値』をいつでもどこにでも一瞬で移動できること
それが本質だ。
◇◆◇◆◇
冒険者でないひとりの目ざとい商人がこのシステムに目を付けた。
彼は、このカードさえ持っていれば、行商から行商の間も大金を持たずに安全に旅ができることに目をつけた。
ある日、その彼が直接単身でクリムを尋ねてきた。
*
「—— クリムさん、このカードは実に便利ですが……、実にもったいない」
クリムが差し出したコヒとバフ付きのケーキを堪能しながら、この少し小太りの商人は残念そうに語った。
「—— どのようなことでしょうか?」
まだ商売人としての顔を崩さず、やさしく応対するクリムであったが、今日は朝から髪の毛のまとまりが悪く、こんな話しをさっさと切り上げて、20階層のログハウスに閉じこもりたい気分だった。
「カード同士でのお金の移動を、カードを直接重ねる方法以外に、離れた場所でも出来るようにしてみませんか?」
—— クリムは少しこの商人に興味が湧いた。
彼はこのカードの本質を世界中の誰よりも早く見抜いたらしい。
そして『
「ふ〜ん、それが出来るとどんなよいことがありますか?」
クリムは、確かめるように商人の言葉を待った。
「この世界からお金という『モノ』をなくし、お金という『価値』を手にすることが出来ます。あなたは単なるお金持ちではなく、『価値』を自由に生み出せる創造者になれるのです」
—— この男おもしろい。
クリムが次に展開しようと準備していた施策を見事に言い当てただけではなく、それがもたらす未来も看破していた。
「よろしい、その話しに乗りましょう ——」
クリムが商人に言った。
目に見えて商人が安堵の表情になった。
実際には胆力を見せつけるために気丈な姿勢を崩さなかったが、その実はドキドキものだったのだろう。
交渉を有利に運ぶためには、己の恐怖心すらも押さえ込んでしまおうというその気概も悪くない。
「—— ただし、一つ条件があります」
クリムがにやっとして付け加えた。
商人の彼は思わず一旦解いてしまった心の防御を再び構築する間もなく、冷や汗を垂らしながら
「—— そ、その条件とは一体どのようなものでしょうか……」
「簡単なことです」
クリムは今度は無邪気そうに笑った。
「—— あなた、私の部下にならない?」
———————————————————
次話『バベル』へ続く
あと、残り話数わずかとなりました。
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