推しごと

 「クリム様の全てを私にください ———」


        *


 ポルテの目は真剣そのものだ。

 ポルテからの愛の告白を受け、この手の話しにうとい私は気が動転した。


 「え、まあそこまであなたがいうなら少しくらいそれについて考えてあげても構わなくもないというかなんというか——」


 「ありがとうございます。それではこちらに来てください」


 ポルテは私の手を握り、店の奥へと誘う。

 そちらには誰も来ない倉庫部屋がある。


 いつになく積極的なポルテの後ろを、内心ドキドキしながらしずしずと歩く私。


 一体ポルテはどうしたというの?

 そして私どうなっちゃうの?


 —— 倉庫部屋の前まで来た。

 ポルテが倉庫部屋の脇の更衣室の扉を静かに開け、私に言った。


 「ここで全て解放し、生まれたままのクリム様になってください」


 真剣なまなざしのポルテ ——

 私は覚悟を決めて、更衣室に向かった。

 

 「クリム様にはこれを着ていただきます」


 ポルテから黒い布のかたまりが渡された。


 「??」


 その布をその場で拡げる。


 私は拡げた布のその形に驚いた。

 黒い全身タイツだ。


 「レ、レオタード?」


 「モーキャプスーツです」


 「もーきゃぷすーつ?」


 「更衣室でこれに着替えてもらったら、こちらに来てください」


 倉庫部屋のドアをポルテが大きく開いた。


 倉庫部屋の中はがらんどうで、壁がいつの間にか真っ白に塗られていた。


 壁の回りにはいくつもの魔道具がぐるっと部屋の中央に向かって並んでいる。

 魔道具は高さ2メートルほどの支柱の上に据えられていた。

 その支柱が10本以上、円形になるように等間隔でセットされている。


 床には円形の魔方陣が描かれている。


 —— 秘密の儀式をここで執り行うのだろうか。

 何やら恐ろしげな雰囲気だ。


 「—— 心の準備はいいですか?」


 「はい ——、初めてなの、、、や、優しくしてね」


 「光栄です、クリム様。私も初めてですので」


        *


 着替え終わった私はおずおずと倉庫部屋に向かう。


 このスーツは体にぴったりすぎる。

 ほぼ全裸のような気持ちがして気恥ずかしさばかり立つ。


 胸に腕を回して隠すようなポーズで、倉庫部屋に入った。


 そこには、パイプ椅子に座って足を組み、サングラスをしてメガホンを手にするポルテの姿があった。


 「いいですね〜」


 め回すようにスーツ姿の私を見る。


 「さすがクリム様」


 ポルテは椅子から立ち上がり、私を部屋の中央まで誘導した。



 さきほどちらりと見えた円形の魔方陣の上に立たされる。


 魔方陣を、支柱の上に据えられた魔眼のような魔道具が囲んでいた。

 —— 全部で十三本だ。



 ポルテは元のパイプ椅子に戻り、座った。


 「ハイ、アクション!」


 部屋に軽快な音楽が流れる。


 「え、え、えッ! ———」


 私はどうしていいのか分からず、立ちすくんだ。

 ポルテがメガホン越しに私に指示を出す。

 

 「クリム様! 踊るのです!」


 「エ—————ッ!」


 「私にクリム様の全てを預けてください! 恥ずかしがらずに、さあ全てをさらけ出すのです!!」


 私は訳も分からずに、左右の手を上げたり下げたり、体を左右に動かしたり、しゃがんでみたり、ポルテからの指示を頼りに、音楽に合わせて様々なポーズを取った。


 ポルテが思わず椅子から中腰になり、恍惚とした表情を浮かべる。


 「いいねー、いいねー。これですよこれ、世界が求めているものはこれですよ!」


 さらにメガホンであおる。


 「それ! 右! 左! 両手を上に! はい、そこでジャンプ! ぐるっと回って、最後はにっこり横ピース!」


        *


 一仕事終えた私にポルテはふわふわのタオルを渡して、キラキラした目で言った。


 「お疲れ様でした! すごくよかったです!」


 私は汗だくの顔をタオルで拭いた。


 「で、これ何なの?」


 「キラーコンテンツです」


 どや顔でポルテが答えた。


 「今度のショップ改装の目玉になる新商品ですよ」


 —— 私は何やら嫌な予感がした。



       ◇◆◇◆◇



 「で、これ何? 何?」

 カオリンが子供のようにぐるぐる回る。


 ショップ新装開店1日前に、ようやく完成した新商品のお披露目会 兼 女子会が行われた。

 営業を終えた店にみんなが集まっている。


 もったいぶって絹布を被せてあるその新商品にみんな興味津々。


 「ドロドロドロドロー、じゃじゃーん!」


 ポルテのドラムロールからの除幕式で、絹布が取り除かれた。


 それは、精巧に作られたクリムのフィギュアであった。


 深層攻略したときに着ていた、白を基調とキリッとした赤のラインが入った、ミニスカの戦闘服である。

 中世十字軍を模しながら時代考察を無視した、ラノベ好きの中世マニアが一度は夢想する究極のデザイン。


 『私がデザインしたやつだ!』

 オルタクリムが頭の中でささやく。


 「この服は、世界中の Kriemer に熱烈に推される伝説級の逸品です」


 みんなが、フィギュアをじっくりと観察した。

 服の細かい意匠も完全再現、体つきも抜群で、なんと言っても今これから正に階層主にラストアタックを仕掛ける直前といったその凜々しい表情が素晴らしい。


 私が言うのもなんだが、私のかわいらしさと凜々しさが完璧に再現されている。


 「それにしてもスタイルはちょっと盛り過ぎだろ? もっと幼女体型だg ———」


 カオリンが最後まで言い切る前に、私はカオリンの頭をはたいた。


 ポルテが嬉しそうに言う。

 「私の理想のクリム様を全てここにつぎ込みました!」


 ロティーが冷静に聞く。

 「確かに、よく出来たフィギュアだとは思うのですが、ショップのキラーコンテンツと呼ぶには少しインパクトに欠けるのではないでしょうか?」


 「よくぞ聞いてくれました。お楽しみはここからです」

 ポルテがにこっと笑い、言った。


 「さあ、ミュージック スタート!」


 事前にポルテと段取っていたことを少し忘れかけていたカオリンが慌てて音楽配信魔道具のスイッチを押す。


 —— スピーカーから重厚なクラッシック音楽が流れてきた。



 フィギュアが音楽に合わせ、動き出した。


 大剣を手にまさにこれから階層主と戦おうとする姿で凍結されていた一瞬の静寂が溶け、フィギュアのクリムが躍動し、剣を薙ぎ、走り、見えない魔物と戦い始めた。


 クラッシック音楽の音の粒一つ一つに反応しているかのように、フィギュアの中のクリムは鋭敏に研ぎ澄まされ、流れるように演舞を続ける。


 —— まるでBGMと完全に調和された名作映画のワンシーンを観ているようだ。



 カオリンが違うチャンネルに変える。

 次は軽快なポップだ。


 フィギュア・クリムは先ほどの演舞を終え、体中で音楽を楽しむかのように踊り出した。生き生きとした表情がよい。

 —— 心なしかフィギュア・クリムの吐息や汗まで感じられる。


 再びチャンネルが変わった。

 今流行はやりのボカロ曲が流れた。


 突然、ピコピコと変わったダンスを披露するフィギュア・クリム。


 右左に跳ね、両手を上に、ジャンプ、くるっと回って最後はにっこり横ピース。


 「何これ———っ」 笑い転げるみんな。


 「ミコミコ動画で大人気、ポルテPの最新作『くりくり狂想曲』です。かわいいダンスとデフォル・メクリム様のMVが評判です」


 「ええっ? ポルテちゃん、ボカロPもやってたの? しかもMVまで手がけてるとか!」


 さすがにいつも冷静なロティーもびっくり。



 —— 私はひとり赤面していた。

 まさかあの謎の儀式がこれだったとは……


 「フィギュアには生成AI魔法を組み込んであるので、どんな音楽にもぴったり合わせて踊ることができます。でも動きにちゃんとリアリティ持たせたかったので、クリム様に協力頂いてモーションキャプチャー・スーツで実際にクリム様の動きもたくさん取り込んでAI学習に使いました。まだこんなフィギュアは世界中どこを探してもない、私の完全オリジナル商品です」


 「これは売れるわ!」


 「私も欲しい——、クリムちゃん10体並べて一緒にシンクロして踊らせたい!」


 「ポルテお前、どんだけすごいんだよ!」


 「『サマルカンド・ブルー』のお客、全部ポルテに持って行かれないように私も頑張らないと!」



 脳内でも絶賛の嵐。


 『わしもこのような動くフィギュアは初めて聞いたわ。間違いなく売れるぞ』


 『わたしの若いころそっくりね——、なんてかわいらしいのかしら』


 『私も負けてらんないわ! もっといろいろデザインする!』



 私は、ポルテをぎゅーっと抱きしめた。


 「ずっと夜遅くまで店の改装のことやってくれていたの知っていたわ。お店の今回の新レイアウトもすごくよく練られていて、この新しい商品棚見ているだけで、ポルテがどれだけお客様のこと考えてくれているかが伝わってくる。それだけでも感謝感激だったのに、さらにこんなすてきな新商品まで作ってくれていたとは———」


 私はもう泣き出していた。


 「ポルテありがとうね——

  ポルテに来てもらって本当によかった、

  ポルテにお店を任せて本当によかった。

  でも、いつも忙しくさせてごめんね!」


 泣きじゃくる私の肩にポルテが腕を回し、にっこりして言った。


 「いいえ、私の『推しごと』ですから」



 —— 私の中の、ポルテの一番かわいい笑顔 歴代記録がいま、更新された。



———————————————————

次話『伝説のロッカー』へ続く

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