聖地巡礼
ポルテはショップ『サマルカンド・ブルー』の売り場の花になった。
*
「ポルテちゃん、階層マップがほしいんだけど——」
「ふふふ、12階層ですね。ありますよ」
ポルテは、さっとマップの棚から12階層のマップを選び出して、冒険者に渡す。
「え? なんで12階層って分かるの?」
「クレタさん、この前ライオンヘッド倒したって言って喜んでたじゃないですか。あれ出るの、11階層だけですからね。そろそろ11階層の探索が一段落して、12階層に潜りたい時期かな?って思ってたんですよ」
「いや〜、びっくりした。よくそんなこと覚えてるね」
「わたしの得意技なんです」
…
「ポルテちゃん、今度21階層にチャレンジしたいんだけど、何持っていくといいかな?」
「21階層だったら、毒消しは必須ですね。公式マップにもあまり書かれていませんが、
…
「ポルテちゃん。片思いの冒険者にプレゼントしたいのだけど、いいのない?」
「それでしたら、わたしのおすすめはこの『ラブラブ・フルポーション』ですね。彼が瀕死の重傷になったときに自動的に発動する魔法が付与されてて、『私と付き合ってください はい/いいえ』で彼が『はい』を選択すれば『聖女の宅急便』でハートをマーキングした特別なメタル・ビーがフルポーションを届けてくれるグッズです。これで付き合うことができたカップルさん多いです」
「いいえを選択した場合は?」
「いいえでも普通の赤十字メタル・ビーが結局はフルポーションを届けるんですけど、未だにいいえを選択した彼氏さんはいらっしゃらないですね。愛のチカラは偉大です」
…
「ポルテちゃん。今日はクリム来てない?」
「なんの用ですか? キリオさん。キリオさんにはたとえクリム様が来ていても教えませんよ」
「フルポーションを百個ばかりほしいのだけど」
「……、買取カウンターの方に、クリム様来てます。アスタルテさんと仕事の話ししてるから、あまり邪魔しないであげてくださいよ」
「ありがとう! このお礼はいつか精神てk——」
ダン!
お店のカウンターにフルポーション百個が入ったケースを叩きつけるポルテ。
「そのセリフ次言ったら、今度からはフルポーション二百個ですからね!」
…
「ポルテちゃん、好きです。付き合ってください!」
「わたしは邪聖クリム様の忠実なしもべですので、返事は『お前逝ネー』ですね」
*
ポルテが、ダンジョンと商品と顧客の膨大な知識を駆使して、大勢の冒険者の用事をバッサバッサと片付けていく。
ポルテと話しがしたくてお店に毎日買いに来ている冒険者もたくさんいると聞く。
この店に数分でもいればそれがさもありなんと分かる。
ポルテ採用を決めたときのクリムの勘はどんぴしゃだった。
アスタルテが買取カウンターでどんどんアイテムを仕入れ、それをポルテが売店側でバンバン売っていく。
この両輪が上手く回り『サマルカンド・ブルー』利用者はうなぎ登りだった。
崇拝者がそれぞれ付くほどの二人のアイドル的な人気とも相まって、すぐにこの店はダンジョン・ティンブクトゥ名物としてなくてはならない存在となった。
*
この店は冒険者のライフスタイルも大きく変えた。
今まではダンジョンの外から重い水や食料、魔道具などなど、冒険者の必需品とも言える大量の荷物を持ち込まなければダンジョンに潜ることはできなかった。
冒険者は、ダンジョンに一度入ると大体10日以上過ごす。
ダンジョンに長く潜ろうとすればするだけ、自分で大荷物を抱えていくしかない。
どのくらい長く潜っていられるかは自分が持てる荷物の量に左右されるので、上級冒険者でも1ヶ月ほどが限界だった。
ダンジョン・ティンブクトゥの特徴として1階層から4階層、いわゆる最浅層が普通のダンジョンに比べ難易度高く、上級冒険者にとっても時間と資源を大きく浪費してしまうことがあげられる。地上との往来はとにかくペナルティーが大きいのだ。
そのため、ここ5階層はダンジョン・ティンブクトゥではホームのような扱いで、本格的な冒険はそこから下の階層となる。下は難易度は高いが、1階層の迷路のような時間ばかり掛かる面倒くさい仕掛けはない。
ここ5階層で、下の階層に潜るための物資をいつでも好きなだけ調達できることは、物資不足による行動制限がなくなったということ。
5階層を拠点に好きなだけ冒険を続けられるようになった。
事前に予約していた水や食料などをダース箱で大量に購入し、深層に臨む上級冒険者の姿もよく目にする。
深層攻略組の最下層アタックはさらにそのスピードを増した。
最下層が突破されて冒険者に開かれると、そこから獲れた新しいドロップアイテムや素材で、ダンジョン全体が潤う。
有り体にいえば今このダンジョンは活気に満ち溢れているのだ。
『聖女の宅急便』に続き、この『サマルカンド・ブルー』は、ダンジョン・ティンブクトゥの
◇◆◇◆◇
ポルテはここ最近大忙しであった。
店での働きが評価され、クリムから売り場のレイアウトを任されてたのだ。
売り場の開店から早一ヶ月。売れ筋商品なども徐々に見えてきたため、ここでガラッとレイアウト変更してさらにショップを盛り上げよう、そんな狙いだ。
クリムが言った。
「レイアウト、ポルテちゃんの自由にしていいわ」
自由にしていいわ……
私を自由にしていいわ……
私をあなたの自由にして———
敬愛する邪聖クリム様からのお言葉を脳内妄想で数百倍に膨らませたポルテは、鼻息荒く俄然やる気になり、このミッションを大成功させて、クリム様にお褒めのもふもふしてもらうことを誓った。
まずは、現在の売れ筋商品のデータ整理からはじめる。
クリム謹製の魔道具の数々は性能が優れていることで有名だ。他では手に入らないものばかりなので、はじめての冒険者たちがこのショップを訪れてくれる呼び水にもなっている。
特に、炎耐性・爆風耐性・極寒耐性・物理耐性・魔法耐性、状態異常耐性等々の各種耐性魔道マントシリーズは、このショップの目玉商品だ。
次いで、無線糸電話『レシーバ』、ポーション注文『ダッシュボタン』などの便利グッズ類。
最近人気になっている商品に、『
これは『Kriem N°5』を抽出する工程で
自宅の庭に振りまけば花が元気になり、ダンジョン野営地に撒けば一晩アメーバーが近寄らなくなるという。
飲んでもよし、乳液代わりに使ってもよし。
お茶を淹れれば茶柱が立ちやすく、ご飯を炊けば一粒一粒の米が立つ。
何にでも使えると評判だ。
ボトルにはクリムの似顔絵の動くラベルが貼られている。このボトルもかわいくて、空き瓶も裏界隈では高値で取引されているという。
笑顔のクリムがこのボトルを持って草原に設置されたブランコを漕いでいる広告動画ポスターは世界の街の至るところに貼られ、世界中で売れに売れている。
実は、この『Kriem Water』を企画したのはポルテである。
熱狂的な
邪聖クリム様が両手を腰に当てて仁王立ちしながら世界を睥睨しているポーズの『アクリルスタンド』、クリム様がひたすらひたすらかわいく2頭身化された『推しぬい』、クリム様の熱い「暴食の嵐————!」の名セリフがいつでもどこでも再生できる魔道具、通称『ぼうあら』。などなど ——
Kriemerである自らが欲しい推しグッズを自ら企画しバンバン商品化していく。
『サマルカンド・ブルー』は今や世界のKriemerの『聖地』となっていた。
*
女子高生と思われるKriemer2人組が店に入ってきた。
キラキラした目で邪聖クリム様公式グッズコーナを眺め、ひとつひとつの商品を見てはキャーキャー言いあっている。
「聖地ヤベー、聖地ヤベー」
「聖地ヤベー、聖地ヤベー」
買う前から興奮度MAXだ。
「どうする? どうする?」
「うわ———、全部欲しいわ———」
「買っちゃう? 買っちゃう?」
「もっとお小遣い貯めとけばよかったわ——」
「来月は来月の風が吹くのさ、いまは刹那に生きるのだ」
「貸して」
「無理」
ポルテは二人の会話を聞きながら自分の高校生活を懐かしく思い出していた。
二人はいろいろ悩み、相談しながら、最後に『ぼうあら』を手に取った。
売り場カウンターに持ってくる。
「『ぼうあら』もいいっすけど、実はとっておきの新商品があるっす。見てみますか? 通称『えどくり』っす」
カウンターの上に、ひとつの魔道具を出した。
オルゴールのような形で、『ぼうあら』によく似ている。
「いいっすか、よく聴いてください」
ポルテが小さな持ち手を回す。
二人が耳をそばだてて近くに寄った。
『江戸川クリム…… 探偵さ』
クールでいつもより低めなクリム様の声が再生された。
その瞬間、二人は顔を手で押さえ泣きそうになりながら小さくぴょんぴょん跳ねた。
「尊い、尊い ——」
「マジやばい、泣けてきた」
ぴょんぴょんを続ける二人にポルテがそっと教えた。
「卸したての新商品っすから、『えどくり』聴いたのはお客様が世界で最初っす」
「「聖地ヤベー、聖地ヤベー」」
二人はもう『えどくり』に心を奪われたようだ。
「「これをください」」
『えどくり』を購入してくれた初めてのお客様だ。
企画したポルテの冥利に尽きる。
「これ、クリム様のチェキ写真サービスっす」
ポルテが二人にウインクして、ちらっとチェキを見せてから『えどくり』と一緒に袋にしまった。
チェキには表では見せないような横ピースでにっこり笑うクリム様が写っていた。
「聖地ヤバすぎ———」
「クリム様のチェキのお姿尊くて召される——」
二人が帰る際に、ドアのところでくるっと店内に向き直り、ポルテを見た。
「ポルテ先輩っすよね。私ら、ポルテ先輩が作ってくださった推しグッズ大好きです。僭越ながら、これからも一緒に推させてください」
最後に小さく「お仕事頑張ってください」と言い残し、ペコッと大きくお辞儀をして、二人は店を出て行った。
カランコロンというドア鈴の音が静かに響いていた。
二人がさっきまで暖めてくれていた空間をポルテはしばらく眺めていた。
*
その夜もポルテはひとり店に残り、店内改装とそこに配置する商品構成について検討を重ねていた。
お客様の中には初めてダンジョンに来たお客様もいれば、熟練者でホーム同然になっているお客様もいれば、効率第一の深層攻略組のお客様もいる。クリム様推しも大事なお客様だ。
限られたスペースで最大限多くのお客様に喜んでもらえないと、私はここにいる資格がない。
この限られた店内に並べられる商品には限界がある。
ここは私が恣意的に好き勝手に決めてよい場所ではない。
あくまでもお客様のための店なのだ。
売れ筋商品も自分が企画した推しグッズも、えこひいきすることはできない。
冷静な販売責任者としてひとつひとつ商品を一から吟味し、一切の妥協も許さずに売り場の構成を考え抜く。
夜誰もいなくなったショップの薄明かりの中、わずかに輪郭が浮かぶ店内の商品棚を俯瞰し、ひたすら売れるためのレイアウトをぶつぶつひとり言を繰りながら考え続けるポルテのその姿は鬼気迫るものがあった。
*
「新装開店にあたって、
いつもはもふもふと私の後ろに付いてくるポルテが、朝私の顔を見るなり飛んできて、私に訴えた。
「わたし、欲しいんです!」
ぐいぐいと近づいてくるポルテ。
「えー? 何を??」
「クリム様の全てを私にください ———」
———————————————————
次話『推しごと』へ続く
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