サマルカンド・ブルー

 「ようこそ、ダンジョン・ティンブクトゥへ——」


    *


 はじめてティンブクトゥを訪れたアスタルテをあちこちに連れて行って観光案内した。


 「噂には聞いてたけど、すごい規模なんだね——」


 私はダンジョンはここティンブクトゥしか知らないので他とは比べられないが、広さも深さも段違いらしい。



 「さて、ここがアイテムショップ予定地です」


 場所は、『バザール』の東側に面したすぐ近く。

 活況な『バザール』が一望できる立地だ。


 アスタルテは一目見て、ここが気に入ってくれた。


 「それで、どんな建物になるの?」


 「それが悩ましいのよね〜。世界中のダンジョンを見回しても前例がなくて、ここが世界で初めてのダンジョン店になるだろうから、第1号店にふさわしい建物にしたいんだけど、なかなかよい案思いつかなくって」


 「それだったら、こんなのはどう?」

 アスタルテは一枚の写真を取り出した。


 様々な青いタイルが敷き詰められ、細かい文様が描かれた街並み。

 —— きれいだ。

  

 「お父さんが若い頃自分探しの旅をしていたときに訪ねたところで、サマルカンドっていう街らしいの。その写真しかないけど、私が小さい頃に写真もらってからずっと憧れてるのよね——」


 イメージが湧いてきた。


 それにしても、アスタルテのお父さん、さすらいのバックパッカーもしていたのか。ほんと、自由人だな。

 彼の人生、放浪の旅の間にちょっとだけギルドやって結婚して子供産んだだけで、むしろ放浪の方がメインに違いないな、これ。


 —— クロが心配になってきた。


    *


 完成したドロップアイテムの売買ショップは『サマルカンド・ブルー』と名付けた。


 開店後順調な滑り出しで、お店の前はいつもアイテムを持った冒険者で大賑わいだ。


 「アスタルテさん、今日も忙しそうだね——」

 ダンジョンから取ってきたばかりの落ち立てほやほやのドロップアイテムを袋から買取カウンターに出しながら、冒険者がアスタルテに声を掛ける。

 

 「それはそうよ、あんたみたいなのがわんさか来るんだもん。休む暇もないわ」

 アスタルテは世間話を続けながらも、慣れた手つきでアイテムを丹念に確認し、ぽんぽん値付けしていく。


 「ほいっと。全品買取ならこの値段になります」

 アスタルテはタブレット魔道具にアイテム買取額をぱぱっと入力し、カウンター越しに冒険者に渡す。


 「あれ? いつもよりホーンテッド・ディア 呪われた大角鹿 の魔角の買取額高くない? こんなにもらっていいの?」


 「いいのいいの。魔角を2本ペアで加工してクリムに遠隔拡声魔法かけてもらったら、無線糸電話みたいな魔道具が作れたのよ。1キロくらい届くから便利よ。『レシーバ』って名前でこれから売り出すところなんだけど、前評判もいいからどんどん作れるように素材の魔角を高く買い取ることにしたの。これからもじゃんじゃん魔角持ってきて!」


 「おお、この額なら喜んで取ってくるよ! 任せて!」

 お金を受け取りながら、思わぬ臨時収入に冒険者も顔がほころぶ。


「いつも、ありがとうね。またよろしく——」


 彼と入れ替わりに買取カウンターにやってきた次の冒険者も大量のアイテムが入った袋を持っていた。


 —— 開店してから、連日この長蛇の列を捌く超人アスタルテだった。


    *


 仕事を終え、今日は開店1週間を記念して『サマルカンド・ブルー』の横に仮置きした円卓を囲んでの女子会だ。


 「ぷは———っ」


 早速、年長組のアスタルテとフリッガが冷えたビールを喉に流し込んで気持ちよさそうな声を上げる。


 偶然にも二人は同じ歳で、不思議と馬も合い、アスタルテがダンジョン・ティンブクトゥに来た初日から三日三晩飲み明かして盟友になった。


 火のように強い酒を豪快に酒を喰らっては、二人肩を組んで千鳥足でダンジョンに潜り、遭う魔物もの、遭う魔物もの次々に血祭りに上げていくその巨神兵のような姿は、ダンジョン中の冒険者から恐れられ、後に『火の三日間』と呼ばれることになる。


 ロティーとカオリンもこの世界ではお酒を飲める年齢だが、いつもノンアルコールだ。

 ロティーはアルコール強そうなのに、頑なに紅茶しか飲まない。

 カオリンはイメージ通りアルコールに滅法弱い。こんなところではいつもミルクだ。


 私はまだお酒が飲めない歳なので、外では我慢している。

 裏ではこっそり少量飲んだことがあり、結構いける口だと思っている。


 「それにしても、アスタルテはすごいよな。あんなに大勢客来るのに次々に捌いて、疲れ知らずだしな。俺なら5分ともたない」

 カオリンが素直に感心する。


 「カオリンは接客向きではないですから、最初のひと言でもう終わりですね」

 すました顔で自分で淹れた紅茶を飲みながらロティーがダメ出しをする。


 「うるせ——、 俺だって最初の『いらっしゃいませ』くらいまでは言えるわ!」

 カオリンが不毛な戦いに挑む。

 

 「次の言葉が『で、なんかよーかー?』になりますけどね」


 みんなが笑う。

 


 「本当あっという間にダンジョン・ティンブクトゥに溶け込んだよな。こんな一癖も二癖もあるごろつき連中相手に、よくやってるよ」


 組んだ足を豪快に円卓に乗せながらビールを喰らっているフリッガが、周りを歩く冒険者に適当に親指を向けて言った。

 指された冒険者から「お前が言うなー」と混ぜっ返される。


 「私、ギルド組合の中で育ったようなもんだから、冒険者には慣れているのよね」


 「アスタルテは面倒見がいいから、冒険者もすぐ懐くのよ」

 私は、昔の自分のときを思い出して言った。

 アスタルテがいなかったら、冒険者にもなれなかったし、ダンジョン・ティンブクトゥにも来ていないのよね。ほんと感謝だわ。


 「予想より早かったけど、ドロップアイテムの在庫が集まってきたから、そろそろアイテム販売の方もオープンできそう」


 私は次の段階に進むことにした。



   ◇◆◇◆◇



 売り子さんの目星はかなり前からつけていた。

 こう見えて私、ダンジョン・ティンブクトゥ内のかわいい冒険者さんフリークなのだ。

 

 店にはドロップアイテムだけでなく、私がはじめてダンジョンに入った時の準備を思い出して、食料や水、魔法具など、ダンジョン冒険に必要なものをいろいろ取り揃えた。いわゆるなんでもござれのよろず屋ショップにするつもりだ。

 5階層までは熟練の冒険者でも数日かかる。下の層に進むための重い荷物を持ってこず、ここで買い物できることは冒険者から非常に喜ばれるはず。


 隣接してコヒショップも作ろうと思う。

 ダンジョンの中で飲む温かいコヒのなんと芳しいことか。

 初めてダンジョンに来たときに、ジャンたちがそのありがたみを教えてくれた。


 ダンジョンはサバイバルだ。

 必要最低限に絞り込まれた荷物は生死を左右するものが当然優先される。

 間違っても、冷たいビールや熱々のコヒを持ち込んでダンジョンを楽しもうとする輩はいない。そんな輩は、手足の一本でもなくなって、ダンジョンから即退場だ。

 そんなヤツはそもそもダンジョンに潜る資格はない ——


 —— という、ダンジョンの常識をぶっ壊したい。

 ダンジョンが楽しくて何が悪い。ダンジョンを満喫して何が悪い。

 ビバ・ダンジョン! ハッピー・ダンジョン! めんそーれ・ダンジョン!


 でなければ、ダンジョンで悠々自適な生活を送りたい私がひとり浮いてしまう!

 そうならないように、みんなをこちら側の世界に引きずり込んでやるぞ—!


 それが、私の野望だ。


    *


 「お嬢さん、少しいいですか?」


 白いシルクハットに白いジャケット、白いパンツ姿の人物が、道行く少女に声をかけた。

 顔を隠すように帽子を斜めにかぶり手を添えている。


 「えっ⁈ あなた誰?」


 あからさまに警戒する少女。


 「あなたは美しすぎる。私はあなたに魂を奪われてしまったひとりの悪魔Evilですよ」


 さらに警戒する少女。

 後ずさり、ものすごいスピードで来た道を逃げる。


 「あっ」

 白ずくめが声を漏らした。


 「こちらアルファ、こちらアルファ。ターゲットは西通りに向かった」

 白ずくめが、手にした『レシーバ』で連絡を送る。


 『—— こちらデルタ、了解した。デルタからチャーリーへ、通りに出てターゲットをこれ以上怖がらせないように安心させろ』


 『—— こちらチャーリー、了解。これから通りに出る。あ、ものすごいスピードで通り過ぎちゃった…… 作戦失敗です』


 『—— こちらブラボー。 こちらでフォローする。ターゲット発見。ロックオン』


 『『『『幸運を祈る』』』』



 『—— こちらブラボー。めっちゃにらまれて声かけられなかった。ゴメン!』


 『『『『ドンマイ!』』』』



 『—— こちらエコー。こっちには来そうにないな——。持ち場離れてそっちに行ってもいい?』


 『—— こちらカオr…… じゃなかった、ブラボー。エコーはもう少しちゃんと任務を全うしてくださ〜い』


 『—— こちらエコー。ターゲットににらまれてすごすご引き下がったようなヤツには言われたくありませ〜ん』


 『—— こちらデルタ。ターゲットはぐるりと12番エリアを回り、南通りに向かった。アルファは急ぎ11番エリアで待機せよ』


 「—— こちらアルファ、了解した。速やかに11番エリアに向かう」


 白ずくめは顔を隠していた帽子をくいっと持ち上げた。

 クリムの顔が夕暮れを思わせる薄暗くなりかける陽の残滓に浮かんだ。


 そこから猛ダッシュをかまし、11番エリアに向かった。


    *


 少女は走りながら今日という日を呪っていた。


 「なんなの今日は! お店潰れてバイトはクビになるし、人数不足でパーティー解散になるし、サンドイッチのハムは詐欺みたいに小さかったし、狩ろうとした魔物に逆に散々追いかけられるし、ダンジョンから帰ろうと思うと最後の1階層目の迷路で変な人たちに追いかけられるし——」


 1階層目 迷路の11番エリアに入った。

 ここからあまりみんなには知られていないショートカットコースを抜けて地上に出るつもりだ。

 彼女は、迷路を熟知していた。


 「なにせ、私は幻とも言われる『聖女のガイドブック(仮)』を手に入れ、日夜愛読している勝ち組ですからね!」


 『聖女のガイドブック(仮)』は、『邪悪な聖女Saint of The Evil』ことクリムヒルトがわたむれで描いたと言い伝えられている、ある種の愛好家にとっては垂涎の、とても貴重な本だ。

 全て手描き。ダンジョン・ティンブクトゥの30階層目までの全魔物・全マップが完全収録されているだけでなく、かわいい魔物の絵や誰得謎情報が満載で、クリムヒルトの人柄が表れているとのもっぱらの評判である。


 「その邪聖じゃせいクリム様が見つけてガイドブックにのみ書き記した11番エリアから地上にショートカットする枝道は、邪聖界隈でもこの私しか知らないわ!」


 勝ち誇ったように細かい枝道を駆け巡る少女の目の前に、さきほどの白ずくめが急に現れて立ち塞がった。


 再び怯える少女。

 白ずくめは帽子を取り、深々とお辞儀をした。


 「お嬢さんを怖がらせてしまい、申し訳ありませんでした」


 少女は、立ちすくみ、信じられない、という表情をした直後。


 「エエエエエエエエエエ———ッ、クリム様ぁ———————ッ!!!」


 さきほどの逃走劇の十倍を超えるスピードで白ずくめのクリムに飛びついた.



 「エエエエエエエエエエ———ッ、何がどうなってるの———!!」


 クリムも予想外の展開に気が動転している。


 『—— こちらデルタ、こちらデルタ。聞こえるかアルファ。そちらの状況は?』


 少女に抱きつかれてて動けなくなっているクリムが『レシーバ』をかろうじて口まで持ち上げ、つぶやいた。


 「—— ミ、ミッションコンプリート……、ミッションコンプリート……、だと思う。知らんけど」



 遅れて、現場に到着したブラボー=カオリン、チャーリー=ロティー、デルタ=アスタルテ、エコー=フリッガの4人が目にしたのは、まだ少女に抱きつかれて動けないままのアルファ=クリムの姿だった。




———————————————————

次話『ゲットだぜ!』へ続く

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