キセキの世代
「—— ボクが、幻の『
*
まるで意味が分からず、ポカーンとするアスタルテ。
アスタルテが私に向き直り、クロにではなく私への質問にさりげなく切り替えた。
「それで、このクロさんは何故ここに来たの?」
どうやらアスタルテにクロがヤバいやつ認定されたのかもしれない。
彼の責任ではないから援護射撃してあげたいのは山々だけど、話しを進めるために私はあえて心を鬼にして、アスタルテの質問にだけ答えた。
「彼とは、ダンジョン・ティンブクトゥの中で出会ったの」
私が説明を続ける。
冒険者になったクロであったが、ダンジョンの中で魔物にも気付いてもらえず、一回も戦闘にならずに困っていた。
なにせ、ダンジョンの中を闊歩している魔物に斬りかかっても、そのまま無視して通り過ぎられてしまうのだ。
「だったら、魔物を倒し放題じゃない」
アスタルテが不思議そうに聞いた。
その能力があればむしろダンジョン内では無双できそうだ。
しかし残念なことに、第六の男 クロは冒険者として圧倒的に攻撃力が低かった。
彼の攻撃力に比べれば、3歳の幼女がおもちゃのプラスチック製の刀で魔物を切りつけた方がダメージ認定大きいくらいだ。
「ボクが何度切りつけても、魔物にかすり傷ひとつ付けられずにそのまま立ち去られてしまうんです。ボクは
『もう、幽霊ってことでいいんじゃない? きっと本当に幽霊よ、かれ』
オルタクリムも身も蓋もないことを言ってしまうが、これも闇に屠る。
途方に暮れていたクロを私が見つけられたのはキセキだった。
ほんの瞬き一つで、私の視界から消えてしまうところだった彼。
たまたまダンジョン内の夕日の入射角がよく、影が薄かった彼の輪郭がわずかに輝いたほんの一瞬を私の
異次元の扉がつながったような、そんな運命さえ感じた。
『そんなことあるかーい!レアモンスターかーい!『ラビットフット』かーい!』
おばあちゃんが突っ込みを入れてくれる。ありがたや。
ダンジョンで冒険することに限界を感じていたクロは、今後の自分の身の振り方について悩んで、私に相談してくれた。
「で、ここに連れてきたって訳よ」
得意げな顔の私。
アスタルテとクロがぽかーんとしている。
話しが飛躍しすぎていて、ついて行けていない様子。
首を振って一旦頭を落ちつかせてから、アスタルテが私に尋ねた。
「全然分からない。クロさんもぽかーんとしてるけど、ひょっとしてクロさんもここに来た理由聞いていないの?」
クロにも尋ねる。クロもよく分からない様子で「はい」と小声で言った。
あちゃー、とうとう根源的な核心に入ってきてしまったか——
まあ、クロの希望も聞かずにここに連れてきたことは認めよう。
そうでもしなければ、断られると思ったのだ。
「クロちゃんお願いします! ここのギルドの職員になってください!」
私ははじめてクロに真意を伝えた。
「ちょっと、クリム! なに急に言ってるの? クロさんだってびっくりしてるじゃないの!」
アスタルテが取りなす。
「—— いいですよ」
クロが小さな声でつぶやいた。
「ほら、クロさんだって嫌がっているでしょ? ね、クロさん、クリムにもっと言ってやって言ってやって! え? クロさん、今なんて言ったの?」
もはや鉄板すぎて、物書きであれば絶対に避けるようなぼけをかますアスタルテ。
「ここのギルドの職員になってもいいです」
クロが今度は少ししっかりとした声で言った。
「本当にいいの? ここ零細ギルドよ?」
思わず率直な本音を漏らしてしまった私。アスタルテに頭をペシッとされる。
「もともとこのギルドが気に入っていたので、登録をここでしてもらったんです」
クロがぼつぽつ話し始めた。
どうやらアスタルテのお父さんとクロは知り合いだったようだ。
「—— ボクが所属した劇団の監督が、アスタルテさんのお父上でした」
思いもしなかった方角から爆弾が投下された。
え? という顔のアスタルテと私。
オルタクリムも灼熱竜もおばあちゃんも興味津々で耳をそばだてている。
「お父さん、劇団の監督さんをしてたの?」
私はアスタルテに尋ねた。
「いや、初耳です」
と答えるアスタルテ。
「あ —— え、ちょっと待ってて!」
何かを思い出したのか、急にアスタルテがギルドの奥に引っ込んだ。
ガサゴソ奥から音がしたかと思うと、額に飾られた写真を持って出てきた。
額縁に手書きででタイトルが書かれている。
『冒険者慰労会:ロメオとジュリオット』
「懐かしいなー、これですこれがボクです」
集合写真の一番左隅、クロが指した場所にはピントが合っていない人物らしき影が写っていた。
「これって、劇団じゃなくって冒険者の出し物よ……」
アスタルテが小声で真相を告げる。
*
アスタルテのお父さんがギルドの組合長をしていた当時のことである。
冒険者の交流を広めようと、いくつかのギルド組合同士集まって出し物をする『冒険者慰労会』のイベントをお父さんが企画したという。
「でもあんまり盛り上がらなくってね……」
参加してくれるギルドは少なく、出し物も手品やおばあちゃんの合唱くらいだったらしい。
一番の目玉が『ロメオとジュリオット』のお芝居。
ギルドには舞台経験者はひとりもおらず、言い出しっぺのお父さんが仕方なく監督を引き受けたという。
「お父さんもド素人だったから、それはもう大変よ。格好だけは一人前に監督らしい帽子やサングラスに黒いジャケットを着て、毎日稽古と称した寄り合いに出かけて行ってたけど、他のひともみんな素人だしやる気もないしで、さすがにお父さんも心が折れかかっていたわ」
ある日、ビラを見たというひとりの青年が飛び込みで「芝居がやりたい」と志願してきた。
お父さんはとても喜んで、彼に全てを賭けた。
—— そして、見事にこけた。
『まあ、彼が主役ならそうなるわよね……』
おばあちゃんまで核心を突いてしまった。
「でも、お父さんはとても嬉しかったみたい。彼が来てからは毎日『今日はこんなことがあった』って嬉しそうに彼のことを家族に話すのよ」
アスタルテはクロに向き直り、手を握った。
「今思い返せば、それがクロさんだったのですね……」
「面目ない。恐縮です」
クロが恥ずかしそうにつぶやく。が、今までよりも心持ち声のトーンが高い。
「クロさんがやる気になってくれているのであれば、クロさんをここで雇います。いえ、雇わせてください」
アスタルテがクロに頭を下げて言った。
「でも、クリムとダンジョン・ティンブクトゥに行くかどうかはまた別だけどね」
私に顔を向けてきっぱりと言う。
やはり、このギルドが気になるようだ。
たとえクロを職員として雇い入れたとしても、組合長がギルド不在だといざというときに冒険者の力になってあげられない。
お父さんから組合を任された以上、それは出来ないという。
アスタルテはどこまでも一本気だった。
*
「バタン!」
ギルドの入口の扉が開き、ひとりの冒険者が入ってきた。
「ごめんなさい。いま立て込んでいて、窓口閉じているんです」
冒険者に向かって、アスタルテが頭を下げた。
「久しいな」と、冒険者。
「え?」
アスタルテが驚いた顔になる。
「本当に……?」
アスタルテの顔がゆがむ。
その顔をみなに見せないようにするかのように両手で顔を覆った。
「ただいま、アスタルテ」
「お父さん————— !」
え————っ!
お父さん亡くなってるって、さっき言っていなかったっけ?
私のもらい泣きを返せ—————!
*
話しを聞く。
どうやらアスタルテのお父さんは亡くなってはおらず、ギルド組合を発展させる方法がないか、様々な国を訪ねては教えを請う旅に出ていたらしい。
灼熱竜が偉そうに言う。
『クリムが勝手に『父が残した』を『父が遺した』と聞き間違ったんじゃな。アスタルテはお父さんが亡くなったとはひと言も言っておらんかったわ』
お父さんは疲れてはいるが満ち足りた顔でアスタルテに言った。
「—— お前にはずいぶん長いこと迷惑をかけたな、アスタルテ。これからはお前の好きにしてよいぞ」
お父さんはこのギルドを躍進させるその答えを、ついに遠方の地で見つけたのだという。
「どんな方法なの?」
アスタルテは興味津々でお父さんに尋ねた。
「聞いて驚け! 『アラモと魔法のランプシェード』っていう芝居がみんなに受けるそうだ。クロを主役のアラモにしてまた舞台をやるぞ!」
半生かけて、危険な世界を旅して辿り着いた答えがこれか——い!
アスタルテに思いっきり殴られたお父さんは、一瞬で芝居案を取り下げた。
お父さんの半生、めっちゃ軽いわ ——
クロが守るようにお父さんの脇に立って、初めて聞く強い口調でアスタルテに言った。
「ボクが監督を支えてこのギルドを盛り立てます! ボク、こう見えて影が薄いこと以外にも役立ちます。 どうか監督を許してあげてください!」
影の薄さがどんな役に立つのかはさておき、アスタルテに心残りなくダンジョン・ティンブクトゥに来てもらうためには、クロにどうにかお父さんの面倒を見てもらう必要がありそうだ。
と思って、私直々にクロの面接を改めて行った。
*
眼鏡をかけた私が、安物の会議用長テーブルに肘を突いて座った。
眼鏡を手で軽く押さえる。なぜか眼鏡はちょうどよい具合に光を反射して白く輝き、眼鏡の奥の目の表情が隠れた。
静かに、それでいて強くも感じる低い声で私は開会を宣言した。
「—— それではこれから採用面接を開始する」
テーブルに肘をついたまま、両手を口の前で組んでいる。
ゲンドー・ポーズと呼ばれる、圧迫面接にはなくてはならないアイテムだ。
私の斜め後ろに、アスタルテが何故か立って、状況を見守る。
座ればいいけど、ここはあえて座らないのが通だ。
「クロさんの特技は?」
面接のエントリーシートにペンで書き込むポーズをしながら、尋ねる。
「—— 字が上手いです」
まあ、字が上手いことにこしたことはないからね。ギルド組合でも重宝するな。
—— 試しに書いてもらったら、驚くほど字が上手かった。
この才能、私の業務にも欲しいくらいだわ。
「—— 整理整頓が得意です」
まあ、身の回りを片付けられるってのは立派なスキルだからね。
むしろこれないと仕事場がめちゃくちゃになるから、ギルド組合でも重宝するな。
—— 試しにギルドの資料を整理してもらったら、あっという間にわかりやすく分類して整理され、過去の資料も誰でも一瞬で探せるようになった。
この才能、私の業務にも欲しいくらいだわ。
「—— 事務処理能力には自信があります」
まあ、ちょっと書類が溜まっただけでもパニックになってしっちゃかめっちゃかになるひともいるからね。冒険者登録など、複雑な手続きが多いギルド組合でも重宝するな。
—— 試しに、さきほどから臨時閉店していたギルドの窓口を開けて彼に応対任せたら、長蛇の列があっという間に捌けた。
この才能、私の業務にも欲しいくらいだわ。
って、クロちゃんめっちゃ優秀やないの!
幻の『
「—— そして、冒険者の能力が一目でわかります」
まあ、ギルド組合にとっては冒険者のランクが分かるって役に立ちそうだよね。
えっ!冒険者を一目見ただけで、試験しなくても能力値が数字として分かるの?
なにそのチート能力。
いやだ、めっちゃ便利やん。もう実技試験いらないやん。
—— 試しに、実技試験希望者をクロに会わせて、まず能力値を読んでもらった。
その後、お父さんが試験官になって実技試験を行う。
何日もかけられないから、私がみんなを移動魔法で試験会場に連れて行った。
懐かしのグレネードモンキーパークだ。
試験実施中、キョロキョロしながら途方に暮れているアスタルテのお父さんを見つけた。小声で指摘する。
「お父さん、いま受験者を見失ってますよね?」
「だって、めっちゃ速く移動するんだもん。あんなん追いつけんわ!」
「クロちゃんの事前診断では『移動能力:5』で、実際にもそのくらいの能力発揮してるけど、お父さんの採点では何で『1』になってるんですか?」
「ちょっとくらいスピード自慢だからって、あんなに速く移動するなんて、俺という同行者のことを考えない性格破綻者だ! よって不合格だ!」
「お父さんが、試験官不合格だわ!」
実は、お父さんは信用ならないと思って、アスタルテにもこっそり実技試験を観察してもらっていた。
「クロさんの採点精度は、事前でも実地でもパーフェクトです。特に事前診断の精度の高さは驚きですね。これだけ精度よければ、現地試験せずに事前診断だけで合否決めてもよさそう。そして、影が薄いことが利点になって、受験者に気取られずにチェックできるのがさらに高ポイント」
「ということは?」
私が、アスタルテに尋ねる。
「クロさん合格です。お父さんがまたふらっと旅に出てしまってもクロさんひとりいればこのギルドも安泰でしょう」
アスタルテから「自分よりもギルドの職員に向いている」とのお墨付きが出た。
「—— 私はクリムのところに行きます」
やった———!
ようやくアスタルテを説得することができた!
連れてきた私が言うのもなんだけど、私も彼の能力を知っていたら、こんな古びたギルドに彼を手放さずに、ダンジョンで私の仕事を手伝ってもらっていたのにな——
くそー、事前に面接すればよかった!
「えーっ、でもアスタルテが行ってしまうと、お父さんさみしいよ——」
お父さんがアスタルテにすがりついて泣く。
「うっさいんじゃ、このぼけじじい!」
思わず、私はお父さんを足蹴にして叫んでいた。
「散々自由気ままに生きてきただろうが! アスタルテはわいのもんじゃ——!」
ついつい反射神経で、心に思っていた暴言が飛び出してしまったわ(てへぺろ)。
「キセキの世代、クロを置いていくだけでも、ありがたく思え——!」
こうして、無事アスタルテを我が陣営に迎え入れることに成功したのであった。
*
私とアスタルテがダンジョン・ティンブクトゥに出発する。
ギルドの出口で私たちを見送ってくれるアスタルテのお父さんとクロ。
アスタルテが出発する直前、長らく喉に刺さった魚の骨が気になってでもいるかのような顔をしてクロに質問した。
「で、幻の『
—— アスタルテが、ついにパンドラの箱を開けてしまった。
「クリムさんが『いい? これからは名乗るときは必ず、幻の第六の男 クロです、って言うのよ』ってここまでの道中ずっとしつこく吹き込むんで、ついつい自己紹介で出ちゃうようになりました」
と、クロがばらしてしまう。
「ほら、昔から影が薄いひとって言ったら『
しかも名前が『クロ』だもんな——
このコンボは反則だわ。
灼熱竜から『漫画』の知識をありがたく頂戴する立場の民としては、これを避けて通るわけにはいかない。
『善き哉、善き哉。褒めてつかわそうぞ』
調子に乗った灼熱竜が珍しく私を褒めてくれた。
「あっ!」
私がかぶっていた麦わら帽子が突然の風に空高く飛んでいく。
—— 清々しい風が私たちの間を通り過ぎていった。
私たちは、その麦わら帽子がはるか上空に舞い上がり、小さくなって見えなくなるまで、その姿を目で追いかけていた。
もうどれだけ目を凝らしても麦わら帽子は見えなくなった。
しばらくしてから、私はアスタルテに向き直り、にっこり微笑んだ。
「—— さて、それでは出発しましょうか」
私とアスタルテは、ダンジョン・ティンブクトゥに向かった。
———————————————————
次話『サマルカンド・ブルー』へ続く
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