賭け狂い

 「さあ! 賭け狂いましょう—————」


        *


 私はここで強気の勝負に出た。


 工場の生産能力近くまで稼働をあげ、ダンジョン・ティンブクトゥの需要を超える分は外のダンジョンにすることを決意したのだ。


 ダンジョン・ティンブクトゥの超高級ポーション『世界のカメヤマ』ブランドは、今は他のダンジョンでも羨望の的だった。

 わざわざダンジョン・ティンブクトゥでポーションを仕入れ、他のダンジョンに持っていって高値で転売するものも現れる始末。


 転売屋にばかり儲けさせずに、自ら乗り出し、世界のポーション市場を一気に塗り替えるのだ!


 そう、世界のポーション生産デルタ地帯の影のフィクサー『邪悪な聖女Saint of The Evil』とは私のことよ!


 おーっほほほほ—————

 世界よ!

 みな、私にひれ伏しなさい!

 あがめ奉りなさい!


 —— 私が『神』よ!



 「ペシッ」


 おばあちゃんの日記がどこからか飛んできて頭を叩いた。


 『いい加減にしな!』


 はい、ごめんなさい……


 調子に乗りすぎてしまいました。



        *



 「—— さて、見せてもらおうか。カメヤマ工場の真の実力とやらを」


 それまで日産3千本にとどめていた生産ラインを一気に解放し、フル稼働に近い状態にまで持っていく。


 今までの生産量であればどうにかなっていた工程の穴が次々に浮き彫りになった。


 ごめんなさい……

 実力不足を一瞬で露呈していまいました(涙)



 工場はお祭り騒ぎだ。


 無人工場なので、お祭り騒ぎしているのは外から見ると私ひとりという滑稽なシチュエーションであるが、オルタクリムも灼熱竜もおばあちゃんも大忙しだった。


 『素材の搬入口が溢れてしまったわ。素材選定の工程が追いついていない!』

 オルタクリムが警告を発してくれる。


 見るとブツリュウ・トラッケから荷下ろしされた素材が至る所に山積みになっている。

 次のトラッケが荷下ろししたら、搬入口から素材が溢れ出すだろう。

 —— そうなればもう収拾が付かない。


 今までは搬入口で1回で選別を済ませようとしていたがそれが間に合わなくなっていたのだ。

 私は急ぎ素材選定の方法を見直した。


 搬入口のすぐ近くでまず粗く仕分けを行う。


 NG素材と判断したものは、一時倉庫に移動し、スペースを確保。


 OK素材は搬入口から少し離れた広いエリアに移動し、そこで最終仕分けを行う。


 こうすることで搬入口が素材で溢れることを防ぐようにした。


 これを『魔入マニュピュレーター』という魔道具に教え込み、自律魔法で工程を固定化。


 —— その間、30分。


 なんとか、搬入口崩壊の危機は脱することができた。



 ひと息つく暇もなく、新しいアラートが上がる。


 『胃袋が足りん! 胃袋の前に三角フラスコが溢れてしまっているぞ! もう少しでラインからどんどん落ちてしまう!』


 私が搬入口の処理で手が回らないことを汲み取った灼熱竜が叫びながら、『胃袋』を量産しはじめた。


 何も言わずに阿吽の呼吸でオルタクリムがその『胃袋』を工場用に加工する。


 おばあちゃんが生産ラインを分岐させ、出来た『胃袋』を次々に生産ラインにつなぐ。


 すんでのところで、三角フラスコがラインから押し出されて落ちる最悪の事態を免れた。



 『今後は搬出が間に合わん! 溢れるポーションは一旦全部胃袋に突っ込むぞ!』


 『ラベル貼りが間に合わないわ! ちょっとあんたの魔法借りるわね!』


 『搬入口の一時倉庫がもう一杯だわ! 胃袋ひとつちょうだい』


 —— 現場は混乱を来していた。



 「搬出のためのトラッケが到着したけど、搬出が追いつかないわ! こうなったら『大兎ネコ』の手でも借りてやる!」


 『『『いや、それは無理だろ——! 相手は三大獣魔だぞ!!』』』


 「えへっ、出来ちゃった(てへぺろ)」


 『大兎』たちがおとなしく列になり、完成したポーションを順番にトラッケに運んでいる姿は圧巻だった。


        *


 —— なんとか破綻せずに、生産ラインが最後まで滞りなく流れるようになったのは翌朝だった。


 疲れ切った3人と1竜は、ブツリュウ・トラッケが世界中にポーションを運んでいく光景をぼんやりと眺めながら、左手を腰に当てて右手で『クリム黄帝液』をグビッと飲み干した。


 「『『『ぷは〜っ!』』』」


 気持ちよさそうに、みんな同時にゲップをする。

 もちろんクリム以外は脳内妄想だが、仕事の達成感は共通だった。


 『願えば叶うもんなんだね——』

 おばあちゃんが『大兎』の列を眺めながら、心底感心してつぶやく。


 『いやいや、あれはないから。普通あれはないから』

 オルタクリムが全否定する。

 一番非常識なお前に、一番言われたくないわ——!


 『こんな時だけど、実は『胃袋』の中の『胃袋』にさらに『胃袋』を作る方法を思いついた。この方法なら場所も取らずに生産ラインの能力を必要に応じて一瞬で最適化できるぞ。しかもこの方法を応用すれば、『胃袋』の中の『胃袋』の中の『胃袋』の中の …… って無限につなげることができそうだ』


 「あんたもう『胃袋』博士って名前でいいわ。『胃袋』大学でも創って、『胃袋』の論文書いて、『胃袋』とともに生きなさい。うん、それがいいわ」


 —— こうして、カメヤマ工場の最も長い一日が終わった。


 

       ◇◆◇◆◇



 半年後、『世界のカメヤマ』は世界中にその名を轟かせていた。


 ダンジョン・ティンブクトゥから運び出されるポーション箱を大量にその巨体に載せたブツリュウ・トラッケが沿道に連なり、世界中の様々なダンジョンに運んでいく光景も日常となった。


 余裕をもたせて工場の生産能力の8割に留めてはいるが、それでも毎日8万本ものポーションが作られ、世界中に出荷されていく。


 そのポーションは、ダンジョン・ティンブクトゥで見せているその活躍と同様に、これからは日々世界中のダンジョンの冒険者の命を救っていくのであった。



       ◇◆◇◆◇



 ダンジョン・ティンブクトゥからほど遠い、とある場所のとある超高層ビルの最上階。


 「キ——ッ!」


絵に描いたような金切り声を発し、壁にワイングラスを投げつけるひとりの老人。

グラスは粉々に砕け散った。


老人の手には、さきほど報告された『ポーション業界予測』の書類が握りつぶされていた。


 「今すぐ『世界のカメヤマ』を見つけ出せ! 『邪悪な聖女Saint of The Evil』もな!」


 部屋の扉付近に待機している黒服の男たちに向かって命令を下した。


 「はっ! いずれもダンジョン・ティンブクトゥにその秘密が隠されているとの情報です。必ずやお館様のご期待に添えるよう、迅速に行動します!」


 黒服たちのリーダーと思われる男が、直立のままよく通るバリトンで返事をすると、黒服たちを引き連れて物音一つ立てずに素早く部屋を出た。


 「わしらに逆らった報いを受けさせろ! 二度と表舞台に出られないようにしてやれ! 生死は問わん!」

 老人はまだ興奮した様子で、黒服たちの後ろに怒声を浴びせる。



 部屋を出て、通路を早足で闊歩する黒服の一団。

 統率が取れているその黒服たちの先頭にリーダーがいた。


 リーダーが携帯電話でどこかに指示を出す。

 

 「クリムヒルトという女を捜し出せ。やつが『邪悪な聖女Saint of The Evil』で、全ての元凶だ」


 電話を切ったリーダーは、生来の端正な顔をゆがませ、本性である凶暴な顔をむき出しにした。


 「さあ、狩りの時間だ。たっぷりと楽しませてもらおうか———」


 


       ◇◆◇◆◇



 工場ができてわずか1年とちょっと。

 クリムはついに投資資金の回収に成功し、投資家キリオに利子をどんとつけて全額返済した。



 「え?ちょ?ま? ほんとに全額返済できちゃうの?」


 貸した額が額だっただけに、最低でも十年は返済にかかるだろうと思っていたキリオはびっくりしていた。


 「これで、借金している間はコヒとバフ付きケーキを毎月献上するっていう馬鹿げた約束もチャラですからね」


 私は、自分で持ってきたコヒとケーキをゆっくりと味わいながら、冷たくキリオに宣言する。

 キリオの前のテーブルにはコヒもケーキも置かれていなかった。


 そもそも、資金援助と無関係のこんな約束を無理矢理契約にねじ込んだキリオを最後にぎゃふんと言わせたかったのだ。



 「ぎゃふん」


 えっ? 本当に言ったの?


 「ぎゃふん」


 確かにキリオが、何も置かれていない自分の前のテーブルを見ながら言ったのだ。

 本当にぎゃふんって言うひとがいるとは今の今まで想像すらしたことがなかった。


 —— 私の負けだ。


 「ほら、あなたの分」


 私は念のために持ってきていたコヒとバフ付きケーキをキリオの前に置いた。

 キリオはバフ付きケーキをいつものように感慨深げに見つめた後で、おもむろに口を開いた。


 「ありがとう! このお礼はいつか精神的に!」


 私はその言葉を聞いた瞬間、彼の前に置いたコヒとケーキをさっと取り上げる。


 「それ私の前では金輪際使わない約束だったわよね!(怒)」


 「申し訳ございません!ついつい口癖で! もう二度と言いませんから何卒なにとぞ——」


 キリオがプライドを捨て去り、コヒとケーキを片付けようとする私の手に必死にすがりついてきた。


 しぶしぶコヒとケーキを戻す。

 喜ぶキリオ。


 まあ、せっかく持ってきたものだしね。

 コヒとケーキで最後の晩餐としゃれ込みましょうか。


 私がいつ気が変わってケーキを取り上げるかもしれないと恐れて、片手でケーキを守りながらもう片方の手で器用にケーキを食べるキリオ。

 こいつやっぱりせこいな。


 「こんなに儲かってるなら、クリムちゃんもうダンジョンに潜る必要ないでしょ」


 私を恐れていそうな割には、挑戦的な質問を投げてくる。

 変なところで勇気あるんだよな——


 「ポーション作ったり売ったりするのも、手間が多くて結構大変なのよ。悠々自適の生活とはほど遠いわ」


 私はケーキを小さくカットして口に運びながら、ため息交じりに愚痴る。


 「クリムちゃんなら、深層攻略組でも大歓迎だよ。最後の階層主攻略だけでも参加してくれれば助かる」


 「気が向いたらね——。でも次の階層主の70階層に辿り着くのは当分先なんじゃないの?」


 「今は67階層目まで攻略できたから、思っているよりも早いペースだね。クリムちゃんのフルポーションのお陰で、強い魔物にもアタックしやすくなったから大助かり」


 「それはどうも——、フルポーションをバンバン購入してくれる攻略組は貴重なお客さんですしね——」


 「そんな憎まれ口叩きながら、正価よりもずっと安い値段で卸してくれているの、攻略組のみんな知ってるから」


 「どんどん攻略してくれてどんどん冒険者が増えれば私の商売もハッピーですからね。それだけですよ、それだけ」


 ケーキをもうすぐ食べ終えてしまう。

 ちょっと食べるペース速かったかなー。


 「そう言えば、あの情報ありがとうございました」

 ふと思い出したかのように、私はキリオにお礼を言った。


 「ああ、旧ポーションカルテットが血眼になってクリムちゃんを探している件ね」


 キリオは世界中の上位冒険者とコネクションがあり、日々様々な情報を得ている。

 その中のひとつが先ほどの話しだ。

 危険予知のアンテナに引っかかったその情報をキリオはすぐさまクリムに伝えてくれた。


 「それで連中はまだクリムちゃんを狙っているの?」

 心配そうにキリオが尋ねる。


 「もう襲ってこないと思いますよ」


 私はにっこりして言った。


 「黒服集団は一人残らず捕まえて、13階層のゾンビたちのど真ん中に1夜放置してから警察に突き出しましたから。髪の毛が一日で真っ白になるって、どんだけ怖がりなんですかね、彼ら」


 「冒険者じゃない戦いの素人なのにも気付かずに、一般市民相手に喧嘩売って息巻いているような連中だからね。クリムちゃんの相手にはならなかったでしょ」


 「リーダーは、少しは骨あるかと思ったんですけどね。サブマシンガンくらいで私を制圧しようだなんて、浅はかな考えでがっかりでした。本当に戦うつもりなら完全武装の中隊を3つ4つ引っ張り出してこないと勝負にならないのに」


 「でもカルテットのじじいたちしつこいから、簡単には諦めないでしょ?」


 「それも、大丈夫じゃないですかね——」

 私はすました顔で答えた。


 「突然、今までいた高層ビルから1万メートル上空に放り出されて、自由落下を楽しんでいるところで、その高層ビル群が直径1キロメートルの灼熱のドームに飲み込まれて消滅する光景を眺めることになっても、まだ私に復讐したい気持ちが残っているなら大歓迎ですなんですけどね。彼らもあれ1回で諦めることにしちゃったみたいです。残念」


 「まあ、ポーションカルテットが違法に製造していた生産拠点が全て爆破されて、隠れ家的な事務所全てにも警察のガサ入れが同時に入った、って情報が彼らに届いた直後だったからね。もうカルテットはいずれにしても崩壊したし、生き延びるだけでもめっけものと思ったんだろうね」


 「さすが、『ビーター』ですね。情報が早い」


 「クリムちゃんをいつも心配しているからね。どうしても気になっちゃうのさ」



 「—— 最後にひとつ聞いてもいいですか?」

 私はずっと気になっていたことを、ここで聞いてみることにした。


 「いいけど、何?」


 「『ビーター』って何ですか?」

 

 キリオはしばし答えに窮していた。


 「実は俺もよく分からないんだよね——。 昔っからずるいやつって意味で『ビーター』って呼ばれてるんだけど、誰が言い出したんだろう?」


 私はジト目でキリオを見つめる。


 「本当だって! クリムちゃんに隠し事はしないよ! 怖いし!」


 なんか最後に本音が出たな、こいつ。

 

 『ベータ』と『チーター』の造語だろうっていう灼熱竜の読みは外れたのかもしれない。まあ、私にとってはどうでもいいけどね。



 最後のケーキの欠片を掬って、口に運ぶ。

 

 「よし、これで全て終わりましたね! 今までのご支援ありがとうございました!」


 私はすくっと立ち上がると、キリオに一礼した。


 「それでは! いつかまたどこかでお会いできることを楽しみにはしておりませんが、お元気で!」


 私はそのままの勢いで部屋から出で建物の出口に向かう。

 建物から外に出て、私はガッツポーズをしながら思わず大声で叫んだ。


 「よっしゃ——! ここからは借金ゼロ生活だ——!!」



 賭けに見事に勝利し、『ミケ』札を返上して晴れて自由の身となった。



 —— クリムヒルト、15歳の誕生日であった。





———————————————————

次話『秘密の花園』へ続く

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