世界のカメヤマ

 さて、いよいよ巨万の投資金をつぎ込みポーション生産工場を作る段階だ。


 『どこに作るんじゃい?』


 『やっぱりティンブクトゥの近くって言ったら、カバラ地区よね! あそこくらいしか工場作れそうなところないし』


 『いやいや、ギルドに頼んで、新しい工場地区を作ってもらうのがいい。カバラももう狭くて新しい工場を建てる場所もない』


 早速みなが意見を出してくれる。


 「工場はダンジョンの中に作ろうと思ってるのよね——」


 みなが絶句した。


 ダンジョンには微小なアメーバ状の地衣魔物が巣くっている。

 一匹一匹は非常に弱い魔物だが、ダンジョンの中ではどれだけ排除しようとしても彼らを根絶することはできない。どんな恒久的な施設を作ろうとしても、彼らがいつの間にか寄ってきて、建物の壁と言わず、柱と言わず、ところかまず侵食してしまうために、建物はすぐボロボロになってしまう。

 これを防ぐ方法はない。どんな施設も、もって数ヶ月といったところ。

 今ではそれが当たり前となり、ダンジョンのこの常識に逆らって施設を建てようとするものはいなかった。


 しかも、ダンジョンの中は火山噴火や暴風雨、豪雪などの過酷な環境が多い。


 普通に考えたらダンジョン内に工場を建てるなんて狂気の沙汰である。



 しかし逆に考えれば、ダンジョンほど私に好都合な場所はない。


 私にはこの世界にはない結界防御魔法がある。

 結界防御魔法をかけた施設がアメーバの被害に遭わないことは、20階層目にある私のログハウスが未だに健在であることで、すでに実証済み。

 工場全体にこの魔法をかけてしまえば、いっちょ上がりなのだ。


 しかも可視探知不能属性というおまけ付き。

 『Kriem N°5』という世界中のポーション製造会社が喉から手が出るほど欲しい情報の宝庫である生産工場の存在を隠すことができる。


 また外界と違って、ダンジョンの中は階層毎に気候が決まっているし、天変地異の影響もない。

 まあダンジョン内がすでに天変地異の権化みたいなもんではあるが、その階層の天変地異を見越した施設を作れば、予想外の天変地異は起こらない。


 そして何より、消費地と近いということが最大のメリットとなる。

 ポーションの素材は、ここダンジョンの中に眠っている。

 しかも、ダンジョンの中でポーションを作れれば、使ってくれる冒険者にすぐに届けることができる。


 まさに地産地消の理想形だ。


 発想を逆転すれば、ポーション生産にはダンジョンはこれ以上ない立地なのである。


    *


 建設地は31階層の豪雪地帯に決めた。


 ここは常に豪雪が吹雪となって降り積もり、どこもかしこも10メートル以上の雪で覆われている。

 地面は数十メートル地下まで凍り付いており、人力ではペグ一本すら刺すことができない。

 草木一本も生えないこの地は、住むのには非常に過酷な環境だ。

 めぼしいお宝も魔物もいない31階層は冒険者にも不人気で、大抵寒がるだけで素通りし、その下の常夏の32階層に向かう。奥に深入りしなくてもすぐに32階層に降りるための階段があることだけが唯一の救い、とも言われているような過疎地。


が、こっそりと工場を建てるにはうってつけだ。

しかも、ツンドラの地下には澄んだ雪解け聖水が安定して流れている。

 『Kriem N°5』をはじめとした私のポーションは全てこの聖水を使っており、汲み上げるだけで無尽蔵にこの聖水を利用できるのはポーション作りにはもってこい。



 31階層での建設地は、ダンジョン・ティンブクトゥ三大獣魔の一角『大兎』の生息地とかぶったエリアとした。


 三大獣魔に数えられるだけあり、『大兎』は非常に恐ろしい魔物である。

 その強さもさることながら、何万頭という『大兎』の物量が獲物を追い詰め、彼らに狙われたら最後、無事に逃げる手段はない。


 しかし、『大兎』から工場を守る結界防御魔法というすべのある私にとっては、むしろ『大兎』が工場の守護獣のようなものだ。


    *


 工場は『カメヤマ工場』と命名。


 誰にも内緒ではあるが、工場から少し離れた場所に巨大な山のような神亀が生息しており、私が密かにカメヤマとその地を呼んでいたのだ。


 神亀は大地と化してもはや動くことはないが、縁起はよさそうである。



 工場は誰の許可も取らずに勝手に建てるつもりだ。


 そもそもダンジョンには恒久的な施設を建てることが出来ないのが一般常識。

 よって、施設の許認可の仕組み自体がそもそも存在しなかった。


 「私も一応はちゃんと対応しようと思ってたのよ。でも、未だにダンジョンの責任者もはっきりしなくって誰に許可もらえばいいのかも分からないし、許可する方もまさかアメーバたちを防げる結界防御魔法がこの世にあるとは思わないから納得してもらうのも大変そうだし、もしそんな魔法があるって知れ渡ったら渡ったで、私ののんびり生活がおじゃんになるかもしれないし、いいことないからね——」


 ひとりごとのように、みんなに言い訳する私。


 『まあ、いいんじゃない? 土地の専有って既成事実が大事だから、しらーっと勝手に使っておけば、いずれあんたのものとして認められるだろうさ』

 おばあちゃんはこんなときは達観してくれて助かる。


 結界防御魔法はこの世界のことわりのものではなく、スライム時代の異世界の魔法だから、どう頑張っても他の人には使えず、私だけ持っていて申し訳ない気はするけど、運も実力のうちってもんだからね。

  

    *


 次は素材。


 本格的にポーションを量産するには大量の素材が必要だ。

 しかも私の商品を作るには、最高品質の素材でなければならない。


 私ひとりで集めると結局素材集めで日が暮れてしまうし、量産追いつかなくなるのが目に見えている。

 ダンジョンの中で採れるものばかりなので、ここは冒険者さんたちの力を借りよう。


 ポーション配達サービスの応用で、高級素材買取サービスの仕組みを作った。

 素材を一定量集めてから『聖女の宅急便』を呼ぶとメタル・ビーが引き取りに来てくれて代わりに代金を支払う。

 地上で売るよりも少しだけ安価で引き取るが、重くかさばる素材をわざわざ地上に運ぶ必要もなくなり、ダンジョンに居ながら何度でも素材を回収してもらえるこの買取サービスは人気となった。


 この高級素材売りだけで生計を立てる冒険者たちも現れた。

 深層攻略組、地図組(マップメーカー)、狩猟組(ハンター)に次ぐ、第四の勢力の誕生だ。

 素材集めは魔物狩りに比べれば比較的安全だ。

 今まで家族に反対されるなどでダンジョンに潜ることを諦めていた冒険者さんも徐々に集まるようになってきた。

 これが呼び水となり、今後ダンジョン・ティンブクトゥにも人が増えてきそうな勢いだ。


 各階層から工場に自動的に高級素材が集まる。

 素材の心配はなくなった。


 金に糸目をつけない最新設備と私の魔道具造りの腕で、生産ライントータルのフルオートメーション化も実現。


 これで、素材を入れれば自動的に次々ポーションを作ってくれる自動工場が完成した。


    *


 物流にも『胃袋』を活用した。


 思わぬ副産物だが、私の『胃袋』どうしの空間がつながっているらしいとわかった。

 ひとつの『胃袋』に入れたものは他の好きな『胃袋』からでも取り出せる。


 さらにいくつもの『胃袋』を作り、各拠点に配置した。


 『胃袋』の空間は階層とは関係ないようで、どんな深い階層にも一瞬でポーションが届けられ、どんな深い階層からも素材を運べるようになった。



 『この仕組み使って世界中のダンジョンにポーション届ければいいんじゃない?』


 オルタクリムが面白いことを提案してくれた。


 しかし残念なことに『胃袋』どうしがつながれるのは同じダンジョン内に限られていた。ダンジョンのすぐ外にもつなげることはできない。

 が、ダンジョンの中であれば、今のところ深層であってもリンクは切れなかった。


 まあ『胃袋』は私のプライベートな持ち物なので、私以外の人間が触れてしまうような場所に設置するのはためらわれるのよね。乙女ですし。


 文字通り『胃の中を見られている』感じで吐き気をこらえられそうにもない。

 私の工場や拠点は結界防御魔法が施されていて誰かが勝手に入ってくる心配がないからいいものの、それ以外の場所には置けないな。


 いつか、この制限を突破する方法が見つかれば、もう物流革命だけどね。


    *


 この新工場で作ったポーションはさらに品質があがり非常に評判がよかった。


 『Kriem N°5』は美容にも効果抜群との評判で、それほど危険な場所に立ち入らないためにポーション購入率の低かった初級女性冒険者層にもリーチし、売れに売れていた。


 『Kriem N°3』(3回工程品)はもはやエナジードリンク代わりに愛飲され、その色から『クリム黄帝液』と呼ばれていた。

 夜の冒険残業の前に休憩地コンビニでグイッと黄帝液を飲んでから魔物狩りに出かける冒険者サラリーマンの姿はよく見る日常の光景になった。


 また、『Kriem N°9』(9回工程品:フルポーション)がどんな局面でもボタン一つで届くことがダンジョン・ティンブクトゥの生存率を大幅に向上させていた。

 確かに値段は高いが、ひと一人の命と比べるまでもない。死地に赴くような冒険者であれば、命さえあればフルポーションのお代くらいのお金はまたダンジョンに潜って頑張ればどうにかできるのだ。


 ギルド組合によっては、冒険者がギルドに登録する条件としてこのフルポーション1回分の保険金をあらかじめ『聖女の宅急便』に先払いさせるところが現れた。

 いつでも事故発生時にはフルポーションを1回使うことができる。

 これにより大幅に所属冒険者の死亡率を減らすことに成功したギルドを見習い、同様の契約をしてくれるギルドが増えた。

 ありがたいことだ。



 工場が完成して3ヶ月後には1日にポーションが3千本売れるようになっていた。

 いまやダンジョン・ティンブクトゥで消費されるポーションの99.9%は我が社のポーションである。



 気を大きくした私は、このポーションたちに『世界のカメヤマ』というブランド名をつけて差別化を図った。


 高級品質の証、『世界のカメヤマ』シールが貼られたポーションは、その後も飛ぶように売れ続けた。


    *


 工場の生産能力にはまだまだ余裕があり、計算上は日産10万本まで作ることが可能な設計としていた。


 ネックとなるのは素材集めとダンジョン内のポーション需要の上限だ。


 冒険者に集めてもらっているとはいえ、一日に集められる高級素材はどんなに多く見積もっても3万本分までだろうと試算していた。


 ポーションの総需要はさらに深刻だ。

 ダンジョン・ティンブクトゥに潜る冒険者はそこまで多くはない。

 たとえダンジョン内の全冒険者が日に1本のポーションを買ってくれたとしても1万本が限度。

 実際にはそこまで売れないので数千本/日がMAXと言ったところだろうか。


 このまま数千本を売るだけでも、充分商売としては成功だ。

 キリオからの借入金も余裕を持って返済する計画が立てられる。



 しかし私の目はもっと遠くの景色を見ていた。


 「そんな限界、私は認めないわ!!」


 私はしゃにむに突き進んだ。


 「最高級な素材であれば全て私が買うわ! さあ持ってきなさい!」


 無理を承知で最高級の素材を世界中から買い集める。


 次々に運搬専用魔物ブツリュウ・トラッケで素材がダンジョン・ティンブクトゥに運ばれてきた。

 ダンジョン内の需要を遙かに超える量である。



 『こんなに素材を集めてどうするつもりなんじゃ?』

 おばあちゃんが慌てて尋ねた。


 『こんなにポーション作ったら売れずに大量に余ってしまうわ!』

 オルタクリムも同調する。


 「大丈夫、私に考えがあるの」

 私が冷静に答える。


 『わしは分かるぞ。じゃな?』

 にやっとする灼熱竜。


 「そう、いよいよその時期が来たわ!」

 私もにやっとして答えた。



 「さあ! 賭け狂いましょう—————」




———————————————————

次話『賭け狂い』へ続く

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