Kriem N°5

 資金調達には成功した。


 さて、この資金を使って品質の高いポーションの大量量産に成功しなければ、その時点で『聖女の宅急便』と私は THE END だ。


 私は、本格的にポーション作りに打ち込むことにした。


    *


 私謹製の高品質ポーション作りに欠かせないのは、実は『胃袋』。


 この絶対的絶縁空間の中で調合・変化・抽出を繰り返すことで、より純度の高いポーションとなる。


 でも私の『胃袋』はひとつだけなんだよな——


 せっかく生産工場を作っても、私の『胃袋』の工程がボトルネックになり、それ以上のポーション量産が厳しい。

 しかも結局私が工場に張り付くことになる。


 寝ないで作っても1馬力では生産量はたが知れているし、ここを突破しなければ借金まみれの運命が待っている。



 『複製できるぞ?』

 灼熱竜が頭の中で言う。


 「え?」


 『じゃから。複製できるぞ』


 「何を?」


 『胃袋を』

 

 「え? 『胃袋』ってひとつでしょ?」

 

 私の頭がひとつしかないのと一緒で、私の『胃袋』もひとつしかないはずじゃ——


 『そこが頭の使いどころ。『胃袋』を『胃袋』に食わせて解析すればいいんじゃ』


 鶏が先か卵が先か問題だ。

 どうやれば『胃袋』を『胃袋』に食わせるんだか……

 こんなの知恵の輪やん。


 『その通り。『メビウスの輪』からヒントを得ての。この世界の図書館にはいろいろな知識が詰まっておるわ。『胃袋』を『メビウスの輪』状にすることで『胃袋』を食らうことができそうじゃ』


 「それ本当にできるの??」

 夢物語の話をし始める灼熱竜に期待を込めた口調で尋ねる。


 しばしの沈黙——


 しかる後、灼熱竜が口を開く。


 『実際にやってみたらできた。今、おぬしの『胃袋』の中に、出来たてほやほやの『胃袋』がしまわれておるぞ』


 まじ——?! やったのか! しかも一発で成功するとかどんだけ——


 『もう一つ出来た。お、もう一つ、……』

 灼熱竜が調子に乗って『胃袋』を量産し出した。

 

 おいおい。量産したいのはポーションだ。

 いくら『胃袋』を量産しても、我が社は儲からんぞ!!


 『それ、もうひとつ。やれ、もうひとつ』


 「そのへんで止めんか———い!!」


 —— 私のマジギレでようやく『胃袋』の量産は止まった。



 その複製された『胃袋』でポーションを作ったら、寸分たがわぬ品質のものができあがった。


 ひとつしかない『胃袋』がボトルネックになっていたポーション生産量は、これで大幅に増やせる可能性が出てきた。

 生産工場化計画、一歩前進だ。


 しかし、次の課題がある。


 私が生産ラインに張り付かないと生産できない、という点だ。

 私の『胃袋』を生産ラインの一部として利用する以上、避けては通れない。


 これが解消できなければ、せっかくポーションが量産できても、私の人生は完全に生産ラインの歯車のひとつになってしまう。


 そんなのは断じて嫌だ!


 私は次の課題に立ち向かうことにした。


    *


 『胃袋』は概念的な性質のものだ。

 実体はない。


 実は私も便利に使っているだけで、『胃袋』がどこにあって、どのように動いているのか理解できていない。


 『亜空間に虚数的に存在しておるからの。概念と言うよりは異次元だな。正確には』

 また灼熱竜が小難しいことを言い始める。


 物を格納したいと思えば、ひゅっと『胃袋』の概念の空間に移動され、現実世界からはその物が消える。

 逆に『胃袋』から取り出そうと思うだけで、ひゅいっと物が実体化される。


 まずは、この『胃袋』の入口と出口の解明だ。


    *

 

 『胃袋』が概念であるとすると、入口と出口も概念だ。

 形のない『胃袋』に、入口と出口があることを強く想像してみる。


 『こういうことはわたしに任せなさい』


 オルタクリムが得意げに現れた。


 『わたしはこういう、ひとりゴッコ遊びは大好きよ。なんせ屋敷のみんなに嫌われてて、ひとりで遊ぶこと多かったからね——』


 おいおい、自分で嫌われていた自覚あるんじゃないか! ちょっとは直しなさい!


 『そんな面倒なこと嫌よ。やりたいことがたくさんあって、ちょっとの時間も惜しかったの。十歳までしか生きられないなら無駄な時間は使いたくないでしょ?』


 う〜ん、それはそうかもしれないけど……

 オルタクリムは生き方が極端なのよね。まあ、そこが魅力でもあるんだけど。


 『じゃーね!』

 一方的に別れの挨拶して、彼女はふいっと消えた。


 「おーい、まだ私が話している最中だったのに、いなくなるんかーい!」


 それから何日かオルタクリムは現れなかった。


   *


 『出来たわ!』


 久々にオルタクリムの声が頭に響いた。


 『我ながら自信作よん〜♪』


 めっちゃ褒めてほしそうな声だ。


 どれどれ。私は『胃袋』を覗いた。


 —— びっくりした。


 私の『胃袋』の中に、きれいに『胃袋』が整列している。

 灼熱竜が調子に乗って量産した『胃袋』が数百個、三次元マトリックスのように上下左右に並んで浮かんでいる。

 それだけでも圧巻だ。


 しかも、概念であるはずの『胃袋』には、きちんと形が出来ていた。

 横長の直方体だ。全ての辺が柔らかそうな角丸になっている。

 壁がぷにぷにしているのは『胃壁』を意識しているからなのだろうか。


 その直方体の左右の小さな面には、扉がそれぞれ付いていた。


 『入口と出口よ』オルタクリムの声。


 私とオルタクリムは虚像になって、『胃袋』のひとつに飛んでいった。

 入口の扉が開く。


 中にはベルトコンベアが用意されていた。

 その上には三角フラスコが等間隔に並ぶ。

 ベルトコンベアの周りには各種の抽出装置が備え付けられていた。


 想像だけでここまで精密なものが生み出せるのか——

 私はオルタクリムのゴッコ遊びの才能に感動した。


 『驚くのはまだ早いわ』

 オルタクリムはそう言うと、『胃袋』の内壁に設置されていた大きなレバーを下に下げる。


 「ガタン」


 ベルトコンベアの動力から音がしたと思った瞬間、ベルトコンベアが勝手に回り始めた。ベルトに乗って三角フラスコが流れていく。


 抽出装置に三角フラスコが近づいた。

 装置から出ている透明なチューブが自動的に三角フラスコの中身を吸い出し、装置内で何やら処理してから再びフラスコに戻す。


 『じゃ〜ん、抽出工程を自動化してみた!』

 

 —— 私は、本当にびっくりしていた。


 元々のポーション作成はいわば家内制手工業。

 私の『胃袋』を使った抽出工程は、職人である私が『作業している自分を俯瞰的に考える』ことで行っていた。つまり、私と切り離すことができなかったのだ。

 これではたくさんの『胃袋』があったとしても、抽出は所詮自分で手作業するのと変わりなかった。数が多くなるだけ私が忙しい。

 いつか破綻する仕組みだった。


 しかしオルタクリムが作り出してくれたこの『胃袋』は、作業をあらかじめ装置に覚えさせることで、その後は私がいなくても工程を自動化できる。

 この『胃袋』の入口と出口を、リアルな工場の生産ラインにリンクさせておけば、ベルトコンベアを流れるようにポーションが作れるだろう。


 ポーションを量産するために、『胃袋』での抽出工程を諦めて、普通の市販ポーションのように『胃袋』は使わず単に機械化しただけの抽出方法に変更することも考えていただけに、これはとても朗報だった。


 『胃袋』は絶対的絶縁空間である。

 ポーションはその性質上、非常に化学反応しやすく、外気や装置の内壁に少し触れただけで品質が大きく低下してしまう。

 これを解消するのが『胃袋』内での抽出であった。


 私のポーションが人気がある理由のひとつが、他社商品を凌駕する品質の高さだ。

 なんと言っても、薬用成分がお肌にすーっと染みこむその感覚。これを一度覚えてしまったら、他社のポーションにはもう戻れない。


 オルタクリム考案の『全自動ポーション抽出胃袋』は、物理的な一般の生産工場と違い、概念的にバーチャルな装置を使っているだけなので、絶対的絶縁空間であることは変わりない。


 品質を保ったまま量産化できる目処がようやく立った。



   ◇◆◇◆◇



 この新しい製造方法により、今までの私のポーションよりも更に品質が上がった。


 素材は極上品質のものを厳選。

 聖水は「名水」と名高い31階層の雪解け水をふんだんに使用。

 肝心要の抽出工程は『胃袋』による絶対的絶縁空間の中で行われる。


 今までのポーション作りの常識とは大きくかけ離れた新たなステージに入っていた。


 『全自動ポーション抽出胃袋』により、今までのように私が時間をかけてひとつひとつ手作りする必要がなくなった。

 調子に乗って、試しに今まで3回だった調合・変化・抽出の工程を一気に3倍に増やし9回にしてみたところ、フルポーションとでも呼べるような超高品位なポーションができてしまった。


 フルポーションとは、手足がちぎれてほどんど死んでいる状態からでも蘇生させてしまうほどの効果がある。


 商品の全てをフルポーションにするのはさすがにやり過ぎ感があるので、今までの3回工程のものを通常通りのポーションとして売り、そこからグレードを増やし、5回、9回の商品ラインナップを用意することにした。


 お楽しみ実験で何回工程重ねることできるか試したところ、27回まで成功。

 それはもはやポーションではなく『龍豆』とでも呼べるような玉になった。

 —— これはもはや死んだ人まで蘇生できそうだな。外では黙っておこう。


 回数を重ねると当然できるポーションの量が大幅に目減りするので段階的にお値段を高くはしているが、その分ポーションの効果は絶大だ。

 ダンジョン内で手足がちぎれるような大ケガをして生死をさまよっている状況であれば、間違いなく金に糸目をつけずに『聖女の宅急便』で9回工程のフルポーションを購入するであろう。


 今までの3回工程のポーションでも、それまでのものに比べ明らかに品質が上がっている。

 もともと私のポーションは品質が高いことでも有名だったが、お値段据え置きでさらに品質があがったこのポーションの競争力は抜群で、他社のポーションを市場から一掃してしまうだろう。


    *


 工程を5回にしたポーションが、我が社のキラー商品となった。


 少しお高いが、普通に頑張っている冒険者には充分手が届く絶妙な値段設定。

 そして、品質はそれまでの3回工程のポーションが気休めのエナジードリンクに思えてしまうほどだ。

 一度使ってしまったらその魅力が忘れられなくなる逸品。


 —— 自信作だ。


 友達の冒険者パーティーに試験的に配ったところ、みな一様に5回工程のものを好んで使ってくれた。


 「3回工程のものは確かに多少のケガや体力は回復するのよ。今まではそれだけでも充分助かったし、それしかなかったからありがたく使っていたわ」


 私のインタビューに答えてくれる某 兼業主婦Aさん(38歳)。


 「でも5回工程のポーションはそれまでの経験とまるで違うの。回復するのではなく、体の内側からチカラが湧いてきて、さらに元気になるって感じ? お肌のつやもよくなるし、お腹も冷えないし、便秘も解消される。毎朝1本飲みたいくらい」(個人の感想です)



 『Kriem N°5クリムの5番』と名付けられたこのポーションを、限定的に売り出したところ、連日すぐに売り切れとなる盛況ぶり。


 Kriem N°5 は、それまでのポーションの概念をガラッと変え、世の既成概念や因習から冒険者を解き放ち、冒険者の世界に新たなモードを築いた。

 ボトルデザインも、今までのポーションの青みがかった安易な意匠の古い時代の香水瓶のイメージから、すっきりとした角みのある透明なガラスとした。


 「新しい冒険者のための新しいポーションフレグランス


 Kriemerクリマーと呼ばれる熱狂的なファンまで生まれた。

 


   ◇◆◇◆◇



 「とうとう、まがい物が現れたわー」


 20階層目の私のログハウス。

 テーブルの上に置かれたそのポーション瓶を見ながら、私は頭を抱えていた。

 その瓶には精巧な偽の『Kriem N°5』ラベルが貼られている。


 冒険者が、地階の道ばたで売っていたそのポーションを買ってダンジョンに潜り、魔物と戦った後に使ったところ、全く効き目がなかったとのことで、クレームのために持ち込んできたのだ。


 丁寧に偽物と本物のラベルの違いを説明して見せて、一応納得して帰ってもらったものの、これは『Kriem N°5』の信頼性を落としかねない由々しき事態である。


 『そう言えば、あんた『動く漫画』を描く魔法持ってなかったけかね?』

 と、おばあちゃん。

 『あれで、『Kriem N°5』ラベル作れば、誰が見ても一目で本物って分かるんじゃないのかね。普通ならそんな手の込んだ魔法使えないし、そもそもそんな魔法で一枚一枚ラベル作ったら偽物のポーションを売った利益なんて軽く吹っ飛ぶからね』


 「あるにはあるけど、私でもあれを一枚一枚作るのは大変すぎるわ——」


 よいアイデアなんだけどな——

 いかんせん労力が見合いそうにないのが残念。


 『であれば、『胃袋』に複製させればよいのでは?』

 最近馬鹿の一つ覚えのように『胃袋』ネタを連発する灼熱竜が言う。


 「ナイスアイデア! 確かに『胃袋』で複製すれば何万枚でも作れるわ。しかも、この世界では私しか『胃袋』持っていないから、誰かにまねされる心配もないし」


 『だったら、私がラベルのデザイン考える! こう見えても私、絵は得意なのよ』


 オルタクリムも参戦してきた。



 オルタクリムが描いた『Kriem N°5』ラベルは本当に格好良かった。


 バウムス家の紋章である薔薇を周辺に這わせ、中央に双子のような少女の胸像 —— これはふたりのクリムを表しているとのこと ——、その右には柔らかい表情のおばあちゃん、左には一目で強いことが分かる竜が火を噴いている構図。

 そして、中央に凝ったカリグラフで描かれた『Kriem N°5』のロゴ。

 さらに目をこらすと、細かい意匠が施された『Saint of The Evil』と『Made in Timbuktu』の文字が右下と左下にそれぞれ描かれている。

 二人の少女が手の上に乗せているのは、、、スライム?


 『あんたスライムだったんでしょ? そのルーツも忘れちゃダメよ』


 オルタクリムが頭の中でウインクをする。


 それぞれが控えめであるが、しっかりと存在感を醸し出している。

 派手ではないが、少し見ればラベルの細部がたおやかに動いていることがすぐに分かる。

 素敵なラベルだ。


 『わたしのことはミュシャって呼んで』

 なんだか分からないことを言うオルタクリム。なんだかとっても偉そうだ。


 こうして、誰にも偽造できない『Kriem N°5』の新ラベルが完成した。


 瞬く間にこの動く新ラベルの話題がダンジョン・ティンブクトゥの全ての冒険者に広まり、まがい物のポーションは一掃された。



 ダンジョン・ティンブクトゥの女性冒険者のアイコン、マリリンが「私がベッドで身に付けるのは『クリムのN°5』を数滴だけ」と言ったことがさらに人気に火を付けた。


 ポーションと言えば、もはや『Kriem N°5』を指すほどであった。


    *


 「機は熟した!」


 私はログハウスの部屋の中、ベッドの上に立ち、拳をあげてひとり宣言した。

 

 「今こそ、莫大な資金を一気呵成に投入するとき!」


 『『『天下を取るぞー!』』』

 

 オルタクリムたちも乗ってくれる。


 こうして、『邪悪な聖女』クリムは次なる野望に向かって突き進むのであった。




 —— まだ最後の審判を告げるホルンのは遠く、それに気づくものはいなかった。




———————————————————

次話『世界のカメヤマ』へ続く

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