邪悪な聖女の無双編

秘密の花園

 『Saint of The Evil  邪悪な聖女  』、ことクリムヒルトは困っていた。

 

 事の発端は、ひとりの冒険者がクリムに相談を持ちかけてきたことに始まる。


    *


 「ドロップアイテムを冒険者同士で気軽に交換できるところがほしいのよね——。 クリムちゃん、どうにかなんない?」


 話しを聞いてみる。

 どうやらドロップアイテムの蚤市のみのいちみたいなものがあればよさそうだ。

 そんな場所がダンジョン内にあると、いちいち地上に戻らなくてもダンジョンに再び潜るのに必要なちょっとしたアイテムをその場で交換して手に入れたり、人に譲ることができるので、ダンジョン生活が潤うらしい。


 私は『胃袋』に必要そうなもの無制限に好きなだけ入れて持ち運んでいるんでそんなこと考えたこともなかったけど、確かに普通の冒険者さんはダンジョン内を常に重い荷物背負って歩いていて大変そうだ。


 まあ、ちょっとした東屋あずまや程度であれば作るのも簡単だし、日頃『聖女の宅急便』を使ってくださるお客様に感謝を込めて、場を提供するのもありだな。


 『いいんじゃない? ダンジョンが便利になって冒険者が増えれば、回り回ってうちのポーションが売れるし』

 オルタクリムも商売人の顔になっている。


 『でも、アメーバーが寄りつかないように結界防御魔法使うのよね? それがばれて大丈夫?』

 おばあちゃんからのもっともな意見。


 「そこなのよね——。もうばれてもいいかとも思ってるんだけど、なかなか踏ん切りが付かなくて」


 『このダンジョン・ティンブクトゥの中にポーション工場があるってのはもう周知の事実になっておるからな。今さらと言えば今さらじゃ』 と、灼熱竜。


 確かに、ダンジョンに次々に入っていくブツリュウ・トラッケが1層目の迷路で忽然と姿を消したかと思うと、大量のポーションを積んで出てくる光景は、もはや誰も不思議に思わなくなっている。

 「ああ、またクリムね——」って感じで見逃してもらっているとも言えるけど。


 実は1層の迷路の一角に、ブツリュウ・トラッケだけが通れる不可視の門を作っていて、その中を私の『胃袋』でカメヤマ工場のすぐ外と直結してるのよね——

 このショートカットのお陰で、大量のポーションや素材を毎日運んでもダンジョン内に大きな混乱招かずに済んでいる。


 そう考えれば、日頃から私、みんなに黙認という名でお世話になっているのよね。

 還元することも大事だな、うん。



   ◇◆◇◆◇



 「え〜っと、細かいことは内緒なんだけど、みんなが集まれる東屋がダンジョンの中に作れるとしたら、どこの階層がいいと思う?」


 私の急な提案に、相談を受けたみんなは「またクリムがおかしなこと言い出したぞ」って顔をした。



 ここは、8階層目の草原。

 地下にも関わらず、ダンジョン階層さかいの天井ではなく遙か上空まで澄んだ青空がどこまでも広がって見えるのはダンジョンの七不思議だが、ともかく私の知り合いの女子冒険者でお茶会兼ピクニックをするのはここと何故か決まっていた。


 「まあ、クリムが素っ頓狂なことやり出しても今さら驚かないけどね」

 マッチョなお姉さん冒険者のフリッガが、私が出したコヒとチョコを満喫しながら言った。

 フリッガは、私がダンジョン・ティンブクトゥに来た初日に知り合ったジャン・パーティーのメンバだ。私の初めてのダンジョン友達と言ってもいい。


 「そうは言っても、今回はまたヤバい話よね。自分から『ダンジョンの中に建物建てられるんですう〜私』って公に宣言しちゃうようなもんだからな」

 と、ちょっとヤンキーな雰囲気漂うカオリンが、茶化しながらも心配してくれる。


 「まあ、みんな知ってることですけどね。クリムちゃんがダンジョンに定住しているだろうってことも」

 すました顔で自分で淹れた紅茶を飲むロティー。彼女は上流階級貴族のひとり娘でありながら親を説き伏せて 脅して 冒険者稼業を続けている変わり種だ。


 という私も、勘当されてはいるけど、公爵家の娘だもんな。

 二人が友達って知ったら互いの実家めっちゃ驚くだろうな。



 「な、何のことかしら? おほほほほ。ちゃんと毎日家に帰っておりますですよ」


 「ってか、お前のこと地上で見たことないもんな。ずっとダンジョンにいんだろ? 引きこもりか!」


 「ほんとクリムはダンジョンが好きだよな。冒険しているところほとんど見たことないけど」


 「クリムちゃんはダンジョンの申し子なのよ。きっとダンジョンの中で生まれたコーネリアンに違いないわ」


 みんなしてまた好き勝手なことを言う。まあ、99%当たっているけど。

 

 「で、どこがいい?」

 もう一度私が尋ねる。


 「5階層かな? あそこは冒険者みんなのホームみたいなもんだからね」

 一番年長のお姉さんらしく、フリッガが最初に答える。


 「まあ5階層になるよな。普通すぎてあんまり面白みはないけどな」

 カオリンがなぜか残念そうに追従する。


 「私も5階層がいいと思うな——、実は5階層にカオリンも喜ぶような面白いところがあるの」

 ロティーが秘密めいたお茶目な顔でウィンクした。


 「ねぇ? この後、みんなでそこに行ってみない?」


    *


 「ここよ」


 5階層に上がり、ロティーに連れられるままに付き従って歩いてきたフリッガとカオリンと私。

 到着したところは、5階層の端っこの鬱蒼としたいばらの茂みだった。


 「ここが何なんだ?」

 カオリンが辛抱堪らず尋ねる。


 ただの鬱蒼とした茂みが横にずっと続いているだけで、目新しい素材も魔物もいなさそうだ。


 「しかもこんな端っこじゃ、誰も来ないでしょ? 東屋向きじゃないわ」

 私も疑問だった。

 何か知っているかもと思ってフリッガに目線を送るも、彼女も何も分からないとでも言いたげな顔付きで手のひらを上に両手を少し持ち上げ、戯けたポーズをとる。

 

 「こっちよ、こっち」

 ロティーが少し奥の方に入って、私たちに手招きする。

 3人がロティーに追いついた。

 まだ分からない。


 「まだ分からない?」

 してやったりの顔で茂みを指さした。


 ロティーの指し示す方向を3人が目で追う。

 そこだけいばらの茂みが薄くなっている。

 


 「私に着いてきて」


 ロティーが中腰になりながら、茂みの薄くなったところに体を突っ込んだ。

 ロティーの後ろに、カオリン、私、フリッガが順に連なって、茂みに体を突っ込みながら、奥に入っていった。

 いばらが痛い。

 しかも地味に中腰もきつい。


 茂みの入口は狭かったものの、少し行くと上と左右にゆとりが出来てトンネル状になっているのに気付いた。

 いばらのトンネルをさらに三十メートルほど進んだだろうか。

 視界が突然開けた。


    *


 古びた庭園のようだ。


 ずっと放置されていたのか、元々はきれいに整備されていただろう花壇にも薔薇の木に絡まるようにツタや雑草が繁茂し、蔓性植物の花の棚段からは花の代わりにツタがだらしなく垂れていた。


 「庭だな」

 最後に出てきたフリッガがつぶやく。


 「これが何なんだ?」

 カオリンが仁王立ちしながら、先ほどと同じような感想を吐く。


 「ふえ〜っ、不思議だ〜」

 私が思わず漏らした。


 「でしょ?」 と、ロティー


 「一体これがなんなんだ?」

 フリッガがまだ分からない様子でロティーに尋ねた。

 カオリンも頭をひねっている。


 「ここは人工の庭園なのに、アメーバーに侵食されずにそのまま残っているのよ」


 

   ◇◆◇◆◇



 そこから4人で、1時間ほどかけて庭園を掃除した。


 枯れ葉を集め、ツタや雑草を抜き、倒れていた石を元の場所に戻し、堅くなった土を掘り返す。

 みんなの怪力や魔法も使って、庭園は見違えるようにきれいになった。


 掃除をしていて気付いたが、ダンジョンに普通にいるはずのアメーバーが一匹も見当たらない。それだけを見ても何かこの場所には特殊な力があるように思える。



 「確かに不思議だわ、こりゃ」

 カオリンが朽ちていない石像や、原型を留めているアーチ状の金網を見て言う。


 「これが残るなら、家があっても残りそうだな」

 フリッガも、庭園の真ん中に設置されていた金属製のテーブルとチェアに不思議そうな顔をした。チェアを後ろに引き、重そうなフリッガのお尻を乗せる。チェアはびくともしない。


 ロティーは、レンガで囲われた元は噴水池らしき窪みに入って、中央にある水道栓をいじっていた。


 「プシューーーー」


 水道栓から勢いよく噴水が飛び出し、ロティーの顔をびしょびしょにした。

 ロティーは慌てて噴水池らしき窪みから逃げた。

 噴水から流れた水が窪みにゆっくりと貯まり、やがて水面になった。



 「これは調べる価値ありそうね」


 私はキラキラした目でこの秘密めいた庭園を見回して言った。

 みんなも興味津々な目をして頷いた。


    *


 4人で園庭の周りを丹念に調べる。


 隠された魔方陣や魔道具などがないか。

 結界らしきものが張られていないか。

 アメーバー避けの仕組みや殺アメーバー剤が撒かれていないか。

 逆に、離れた場所にアメーバートラップが仕掛けられていないか。


 —— 全く、見つからなかった。



 外でアメーバーを何匹か捕まえ、庭園に離す実験もした。

 すぐ死ぬわけではないが、アメーバーは離したところから動こうともせず、球状に縮こまってしまった。

 このままの姿であれば、アメーバーは数日で体の水分もなくなり死ぬだろう。


 『この現象から察するに、結界防御魔法とも違うな』

 私の頭の中で灼熱竜がつぶやく。


 そうなのよね——

 私の結界防御魔法は、私が許可したものしか入れないから、たとえアメーバーを強制的に持ち込もうとしても、結界に触れた瞬間にはじかれてしまって中に入ることが出来ない。

 ここに結界防御魔法が張ってあったら、そもそも私たちも入れないことになる。



 他のひとは通れて、アメーバーが入れない方法……


 このからくりが分かれば、ダンジョン内に自由に施設が建てられるんだけどな——


 結界防御魔法はセキュリティレベルが高すぎる。

 仕掛けた私は自由に出入りできるものの、それ以外の人を招こうと思うと、ひとりひとりに特別なアカウント付与魔法をかけて、認可しなければならない。


 今のところ結界防御魔法を恒常的に使っているのは、20階層の私のログハウスと、31階層のカメヤマ工場だけなので、さして支障はない。

 が、冒険者が誰でも寄れるところを作るとしたら、認可業務だけで私が過労死してしまうだろう。


 たとえみんなからお願いされても、そんなブラックな未来はごめんだ。

 東屋を作ることに決めた時、一番の課題だと思ったのがそれだ。

 結界防御魔法を使わずに、東屋を維持する方法を見つけること。


 『うん? 何やら良い薫りがしない?』

 日記のおばあちゃんがバーチャルな鼻をくんくん鳴らした。


 私も匂いを嗅ぐ。確かに、この庭園には良い薫りが漂っていた。


 くんくん匂いをたどる私。


 —— すぐ横に立っていたロティーに行き着く。


 ロティーの周りをゆっくりと回りながら、ロティーの体に顔を近づけてくんくんする。


 「何なに! クリムちゃんどうしたの———⁈」


 麻薬捜査犬のようになっている私に、赤面しながら困った顔で上を向くロティー。


 今度はしゃがんで足下の土をひとつまみして匂いを嗅いだ。


 「—— 犯人が分かった」

 強い口調で私が言う。


 「な、何なのよ——⁈」

 ロティーが驚いた顔で私に叫ぶ。


 私はキメ顔でみんなに振り返り、眼鏡越しの斜め目線で言った。


 「江戸川クリム……、探偵さ……」


    *


 『いやいや、お前はクリムヒルト・フォン・バウムスじゃろ! わしの知識の中からたまに何らや読み漁っていると思ったら、異世界の『漫画』を読んでおったな!』


 灼熱竜にはすぐネタがばれてしまった。


 一度やってみたかったのよね——

 このシーン。


 全く理解が追いついていない、オルタクリムとおばあちゃん。


 『何で『眼鏡越し』なんじゃ? クリムは眼鏡なんてかけておらんじゃろ?』


 そこは私の妄想だから、突っ込まずに流して〜(汗)



 それ以上に、置いてけぼりなロティーたち。


 「お前が犯人だったのか——! ロティー!」

 脊髄だけで生きているカオリンが真っ先に反応した。

 

 「何で私なの——⁈ それ以前に何の犯人なの——⁈」

 びっくりして自分の両手で自分の顔に思いっきりあっちょんぷりけするロティー。


 「いや誰も犯人がロティーだなんて言っていないだろう。落ち着けカオリン」

 フリッガが、興奮気味のカオリンに「どうどう」してなだめながら、私に聞いた。

 「で、クリム。何なんだ? 犯人って」


 「よくぞ聞いてくれました! この『花園』の秘密は——」


 私は、左腕を腰に当てながら、右手の人差し指を伸ばしてずばっと『犯人』を指し示した。


 右手が伸びた先には『噴水』。


 「どういうこと?」 と、ロティー。

 「噴水が犯人?」 と、フリッガ。

 『さっぱり分からん』 と、おばあちゃん。

 『何なに⁈ 早く教えて!』 と、オルタクリム。


 「やっぱりロティーが犯人か!」 まだ言っているカオリン。


 『わしには分かったぞ、この謎の正体が』

 ひとりニヤリとする灼熱竜。



 「噴水の水の匂いを嗅いでみて」


 もうすっかり水量が復活した噴水池のところまでみんなを連れてきた私は、池の水を掬った私の手のひらをみんなの顔の前に差しだした。


 「何やら良い薫りがするわね——」

 微かだが、ほんのりとしたフラグレンス薫りが確かに立ちのぼっていた。


 「でしょでしょ? これは『ポーション水』よ」

 私が勝ち誇ったように言う。

 「さっきロティーの服からこの匂いが漂ってきて、あれ?と思ったのよ。噴水でロティーがびしょびしょになったときに付いたのね」


 「普通のポーションと何が違うんだ?」

 ようやくカオリンのしつけから解放されて、手を離せたフリッガが尋ねる。

 みんなもピンと来ていない様子。



 「ポーションは薬効が大事だから、中のエッセンスをどんどん濃縮するために抽出工程を繰り返すの。だからどんどん濃くなる」


 「うん、それはわかる」ロティー。


 「その過程で出てくるのが『ポーション水』。まあ薬効があるエッセンスがなくなった出涸らしで、一種の産業廃棄水ね」


 私の工場でも日々この『ポーション水』が生み出されている。

 土壌汚染が心配だったので、そのままダンジョンに垂れ流さずに『胃袋』の貯水庫にしまっていた。

 『胃袋』は拡がるので今のところ処理には困っていないが、いずれどうにかしたいなと思っていたところ。


 こんな便利な使い道があるのか ——

 目からうろこだ。


 「これを使えば、冒険者の東屋あずまやも解決しそう!」

 私は喜んで、ロティーの両手をつかんではしゃぎ回った。


 「ポーション生産デルタ地帯の影のフィクサー、クリムちゃんしか出来ない芸当ね!」

 すぐにピンときたロティーも嬉しそうに跳ねてくれた。

 

 「そうか! 『ポーション水』を無尽蔵に使えるのは世界中見回してもクリムくらいだもんな」

 フリッガも納得した。


 「で、ロティーは何をしでかしちゃったの?」

 まだ状況が飲み込めていないカオリンが、他の三人の顔を見回して聞いた。


 「—— こんな素敵な『秘密の花園』にみんなを連れてきてくれたのよ!」


 私はひとりダンスのようにぐるぐると踊りながら、朗らかに言った。


 いつの間に、一度は枯れ朽ちていたように見えた庭園の木々に精気が戻り、短時間で復活した薔薇が『花園』に咲き乱れていた。


    *


 人生にはごくたまに、自分がいつまでも永遠に生きられると確信できる瞬間が訪れる。

 そして、四方を茨の垣根に囲まれた『秘密の花園』で、素敵な友達たちとの出会いに改めて感謝したこの日、クリムヒルト・フォン・バウムスにもそのような瞬間が訪れたのだった。




———————————————————

次話『第六の男』へ続く

 


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