邪悪な聖女の成り上がり編
聖女の宅急便
ダンジョン冒険者はいくつかのタイプに分かれる。
ひとつはもっともダンジョン探検者らしいタイプ。
『深層攻略組(イノベーター)』だ。
未踏な階層をひとつでも深く潜る、その一点に集中している。
ダンジョン・ティンブクトゥ全体でも50人ほどしかいないダンジョンエリートである。
ダンジョンには10階層おきに階層主と呼ばれるとてつもなく強い魔物がいる。この階層主を倒さねばその下の階には進めない。
深層攻略組は、普段は少人数先鋭の戦闘特化型パーティーで活動している。
階層主と戦うときに攻略組同士でレイドを組み、一致団結して攻略する。
階層主を倒し、下の階層を開放するとレイドを解散する。
そこからは、また10階層下の階層主と戦う日までひたすら己のレベルを上げ、武具を揃え、スキルを鍛える。
かなりストイックな集団で、自己陶酔の権化もいると聞く。
普通の冒険者パーティーなら恥ずかしくてできないのだが、彼らはギルドメンバー内でおそろいのデザインの戦闘服を着る。
それも、中世十字軍を模してでもいるかのような、それでいて全く時代考察されていない、ラノベ好きの中世マニアが夢想したようなデザインだ。
なぜか女子だけは防御力を無視してミニスカである。
それが嫌で攻略組に入るのを躊躇している冒険者もいるという。
死亡率も最も高い。
その分、最初の到達者として、経験値上昇、ドロップアイテムや宝箱のお宝の貴重さ、名誉などは計り知れず、冒険者と言うよりはもはや英雄として遇されている。
彼らによって、このダンジョン・ティンブクトゥは現在59階層まで攻略が進んだのだ。
*
二つ目は、深層攻略組が踏破した階層に真っ先に入り込み、隈なく探検する、いわゆる『地図組(マップメーカー)』だ。
深層攻略組は最速・最短で進むため、攻略した直後の階層はまだ未知の白地図状態。この白地図に線を引き、出現魔物や地形などを記録し地図にプロットし、情報を書き込んで地図にしていくのが彼らだ。
体を張って未踏の場所に踏み込み、未知の魔物と戦い、攻略方法を紐解き、地図に加えていく。
二番目に危険なタイプでもある。
全体で三百人ほど。
パーティーは前衛・中衛・後衛のバランス重視の熟練者で構成されていることが多い。
ジャンのパーティーもこのタイプだ。
マップメーカーはさらに3つに分類される。
攻略直後に階層になだれ込んで真っ先に白地図を太ペンと面相筆で粗く塗っていくアーリーアダプター系。数は少ないものの一騎当千の武闘派で、深層攻略組に引けを取らない戦闘力を有している。
その後のまだ広大な白地図が残っている地図を平筆と細密ペンで細かく埋めていくのがアーリーマジョリティ系。ほとんどのマップメーカーはここの範疇に属している。好奇心が高く、未開の地にどんどん足を踏み入れてはお宝や秘密を見つけることに無上の喜びを感じるタイプだ。
そして最後に、埋まっていない
いずれにしても彼らが丹念に調べてくれた地図はダンジョン冒険者のための貴重な情報として無償で公開される。
マップメーカーに与えられるものは膨大なダンジョンの資源であり、ダンジョンを生き抜く上での貴重な生の情報であり、フロンティアを切り開く開拓者としての栄誉だ。
*
最後が、ダンジョンで魔物を狩りドロップアイテムを集めることを生業とする『狩猟組(ハンター)』。
このタイプが一番大勢を占めている。
ダンジョンに潜る実に99%以上がこのハンターである。
深層であればあるほど高価で取引されるドロップアイテムが出てくるため、無理してパーティーのレベルを超える階層に入り込むものも多い。が、ダンジョンはそのようなものに平等に試練を与える。
ハンターには熟練者も多いが、食いっぱぐれて一攫千金を狙うために知識も準備もなくダンジョンに潜るごろつきもまた多い。
そのような輩は、運が良ければ生きながらえて熟練者になっていくかもしれないが、大半は遠からず腕や足の一本や二本をなくしダンジョンを退場することになる。
ダンジョンは非情だ。
人数が多いため割合からみれば死亡率はそれほど高くないものの、ダンジョンでの死亡者のほとんどは彼らだ。
また四肢欠損となるような大怪我で冒険者から早期引退となるものはその何百倍にもなる。
彼らの欠けた穴を新しく埋めるのもまた彼らのような食いっぱぐれたものたち。
ダンジョンはいつも盛況である。
世間的にダンジョン冒険者といえばこのハンターだ。
—— 最初の私は、まさにこの新米
◇◆◇◆◇
新米ごろつきハンター時代を幸運にも通り過ぎ、大半のものが退場する魔のゴールデンタイムを私は退場せずに生きながらえることができた。
自作ポーションや自作魔道具に何度も助けられた。
生き抜くために工夫を重ね、さらにポーションや魔道具の生産スキルが上がった。
金欠からはじめた自作だったが、今では市販品よりも効果が高くなっている。
一文無しの金欠も徐々に解消され、ようやく生計を立てられる一人前の冒険者になってきた。
実家にはまだ戻れていない。
立派に独り立ちできてから錦を飾ろうと心に決めている。
時折ギルド登録所のお姉さんのところに出向き、いろいろな情報を交換する。
お姉さんはまだ新米の私に冒険者として生き抜く叡智を授けてくれた。
*
私はいつの間にかマップメーカーとして認知されるようになっていた。
アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間といったところだろうか。
私の探知レーダーや索敵のスキルは地図作成に非常に役に立つ。
ダンジョンでの生活はかなり楽しいものだった。
ダンジョン・ティンブクトゥは広大で深いだけでなく、多種多様な地形・環境・気候あり、地下であることを忘れて私はダンジョン生活を満喫した。
実は、温暖で天候も安定している20階層目の目立たない場所にこっそりログハウスを建てて暮らしはじめた。
ダンジョン探検は一度潜ると何日も何日も潜ったままになるのが普通だ。
冒険者はみなダンジョンで寝泊まりはしている。
しかし重装備な冒険者は寝るにも薄いシート一枚に包まって寒さを凌ぐのが関の山だ。ダンジョン内に宿泊するための施設を持つなど夢想だにしないだろう。
仮にダンジョン内で資材を集め施設を作るにしても、魔物が巣食うダンジョンの中ではすぐに破壊されたり寝込みを襲われてしまう。
過去の先鞭者の数々の失敗もあり、もうダンジョン内に一時であっても施設を作ろうとするような冒険者はいなくなっていた。
が、実は私には永続的に張っておくことができる結界防御魔法(可視探知不能属性付き)があり、ログハウスの回りを囲っているから安心なのだ。
ログハウスに好きなものを持ち込み、悠々自適な暮らしをはじめている。
もはや地上に戻る必要もなく、好きなときに好きなだけダンジョンを探索できる生活。ダンジョン冒険者であれば一度は夢見る理想の暮らしだ。
このことはダンジョン・ティンブクトゥ界隈へのインパクト強すぎてまだ友達にも内緒にしている。
◇◆◇◆◇
「私、お店をやってみようと思うの」
灼熱竜とオルタクリム、ひいおばあちゃんに相談する。
最近私のポーションが効果高いということで密かに人気になっていた。
しかもダンジョンの中でその場でポーションを売ってもらえるので、重いポーションを地上から持ち込む必要もなく、重装備な冒険者に都合がよい。
でも、私に会えるかどうかは時の運なので、ポーションを売ってもらえる前提で荷物を減らしてダンジョンに入ることは(少なくとも無謀な冒険者以外は)決断できない。
『ダンジョンにお店作ってポーション売ってくれない?』
友達になった冒険者からもよく冗談で言われるようになっていた。
もちろん、ダンジョンの中に施設を作れるとは思っていないので冗談ではある。
が、内緒にはしているが、結界魔法がある私はダンジョンにお店を作ることは可能だった。
『いいんじゃない? 楽しそうだし、探検するよりも楽よ』
オルタが賛成する。
まあ、オルタは賛成すると思った。
悠々自適って言葉大好きだし。
まあ私も好きだけど。
『わたしも賛成。探検は危ないからね——。お店の方がずっと安心だわ』
と、ひいおばあちゃん。
確かに何度も死にそうになっておばあちゃんに心配掛けたからね。
『我は何度も深層攻略組に入れと言っておるでな。こんな中層の魔物では倒してもつまらん』
勝手な灼熱竜は無視しよっと。
でも私も冒険を辞めるつもりはないんよね——。楽しいから。
いつかは攻略組に混じって階層主とも戦ってみたい。
『よい心掛けじゃ。その時は我が力に頼るがよい』
頭の中に住んでて、私の心が読めることを忘れてた。いかんいかん。
*
『でも、どの階層でお店開くか悩ましいわね——』
おばあちゃんが我がことのように悩んでくれる。
『ポーション欲しくなる階層っていくつもあるもんね。2階層には集団で襲ってくる魔物多いから体力やケガ治すためにポーション大量に使うし、9階層の地獄めぐりコースではありとあらゆる状態異常をかけてくるし、13階層のゾンビランドでは聖水でゾンビ寄せ付けないようにしたいし……』
オルタクリムも楽しそうに考えはじめる。
「自分でがむしゃら働くのもどうなのかな——って最近思うのよ。ブラック経営者兼労働者やってたら過労死しちゃいそう」
『いっそのこと田舎の無人野菜販売所みたいに、各階層にポーション販売所作ってお代は自分で賽銭箱に入れてもらうっていうのはどうだ?冒険者は貸し借りについてはしっかりしているし、我ながらよいアイデアだな』
鼻から火炎吹き出さんばかりの勢いで鼻息荒くなる。もちろん頭の中のバーチャル竜の姿だけど。
「みんないいアイデアね! 確かにほしいところにポーションないと使いにくいもんね。無人店もいいけど、鮮度とお金の管理が心配。ポーションは寿命が短いし、冒険者もみんながみんな節度あるわけじゃないから、無人販売所あったらそれこそ賽銭泥棒が湧きそう」
と考えてたところで、すごくいいことを思いついた。
*
販売拠点はできるだけ各階層に用意する。
ただし無人販売所形式ではなく結界防御魔法(可視探知不能属性付き)で隠す。
各拠点にはポーション需給管理し鮮度保てるくらいの数量を常に補充する。
そして、ここに取り出したるは定型超短文送信魔法が付与された魔道具。
『定型超短文送信魔法って、昔流行ったポケベロじゃろ?あんなのでどうするんじゃ』
さすがおばあちゃん、古いこと知っている。
「あの魔法って長文送信魔法や通話魔法みたいに便利には使えないけど、逆に送信力はめっちゃ強いのよ。実験したら1階層目の迷路の中や、むやみに広い10階層の端から端までも楽々届くの。さらにこれは最近発見したのだけど、私の魔力をちょちょいのちょいって込めたら、なんと階層を跨いで受信することができたわ。上下3階層分くらいだけど、まだ階層を越えた通信方式は巷では発見されていないからね。これはダンジョン探索の常識を覆す、すごい発見よ!」
私は鼻から火炎吹き出さんばかりの勢いで鼻息荒くなる。こちとらリアルな鼻息だ。
「この特製ポケベロを注文に使うのはどう? あらかじめポーション注文用にボタンいくつか用意して、これ押すと体力回復ポーション、これ押すと魔力回復みたいな種類のボタンと、注文数のボタン、最後に確定ボタン。この簡単な操作だけで注文できるならまさに今戦っている最中でも注文できそうじゃない? 名付けて『ダッシュボタン』。最初にこれをやった
密林さんの失敗は、注文方法いくらでもあるご家庭の中で『ダッシュボタン』を使ってもらおうとしたこと。ずぼらな私でも、洗剤がなくなった時に、その場で洗剤をワンボタンで注文できる魔道具が洗濯機に貼っていなくても、部屋に戻って通信端末魔道具から注文するわ。そのくらい困らんし。
しかし、ダンジョンの中では『ダッシュボタン』みたいな単機能の注文魔道具は逆に有効だ。ポーションが必要な状況って言えば、全く余裕がないときだからね。簡単に持ち運べて、難しい操作が要らずにピコっとボタン押すだけのこの道具があれば、いざというときに惜しみなくみんな使ってくれると考えた。
『注文できたとしても、どこに取りにいけばいいの? 戦いの最中に階層の入口まで取りにいくなんて無理よね——』
「そこが、このアイデアの最後のミソよ! じゃじゃ——ん」
と、メタル・ビーを『胃袋』の中から一匹取り出す。2階層目で捕食した魔物だ。
「メタル・ビーって、女王蜂の指示で自律的に的確に働けるの。知能もそれなりにあって、ちょっとした判断ならなんなくこなすわ。実は私、捕食したときに女王蜂認定されたみたいで、よく懐いてくれてるのよ——」
みんな『お前の考えは読めたぞ。この悪徳商人めが』って顔になってる。もちろんバーチャルだけど。
「そう、このメタル・ビーに注文を捌いてポーションを現地まで届けてもらうの。注文者からちゃんとお金を受け取ってね。これだったら冒険者はいつでも新鮮なポーションが必要なときに必要な分だけ手に入り、私はお金を取りっぱぐれない。しかも私が直接配達や集金に汗水たらす必要もなし! みんなWin-Winね」
にっこり微笑む私。
今日という世界の中で、一番邪悪な微笑みを浮かべたのはきっと私だろう。
*
開店の前に、様々な階層で実験を繰り返した。
メタル・ビーは配達員として最適だった。
1匹で他者を倒す力はないものの、逃げる能力はダンジョン随一だった。
ダンジョンの魔物の中でも素早さが抜きん出ているメタル・ビーはそもそも他の魔物に襲われる心配は皆無。
熱にも寒さにも毒にも状態異常にも精神干渉にも強い。
その上、他の魔物にくらべ小型なので狭いところをくぐり抜けることもできる。
空を飛べるから水辺や森もひとっ飛び。
欠点といえば酸に弱いことだが、そもそも酸を撒き散らす魔物は『アシッド・ドラゴン』くらいと限られているし、私オリジナルの酸耐性ペイントをメタルボディに塗って魔物から逃げるくらいはできるようになった。まあ倒す必要はないもんね。
酸耐性ペイントを塗った副産物として、赤十字マークのような目立つ柄になり、野生のメタル・ビーと間違える心配もなくなった。
メタル・ビーの配達訓練で、赤十字マーク柄のメタル・ビーがポーションを体にくくりつけて私めがけて飛んできたのを見たときは、救世主が現れたかのようにちょっと感動して涙が滲んだ。
難しいかもと考えていた、注文種・注文数に応じたポーションを自分で選び出してデリバリーボックスに入れる作業の習得も解決済み。
女王蜂の幼虫の世話に似ているらしく、的確にポーション保管庫から必要数量取り出し、丁寧にボックスにしまう、完璧な働きぶり。
数量や種類を間違えることもない。
注文のあった地点まで飛ぶのは、蜂の天然の方向・距離センサーのおかげで難なくクリア。
迷路などの難所は別に教える必要があったが、それも何度か実地練習することで覚えた。
集金はすこし習得に時間がかかったが、お金を受け取るまで絶対にポーションを離すなときつく教え、すっかり鬼の集金マシーンと化した。
集めたお金を各階層の販売拠点に集めるのは蜜を集めるのと同じで全く問題なし。
私の仕事といえば、各拠点のポーションの在庫を切らさず鮮度保てるように管理し、メタル・ビーが集めてくれたお金を回収すること。
…… これめっちゃ楽だわ。
さらにポーション在庫管理&お金回収も自動化できれば、もう不労所得者の仲間入りよ——。 おーっほっほ!
深層はさすがのメタル・ビーでも環境厳しいので別の手段考えるとして、1階層から30階層くらいまでであれば、この集金システムでサービスできる目処が立った。
*
「名付けて『聖女の宅急便』! 本日開店です!」
オルタクリムからは店名がキキに訴えられないか心配された。
違う世界なのでセーフだろうと判断したが。
っていうか、キキって名前自体もイエローカードだよね?
お友達の冒険者に事前にバンバン宣伝していた効果が現れ、知り合いのパーティーが大勢集まってくれていた。
このサービスの噂を聞きつけた冒険者達もたくさん集まってきた。
みな次々に注文魔道具『ダッシュボタン』を受け取っていく。
『ダッシュボタン』は初回サービスとして先着百名様に無料配布した。
それ以降のお客様にも、正価の四分の一のお値段でボタンを販売する。
また、今日から一週間のポーション注文は三割引とした。
結構な大盤振る舞いだ。
まあ、この『ダッシュボタン』を実際に使ってもらい、その快適さを一度知ってしまえば、私のサービスの虜になって何度でも利用してくれるだろうからね。
私の計算では『ダッシュボタン』を無料で配ったとしても、5回ポーション購入に使ってくれればお釣りがくる。そこから先はウハウハだ。
にやっ。
開店案内 & 『ダッシュボタン』配布会場の長蛇の列を見ながら、思わず商売人としてのブラックな顔をしてしまった。
高品質&デリバリーサービスということで、ポーションは市場のものよりも結構お高めに設定している。
まずは、高かったとしても収入十分あり、元が取れる計算がつく熟練冒険者たちに使ってもらう作戦。
薄利多売ではなく真心込めて一滴一滴大事に作っているからね。
ド○ホル○リ○クルですよ! ええ、安くはしませんとも!
その場で早速サービスを使ってくれるお客が現れる。
実際に入用になる前に本当に届くのか確かめてみたかったのだろう。
その考え方好きよ。
注文してから2分も待たずに赤十字模様のメタル・ビーがポーションを持ってきた。
彼らが上空に現れたとき、その配送スピードともに愛らしい姿で健気にポーションを運ぶ赤十字蜂に、周りの冒険者もみな一様に喝采を送ってくれた。
しめしめ。他の潜在的なお客の前でいいデモストレーションになってくれたぞ。
『ダッシュボタン』を受け取った人々が、配布の列に並ぶ人々とイェーイとハイタッチしながら、新品の『ダッシュボタン』の箱を頭上高くかざしてパーティーの仲間がいる場所に戻る。
会場の隅では、箱を開ける『開封の儀』を動画記録魔道具で撮影する『ようつばー』の姿も見られる。
列に一番乗りしていたモヒカン頭の有名冒険者がテレンビの取材陣のインタビューを受けてしきりに「ビックウェーブ、ビックウェーブ」を連発している。
まさに、周辺は熱気溢れたノリのいい林檎信者たちが集う一大イベント会場の様相を呈してきた。
さらににやつく私 ——
◇◆◇◆◇
サービス規定としては、どの階層も60分以内の配達を約束した。
それを越えた場合はポーション無料。
拠点は階層の特徴に合わせて配置している。
最も狭いエリアの階層でも2拠点。
広い場所、もしくは複雑な場所などでは数を増やし最大5拠点も作った。
開店準備で実験していたときはどんな場所でも最長26分だった。
想定外のトラブルが発生しても60分以内であればどうにかなるだろう。
通常はダンジョンの奥でも数分で届くので、利用してくれた冒険者はみなその配達スピードに驚いてくれた。
ダンジョンではポーションがあるかないかで生死が分かれる。
ポーションが必要なのは、そんなシビアな状態のときだ。
冒険者は己の命と仲間の命を最も大事にする人種だ。そのために、道具やサービスには人一倍敏感だ。一度悪い噂が立つと二度と振り向いてくれない。
私は商売だからと甘く考えずに、注文されたポーションは確実に配達することを第一にシステムを構築していた。
各拠点には常にメタル・ビーが複数待機。
過剰なほどのメタル・ビーの数だ。休息も充分取らせているので、ひとっ飛びしてもらうときは疲れもなく元気満タンで仕事にあたってもらえている。
同じ階層にある拠点は、もう一方になんらかのトラブルがあった場合にはバックアップとして機能させる。
ポーションの在庫は多めに用意。賞味期限切れは恐れずに常に新鮮なものを届けることにしていた。
階層の拠点に大ダメージが出るような厄災が発生した場合は、高出力ポケベルで連絡し上下3階層から支援仰げる緊急コールも作った。
また納品時間に間に合わないようなトラブルが発生しそうな場合は、上下の階層経由で私に連絡がすぐ入るような緊急連絡網を完備。
いざとなれば私自らがポーションを持って、転移魔法でお客様のもとに馳せ参じる。
何重もの冗長性を持たせたこの『聖女の宅急便』システムは、どんな場所、どんな依頼であっても、受けた注文を必ず果たす。
噂が噂を呼び、本来疑い深く迷信深い冒険者の間にも瞬く間に浸透していった。
*
「はじめは半信半疑だったんですけど、9階層目で大怪我をしたときに注文したら本当にすぐにポーションを届けてくれたんです。今わたしが生きているのは『聖女の宅急便』のお陰です!」—— 兼業主婦Aさん(38歳)
*
「あの赤十字マークを見ると、『助かった!』って心底思うからね。どんだけヤバい場所にいても届けてくれるんだ。もうかれこれ十回以上使ってるけど、一度だって遅れたことはない。信頼・安心のマークだね」—— 中堅地図屋Bさん(30歳)
*
「今となっては、このサービスがあるからダンジョン・ティンブクトゥに潜っているって言っても言い過ぎじゃないくらいさ。もう『聖女の宅急便』がないダンジョンなんて怖くて行けないよ」—— 熟練ごろつきハンターCさん(52歳)
*
「早くボクたち深層攻略組にも恩恵に預からせてもらいたいな。中層で一度使ってみたけど結構いいよね。死んでもいいダンジョンなんてヌルすぎる。これがあれば死ななくてもいい多くの命が助かる」—— 深層攻略組イキリ担当Dさん(15歳)
*
「レイドでいくつものパーティーが同時に全滅しそうになったときは本当に心が折れそうになっていた。ダメ元で百個のポーションを注文してから3分後に、あの赤い十字マークの蜂たちが大隊列を組んで『ワルキューレの騎行』を羽音で奏でながら死地に現れたときは、泣きそうになった。いや、泣いた。もはや戦友だよ彼らは」
—— 開店から1ヶ月。口コミが拡がり、そんな信頼が徐々に得られてきた。
◇◆◇◆◇
「勘当されたりもしたけれど、私は元気です」
こうして私はダンジョン・ティンブクトゥで最も有名な冒険者のひとりとなり、事業家の仲間入りを果たしたのである。
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次回、『ビーター』
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