ぼっち・ざ・だんじょん
晴れて冒険者パーティー(ぼっち)として登録された私は、いよいよダンジョンの中に入る資格が出来た。
非戦闘職の中でも最弱を誇る、なんにも役に立たない聖女の私がダンジョンとは自分でも驚きだ。ちょっと前までそんなこと考えたこともなかった。
しかし急ぎ自分で生計を立てなくてはならない。
そして一番稼げるのがダンジョン。
背に腹は代えられない。
*
王国で一番有名なダンジョンはオラトリオだが、あそこはもはや観光地と化していて既得権者も多く新参者には面倒そうだ。
せっかくダンジョン冒険を生業にするなら、王国で一番大きく深くて未知で危険で稼げそうなところがいい。
手付かずのフロンティアみたいなところはないものか。
ギルド登録所のお姉さんに相談する。
私の希望にぴったりの場所を教えてもらった。
『ダンジョン・ティンブクトゥ』
王国の最南端に近い森の中。最近発見されたダンジョンである。
通常のダンジョンは上層・中層までは比較的進みやすく、入門者向けの狩り場がある。観光地になりやすいのはこういったところ。
しかしこのようなダンジョンは魔物のレベルもそれ相応で、冒険上級者にもなると物足りなくぶっちゃけ金を稼ぎづらい。
その点、この新しく発見されたダンジョンは、上層階から難易度高い魔物が出現し、かなり手強い。そして、やたらめったらに広い。
上層でもまだ地図が完成しておらず、中層から下は全くの未開と言っていい。
このダンジョンは固有の魔物やドロップアイテムが多く、しかも貴重な効能あって実入りがよい。つまり、ここは熟練冒険者にとって宝の山なのだ。
ここならまだ既得権もなく、ちょろっとでもダンジョンのおこぼれに預かれれば、私一人が食う分には困らないだろう。…… だといいな。
「ダンジョン・ティンブクトゥ! 君に決めた!」
さすがに一銭もない身では先が思いやられるので、お姉さんに紹介してもらった近場のクエストをいくつかこなし、最低限の路銀を用意する。
*
次はダンジョンで冒険をする準備。
ぼっちである私は、前衛にも後衛にも頼れない。
もちろん支援もないのでケガでも病気でも状態異常でもひとりで対処するしかない。
しかも私は『聖女』職なのでダンジョンで役に立つような職能もない。
ポーションなどを買おうと思ったが、先立つものがなかった。
当たり前だ。お金がないからダンジョン冒険を決心したんだもの。
ないないずくしやな。
しかたない、自分で作ろう……。
なんか出だしからしょぼいけど。
頭の中から図書館知識や竜の知識を総動員、ひいおばあちゃん(日記)にも聞きならがら、ポーションのもととなる薬草や鉱物、聖なる水、魔物のエキスなどは考えられる限り最高のものを集めてきた。
ポーションには私の命が懸かっているのだ。妥協はできない。
遠い山や海、険しい場所にも飛行魔法を使えば数時間で行ける。
調合には『胃袋』を使った。
完全な真空や無重力、高熱や絶対零度な環境も作り出せるので製造ラインとしてはこれ以上ない贅沢なもの。
抽出にはスライムの『捕食』を利用する。
一旦捕食してから任意の成分だけを取り出すことができるので超高純度なエキスを抽出できた。
保管にも『胃袋』を使って劣化を完全に防ぐ。
*
ポーション作りに夢中になり、気がついたらめっちゃ高性能で様々な効能があるポーションを作り出すことに成功した。
体力回復ポーションに魔力回復ポーション、状態異常回復ポーション、傷回復、病気治療などなど。様々なポーションが並ぶ。
数は少ないものの四肢欠損回復なんてものも作れた。
また回復系だけでなく、攻撃力向上や防御力向上、魔力強化などのパフ効果のあるポーションも用意した。
これだけあればなんとかダンジョンでもひとりで生きていけるだろうか。
他に必要なものは……?
*
防御力の弱い私にとっては装備も大事だな。
かといってか弱い私にはフルアーマーの装備なんて着たら動けなくなるし、そもそもそんなもの買うお金もない。
またなにか自作しよう……。
便利な魔道具がないかと調べたところ、サラマンダーの革が炎耐性の生地になるらしい。サラマンダーなら得意よん。
大量に捕り、革を集めてマントを作った。
ひいおばあちゃんが持っていた残りのロロ魔糸の生地を裏地にする。
これに私の魔力を通したところ、かなり熱に強いマントが出来た。
だんだん楽しくなり、グレネードモンキーで爆風耐性マントを、フリーザーマンモスで極寒耐性マントを、その他物理耐性や魔法耐性、状態異常耐性などなど、たくさんの魔道具マントを作った。
どれも最上級の素材を使ったのでめっちゃ効果ある。
珍しいものでは可視探知不能マントも作れた。
なんかすごいな。私。
*
次はダンジョンの情報だ。
今まで見つかっている魔物や地形地図、階層の情報から、どこそこには何があると言った便利情報まで一通り集めて整理した。もちろん頭の中で完結する。
めっちゃ便利——。
今では知識詰め込みすぎて知恵袋みたいになっている。
*
最後に水と食料。
仲間がいれば多少融通し合ったり、大所帯なパーティーでは荷物を持ってくれるサポーターがいることもあるが、ぼっちパーティーでは自分の水と食料が尽きた時は死ぬときだ。
念には念を入れて大量に用意する。
まあ私は『胃袋』に全部詰め込んでしまえば、重いものを自分で運ばなくて済むという気軽さもあり、お菓子などの嗜好品も遠慮なく『胃袋』にぶち込んだ。
*
これで準備万端。
『聖女』がひとりでダンジョンを冒険するのに他に何が必要になるかはこれ以上はわからん。
半分出たとこ勝負でやってやろうじゃないか! ひいおばあちゃんから受け継いでいるはずのリアルラックもあると信じて。
「よし、いざダンジョン・ティンブクトゥへ!」
飛行魔法でも数時間かかる距離。歩いたら深い森も渓谷もあり踏破だけで半月くらいは余裕でかかりそうだから文句は言えない。
転移魔法は初めて行く場所に使えないのが難点だけど、一度マーキングしてしまえば次からはひょっと行けるようになる。
*
ダンジョン・ティンブクトゥは深い森の奥にポツリと入口が開いていた。
普通のダンジョンであれば観光客目当ての宿泊施設や店が軒を連ねて小さな町ができるものだが、ダンジョン・ティンブクトゥはまだ発見されてから日が浅い。
初心者では最浅階も攻略ままならないという難易度設定の問題もあって、来場者は多くない。簡素な宿泊施設がいくつかあるだけだ。
まあ、ここまで辿り着くだけでもかなり難易度の高い冒険だしな。
その代わりここにいるものは全て高ランク冒険者に違いない。
入口近くで休んでいる冒険者もひとめで強者とわかる。
数々の死地をくぐり抜けた鋭く冷静沈着な目と強靭な体躯。
非常に高価な装備を消耗品のように日常使いしていることからもケレン味を全く排除した真の冒険者であることが伺える。
そんな強者しか近づけない地に、軽装で荷物もほとんど持っていない11歳のお嬢さんがひとりで現れた。
彼らの冷静沈着だった目が点になる。
「ここがダンジョン・ティンブクトゥね。よし!」
ぼっちの私が躊躇もせずに洞窟に入っていったのを幻でも見たのかという顔で見送る。
この瞬間、ダンジョン・ティンブクトゥの最年少入場記録は大きく書き換えられたのであった。
*
ダンジョン・ティンブクトゥの1階層目。
頭の中のダンジョン情報によると、ここは迷路形式で通路が狭く様々な枝道が四方に張り巡らされていて地図で自分の位置をマップしながら進まないと往くことも戻ることもできなくなる、いわゆるダンジョンらしい階層。
階層によっては様々な理由から光があって明るい階もあるが、1階層目は暗闇である。
松明の灯りを頼りに見通しの悪い暗い通路を探り探り進むのが一般的だが、それで側道を一つ見落としただけで二度と帰れなくなる。
またここでは1階層目から魔物が出る。
しかも灯りに群がって松明を消す蛾『ファイヤー・モス』や側道の入口を大きな体で隠し迷子にさせる『コリドール・ベア』など迷宮探索を阻害する、一癖二癖ある魔物が多い。
いきなりBランク相当の魔物が現れるなど、初心者では到底生き延びられそうにないバグった難易度を誇る。
迷路の正解をマスターしている冒険者でも1階層目をクリアして2階層目に進むのに半日はかかる広さ。
ここにダンジョンに入ったことすらはじめての新米聖女が挑む。
*
とは言え、私にはスライム時代のスキルで暗闇でも松明なしで四方を知覚し迷路の側道を探知できるレーダーのような能力があるし、魔物も見つけられる。
頭の中の迷路マップを辿ることで迷子になることもない。
まあマップがなくても、探知レーダの感度を上げれば半径5km範囲のこのていどの迷路は側道一本も逃さずに知覚し頭の中に地図を作れる。
半日歩くのはしんどい。
通り道を風魔法と空間魔法の応用で真空のハイパーループ状態にして私の体を亜音速で飛ばした。
私とすれ違った冒険者は驚いたようだが、時は金なり。私は振り返らずに突き進む。
1階層目の迷路は踏破した冒険者からの情報を元に正解の道を中心に地図が作られ無料公開されていたが、まだ未踏の側道も多く残っている状態。
私は今まで知られていなかった側道経由で最短ルートを発見した。
この経路を使えば、一般の冒険者で半日かかった1階層クリアが2時間くらいに縮まりそうだ。
この情報は後で公開しよっと。
*
30分ほどで2階層目についた。
ここはなぜか天井が明るくちょっと見ただけでは表にいるかのように錯覚する。
天井は高く、地面には草が生えていて所々に原生林のような広葉樹地帯がある。
ここにはホーンヘッド・バッファローの群れがいる。
前の世界の洞窟にもいた魔物だ。
しかしこの世界では体が一回り大きく、角が4本。
そのうち上の2本が非常に長い。
1匹でも強力だがこれが30匹くらいの群れを形成していて、冒険者を見かけると猛烈な勢いで襲ってくる。
知能も高く、狩りをするかのように左右に分かれて冒険者の退路を立ちながら右・左と波状攻撃を仕掛けるからさらに厄介だ。
ここは『聖なるスライムの指環』の出番だな。
バッファローの群れをひと飲みで捕食。楽チンでいいや。
群れを5つくらい捕食している間に原生林についた。
原生林には『メタル・ビー』という金属の体の大型の蜂がいる。
この蜂は数百匹のコロニー全体で襲ってきて、高速に飛び回り金属の針を刺してくる。中級程度の防具を簡単に貫通してしまう強度だ。
申し訳ない。ここも『聖なるスライムの指環』。ごちそうさまでした。
この階層の魔物はどれも群れで襲ってくるものだったので指環と相性がよく、かなりのスピードであっさり踏破できた。
*
3階層目、4階層目、……、8階層目にたどり着いた。
初回にしては結構進めたな。
お昼の時間をとっくに過ぎてしまったので、遅めのランチを用意する。
8階層目は澄んだ青空が拡がっているように見える高原のような場所だった。
ピクニックには持ってこい。
『胃袋』からピクニックシートを取り出して地面に敷き、出来たてのサンドイッチと熱々のコヒが入ったマグカップを並べる。
「いただきまーす!」
サンドイッチを頬張る私を、7階層目からヘトヘトになりながら降りてきた熟練冒険者パーティーが驚いた目で凝視する。
少しかわいそうになった私は人数分のカップを取り出して冒険者にコヒを振る舞った。めっちゃ喜んでくれた。
「お嬢ちゃんどうやってここまでたどり着いたの? お父さんたちと一緒に来たの?」
こんなダンジョンに週末ピクニックしにくる酔狂な家族もいないだろうという顔をしながらも質問するマッチョ系お姉さん。
「ううん、ひとりで来たわ。私ひとりのパーティーだからここまで来るにはそれはもう大変だったのよ」
まじか——、と疑問符ついたみたいだが、そこは大人のお姉さんだけあって私の答えに話を合わせてくれた。
「そうよね——。私たちのパーティーでもここまで来るのに3日かかったもの」
お姉さんたちは美味しそうに熱々のコヒを飲む。
やばい。『ここまでたどり着くのに4時間もかかった。やっぱり大変だなダンジョンは』と心が折れそうになってた私が空想の中で全力でお姉さんに謝った。
「それにしても、ダンジョンでピクニックするなんてどんな魔法?」
これもまたムキムキマッチョ系お兄さんが心底不思議な面持ちで訪ねた。
「私、重いものや大きいものをしまえるスキルがあるので、全部その中に入れて運んでるんです。力が弱いんで、重い荷物運べなくって……」
8階層目まで来ているこの娘が見てくれだけのただの少女ではないことを正しく看破している歴戦そうな彼が笑った。
「力が弱い女の子ならここには来られていないな。たとえ大人の力を借りたとしてもね」
このパーティーの面々はみんながみんな、私を一人前の冒険者として遇してくれる。
ダンジョンでは実力が全て。見てくれなどに惑わされるものは生き残っていない。さすが熟練パーティーだ。
もう一杯のコヒとチョコを出した。
飲んでいる間に、このダンジョンのいろいろな話しを聞かせてくれた。
やっぱり経験からくる本物の知恵は深かった。
図書館で調べただけの知識にはない、生きる
私もここまで順調だったものの、幸運にも今回遭遇しなかっただけで、出くわしてしまったら今の私の装備では死んでいたかも知れない魔物やダンジョンの罠がまだまだあった。
やっぱりダンジョンは奥が深い。
「ここで出会ったのもなにかの縁だ。冒険者の仲間として友達になってくれ。俺はジャン。このパーティーのリーダーをしている。この体を見てわかるように、前衛タンク役だ」
みんなが自己紹介してくれた。
「友達になってくれてありがとう。冒険者ではじめて友達が出来たわ。私はクリムヒルト。ぼっちパーティーを結成したばかりの『聖女』です」
驚きに慣れてきていたみんながまたびっくりした顔をする。
「「「「聖女———?」」」」
やっぱり『聖女』職の冒険者は見たことなかったようだ。
『新米』の『聖女』が『ひとり』で冒険をしているなんてもう彼らの常識では考えられないことの3乗。それは驚くか……
「それにしてもコヒをありがとう。こんな階層で熱いコヒが飲めるなんて夢みたいだ」
友達になったのだから代金なんてもらえないと断る私に頑として譲らず、お金を渡してきた。
「ダンジョンではひとつ間違えれば死ぬ。それはここまで冒険しているものならば誰もが理解していること。ダンジョンを生き抜くには、情報や食料、水、武具、アイテム、ポーション、どれひとつとってもなくてはならない貴重なものだということも、これからのクリムには理解してもらいたい。
私たちはクリムから温かいコヒをもらった。それは地上のどんなコヒよりも有り難く貴重なものだ。このあと下の階層に行って私たちが死んだとしても、人生の中で最後にコヒが飲めたことになる。これは冒険者にとっては本当に代えがたいことなんだ。その冒険者のルールをきちんと理解するためにもこれは対価としてクリムに受け取って欲しい」
ジャンが言った。みんな真剣な面持ちでうなずく。
私ももう何も言わずお金を受け取った。
両手ににぎった硬貨は今までのどんな硬貨よりも重かった。
*
彼らとエールを交換し、私はまたひとりになった。
だが、先程までのひとりと違い、私の心は温かいままだった。
「ダンジョンっていいな」
改めてダンジョンの厳しさが分かった。合わせてダンジョンの楽しさを知った。
「さて、もう少し冒険しますか!」
私は8階層にいると彼らに教えてもらったレアな魔物『ラビットフット』を探しに出かけた。
*
こうしてダンジョン・ティンブクトゥに潜る日々がしばらく続いた。
少しづつ冒険者の知り合いも増えた。
広大なダンジョンなので出会うことはめったに無かったものの、会ったときには情報を交換し、互いに必要な物資がないか確認し、不足しているものがあればできるだけ融通し合い、エールを交換して別れる。
『口笛吹いてダンジョンに行った〜
知らない子はもういない
みんななかまだ
なかよしなんだ〜♪』
もう私はぼっちではなかった。
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次話『聖女の宅急便』へ続く
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