新米聖女、のんびりダンジョン生活編

新米聖女奮闘記

 新米聖女の朝は早い。


 誰よりも早く出勤し、先輩の机を拭き、お湯を沸かし魔法瓶で保温、コヒメカーに豆を入れて先輩のコヒを準備しておく。


 先輩が出勤してくる時間はまちまちだ。昨日の営業狩りがうまく行けば上機嫌で早めに出勤。失敗していれば適当な時間に来て、今日のコヒはまずいなどと嫌味を言われる。


 でも私はまだ新米。仕事らしい仕事もまだろくに出来ていないのにお給金をもらえるだけでもみんなに感謝しなくては……


   *


 「でもなんでギルド長(社長)、聖女なんて雇ったんですかね——。今どき聖女なんてなんの役にも立ちませんよ」

 茶短髪頭の先輩がまた今日も嫌味を言う。


 この先輩は私よりも1年先に入所した。

 まだまだギルドの中では最若手のひとりであるが、最近入所した11歳の私がギルドの中では飛び抜けて幼く最年少の名を奪ってしまったことも気にいらないようだ。


 「そう言うな。いつもいっているだろう?新人をかわいがってやるのも先輩の務めだ」


 「コヒひとつ満足に入れられないような新人だと世話が焼けますよ。俺が入ったときはすぐに先輩について営業に回ったダンジョンを冒険したものですがね——。今どきの若いやつらときたら、のんきにまずいコヒ入れただけで一丁前に仕事覚えた気になってる」


 「そんなつもりではないのですが……」

 私はどう言っていいのかわからずに立ちすくんでうなだれる。


 「じゃあどんなつもりですかい!昨日の営業がことごとくうまくいかなかっただけでも胸糞悪いのに、こんなまずいコヒを朝から飲まされてさらにBadな気分になっちゃったのは誰のせいですかね——。使える新人ならここで先輩のご機嫌をうまく取って癒やしのひとつでもくれるだろうけど。こう辛気くさい顔で毎朝お出迎えされちゃ、うまくいくこともいかなくなるわ!」


 「そこまで言ったら新人ちゃん泣いちゃうよ〜」

 半分笑いながら年長の先輩が混ぜ返す。


 「いいんですよ先輩!こいつここまで言われても、なんにも感じないんですから」


 「俺だったら聖女ちゃんに癒やされたいけどな〜。こいつはまだガキすぎるけど」


 「先輩は、はちきれんばかりのぱつんぱつんの色気ある女が好きですからね!」


 「あと10年経って女性らしい女性になったら手取り足取り親切に仕事教えるからね〜。それまでお茶くみでもなんでもしてでも残っててね〜」


 私はまだ何も言えずに我慢している。


 「あれ〜? 泣いちゃった〜ぁ?ごめんごめん、泣かせるつもりじゃなかったんだけどな〜」


 「私も……営業に……連れていって……ください」


 「なになに〜?クリムちゃん営業回りしたかったの〜?それならそうと早く言ってよ〜。一生お茶くみしたいのかと思ってたよ〜」


 「先輩! こいつなんて連れて行っもお客さんモンスターに舐められて痛い目見るだけですよ! とばっちりあうのは勘弁ですよ」


 「そうだよね〜。聖女なんてどうせ手のひらから血を滲み出させて奇跡が起きたとか主張するだけしかできないもんね〜」


 「……。せ……い……じょ……を……」


 「なに?」


 「聖女をなめるな————————っ!」


 私の腰を入れた強烈なアッパーカットが炸裂し、年長先輩を天井まで飛ばす。


 「お、お、お、お前、先輩に何しとんじゃ————」


 あっけに取られた茶短髪頭先輩だったが、すぐさま私に殴りかかってくる。

 軽いステップでパンチを躱し、蜂のようにするどいジャブで刺す、刺す、刺す。

 最後にはハイキックで茶短髪頭先輩を蹴り倒して地面に叩きつけた。


 「ああ、やったった〜」


 このギルドで5つめ。今度こそ我慢しようと思ったのについついやってしまった。


 もう界隈で私の所業が知れ渡ってきたのか、ギルドに入れてもらおうとして顔見られた瞬間に断られることが増えていた。


   *

 

 「ああああ————、どうやって生計立てようかな〜」


 街の中央広場の噴水池のふちに腰を掛け、頭を抱える。


 『やっぱりあんたには無理なのよ——。ひねくれた性格でひとに仕えるなんてできるわけないじゃない』


 く〜っ、オルタクリムめ〜。好き勝手言いやがって——。元のお前の性格よりはましじゃ——。


 『もう街は飽きたわ。そろそろ冒険の旅に行かんか?』

 灼熱竜も好き勝手に言う。


 『そんなこと言ったってもう路銀もないんだからね。お金貰う前に辛抱できずにすぐ飛び出しちゃうんだから。あと3日でお給金もらえたのに〜』

 ひいおばあちゃん(日記)が貴族らしからぬがめつさで反論してくれる。


 確かに生活費はもう底を尽きた。ギルドから追い出された私は今日泊まる場所もない。


 こんなはずじゃなかったんだけどな〜


   ◇◆◇◆◇

 

 スヴェルテ魔法神学校を1年という未だかっていなかったスピードで卒業した私は、両親との交渉が決裂し、自らの力で立つことにした。

 つまり、勝手に学校を辞めた(一応卒業だけどね)ことを怒った親から家を追い出されたのである。


 まあ『Saint of The Evil(邪悪な聖女)』の異名を持つ私であれば就職も引く手あまた、悠々自適な生活を送れるだろうと思っていた私は、しょっぱなからつまずく。


 そう、『聖女』の就職難問題だ。


 『聖女』というだけでほとんどのギルドから門前払い。

 たまに拾ってくれるギルドがあるかと思うととんでもないブラック。


 昔は『聖女』というだけでちやほやされ、窓口に座ってにっこり微笑んでいればすむ楽な仕事があったというのに、世知辛い世の中である。


 いっそこの噴水の前で後光出して手のひらから聖血でも流してロンギヌスの槍刺された状態で物乞いしてみようかとも思ったけど、そんなことしたら詐欺扱いで警察呼ばれそう。


 ほんとうに『聖女』って潰しが効かない職だわ。


   *


 広場を歩く人々を観察する。


 冒険者パーティーもよく通りがかる。

 たいていのパーティーには魔導師や精霊師、ヒーラーなどがちゃんといて、『聖女』の出番はなさそう。


 まあ実際、冒険者パーティーに『聖女』がいても、何していいのかわからんしな。私でもそう思うわ。


 こうやって世間の波に揉まれると、学校がいかに優しい場所だったのか思い知らされた。聖女コースがバカにされててもちゃんと教室あって先生もいたし。外の世界では『聖女』の人権はない。


 ってよく考えると、私を『聖女』にしたのは、その学校やないかい!思わず聖女たちにララバイしてしまうところだった。


 ムキムキ戦士パーティーがいた。声をかける。笑って手を振られた。俺たちに『聖女』はいらないよ。



 いくつもパーティーに声を掛けたが答えは全て一緒。「聖女はいらない」


   *

 

 こうなったら破れかぶれだ。ひとりで冒険してみよう。

 ギルドの登録所に行く。


 「お嬢さん。迷子?」

 受付の女性が腰を折って私と目線を合わせて尋ねる。


 「冒険者パーティーを登録しに来ました」


 「パーティーには一応『職種』を取得しているひとしか入れないのよ。お嬢ちゃんはもう少し大きくなってからね」

 お姉さんは困ったように言う。


 「魔法学校卒業しているからもう『職種』は持ってるわ。私は『聖女』」

 私の職種登録カードをお姉さんに見せる。


 「確かに『聖女』さんね…… それでどこのパーティーに入るの?」


 「新しいパーティーを作りたいんです」


 「え? もちろん作ることできるけど、あなたがリーダーになるの?」


 「はい、そのつもりです」


 「で、メンバーはどこ? パーティーはメンバー合わせたランク値の合計が最低5以上ないと結成できないのよ。ランクD冒険者なら5人、C冒険者なら4人、B冒険者も入れて3人からってところね」


 「それなら大丈夫。私ひとりでランク値5あるから、ひとりでパーティー作れるわ」


 もう一度私の職種カードをじっくり調べたお姉さんがやれやれって顔をして答える。


 「確かにランクだけなら文句なくひとりでもパーティー作れるわね……

  お嬢ちゃん何者? とは言え初心者のソロパーティーは危険だわ。ランク高い冒険者の中にはソロで活躍しているひともいるけど、ひとりで強い魔物と戦うこともできるしヒールも使えるような万能型の職種しかいないの。後衛職のソロだって見たことないのに、そもそも冒険者向きでない『聖女』職でソロは無謀よ。それも全く経験のない新米お嬢ちゃんがソロだなんて」


 「食べていくにはもうこの方法しか残っていないの。お願いします!」


 「パーティー結成にはランク相応の実力持っているか調べるために試験受けてもらうことになっているの。それに合格したら私がどう思っていても認めるしかないわね。規則だから」


 「ではよろしくお願いします」


 こうして新規パーティー登録試験を受けられることになった。


   *


 試験は4つ。


 筆記試験は様々な魔物と魔法と薬草などの知識を試すもの。

 私の頭には、別荘や屋敷、王都の図書館で記憶しまくった無数の本があるので楽勝。


 魔法試験と武技試験も、セバスチャンの訓練と学校の授業で厳しく鍛錬積んでいたのでこれも楽勝。

 

 最後の実技試験。実際の魔物の生息地に出向き、決められた薬草を持って制限時間以内に帰ってくるというもの。


 お姉さんはそれまでの3つの試験が満点近い成績だったことで応援する気持ちになってくれたものの、やっぱり心配のようだ。忠告してくれる。


 「実技試験は複数メンバーがいるパーティーを想定して作ってあるから、ソロで試験受けることは全く考慮されていないの。前衛・後衛・支援職がバランス良く配置されているかどうかを見る試験だから、無理だと思ったら勇気を持って退いてね。仕事がないならお姉さんが相談に乗るわ。これだけ知識も魔法も武技もあるんだから、コネあれば就職口は見つかるからね」


 「本当にありがとう、お姉さん。困ったら相談するね」


 久々の温かい言葉に気持ちがぐらっとしたが、初志貫徹。

 試験地に向かってひとり出発した。


   *


 制限時間は3日。だが、試験地はかなり遠くで、大人でも早足で駆け通さないと時間が足りなさそうだ。


 体力も試験の1項目なんだろうな——。私は学校で先生に土下座してまで教わった飛行魔法で試験地まで飛ぶ。



 試験地にはグレネードモンキーの群れが生息していた。

 猿は遠巻きに群がるとつぎつぎに爆弾を投げつけてくる。


 確かに彼らを倒すには前衛のタンク役がヘイトを集めて爆弾を引き受け、中衛のアタッカーが攻撃して数を減らし、後衛がヒールで仲間を回復させつつパフで防御や攻撃を向上させつつ時間をかけて削るしかない。


 しかもやっかいなことに、このグレネードモンキーは時間かかるとどこからか仲間を呼び寄せる。ちょっとでも作戦間違えると徐々に体力と魔力が削られ、全滅するパーティーも多いだろう。


 ただし私には特に難しい相手ではなかった。


 指環でスライムになって片っ端からグレネードモンキーを捕食する。

 爆弾を投げてきたら灼熱竜直々の火炎魔法で空中で爆破。

 逃げ出した猿は雷系魔法で狙い撃ち。

 あっという間に群れを撃滅した。


   *


 薬草はグレネードモンキーの棲み家の近くに生えていた。


 明るい間は地面の奥に引っ込んでしまい、夜になると出てくるという探しづらい薬草だが、生えていそうな場所とその性質を知っていた私は、スライムボディを遮光カーテンにして、少し待って薬草が顔を出したところで採ったので、特に難しくはなかった。


   *


 帰りは場所も分かっていたので、転移魔法でさっさと登録所に帰った。


 出発してから4時間くらいか。ギルドの登録所の窓口のお姉さんが不在でしばらく待った。


 かなり待ってからようやくお姉さんが戻ってきた。

 お姉さんはとても疲れているように「ごう……か……く……です」と言ったきりへたり込んでしまった。


 どうやらお姉さんが試験監督も兼ねていたようで、こっそり私のあとを付けたが、飛行魔法使うわ、あっという間にグレネードモンキーの群れを倒すわ、薬草見つけるわ、最後は転移魔法で帰っちゃうわで、散々振り回されたらしい。


「わたしを……こんなふうに……振り回せるなら……ソロパーティーも……大丈夫ね……」とお墨付きもらう。


 どうやらお姉さんがギルド登録所の窓口というのは陰の姿で、実はギルド組合長兼トップランナー冒険者とのこと。


 まあ、登録所にはお姉さんひとりしか働いていないのでかなりの激務らしい。ここもブラックやな。


   *


 こうして晴れて、新米聖女ソロパーティー、その名も『Saint of The Evil(仮)』が誕生したのであった。



———————————————————

次話『ぼっち・ざ・だんじょん』へ続く

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