邪悪な聖女はお嫌いですか?

 最外周の大外壁と内円周の大内壁の間の円環ドーナツ状の地域、ここが『ギガントマキア』の舞台である。


 円周数百Kmもある2つの壁の間は広大な敷地であり、いくら生徒が極大魔法を放ったとしても損害が出ない。

 むしろ損害が出るほどの力の持ち主が現れたら称賛されるほどである。


 外周の大壁は高さ50m、厚さ10mほど、その壁には物理攻撃無効・聖魔法攻撃無効の防御魔法が施されており、東の巨大帝国自慢の超強大攻城砲であってもびくともしない。


 ここで無制限一本勝負、どんな方法であっても最後に生き残って立っていたものが勝ちという、なんでもありのバトル『ギガントマキア』が行われるのだ。



 この大会の模様は、遠隔ビジョン魔道具のテレンビを使って国中に流されている。私の屋敷のみんなにもいいところ見せなきゃね。


 大昔の大会で、戦いに加わらずに最後まで逃げ回っていた生徒が優勝したというハプニングがあってからは、サテライトサーチという魔法を使って15分ごとにまだ残っている生徒全員の位置を、各人が持つ魔道具携帯端末に1分だけ表示して知らせるという方式になった。絶対ひいおばあちゃんのせいだ。


 今のルールでは最後まで逃げおおせることは到底できない。

 でも四学年も年上のムキムキマッチョやクレイジーな魔女のお姉さまたちとまともに戦っても勝てる気がしない。



  戦いの火蓋が切って落とされた。



 長期戦になったら体力に劣る私に勝ち目はない。そう分析していたクリムヒルトは、最初からありったけの魔法を周りの生徒に放ち、ヘイトを集めて接近戦に持ち込む。


 幸い魔力量だけは学校の中でもダントツだ。

 他の生徒から見ると理不尽なくらいに出し惜しみせずに超攻撃的極大魔法を振る舞う。


 よし、よい頃合いだ。

 ヘイトうまく集まって、こいつをまず先に倒そうと生徒たちが集まってきた。


 次は虚偽情報クラスの嫌われっ子大作戦だ。


 竜巻魔法で上空に飛び、スライム時代から隠し持っているスキル胃袋アイテムボックスを利用して大量にしまっていたビラを空中からばらまく。


 ビラには、私が一生懸命考えて作った学校中のスキャンダラスな噂(嘘)が書かれていた。


 『誰それさんは誰それさんの悪口を陰でいつも言っている』


 『誰それさんは誰それ先生のことが実は好き』


 『誰それさんはオスカルのように慕われているけど、裏では取り巻きのことボロクソ』


 『誰それさんは食堂でいつも一品ちょろまかしている』


 とにかく、もっともらしく嘘を書いたビラ。

 ルーネから教わった女の子とのお付き合い術がここで役に立った。


 ビラを読んで案の定怒り出す生徒たち。


 中にはビラが発端で喧嘩し合う生徒も出てきた。

 案外痛いところついた真実だったのかも。

 

 集まる集まる、ヘイトが集まる。

 ずるい作戦に出た私にみんな腹を立てて、他の生徒と結託して集中的に私を攻め立てはじめた。


 覚悟はしていたものの、怒髪天をついた諸先輩方は本当に強い。

 先輩方の乙女とは思えぬ咆号が鳴り響き、大剣や斧が煌めくたびに私の体はボロ雑巾のようにあっちにこっちに飛び交った。


 自分も斬撃の輪に加わろうと生徒がさらに集まってきた。

 私のビラの効果すげ——


 怒りのあまりこれが『ギガントマキア』の最中であることもすっかり忘れて、図らずも残りの全員がこの場に集まってしまった。


 今だ!


 千載一遇のこのチャンスを逃さず、『聖なるスライムの指環』を取り出して魔力を込める。


 クリムヒルトはスライムになった。

 それも大量の魔力を注ぎ込んだスーパー豊満ボディのスライムに。


 スライムになったクリムヒルトは極限までボディを伸ばし残った全生徒を薄皮まんじゅうのように包み込んだ。

 

 「暴食の嵐———!」


 スライムボティは荒れ狂い、生徒たちのいた空間まるごと消化する勢いで一切合財を全てを飲み込む。


 中継を見ていたものが一斉に固唾を飲んだ。


 

 次の瞬間、巨大なスライムまんじゅうが弾け、中から生徒たちがぽかんとした表情を浮かべて放り出された。


 クリムヒルトは生徒の上着だけを消化していた。

 スライムから放り出された生徒は武器や下着はそのまま。

 しかし、着ているものが下着のみとなって、みな一様に悲鳴を上げる。


 このあられもない姿が全国に放映されていることを思い出した多くの生徒が棄権した。

 ふふふ、狙い通り。

 作戦が見事にはまり、自慢げな私。


 残った生徒が怒り心頭で私を襲う。

 ゴリゴリマッチョな筋肉に申し訳なさそうに付着する下着だけの、あられもない姿にも関わらず攻撃の手を緩めず、むしろ凶暴さに更に磨きがかかっている。

 まさかこれでも棄権しない生徒がいるとは、さすがうちの学校の生徒。


 先輩のすさまじい連撃を受け、体中から鮮血がほとばしり、私は倒れる。

 私の倒れた体を指し示すように吹き出しが浮かんだ。「DEAD」。

 生き残った生徒がショーシャンクの空にガッツポーズ。


 映像を見ている全国の視聴者も卑怯な手を使う私ではなく他の生徒を応援しはじめていたようで、みな一様に喜ぶ。


 一部残念そうな顔で、楽しかった下着シーンを回想する男たち。


 あまりの酷い展開に、あきれて倒れ込むバウムス家お屋敷の面々。


 ただひとり、ルーネだけは信じていた。


 「あのお嬢様がただで転ぶはずがない!」

 


 「どごぉ————————ん!!!」


 起こるはずのないことが起きた。


 千年もの間、堅牢を誇っていた大外壁の一角が上から脆くも崩れ落ちた。


 巨大で凶暴で邪悪な竜が大破した壁の上からゆっくりとその姿を現す。

 鉤爪を大壁の縁にかけて伸び上がり、体中から高熱の蒸気を吐き出しながら。


 その日人類は思い出した。鳥籠の中の恐怖と屈辱を……


 そして、貴賤強弱問わずたまわるもの全てに平等に死を約束するような大灼炎をまさに今その口から吐き出そうとした。


 「「「「降参です!降参します!!!!」」」」


 勝ち残っていた生徒たちは一斉に白旗を上げた。


 その瞬間、パンパカパーンという盛大なフィナーレとともにどこからともなく虹色のパーティクルが一面に舞い降り、空に巨大な「Congratulations! Kriemhild !!!」というネオン文字が浮かぶ。


 死を支配する竜も、壊れた壁もかき消えた。

 大外壁は構築された千年前と同じように、堅牢な壁のままそこにある。


 そして、ひとり拳を高く掲げて丘の上に立つ私ことクリムヒルトの勇姿 ——


 —— クリムヒルトの優勝であった。


 

 その瞬間、全国津々浦々でブーイングが鳴り止まず、大陸中にその悪名が響き渡ったという。


 ——『Saint of The Evil(邪悪な聖女)』と。


 

   ◇◆◇◆◇


 『死んだように見せかけて復活するのは聖女の授業でもやったスライムの指輪と魂の入れ替えの応用じゃろ?あれはすぐわかったんだけど、最後の竜はどうやったんじゃい?』

 日記の中のひいおばあちゃんが尋ねる。


 「あれはね……」

 私は楽しそうに種明かしをした。



 メイド長のマクゴナガルからもらった汚部屋をきれいな部屋に見せる魔道具は、現在の映像を過去の幻像に戻す魔法が込められているものだった。


 汚部屋と化した現在の部屋を、過去のなにもなかった部屋として投影して騙す、単純に言えばそれだけの効果。


 その魔道具を興味本位に調べているうちに、私がさらに魔力を流し込むともっと過去の光景が投射できることがわかった。


 ちょっと込めると1年前、もう少し込めると3年前、もっと込めると10年前……。

 —— これは面白い。


 それとは別に、学校の歴史を勉強していたところ、千年前この場所を竜が襲って大変な惨事となり、それを防ぐために今の大壁を作り、竜と戦えるだけの力を身につけた人材を育成するためにこの地に魔法神学校を建てたと知った。

 『ギガントマキア』とはその竜と戦える人間を見出すための儀式だった。


 それらを組み合わせた。

 千年前まで魔道具の時計を戻すことで竜が襲ってきたちょうどその瞬間の映像を大外壁に投射してみんなを騙したのだ。


 「でも千年前に遡るのは並大抵の魔力じゃなかったのよ——。もう私の魔力すっからかんだわ。あと1ヶ月は簡単な水の上歩く呪文だって無理。

 私の魔力をしょっぱなの大攻勢で後先考えずに使っちゃったように見せかけながら最後の力残すのは本当にしんどかったわ——。めっちゃ派手な魔法をバンバン使っているように見せたけど、殆どは音と光で見せかけだけのこけおどしだもんね——。ばれないかとヒヤヒヤしたわ。

 最後に魔力残っているのバレてたらみんなあんなに無警戒で私の周りに近づいてくれなかっただろうからね」


 ベットにぐでーっと寝そべってお気に入りのクッションを抱きしめながら、大好きなおばあちゃん(日記)と話す。


『それにしても竜は本当に迫力あったねぇ。単なる投影魔法には見えなかったけど……』


「あれは灼炎竜に協力してもらったの。重低音出るように工夫した拡声魔法使って、頭の中から灼熱竜に本物の竜の咆号をあげもらったら私もびっくりするくらいの臨場感になったわ。我ながらナイスアイデア」

 

   ◇◆◇◆◇


 優勝直後の学校はそれはもう大騒ぎだった。


 過去千年の学校の歴史を紐解いても、1年生で『ギガントマキア』を優勝したものはいない。それもあんなにひどい方法で!


 翌日の私は有名人となり、生の私をひと目見ようと聖女1年生の教室は人だかりになった。


 しかし『ギガントマキア』での礼儀もわきまえぬ非道な戦いぶりから諸先輩方の恨みを買っていると思いきや、意外にもみな私を認めてくれて仲良くしてくれた。

 試合終わればノーサイド。そんなみんなの態度には助かった。



 『それで優勝の褒美は何にするの?』と頭の中のオルタクリム。


 優勝すると賞品としてなんでも好きな希望を言えるらしい。


 ひいおばあちゃんはその時の賞品としてロロ魔生地をたくさんもらったそうだ。

 あんな貴重な生地をよく手に入れたと思ってたけど理由が分かった。



 夕方に表彰式があった。私は優勝の盾とメダルをもらうために登壇した。

 スヴェルテ魔法神学校長より首にメダルをかけてもらった。


 「クリムヒルトよ、優勝の賞品をやろう。なんでも言うがよい。お前の望みはなんだね」


 校長直々に問われる。会場は私が何を言うのか固唾を呑んで見守る。

 私は考えていたことを率直に答えた。


 「この学校を今日で卒業させてください。それが私の望みです」


 校長が泡を吹いて倒れた。


 

 翌朝。

 ひとり校門の前に立つ私。


 この門をくぐって中に入ってから1年。

 長かったような短かったような1年だった。



 わたしはこうして1年での特例卒業生として栄えある「聖女」となり、スヴェルテ魔法神学校の門をあとにした。



———————————————————

次話『新米聖女奮闘記』へ続く

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