お嬢様、危機一髪

 私はクリムヒルト。とある王国のとある公爵家に生まれそれはもう大事に大事に育てられてきた、ただの金も名誉も地位もある貴族の娘だ。


 陽が差すと白く光り輝くと言われる透き通るような銀髪、お人形のように小さな顔、ひときわ大きな目にコバルトブルーの瞳、可愛らしく小さくすぼんだ口。誰しも振り返るその姿は、The お嬢様 of お嬢様。お嬢様のお嬢様によるお嬢様のためのお嬢様とは正に私のことよ! オーホッツホッホ!


 まあその中身はただの落ちこぼれスライムだけどね。



 貴族のお嬢様としての生活は、それまで辺境の地で散々な目にあってきたスライムにとって天国のような暮らし。水にも食うにも寝床にも困らない。


 こちらに来た当初は、元祖クリムヒルトお嬢様の傍若無人なお転婆ぶりに周りが振り回されていたこともあり、みんなの視線がめっちゃ冷たかったけど、持ち前の雑草魂で獅子奮迅した結果、お嬢様の真の姿をみんなに分かってもらえて、今ではみんなと大の仲良しになった。


 

 元のお嬢様はなぜか成仏できなかったとのことで、私の頭の中に残りオルタクリム(もうひとりのクリム)としての生活を楽しんでいる。


 前の世界でスライム時代の私が食べてしまった灼熱竜の意識も私の頭の中でのんびりと余生を過ごしている。


 フィヨルクンニグひいおばあちゃんは日記に残っていた魂の欠片が蘇り日記の精として復活した。今は第二の人生を謳歌している。



 昨日は数千年生きているという原初の悪魔にはじめて遭った。


 ここに、第一級冒険者並みの防御力を持ったマクゴナガル メイド長、私の一番の相談役になってくれてたルーネなどなど、総じて現在の私の周りはしっちゃかめっちゃかである。


 灼熱竜を食ったときからそんな気がしているけど、私って巻き込まれ体質なのかも知れない。巻き込み体質って言われるかもしれないけど。



 こちらの世界に来てまだ6日にしてこれだ。

 この先が思いやられるな——と思いながら、よくぞここまで首尾よく進められたものだと私も私を褒めてやりたい。


 元のオルタクリムが生前好き勝手やってくれったとばっちりがこの5日間に全て私に降り掛かってきたのだ。今まで溜まりに溜まったお転婆ぶりのしっぺ返しを一身に背負って解決した私の奮闘たるや見事なものであった。


 明日は父上、母上、兄上が別荘に到着する日。まだ会ったことないんだけどね。新しい私の印象良くしておかないと。


 その前に、まあ今日くらいはのんびりしようと心に決める。



  ◇◆◇◆◇



 まずはこの世界がどんなところなのか知っておきたい。


 もともと辺境の地に生まれて世間一般的なこと全く知らないで生きてきたスライムだし、こちらの世界の常識も知識もない状態。


 今はなんとか灼熱竜の叡智とオルタクリムのこちらの世界の知恵に頼って、難局を乗り切っているけど、この先そうも言ってられないだろう。


 まずは別荘の図書室で片っ端から本の知識を吸収した。

 これは文字通り、本を手にとって灼熱竜に中身を吸い取ってもらうことで知識にすることが出来た。1冊10秒ていど。

 3時間弱で、千冊以上あった別荘の本を全て頭の中に移した。

 

 次はこの近辺の地理。

 オルタクリムの記憶も借りたけど、やっぱり9歳の子がひとりで冒険していた場所だけでは不足だ。


 表に出ると、以前サミにやったように小竜巻を起こし私の足元で勢いよく回転させた。私の体が空に向かって一直線に飛んでいく。

 もう少しマシな魔法の使い方を覚えたいものの今はこれで事足りそうだ。


 ぐるっと周囲を飛び回り、別荘や街道、町並み、草原、小川、林、その他様々な地理を頭に入れていく。まあ結局竜に覚えてもらうんだけど。


 遠くに森林や山々が見える。王都はどこなんだろう?


 少し高く飛んで四方に目を凝らした。


 ひときわ真っ白で、真っすぐ伸びる街道が見えた。

 その先にキラリと輝く尖塔の数々。

 あれが王都かな?


 結構な距離だ。

 馬車で1週間はかかるとのことなので、今の私が飛んでいくのは無理そう。


 空を飛ぶのは10分で限界になった。

 この10分間だけで色々な場所を見て回ることができたのは我ながらすごい。

 もう少し魔法の勉強したら1時間くらい浮かんでいられるようになるかも。

 楽しみにしよう。


 次は街の観察だ。

 適当な街の一角に誰にも見つからないように降りた。


 10歳の女の子がひとりで歩いているのはさすがに目立つ。

 みんなから注目されているような気もするが、あえて気にかけないようにして街を見て回る。


 街には魔物はいないものの、人族に混じってわずかながらドワーフや獣人たちがいた。エルフも1人見かけることが出来た。


 ここは亜人が共存している世界なのだろう。少しホッとする。


 亜人同士が差別的に暮らしているところでは魔物なんてさらに迫害されているに決まっている。私が元スライムだと知れたら何をされるかわからないし、そもそもそんなところ嫌いだ。


 その点、この街はとても気持ちのよい空気だった。


 別荘周辺ののどかな街でこれだけ楽しそうなのだから王都はどんなところだろう。楽しみだな。


 

 街の片隅で私を見かけてサッと逃げるような人影を見た。


 私は気づかないようなふりをしながら影が見えなくなったところで、反転し建物を逆に回って人影が逃げたコースに先回りする。


 すぐさま露天のお店の間に身を隠し、逃げてきた人物を発見した。


 『庭師だわ。サミを騙してスパイをしようとしていた男』

 オルタクリムがその人物の素性を教えてくれた。


 屋敷から逃げてこんなところに隠れ住んでいたようだ。


 元庭師はキョロキョロと周りを警戒しながら路地に入っていく。少し間を開けて追いかける私(と頭の中のオルタクリムと竜)。


『なんかワクワクするな』竜が楽しそうだ。


『サミを騙すなんて許せない。あんな悪党、ギャフンと懲らしめてやりましょう!』オルタクリムも乗り気だ。


 追いかけられていることにも気付かぬ元庭師は街外れの空き家のドアから中に体を滑りこませた。


 少し間を開けてからドアに近づき、そっと中の様子を観察するように聞き耳を立てる。物音はしない。


 音を立てないようにドアから私も体を滑り込ませ、空き家に忍び込んだ。


 廊下の一番奥の部屋から人の気配がする。部屋のドアは小さく開いており鍵はかかっていなさそうだ。元庭師の隠れ家に違いない。


 静かに廊下を進んで部屋に近づく。緊張でドキドキしているが、元庭師を捕まえたいという気持ちが勝る。


 更に廊下を進み部屋の一歩手前まで来た。武器らしい武器は持っていないが、剣の代わりにしようと、外で拾った木の角材に魔力を込めて両手に持っていた。魔力を込めた棒であれば人間相手には十分武器となる。



 私はドアを開けようとした。


 「ドサッ」


 手前の部屋から急に飛び出した2つの影が、私に麻袋のようなものをかけてから腹をなぐり床に倒す。

 私が抵抗しようとしたが麻袋の上からロープで簀巻きにして万事休す。


 私は急襲の前に逆に急襲されて捕まってしまったようだ。



 「こいつか?お前がさっき言ってた仇のガキってのは」


 「そうそう、このガキのせいで俺は仕事に失敗して王都からも組織からも逃げなくちゃならなくなったからな。この顔だけは絶対忘れない」


 「こっそり追いかけていると信じてノコノコと敵地に足を踏み入れるなんて素人もいいところだな。バカなガキだ。大人の知恵に敵うわけない」


 「いきがっていてもただの深窓のご令嬢様だもんな。世間知らずもいいところだ」


 「他の国に売っぱらっちまおう。この器量なら高く売れるぞ」



 物騒な計画を立てている。


 どうやら私が追いかけていることに気付いて罠を張って誘導したみたいだ。

 ちょっと失敗、失敗(てへぺろ)。



 まあ意気消沈してもしようがない。次善策を考える。


 麻袋で視界は防がれているものの、魔力探知で周りの様子を伺うことはできる。最初から魔力探知使って安全確認していればよかったな——。


 廊下で私を襲ったのはふたり。


 ひとりは元庭師。サミを襲ったときに魔法を使っていたので魔力持ちとは知っている。探知の目を向けるとうっすらと中位の魔力を感じた。


 もうひとりは大柄な男。私の腹をなぐったのはこいつ。力自慢のようだが魔力は感じない。


 この二人の他に奥の部屋にもうひとり。椅子に座っている。奥の部屋に気配があったことで「元庭師だ」と安直に考えたのが失敗だった。椅子男の正体はまだ不明。


 魔力探知にはこの3人以外は引っかからなかった。

 よし、この3人をどうにかしよう。



 さきほどロープで簀巻きにされた時、力自慢男に魔力角材を取り上げられたので現在のところ私に手持ちの武器はなし。悲しみ。


 魔力を解放して3人を吹き飛ばせないか考えた。すぐ近くにいる2人だけならどうにかなるが、奥の部屋の椅子男までは難しい。椅子男もろとも吹き飛ばすパワーを出すとこの空き家が壊れるかもしれず、そうなると私も危険だ。


 こっそり魔力で先に2人だけやっつけられるとよいのだけど。


 その時ふと『聖なるスライムの指環』を持っていることを思い出した。何にどう使えるのか全くわからんけど、役に立たないかな。


 心の中で竜に効能聞いたけど『下位であるスライムの道具なんて知らん』とにべもなし。その下位のスライムに喰われたくせに——。


 まあいいや、こんな危機だから無駄かもしれないけどあがくだけあがいてみようっと。


 指環に静かに魔力を込めた。あれ?昔懐かしの感触……。まだクリムヒルトの体は保っているもののすこしぷにぷにしてきて半スライムになったようだ。


 もう少し魔力を込める。スライム化が進む。


 魔力をちょっと弱める。クリムヒルトにちょっと戻る。


 ……。 なんか楽しいぞ!


 でも今のシチュエーションでこの能力の使い道あるんだろうか?


 まあいいや。やるだけやってみよう。



 「この場所は完全に包囲されている——!抵抗するだけ無駄だ——!おとなしくお縄を頂戴しろ——!」


 麻袋に詰められて簀巻きにされている私が急に暴れ出す。


 「こいつ急にトチ狂いやがって!静かにしろ!」


 二人が叫ぶ。私も負けじと繰り返し叫ぶ。


 「黙れ!このガキ!」


 二人は殴る蹴るでおとなしくさせようとした。あの——、こう見えて私まだ10歳のお嬢様なんですけど——。少し扱い雑くないですか?


 殴られても蹴られてもしつこく叫ぶ私にどんどん歯止めが効かなくなって、彼らは必要以上の力で蹴りはじめた。


 ハアハア息を切らす二人。目の前には麻袋の中でぐったり動かない。麻袋の中身が人間としてありえない方向に曲がっている。中の人間が生きているとしたマジックショーだ。


 殴られる直前にスライムになったんで、本当にマジックショーだけどね。久々にスライムボディを得た私はちょっと楽しくなっていた。



 「おい!まさか殺したんじゃないだろうな!」


 奥の部屋から慌てた声がして男が出てくる。第三の椅子男だ。


 「すいやせんボス! こいつが騒ぐものでついつい」


 「バカヤロー!大事な商品を壊しやがって!」


 椅子男がボスだったのか。なんか強そうなオーラ感じる。まあいいか。

 ここからが本当の私の出番だ!


 3人を魔力でぶっ飛ばしてやる!


 と思ったその瞬間。空き家の入口のドアが吹っ飛び、バタバタと人が入ってくる足音がした。


 「クリムヒルトお嬢様!」ルーネの悲鳴。


 「この館、跡形もなくきれいにしてさしあげましょう!」マクゴナガル。


 「お前たちにこの世では味わえぬ、未来永劫の苦しみを与えてやろう!」セバスチャン。


 「私の純情を返せ———!」サミの大声。


 まさかみんな私を助けに来てくれたの⁉


 

 中のものわたしが死んでいるとしか思えない簀巻きにされた麻袋を見て4人の声が固まる。


 犯人3人もまずいもの見られたという顔。


 私はみんなを安心させるために麻袋のまま立ち上がって叫んだ。


 「私は無事よ————!」


 3人+4人が同時に叫んだ。


 「「「「「「「ぎゃ———、お化け——————!」」」」」」」


 

   ◇◆◇◆◇



 翌日。

 別荘にようやく来られた父上、母上、兄上を前に、傍らに私を助けに来てくれた四銃士を配し、白洲に座らされた罪人 クリムヒルト・フォン・バウムスが必死の釈明をしていた。



 クリムヒルト「誤解なのです!私はたまたまスパイを見かけて、たまたま捕まえようとしていただけです!他意はございませぬ——」


 マクゴナガル「お嬢様がまた別荘を抜け出したことにルーネが気付いたからよかったものの、そのままだったらどうなっていたと思っているのですか!」


 クリムヒルト「私が犯人をやっつけるとこだったので、きっと大丈夫です!」


 ルーネ「私たちが空き家を襲撃したとき、お嬢様は犯人に暴行を受けてボロボロになっていたではないですか!大丈夫なものですか!」


 クリムヒルト「あれは麻袋がボロボロになっていただけでして、私は袋の中でピンピンしていました——」


 セバスチャン「お嬢様に危害を加えるなんて、もはや犯人を業火に包んで灰燼に還しても気が済みません!」


 クリムヒルト「結果的には危害加えられてないので無問題——。もう少しで国外に売り飛ばされるところでしたが」


 サミ「私の純情を返せ———!」


 

 父上が私に温かい言葉をかける。


 「クリムヒルト。お前もみなと仲良くなったのだな」


 私は目がうるっと来ながら答える。


 「はいお父様! 今までの私を反省し、今までの私の行いを素直に謝ることで、みんなとの距離がここ数日で大きく縮まりました!お父様、お母様、お兄様、今までご心配かけてすみません!これからは心を入れ替えて更にみんなに信じてもらえるよう頑張る所存であります!クリムヒルトをこれからも何卒よろしくお願いいたします!」


 「このバカモノが———!今までで一番みなを心配させて何を言うか——!そうやってすぐ調子に乗る性格が問題とわからんのか!」


 「ハハ————————ッ」


 白洲でひたすら土下座する私であった。


 

 最後の下知である。父上からの大岡裁きが発せられた。

 「スヴェルテ魔法神学校にいってこ————い!!!」



 私の破滅フラグが今ここに回収された瞬間である。涙。



———————————————————

次話『聖女は乙女のたしなみです』へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る