ふたりのクリム

 メイド長は厳格だ。


 みなが言う。



 曰く、マクゴナガルは好き勝手なクリムヒルトを叱りつけられる唯一の人間。


 曰く、クリムヒルトにとってマクゴナガルは目の上のたんこぶ。


 曰く、クリムヒルトはことあるごとに古いメイド服を後生大事に着ているマクゴナガルをからかっていた。



 大事にしているメイド服を誰かが持ち去った。去年の別荘での出来事。

 マクゴナガルは何も言わない。


 みなはクリムヒルトが犯人だと信じて疑わない。


 だって、クリムヒルト以外犯人らしい人間は誰一人いないのだもの。


 今はこの件について無言を貫いているマクゴナガルだが、いつなんどき火山が噴くかもう時間の問題。


 その時にマクゴナガルとクリムヒルトの近くにいてはいけない。

 巻き込まれたら自分も大やけどする。


 それが使用人たちの暗黙のサバイバル術。


 

   ◇◆◇◆◇


 

 メイドさんや料理人さんとも打ち解けはじめた私はみんなから密かに情報を集めるが、やはり私以外それらしき犯人もいなさそうだ。


 「もう思い切って、お嬢様からすぱっと謝っちゃった方がいいですよ。人間誰しも過ちは犯すもんだが、それを悔い改められるのもまた人間だ」

 サミも心の底から助言してくれる。


 もう私が犯人決定稿になってるよね。みんなの中で。


 

 私は、メイド服はネズミが持っていってしまったとまず推論を立てた。


 過去の私がいかに好き勝手するとは言え、ひとが大事にしている服を隠すなんて非道はしないはず。たぶん……


 ネズミの巣がどこかにないかと壁の穴や物置部屋を虱潰しに探す。

 しかし半日かけてあちこち探し、ネズミの駆除は進むものの肝心のメイド服は見つからない。



 もう半日探した。


 一生懸命探したかいあって、とうとう服が見つかった。


 だけど私の部屋の隠し扉の中の奥に何重にも袋を被せて、密かにしまわれていた。隠し扉は私しか鍵を持っていない。


 どう考えても過去の私の所業だ。


 しかも単に隠されていただけでなく、あちこちが裂けて切れ込みが入っていた。


 これ普通にみたらメイド長を恨んでいる犯人(つまり私)が嫌がらせで服を裂いたようにしかみえないだろうな——。


 直せないかと服を丁寧に観察すると、すでに何十年も経っている生地はところどころすり切れてすでにボロボロだった。


 こんなに大事にしていたんだな。


 私が犯人だったとして、なんとか直してメイド長に返せないかと考える。

 その後でどんなペナルティを受けても仕方ない。



 でも、過去の私もそんな酷いことしそうにないってだんだん信じるようになっていた。サミやベンのことで、みんなが思っていたクリムヒルト像と実際のクリムヒルトが大分かけ離れていると理解してきていた。


 本当のクリムヒルトは好き勝手がすぎるとは言え、そこまで酷いことはしそうにない。


 何か理由があるに違いない。


 隠し扉の中に他に何か大事なものがないか探す。古い手書き文字で「ロロ魔糸」と書かれていた紙切れを見つけた。



 『ロロ魔糸は希少なロロ蛾といいう魔物の繭から採れる魔力の籠もった希少な糸だな。我らが世界では』と頭の中の灼熱竜(の意識)。


 どうやら同じ名前の糸が前の世界にもあったらしい。前の世界でも非常に高価で、それを生地にした服は国王でもない限り手に入れられないだろうとのこと。


 なんでそんな名前が書かれていたんだろう……。


 『どうやらこのメイド服はそのロロ魔糸の生地で出来ているようだな。我の鑑定眼によると』


 長年使って込められていた魔力がだんだんなくなってはきているが、たしかに高級そうではあった。そんな高価な服をよく贈れたな私のひいおばあちゃんも。


 「でも高級な魔糸が何十年とは言えこんなにボロボロになる?! 高級布だったらもっと強くてもよいと思うんだけど」


 『それは魔力の補充が足りなかったからだろうな。魔糸は徐々に魔力を放出する。この魔力が着る者に加護を与えたり、寒暖を和らげてくれる。が、魔力は有限だから適度に補充するものだ。多少の魔力あるものが着ていれば日常で補充できるだろうが、着ている者に魔力がなければ、いつかは枯れてしまうのだろう。それも寿命というものだな』


 「この服に今からでも魔力を補充すれば元のきれいな服に直せるものかな?」


 『無理じゃろうな。ロロ魔糸といえども一度摩耗してしまったら元に戻ることはなかろうて。あくまでも魔力を持った状態であれば強いという類のものだからな』


 「私、頑張ってロロ魔糸集められないかな?たくさん集めれば直せるんじゃない?どこかにロロ蛾たくさんいればいいんだけど」


 『この世界では知らん。前の世界では常に魔霧に覆われている西の渓谷があって、そこにロロ蛾がいた。我が最後に訪れた千年前でもロロ蛾はわずかな数しかおらず、その繭を全部採ってもロロ魔の布はメイド服の100分の1にもならん量じゃろうて。人手をかけて大量に集めれば100年で1着くらいできるかもしれんが。それだけ貴重な糸だということだ。お前では到底集められん』


 だから過去の私はメイド長の服を直そうとしてこっそり隠したまではいいが、結局直せずに諦めたのかもしれない。


 だけど、それならなんで過去の私はそのままにせず、服を裂いて切れ込みを入れたんだろう? それとも誰かに切れ込みを入れられた状態で見つけたのだろうか?

 よく分からない。


 「灼熱竜さん。以前の世界の私は『捕食』スキルでなんでも食べて解析して再生することができたんだけど、あれと同じスキル使えればこの服を再生できるのかな?」


 『可能かもしれんし、不可能かもしれん。我には何とも言えんな。前の世界に戻れないのだから、そんな仮定の話しはできん』


 結構真面目なんっすね灼熱竜さん。自由な発想から革新的なアイデアが浮かぶと思うのだけど、竜さんは仮定の話しは嫌いらしい。


 

 そう言えば、転生するまで持っていた『聖なるスライムの指環』はどうなったんだろう?


 身につけてもいなかったし、この部屋にも見当たらないところから考えるにやっぱりこの世界には持ってこられなかったのかな?


 あるとしたら私が倒れていた草原だろう。そこになければもうこの世界にはないに違いない。


 未だに『聖なるスライムの指環』の権能分かっていないけど、少しでもこの膠着を打破できる可能性あるのなら探してみよう。


 置いていくと怒りそうなのでルーネにも声をかける。あの時倒れ込んだ私を発見してくれたのもルーネで、倒れていた正確な場所も知ってるだろうし。



   ◇◆◇◆◇


 

 私が倒れていた草原は別荘から歩いて1時間ほどの距離だった。

 あたりを見渡すが特段変わったところもない。


 もしかすると隠蔽されているだけで前の世界とつながる洞窟があるかもしれないと思っていたが、全く魔法の痕跡は見当たらなかった。



 しかし、指環は落ちていた。記憶に残る小汚い安物の指環。

 この世界に来たら素晴らしい素敵な指環になっててくれないかなとの淡い期待は潰えた。


 指環の太さは今の私には少し大きいようだった。指にははめずにポケットにしまった。


 ルーネに指環のことを話すわけにもいかない。適当にごまかしてこの場を後にする。


 

 別荘に戻るともう夕方だった。今日は収穫があまりない。


 作戦開始から今日で4日目。家族が別荘に来るのは3日後だ。


 その前にメイド長クエストと執事クエストをこなせるか不安になる。


 やっぱり一番の鍵は去年の私のような気がする。彼女がなぜメイド服を奪ったのか、なぜ服を裂くような行為をしたのか。まずはそこよね。


 服を裂いたのが私とは限らないけど、今の状況としては限りなく黒に近い。



 夕食の時間。ダイニングで私を待っていたのはお子様ランチだった。


 ふっくらとしたオムライスの小山の上に小さな旗まで立っている。ドアの近くに立ちニッコリする料理長。


 私はグッジョブと心の中でつぶやき料理長に手を差し出して親指を立てる。料理長も小さく親指を立て返す。目と目が合い、キラッと光る。


 料理長との長年の確執が解け、本当の戦友となった。私の行動は無駄ではなかったと感じた瞬間だ。まあ夕食にお子様「ランチ」を出してしまうところが料理長の詰めの甘さだけど。


 夕食を終え、私は部屋に戻った。



 ベットに仰向けに寝そべり、明日からの作戦を考える。


 まずはメイド長に素直に服が部屋にあったことを伝えるべきだろうか。


 いやそんなことを中途半端にやったら、単に私が窃盗犯認定されるだけで永遠に和解できなくなりそう。最低限、真犯人を見つけて、ボロボロになっている理由を突き止めてから告発しないと、状況証拠だけで私は有罪だ。


 まあ、なんとなくだけど犯人は過去の私のような気はする。この部屋に服あったもんね。 


 ベットに横になりながら考えていると、睡魔が襲ってきた。ウトウトする私。


 夢の中で私は、部屋のテーブルで手紙を書き、封筒に蝋で封印して引き出しにしまう私をみた。



 はっと飛び上がり、夢でみた引き出しを開ける。


 見覚えのある封印の封筒があった。封筒に書かれた日付は1年前。去年の私が書いた手紙だ。


 恐る恐る封筒の蝋を剥がし、手紙を取り出して開く。


 10歳とは思えぬきれいな文字で手紙が綴ってあった……。



 

———————————————————


 今年のクリムヒルトから来年のクリムヒルトへ

 

 どうやら私の命は今年までみたい。私には未来を予知できる不思議な権能があり、私の代わりに別の私が来年この別荘で過ごしている未来を見た。


 みんなには内緒にしているけど、私は生まれつき魔力が強すぎて暴走しがちで、いずれ暴走した魔力に喰われてしまう『身食い』という病魔に侵されている。


 最近は『身食い』の症状が酷くなってきている。私はまもなく死んでしまう運命なのでしょう。


 この別荘で過ごす誕生日が毎年楽しみだったけど、来年私の代わりに私となって楽しんでいる未来の姿を見て少し安心しました。『身食い』は今度の私には影響ないのでしょう。


 来年の私にも別荘で過ごす生活を楽しんでほしい。敷地から少し離れた草原や小川がとても気持ちいいから。ぜひ行ってね。


 

 今年までの私はあんまりいい子だったとは言えず、来年の私は苦労するだろうけど、私も短い命と思いながらも精一杯がんばってきたので、来年からの私もこれから好きに生きてほしい。


 お父上、お母上、兄上、その他みんなには感謝してもしきれないくらい。愛しています。が、今年の私がもうここにいないことはみんなには言わないで。みんな心配するから。


 私の代わりに貴方を私にしてしまったことはとても申し訳なく感じています。

 が、きっと貴方にも私にならないといけなくなった何らかの理由があることでしょう。それだけは互いに我慢しましょうね。


 ひとつ心残りがあります。メイド長のマクゴナガルのこと。


 マクゴナガルには小さい頃から厳しく育てられましたが、私を思ってやってくれていること。内心ではとても感謝しています。


 私はいい子ではなかったので、いつも怒らせて困らせてばかりいましたけどね。


 

 彼女が昔から大事にしていたメイド服がボロボロになっていることを知っていました。


 どうにかしたかったのだけれども、それはそれは貴重な生地で作られていて到底私に直せるものではないことも分かっていました。



 最近になって私のひいおばあさまの昔の日記を見つけました。彼女に服を贈った当時のことも書いてあります。


 魔力のないマクゴナガルのために年1回はメンテナンスのためにひいおばあさまのところに来なさいと言ったとのこと。そう言わないとメイド仕事に忠実な彼女のこと、隠居したひいおばあさまの家には遊びにこないと思ったらしいです。確かに今の彼女を見ても私用で休暇を取るなんてこと絶対にしない性格ですからね、ひいおばあさまの気持ち分かります。


 しばらくはひいおばあさまの家に年1で伺っていたようですが、病気で寝込むようになったひいおばあさまに服のメンテナンスを頼むことできずに、それからはおばあさまの家に遊びにいくことはなかったらしいです。


 マクゴナガルがそうすることも考えてひいおばあさまはロロ魔糸に特殊な魔法を付与してしばらくメンテしていなくても後から回復させられるように仕込んでいました。そこまでは分かったのですが、その魔法のことは日記には書いておらず、ひいおばあさまがいない今では検討もつかないです。



 今年が私のラストチャンスなので、最後にマクゴナガルの服を直そうと心に決めていました。私の命を蝕んでいるこの膨大な魔力を服のロロ魔糸に通せば回復できるはずと。


 なにせ私の魔力は普通の何千倍もあるので、大抵のことはなんとかなったのです。まあ、メイドを屋根の上に飛ばしてしまって逆に怖がらせてしまったこともありましたけど。


 今から来年の私には謝っておきますが、その私の自信はこてんぱんに打ち砕かれました。結論から申しまして、単に魔力をロロ魔糸に通しても服は回復しなかったのです。

 そればかりか有り余る魔力が古くなった服のダメージを逆に拡大してしまい、マクゴナガルの服は裂けて酷いことになってしまいました。


 なんとかしようとは試みるも私ではどうにもなりません。


 

 その時、未来が見えました。来年の私、つまり貴方です。


 今年の私ではどうにも直せなかった服でしたが、来年の私はなんと新品のように艶めくマクゴナガルの服を持って立っていたのです。


 方法は全くわかりません。アドバイスも出来ません。でも来年の私なら彼女の服を元に戻すことができることだけは確かです。



 もう時間がない私は来年の私に託すことにします。


 他の人に委ねるのであれば無責任とそしられるとは思いますが、来年の貴方も私なので、まあ許容範囲でしょう。


 

 そう考えた私は、マクゴナガルの服を私が預かっていることも誰にも言わずに、そのまま来年の私にバトンタッチします。


 このような経緯なのでご了承くださいませ。



 この難局を乗り越えた暁には、一回り成長している私がいると信じています。

 貴方なら必ず成し遂げられます。未来を予知できる私が言うので折り紙付きです。


 

 それでは、来年のクリムヒルト。このクエストを楽しんで!

 

 かしこ


 

 p.s.

 私の体は華奢なので、あまり無理なことにこき使わないでね。


 お肌のメンテナンスは日々欠かさないこと。


 そばかすは嫌なので、外に出るときは必ず帽子をかぶってください。


———————————————————




 思わず私は彼女の手紙を破り捨てたい衝動に駆られた。


 強力な自制で無理やりその衝動を抑えることに成功し、できるだけ冷静さを取り戻すよう務める。


 「他に何かないかしら」


 引き出しを探ったところ、古めかしい革の表紙の本が見つかった。表紙には何も書かれていない。


 中をめくる。ペンで手書きされた日付と文章が並ぶ。誰かの日記のようだ。



 『xxxx年xx月xx日 マクゴナガルは本当にシャイな子。私がメイド服をプレゼントするって言っても畏れ多くて頂くこと出来ません、って頑ななんですもん』


 『xxxx年xx月xx日 とうとうマクゴナガルがメイド服をもらってくれた。ロロ魔糸で作った服ならマクゴナガルがどんだけ使い倒してくれてもびくともしないはず。でもあの子、魔力がないから私が服に補充してあげることにした。本当は数年補充しなくても大丈夫だけど、あの子はなかなか私のところに遊びに来てくれないから、意地悪で毎年来ないと服がボロボロになりますよ、って脅しといた。来年ちゃんと来てくれるといいな——』


 ひいおばあちゃんの日記だ!


 

 過去の私の手紙の通り、高齢なひいおばあちゃんに長年尽くしてくれたメイド長にひいおばあちゃんが隠居するときにプレゼントしたものだった。


 その後のひいおばあちゃんの日記でも、メイド長の話題がちょこちょこ出てくる。とても優しくて献身的な娘さんだったようだ。年一回の訪問を楽しみにしていた様子が伝わってくる。ひいおばあちゃんにメンテナンスを頼みに来るたびに非常に申し訳なさそうに遠慮がちにしていたようだ。


 服を回復させる方法が書いていないか一生懸命探す。


 服を回復させられる魔法をかけてあることは書いてあったが、肝心の魔法の詳細はわからない。


 縦読みしたり、日記の表紙の隙間ほじくり返して何か書かれていないか探したり、しまいにはシーザー暗号ではないかと疑ってみたりしたが全くヒントが見つからない。


 日記を片手にベットに倒れ込む。


 他にヒントになるものないか……。 再び手紙を読む。



 悪魔的な解決法をひらめいた!


 

 料理長のところに行って『小さき灼熱竜の実』を持っていないか聞く。

 隠し持っていた最後の1つをもらった。


 

 部屋に戻り、部屋の隅にボロボロになっているメイド服を吊るす。


 私の口には大量のミント。そして『小さき灼熱竜の実』をかじる。


 口から灼熱の炎がメイド服に向かって吹き荒れ、服を完全に燃やし尽そうと迫る。危うしメイド服!


 その瞬間、どこからともなく竜巻が起こり炎をかき消す。服は無事だ。



 ひいおばあちゃんの日記から声がした。


 『怖いことするね——。あんたも』


 「クリムヒルトの未来予知で、完璧に直った服が出てきたってことは、誰がどんな方法で服をダメにしようとしてもそうはできないってことだもんね。絶対にどうにかなると思ったわ」


 『日記から出てこれないはずのわたしが、思いもかけず日記から出てしまったよ』


 ひいおばあちゃんがびっくりした声を出す。


 「はじめましてひいおばあさま。私はクリムヒルト。ひいおばあさまに助けてもらいたいの」


 

 大魔法使いだったひいおばあちゃんの魂の欠片が日記に残っており、静かに余生を楽しんでいたらしい。


 メイド服がボロボロになっていることも知っていたがどうすることもできず、静観するしかなかった。


 そこで私の起死回生のミラクルヒットで飛び出すことができたひいおばあちゃん。


 『ミラクルヒットというよりはやぶれかぶれ打法だけどね。あんな賭けに打って出るやつは私の長い人生でもいなかったわ!』とお褒めの言葉。



 斯々然々かくかくしかじか。ケ・セラ・セラ。ひいおばあちゃんにメイド服の回復魔法を教えてもらった。


 特別な回復魔法で直ったメイド服は本当に艶やかな紫黒のビロードだった。ボロいとか言ってごめんなさい。文句なら過去の私に言ってね。



 『これからのメンテナンスはあんたがやりなさい』


 ひいおばあちゃんに言われて、試しに私が服に魔力を込める。


 今まででも十分キレイだったメイド服がさらに艷やかに光り輝いた。塵もホコリも近づくそばから滑るように落ちていき、全く服には寄せ付けない。


 『この状態だったら着ているものにも加護があって、怪我や病気や寒暖も寄せ付けなくなるからね。たまにかけてやりなさい』


 もうちょっと頑張って魔力を込めてみる。メイド服から七色の光が出てきた。


 『やりすぎじゃ——!オリハルコン級冒険者の装備にでもなるくらいの防御力が服に付いてしまったわい。竜の炎にも耐えられるくらいじゃ!』


 さきほどの使いかけで残っていた『小さき灼熱竜の実』とミントを口に咥えて本当かどうか実験しようとした私にすぐさまひいおばあちゃんの日記が飛んできて殴られた。


 『ひ孫ながらあんたのやることにはついていけんわ——!』


 反省します。



  ◇◆◇◆◇



 「マクゴナガル!ごめんなさい!」


 直ったメイド服をメイド長に返す。


 「メイド服は私が預かっていました!がんばって直そうとしてたんだけど、直すのに時間がかかってしまって。本当にごめんなさい」


 頭を下げる私。黙っているメイド長。さすがの威圧感。



 しばらく逡巡した後、メイド長は服を手に取る。

 驚きの目で服の細部を調べる。裏地やタグまで丹念に調べる。


 「フィヨルクンニグ様——!」


 突然涙を流したメイド長。私は突然のことにおろおろしてしまった。


 「私のことを『小さな子』といつも呼んでくれていたフィヨルクンニグ様が襟に付けてくれたタグもボロボロになって読めなくなっていたはずなのに……」


 メイド長の180cmはあろうかという立派な体躯を見て『小さな子』と呼べるひいおばあちゃんのセンスもすごいな——。


 というかひいおばあちゃん、フィヨルクンニグって名前だったのか。はじめて知った。


 メイド服を抱きしめて座り込んで泣くメイド長(ちょっと大柄180cm)の側で肩を抱いて慰める私(ちょっと小柄な130cm)。


 恐る恐る遠くから成り行きを見守っていたルーネはじめ別荘のみんな。


 誰一人、物音一つ立てられない、そんな張り詰めた空気がしばらく続く。


 この間は、掃討作戦に破れたネズミ(仮宿探し中)であっても物音させないように立ち止まらざるを得なかった。


 

 永久とも思える時間が過ぎ、メイド長はゆっくり立ち上がった。


 「クリムヒルト・フォン・バウムスお嬢様!」


 「ひぃ————————っ、はいいいいいいいい!!!」


 情けない声を上げてしまった私。


 「お嬢様の行いが正しかったとは言えません」


 「イエス、マム!私もそう思っております! 長官殿!」


 なぜか意味不明にも敬礼してしまう私。


 「でも、お嬢様がわたしのためによかれと思ってしてくださったことには感謝しかありません。ありがとうお嬢様」


 なぜか緊張しすぎたあまり涙が溢れてくる。

 メイドさんも料理人さんも使用人さんもみな飛び出して歓喜に踊り始める。



 「みなさ————ん! 随分と暇だったようですわね! もうすぐ旦那様たちが別荘にお越しになる日です。塵一つ落ちていないように、これからビシビシ指導させてもらいますからね!」


 いつものメイド長が戻ってきた。


 「「「「「「「「「「イエス、マム!!!」」」」」」」」」」


 私が乗り移ったかのような意味不明なセリフを叫んで、みんないつもの戦闘配置に戻った。



 いつもの日常が戻ってきたようだ。


 しかし、明日からはメイド長の服はいくら掃除をしたあとでもピカピカに輝いていることだろう。


 「小さな子」

 私は思わずつぶやいた。


 「何か言いましたか————!」

 ぎろっと睨むメイド長。私も飛んで走っていった。


 

 「やっぱりあの子は私が付いてやらねば何をしでかすか分かったものじゃありませんね。仕方ない」


 誰もいなくなった大広間でメイド長はひとりつぶやく。誰も見たことのないようなにっこりとした笑顔を浮かべて。


 その笑顔は、まだ小さかった子供の頃のマクゴナガルがフィヨルクンニグに向けてよく見せていた表情だった。


 「さて、私も働きますか」


 すぐにいつものマクゴナガルの顔に戻すと、背伸びをして庭掃除に向かった。


 その後ろ姿は、大きくなった今も、泣き虫でもいつも頑張って働いていたときの昔の小さなマクゴナガルと全く変わらなかった。



   ◇◆◇◆◇


 

 この日、私は11歳の誕生日を迎えた。


 勝手に先に別荘に来てしまっていたのでお父上もお母上も兄上も不在だが、別荘のみんなが祝ってくれた。


 料理長のベンが腕によりをかけて苺のムースを作ってくれた。私が大好きなケーキだ。



 去年のクリムヒルトも、この別荘で10歳の誕生日を迎えたそうだ。


 しかし、去年まではまだサミやベンやマクゴナガルのことがあり、どことなくよそよそしさが残る会になってしまっていたようだ。


 あの子も悪い子じゃないんだけどね——。エネルギーが強すぎて周りを混乱の渦に巻き込んじゃうタイプなんだろうな——。


 私はああならないように注意しようっと。


 

 まだ過去が精算できていない残るひとり、セバスチャンがひとり静かにダイニングの部屋の隅で待機している。


 ここ数日ですっかりみんな私と打ち解けてくれるようになったが、未だにセバスチャンだけは頑なに私を避けているようだ。


 しかもなぜか料理長ベンのことまで睨んでいる。


 

 まあ、過去の私がやらかしたことだから、きっちり解決しないとね。


 ここまで、サミ、ベン、マクゴナガルと和解し、別荘のみんなの私との接し方が180度変わった。


 残るひとりのセバスチャンは、マクゴナガル以上に難攻不落のようだ。


 私は決意した。明日、全てを終わらせよう。


 

   ◇◆◇◆◇



 本日の重責を果たし、私はベットに倒れ込んでいた。


 それにしても、去年の私はどんな無理難題を私に押し付けたことか。


 まあ、実際自分ごととして考えると去年のクリムヒルトも大変だったよな。


 10歳までしか生きられないこと分かっていながら淡々と受け入れるなんて普通できることじゃない。あんなお転婆でも本当は辛かったんだろうな。


 いかんいかん、あんな手紙を未来のまだ知らぬ私に書いてよこせるような人間だ。同情することもない。


 とはいえ、もうすでにいなくなってしまった本当のクリムヒルトの人生を乗っ取ってしまったような気まずさは残っていた。


 みんなが私のことを「クリムヒルトお嬢様」と呼んでくれるたびに居心地の悪さを若干感じる。若干だけどね。



 『私はいるわよ!』


 頭の中から去年までのクリムヒルトの声が聴こえてきた。


 「え——」


 『なんでかわからないけどまだ成仏できなかったみたい。これからよろしく』


 まじか! もういないと思って少しセンチな気分になっていたのに、まだちゃっかりいたとは。


 『なんか頭の中が騒がしいな』と頭の中で灼熱竜が小言をいう。


 『わたしのことも忘れちゃ困るよ』日記の中のひいおばあちゃん。



 うるさい日々はこうして続くのであった。



———————————————————

次話『黒執事』へ続く

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