彼氏彼女らの事情
破滅フラグを回避するには、今までの私の悪行の数々をみんなに許してもらい、その上で私を受け入れて認めてもらえることがまず必要だろう。
その第一歩は身近なところから。父上・母上・兄上が別荘に来るまで残り1週間の間に、この別荘のメイドさんなどとの関係を取り戻したい。
仲が悪いままだと、メイドさんたちからの冷たい視線の中で針のむしろのまま父上たちを迎えなければならない。
私の父上であるギルム・フォン・バウムスという人物は王国の宰相をしているだけあって、類まれな観察力と洞察力を持ち、様々な事象を総合的に大局的に理性的に客観的に判断できるという。
別荘でそんな剣呑な雰囲気が残っていれば、父上は絶対に見抜くだろう。
そうなったら私が父上たちの信頼を勝ち得ることはない。地獄の神学校行き確定だ。
「それには、重要人物はこの4人ですね」
ルーネが親切に教えてくれる。ふむふむ。
「まずはメイドのサミ。彼女が一番お嬢様を恐れています。ここを最初に攻略する必要があります」
それはなんとなくわかる……
彼女とすれ違うとかならず神妙な顔をして目をそらすからね。絶対怖がられている。
「次が料理長のベン。彼が晩餐会で出した自慢の料理をお嬢様がすり替えて、ピクピクしている活きのよいサラマンダーのしっぽをお客様方にご賞味させてしまったことを料理長の一生の恥として未だに悔やんでいます」
うわぁマジか——。晩餐会はきっと料理長の誉れやもんな。その料理をすり替えるなんてもはや人の行いとは思えない。いや魔物でもそんなことできない。元スライムの私でも太鼓判押せる悪行。
「そしてメイド長のマクゴナガル。メイド長の若かりしころ、お嬢様のひいおばあさまに
もうなんてことしてくれているの——、過去の私。それって何百年経っても絶対に許せないやつやん。お転婆が少し過ぎるくらいのトラブルかと高をくくっていたが、もう本物の事件だわ。
「最後が執事のセバスチャン。王国の執事長だった彼がその任を解かれた理由は秘密になっていますが、お嬢様が彼にやらかしたことが原因で、お父上がその責任を感じてバウムス家の執事に迎え入れたと、まことしやかに噂されています。彼がお屋敷に来てからもお嬢様に必要以上近づかずに未だによそよそしい態度を取り続けているのはその確執があるからだとのこと」
はいキタ————。なんかわからんけどなんか凄いことやらかしたのだけはわかるネタ来た——。
これもはや国家レベルのやらかしやん!仮に彼が許すと言ってくれても国王や父上が許さんパターン。
「この4人がお嬢様の味方になれば、他のみんなもお嬢様を信じるに違いありません。逆にこの4人がお嬢様と打ち解けない限りは、怖くて他のみなもお嬢様と親しくするのを遠慮してしまうと思います」
めっちゃハードル高いんですけど——。というか絶望的に無理難題、私がこうやって聞いただけでも絶対許さないって思うような悪行をしでかしてくれているのね私。
竜と戦う方がなんぼもマシだな——。今から振り返れば。あの頃が私の人生の中で一番光り輝いていた時期かも知らん。
とは言え、無茶を承知で進むしかない。頑張れ私。過去の私との決着を今こそつけるとき!
◇◆◇◆◇
まずは、サミから。
起きた事象ははっきりしている。サミが尖塔の上に持ち上げられて降りられなくなっている現場をみんな目撃しているから。
でもルーネに聞いてもなんでそうなったのかは要領を得ない。噂だけが独り歩きしている様子。
サミは3年前のあの日何が起こったのか誰にも話したがらず、真相は未だに闇の中らしい。
サミを別荘の空室に呼んでもらった。私はカーテンの裏に隠れて待つ。
薄っすらと日差しが射す部屋に入ってきた二人。ルーネに促されてソファーに座るサミ。その斜め横の椅子にルーネが座る。
少しでもサミが寛げるようにと用意していた紅茶と砂糖菓子を出すルーネだが、余計にサミは警戒したようだ。
サミ「あの日のことは言えん」
ルーネ「お嬢様の今後にとって本当に大事なことなの。教えて、サミ」
「誰がなんと言おうとあの日のことは言えん」最初から頑ななサミ。
ルーネは真剣な眼差しでサミを見つめる。
「ねえサミ。みんながお嬢様のことを悪く言っているのは私も知っているわ。私も長いことお嬢様を誤解していたので、それをとやかく言う資格は私にはない。けれど最近になってお嬢様が実は不器用だけれど根はいい人じゃないかしらって気付いたの。とっても不器用だし、とっても凶暴だし、とっても意地悪なとこあるけどね」
酷い言われようだわ、私。でもしょうがない。そうしていた過去の自分がいるんだし。
「お嬢様はそんな人じゃない……」
「え?」とルーネ。
え? 私もカーテンの奥で消沈していた。やっぱりサミは私のこと恨んでるのかー。分かっていたけど、つらたん。
「お嬢様は本当はとっても優しい方だ……」
!!
「お嬢様は意地悪なんかじゃない……」
そっちを否定してくれたのか——。ちょっとホッとした。
そしてサミはしばらく黙っていた。
こんなに長いと紅茶が冷めちゃうな〜とどうでもいいこと思いながら、カーテンの後ろに隠れたまま見守る私。
ぼつりぽつりとサミは話しはじめた。
3年前のあの日の出来事のことを。
◇◆◇◆◇
3年前のあの日、サミは密かに付き合っている庭師とこっそり会っていた。
「どうしてもその書類が必要なんだ! 持っていけないと私が殺されてしまうよ。頼む!」
実は、庭師は敵国のスパイで、サミに父上の書斎に入って極秘書類を持ってくるように仕向けようとしていた。
騙されたことに気付き、ガンと言うことを聞かないサミ。
つかみ合いになったところで、偶然通りがかった私が登場。
驚いたスパイ庭師は人質にするためにか私を連れ去ろうとした。サミが庇った。
今度はそのサミを害そうと庭師は魔法で竜巻を起こす。吹き飛ぶサミ。
サミを助けようとしたが7歳の私にはうまく魔法がコントロール出来ずに、ギリギリのところで狭い尖塔の屋根にサミを降ろし、そのまま失神してしまったらしい。失神したまま私の魔法を誰も解くことができずに、しばらくサミは尖塔の屋根に魔法で固定されたまま救助されるのを待つことになった。
その騒動の合間に庭師は逃げた。サミは激しく動揺して父上に真相を告げた。責任を取りメイドを辞めようとした。
庭師がスパイであることを父上は知っていたそうだ。その上で庭師を泳がせていた。
父上にとっても、サミと娘を危険に晒した今回の出来事は己の責任として非常に心を痛めたようだ。父上にとってもきっと苦渋の選択だったに違いない。
「悪いのはすべて知りながらみなを危険に晒していた私だ。サミ、お前は何も悪くない。ここを辞めないでほしい」
結局サミは残った。しかし庭師とのことを誰にも言えずに、みんなから真相を聞かれても黙っていた。
みんなは私がまたいつものイタズラでサミを危険な目に合わせたと誤解した。
が、サミは誤解を解くことができずに、そのまま口を閉ざしてしまった。
そんなサミに私は非難めいたことも何も言わずに普段通りに振る舞っていたらしい。
全く覚えがなくて恐縮だが、過去の私も随分といい性格していたみたいね。いい意味で。
「お嬢様に申し訳ないことをした。本当のことを言おう言おうと思っても、今の今まで誰にも言うことができなかった。最低だ」
サミが私を見ていつも怖がっているように震えていたのは、いつか私から真相をバラされるのを恐れていたから。
「でも、もう止めだ。いつまでもお嬢様を悪者にできない。私からみんなに真相を伝えて、ここを去る!」
ぱっとカーテンから飛び出す私。驚くサミ。なぜか涙ぐんでいるルーネ。
「ここを辞めちゃダメ! あの日私を助けてくれたのはサミなのよ!サミがいなかったら私は敵国にさらわれていたはずよ!」
イヤイヤ、お嬢様なら連れ去ろうとした庭師を逆に吹き飛ばしていたに違いない、助かったのはお嬢様ではなく、殺されずに済んだ庭師では?とでも言いたそうなルーネを横目に私はサミに訴えかける。
「私はお嬢様が私のことで悪口言われているのを知りながら止めもしなかった……。私がここにいる資格はないです」
「それだったらなおさらここに残って! これからはサミに私のいい噂をみんなにどんどん広めてほしいの!お願い!」
なんとも格好のつかない依頼ではあるが、そんなことに構っていられない。
ひとつでも破滅フラグ折ることできるなら何だってする。
「お嬢様もこうおっしゃっているし、サミももう諦めなさい。これからはお嬢様のお役に立つと誓いましょう。それが一番いいのです」
畳み掛けるルーネ。両手にはしっかりと冷めたティーカップを握っている。
なんか私たち2人がかりで計画的に仕掛けてる悪徳商法の勧誘みたいだな。
「私の人生が懸かっているの! 貴方のチカラが必要なの!」
サミが私を恐れているという噂が広まっている限りは私の名誉挽回なんて夢のまた夢だからね。
あの事件が実は誤解で、むしろ私が正義の味方だったんだと知れ渡れば私の株も大いに上がるに違いない!
しかもそれをサミの口から語ってくれることが大事。私がいくら真相をばらまいたところで余計胡散臭く思われるだけだし。
「分かりました。お嬢様のお役に立てるようこれからがんばります!」
◇◆◇◆◇
まずは、初戦突破だ——
廊下ですれ違うメイドさんの態度がなんか変わってきた気がする。
作戦開始2日目にして早くも効果現る!
それにしても、過去の私すばらしいことしてないかい? まあ普段の行いが非常に悪いことですべて帳消しになっている感はあるけど。
これで地獄の神学校入りしなくてすむかもしれない。
次は料理長のベン。
「私に少し考えがあります。お任せしてもらえませんか?」
ニヤッと笑うルーネ。だんだん私と性格合ってきてる気がするぞ。
「よし、第二幕の開演だ。貴殿の創造的籠絡に期待する。では諸君、行動開始だ!」
「了解!」
『ラインの悪魔』と言われたことのない私の笑みに、直立不動の敬礼で答えるルーネ。
なんか息ぴったりになってきたな。このコンビ。
そして、『寸劇と慰撫』と名付けられた作戦が決行されるのであった。
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