異世界転生:異世界最強・悪役令嬢編

破滅フラグは不安よな。お嬢様、動きます

 ここはどこだろう?


 さっきまで洞窟の中にいたはずなのに、今は陽の光を浴びて草原に横たわっている。


 洞窟には朝入ってかれこれ半日近く冒険していたから少なくとも夕方になっているはずだが、太陽がまだ高い。昼くらいだろうか?



 魔物のトラッケに轢かれた痛みも感じない。


 俺は半身を起こして首をキョロキョロまわしてあたりを確認する。洞窟が見当たらない。


 地面に手をつき、片膝立ちしてからひよこっと起き上がる。眩しい日差しを遮ろうと手のひらを目の上のおでこにかざす。遠くを見る。


 少し離れたところに小川と木々。その向こうには森林。そして遠くに峰が白く輝く山々。


 洞窟のこっち側がこんな世界だったとはな。向こうはなんにもない砂漠で生きるのにも難儀する僻地なのに、こっちは生活しやすそうな穏やかな場所だ。


 こんなことなら竜を食べた後、こっち側に歩いてればよかったな。あんなに苦労しなくても済んだのに。



 俺はスカートに付いた草を手で払って、小川に向かって歩き出した。


 え? 手? スカート? びっくりした俺は両手らしき物体を目の前に上げた。確かに手だ。触手じゃない。肩、腕、肘、手首、手のひら、指。


 それに足も2本生えていて膝もあるようだ。頭も首もある。 目は感覚細胞組織ではなく、閉じると光が遮られた。


 頭にはサラッとした長い糸が大量に付着している。これは髪の毛?


 体を見ると布でできた服。腰には長い布が巻かれていて足の付根は見えない。スカートっていうやつだなこれ。


 

 今の俺は、人間に似た服を着て、人間に似た体型になっているようだ。それも「女」と呼ばれる種類のものに。


 俺のかわいいスライムわがままボディはどこいっちゃったの⁉


 

 スライムには性別がない。いわゆる「無性」というやつだ。適当に分裂して増えるし、好きに体型を変化させるから服なんてものも着たことがない。

 服なんてものは亜人族が着るものと思っていた。


 あいつらは体だけでは防御力が弱く、性別が別れていて互いの体を直接見ることにも一定のルールの下でないと行えないらしい。面倒くさい生き物だ。


 まさか俺はその亜人になってしまったのか。

 それも最弱種である人族の人間に……


 肌はゴブリンのような緑ではなく薄いベージュ。むしろ白に近い。

 堅くゴツゴツした厚い皮膚ではく、岩にちょっと擦れただけでもすぐに血がにじむような透き通った肌。剛毛も生えていない。


 こんなんじゃ防御力ゼロだろうな。



 なんでこんなことになったのかはさっぱりわからない。トラッケに轢かれたところまでは俺は俺だったはず……


 考えてもわからんことはわからんと首を振って、乾いた喉を潤そうと小川に向かって再び歩き出した瞬間。目の前が暗転して俺は倒れた。


 「お嬢様———————————!」


 何やら周りが騒がしい気がするが、俺はもう体を動かすこともできなかった。意識が遠のく。


   ◇◆◇◆◇


 目をさますと知らない天井だった。

 あまりの眠さにまぶたが閉じようとするが、頑張って目を開ける。


 「大丈夫ですか⁉ クリムヒルトお嬢様!」


 広く豪奢な部屋。私は中央の寝床ベットに横たわってる。


 薄くて半透明な布レースのカーテンが寝床の柱の上から垂れ下がっている。

 寝床の横に黒を基調にしたメイド服の人間の女が立っている。黒髪ショートボブでキリッとした顔立ち。


 ホッとしたような、それでいて複雑な表情をしている。


 どうやら人間の娘として草原からここに運ばれてきたようだ。


 やはり私は人間になってしまったらしい。



 寝床から上半身を起こして周りを眺める。他にも部屋の奥には人間の男や女が数人いた。


 みんな私を複雑な表情で見つめる。なんか顔に付いているのだろうか?


 寝床の位置から見える場所に鏡があった。視点をあわせて初めて自分の現在の姿を見た。


 そこには10歳くらいの幼い少女がいた。


 まだ疲れているのか、私はまた寝床に横たわりそのまま寝入ってしまった。



 「旦那様に早馬を。お嬢様の意識が戻りましたと伝えてください」

 男の声がする。


 「これで職を失わずに済んだ。 お屋敷に帰ったら旦那様に叱られはするが最悪の事態は免れた」


 「お嬢様もどんだけ私たちに心配かければ気が済むんだろう……」


 「し——っ。ここでそんなことを言うもんじゃないよ。お前もサミみたいになりたいのかい?」


 「おお、くわばらくわばら。そんなのはごめんよ」


 部屋から全員立ち去ったようだ。眠たくなっていた私の薄ぼんやりした意識がついになくなった。

 

   ◇◆◇◆◇


 翌朝。寝床から這い出すと、部屋に控えていた女が私を寝ていた時の服から着替えさせた。ボサボサだった髪も梳かす。


 人族としてどう振る舞えばよいのかわからず、やられるままに任せる。


 もともと僻地のスライムだったので人族の習慣も女の子の振る舞いも全く未知。まともに暮らしていける気がしない……



 『そう嘆くでない』

 どこからか声が聞こえる。どこからだろう。あたりを見回す。


 『お前の頭の中じゃわい。我は灼熱竜。お前に食われた竜じゃ』

 おお、そう言えば声が竜の断末魔に似ている気がする。


 『我は何でも知っているでな。お前に人間としての振る舞い方もこれから教えてやろう』


 それはありがたいけど、異世界の竜の知識なんて役に立つのか? しかもこの竜、洞窟から出たことなかっただろ?


 『失礼な! 我も昔は自由に大空を飛び回り、好きなところに出向いては灼熱の炎で気に入らん国々を焼き滅しては恐れられたもんじゃ』


 怖いことする竜だな——。こんなやつと知り合いとは、完璧に引くわ。


 『そんな我を有無を言わさず食らったお前から言われたくはないわ!』


 なんで食うことになったのか覚えてないから仕方ない。

 それよりなんで頭の中で竜の声がしているのか知りたい。


 『古から何百万年も培ってきた我の叡智そのものに自我が芽生えていて、お前に肉体が食われたことでお前の中に取り込まれたみたいじゃな。我にもよくわからんが』


 なんか胡散臭い説明だな——。


 『そうは言ってもそうなんだからしかたあるまい。我思うゆえに我ありじゃ』


 まあいいや。使えるものは里長でも勇者でも使ってきた私。役に立ってくれるならこの力使わせてもらおうじゃないか。


 頭の中で竜とブツブツ話している私に怪訝そうな顔をしたものの、何も言わない女。


 こうして女に身なりを整えてもらっている間に、頭の中で人族として一人前に振る舞えるだけのレクチャーを受けた。



 この女はメイドというらしい。私の世話をするためにここにいてくれたようだ。こんな待遇受けたこともないので今更ながら緊張してきた。


 今までは里でもパーティーでも散々な待遇だったからな……


 メイドさんはまだ私が意識を取り戻してから本調子に戻っていないと思ったのか、そっとしておいてくれる。



 身なりを整えてもらった私は一言「ちょっと行ってくる」と言って部屋を出た。

 

 廊下で数人のメイドさんとすれ違う。小走りになって私の視界から素早く逃れるメイドさんたち。

 何か猛烈に嫌われているようだ。


 気になった私は、こっそり通路の影に隠れてメイドさんたちの会話を盗み聞きする。

 

 私は性格が悪いことで有名で、かなりひどい実験を使用人に対してしていたようで、メイドさんたちからめっちゃ怖がられていた。


 「お嬢様が意識を取り戻したって!」


 「また魔法で水かけられたり、スカート吹き飛ばされたりするのかしら……」


 「あの地獄の日々が戻ってくるのね。なんであのお嬢様はあんなに性格悪いのかしら?」


 「お父上のギルム様もお母上のスヴァンヒルデ様も兄のグンター様も、大変お優しいのにね——」


 「ひとりだけひねくれて生まれちゃったのよね——。前世で何かやらかしたに違いないわ」


 前世はきっとスライムです……

 やさしいスライムで有名だったのに自信なくなるな——

 少しずつでもいいから挽回できないかな。

 

 「この話しお嬢様に聞かれたら大変なことになるわ。性格は悪いけど、魔力量はこの国随一ですもんね」


 「あの魔力を人様に役立つことに使ってくれればいいんだけどね——。いたずらにばかり使うんですものね——。宝の持ち腐れよね」


 「し——っ、この前悪口聞かれたサミはそのままお屋敷の一番上に飛ばされて狭い尖塔の屋根でブルブル震えて助けが来るまで何時間も立たされていたのよ。私あんな目に会いたくないわ」


 ひどい…… あまりにもひどい俺…… こりゃ嫌われて当然だわ。



「お父様も困り果てているようで、どうやらあの厳しい寄宿神学校に入れること考えているらしいわ」


「一度入ったら卒業するまで二度と外出できないという噂の女学院! 神学校と言いながら、なぜかゴツい女剣士が数多く輩出されているという伝説の指導方針ブートキャンプ!それはお似合いかもしれないわね——」


 まじか——。そんなところには入りたくないな。すでに悪役令嬢として破滅フラグが立ってしまっていそうだし、フラグをへし折って断固として破滅を回避せねば!


 私はこっそりその場を後にし、部屋に戻る。



 まずは情報戦。ここがどこで、自分がどんな人物で、周りを取り巻く環境かを知る必要がある。


 とりあえず身の回りのお世話をしてくれる専属メイドさんらしき女性に声をかける。


 「あの〜」


 ビクッ!メイドさんが私に話しかけられたのが少し怖かったのか、びっくりした。 わかりやすい。


 「私はどうして倒れていたの?」


 「クリムヒルトお嬢様、覚えていらっしゃらないのですか?」


 どうやら避暑としてこの別荘に遊びに来ていたらしい。他の家族は公務や学校があってまだ来られなかったが、私が父におねだりしダダを捏ねて先に別荘に来てしまったようだ。これはいつものことだそうだ。


 それでこれもまたいつものようにメイドさんたちを煙に巻いて敷地から勝手に外に出てしまった。みなで探したところようやく丘の向こうの草原に倒れている私を見つけて連れて帰ってきたのだそう。ここは別荘の私の部屋。


 意識を取り戻さずに寝ている私をお医者さんに見せたが、お医者さんにも悪いところが見つからず、首を振って帰っていったそうだ。


 それから1日経って、ようやく私が意識を取り戻したとのこと。


 みんなが私のわがままに振り回されて大変な目に合っているから、陰で愚痴っていたのね。分かるわ——、その気持ち。


 

 専属メイドさんの名前はルーネ。私の側付きとして小さな頃から面倒を見てくれている。


 が、私の面倒を見るという仕事はとても疲れるようで、目の下には深い隈が縁取られている。申し訳なし!ルーネ。


 それから私はまだ意識がぼんやりしていることを装って様々なことをルーネに教えてもらった。直接的に聞くと私が元のクリムヒルトと別人ということがバレるので、世間話みたいな顔をしながら探るのが大変だったが。



 この国はドルムント王国と言って、大陸の南に位置する古くからの王国。北には大森林、南には海が拡がっており、東には巨大な帝国が、西には大小他の国がひしめいているそうだ。スライム時代の私の故郷は月が一つだったが、ここでは空に2つ浮かんでいる。なんとなく感じてはいたが、ここはやっぱり異世界のようだ。


 だだしこの世界にも竜も魔物も魔法も存在するし、なんだか近しい気がする。


 

 『この世界は我の知識が十分役立ちそうだな。善き哉、善き哉』

 頭の中で喜ぶ竜。

 

 私の家は代々続く公爵家。父は国王に仕える重鎮の四大公と呼ばれ、宰相として国家運営を任されている、まさにエリート中のエリート。


 父の進言であれば、国王にとって苦いことであっても即座に受け入れるだけの全幅の信頼を得ている。しかしその国王との仲を己の都合には一切利用しない潔癖さも兼ね備えており、王国民からも敬愛されているとの人物評。



 兄はその父の跡取りになるべく日夜国家運営や領地経営などの勉学に励んでいる英才である。また剣士としてもその才能を認められ、国の騎士長に弟子入りして直々に教えてもらっているほどの逸材。


 文武ともに秀でている兄は、父の跡取りとしてだけでなく、すでにその実力を買われ王国運営の表舞台への登壇を国民も今か今かと待ち望んでいる。



 母は古の神々から力をさずかり非常に強い魔法が使える女傑を代々輩出している名家の生まれで、この国で随一と言われるほどの超回復魔法が使えるそうだ。なんでも、竜に襲われて死の淵にいた国王をヒールの力神の御加護で助けたとのこと。


 私も、母の家系の血を受け継ぎ魔力が人一倍、いや人の何千倍も強いらしい。しかし元気な性格の私はその魔力を持て余し多少元気に過ごして今に至っているそうな。


 ……。絶対ルーネ遠慮して話してくれているけど、聞かん気で破天荒で意地悪く暴れん坊な私にみんなが振り回されている日々なのだろうな。



 最初は緊張気味に私と話していたルーネだが、だんだん落ち着いてきた。


 ルーネは私が産まれた時にメイドして雇われたとのこと。王国の辺境の貧しい村から来て右も左も分からないルーネに母はやさしく色々なことを教えてくれたそうだ。


 私の側付きになって母に報いたい気持ちで一杯だが、私のあまりの元気さ傍若無人さに、うまく導く制御することができない己の不甲斐なさを悔やむ毎日。


 そんなときに今回の私の失踪・行き倒れ騒動。もう生きた心地がしなかったみたい。ずっと側付きだったルーネが未だに私と話すのに緊張してるって、過去の私ってどんだけー。


 最後にはうっすらと涙目で「もうこんな危険なことはしないでくださいね」と言うルーネ。

 素直にごめんなさいと謝る私。


 戸惑いながらも徐々に心を開いていろいろと話してくれた。私とこんなに親密に長い時間話したことはなさそうだった。


 私だけでなくルーネにも貴重な時間になったようだ。


 

 「申し訳ありません、クリムヒルトお嬢様! まだ疲れているお嬢様にこんなに長々と付き合ってもらってしまいました」


 「いいえ私こそルーネに甘えていろんなことおしゃべりさせてもらったわ。ありがとう」


 素直な私を少し驚いた目で見つめるルーネだったが、改めてかしこまって話した。


 「私は長いことお嬢様に仕えてきましたが、お嬢様のことを少しも理解できていなかったようです。申し訳ありませんでした。今日はじめてお嬢様のお気持ちを伺わせてもらった気がします。いろんなことに悩み、考えているお嬢様にようやく触れ合えました。改めてこれからもよろしくお願いいたします」


 頭を下げるルーネ。私はいたたまれなくなった。


 「私こそ、いつもそばにいて私のことを第一に考えてくれているルーネに心配ばかりさせてきて本当にごめんなさい。ルーネだけでなく他の者にもひどい仕打ちをしてきた私を許してくれるとは思えないけど、これからはみんなに少しでも安心してもらえるように心を入れ替えて頑張るわ」


 まあ、文字通り「心を入れ替えてる」んですが、それはそれ。過去の私の行いもちゃんと私がやってしまったこととして受け止めて、明日に向かって進もう。

 

 こうして、辺境の地で落ちこぼれスライムとして生まれ勇者パーティーを追い出された私は、異世界の悪役令嬢に転生し、破滅しないために頑張ることを誓うのであった。

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