助けて。『冒険の書』が消えたんだが

 かれこれ2時間ほど歩いたが、竜もいなければ魔物もいない。


 うん、俺がこの辺の魔物は全部食べちゃったしね。

 真実を言えない俺は、イライラしている勇者パーティーに当たられながら、さみしく先頭を歩く。


 「この洞窟少しおかしくないか? 言い伝えでも竜の洞窟には強い魔物もたくさん出るはずだが」


 「一匹の魔物とも出くわさないのは確かに変だ。魔物の生臭さはプンプンしているのにな」


 「ひょっとして、竜があまりに強くてすべての魔物を食べ尽くしてしまったとかだったり……」


 はい、それは俺です。

 すべての魔物を食べ尽くしてしまいました。ごめんなさい。

 物心つく前だったんで許して。


 そこへ小型の『ラビリンス・ベヒーモス』が現れる。小さいと言っても体高1mはある。洞窟トカゲの何万倍もの強さだ。


 暗闇でもベヒーモスの登場を察知していた俺は、パーティーの仲間に勝ちを譲るため殺さないように慎重に、ベヒーモスが逃げられなくなるように足を攻撃した。


 暗がりで急に始まった戦いに、勇者たちは相手がどんな姿の魔物か分かっていない様子。


 「グヴァ———————ッッッッ!」


 ベヒーモスの重低音の唸り声にびっくりして、修道女さんは膝からへたり落ちる。


 勇者と戦士はさすがに武器を構えて魔物に向かったが、歯なのか鎧なのかが震えてガチガチぶつかる音が聞こえる。


 四肢がこわばり、動き出すことができないようだ。



 「頭の角だ。角が弱点。角を狙うんだ!」叫ぶ俺。


 まだ固まって動けない勇者たちを守るべく、俺は体当たりを仕掛けてきたベヒーモスの前にスライムボディを投げ出してスライディングした。その勢いで前掛かりになって重心が偏っていたベヒーモスの前足を掬う。倒れるベヒーモス。


 しかしまだ勇者たちは動けない。


 目の前の魔物を食ってしまえば簡単だが、それを勇者たちに種明かししてしまうと俺にどんな明るい未来が待っているのか確信持てずに躊躇した。

 

 俺は透明な触手を勇者に伸ばし、剣を持つ彼の両腕を引っ張ってベヒーモスに投げた。


 狙いはあたり、勇者の剣はベヒーモスの目に刺さる。


 「勇者殿、すばらしい狙いだ!」

 勇者がやったと思い込んだ戦士。この方法案外うまく行きそうだ。

 

 次は戦士だ。戦士の手から大盾を奪い取り、そのままベヒーモスの眉間を割る。


 「さすが戦士さん!」


 まだ腰が抜けている修道女さんが喜ぶ。

 目と眉間を射抜かれ、狂ったように暴れるベヒーモス。

 

 俺は修道女さんのワンドを触手で立てると「ルーモス」と小声で唱えた。

 杖の先に、さも魔法をこれから使うかのような光が灯る。


 暴れるベヒーモスが3人を襲う。


 その瞬間、俺はスライムボディを薄く伸ばし、透明な盾になりベヒーモスの猛進から3人を守った。


 ガシン! まばゆい光のエフェクトが飛び、ベヒーモスの衝突が止まった。


 「「ありがとう! 魔法障壁を張ってくれて助かった!」」


 勇者と戦士が修道女さんに感謝する。不思議そうに礼を返す修道女さん。



 「これでトドメだ—————————!」

 ようやく固まっていた体が動くようになった勇者が大剣をベヒーモスの角めがけて振り下ろした。

 

 ガツン!

 

 重い金属音とともにベヒーモスの角が砕けた。大地に倒れこむベヒーモス。

 倒れたベヒーモスの体が黒い塵状の粒子に変わり、ちょっとしたパーティクルとともに四散した。


 「「「やった————————」」」


 へたり込む3人。

 俺も捕食を使わずになんとかベヒーモスを倒せたことにホッとした。


 「それにしてもさすが伝説の竜。思っていた以上にはるかに強かったな」

 戦いを終え、満足感一杯の顔で感傷に浸る戦士。


 え? これ竜でなくベヒーモスなんですけど⁉ 戦えばすぐ竜じゃないことわかるよね?


 「この伝説の竜を私たちが倒したのだ。誇っていいぞ」

 悦に入る勇者。


 まじすか!これが伝説の竜なら伝説のほうがおかしいでしょ!こんな程度で伝説になったら伝説の名が泣くわ!


 「でも、伝説の竜なら秘宝をドロップするはず。この竜なにか落とした?」

 冷静に分析する修道女さん。まあ、彼女こう見えて論理的な疑い深い性格だからね。よくぞ気付いてくれた。


 そうそう。これは伝説の竜じゃなくただのベヒーモス。それも小さいやつ。


 「ひょっとして、このスライムがドサクサに紛れてお宝を拾って隠したんじゃないでしょうね?」

 修道女さんが怖い顔をして睨んできた。違う、そうじゃない!


 お宝欲しすぎて、彼女の空想力は明後日の方向に羽ばたいてしまったようだ……。


 いや、俺、頑張ってみんなを助けたからね!こっそり助けるの難しかったんだからね!


 それにしても俺悲惨すぎるな——。なんでこんなパーティーに入っちゃったんだろう。


 いたたまれなくなった俺は以前倒した大型ベヒーモスがドロップした『ベヒーモスの角(堅いし武器の素材になるよ)』を胃袋アイテムボックスからこっそり出して勇者の近くに転がした。


 足に何かが当たり、松明を向ける勇者。ドロップアイテムを見つける。


 「おお、なにか落ちていたぞ。『ベヒーモスの角』のようだ」

 勇者のスキルで鑑定する。


 「こいつはベヒーモスだったのか?」

 戦士が拍子抜けしたような顔で角を摘む。


 「道理で、竜なのに翼がないわけですね。それに灼熱竜であれば口から炎を吐くはずですし……」

 私は最初からおかしいと言ってたでしょ?ってしたり顔の修道女さん。


 「うむ、竜ではなくベヒーモスだったようだな。しかし強い魔物だった。伝説の洞窟とは言え、こんな強い魔物がそうそういるわけない。どうやらこのベヒーモスがこの一帯の主だな。ここでは弱い魔物は淘汰され、強い魔物しか残っていないようだ。これから遭う他の魔物もこのベヒーモスのように強いに違いない。心してかかろう」

 勇者の勘違いした説明に、一様に納得し、覚悟を決めてうなずくみんな。

 

 「さあ、伝説の竜を倒すために私たちは先に進もう!」

 「「おう!!」」

 なんで彼らこんなに自信満々なんだろう……。


 そこまで強くはないベヒーモス相手に手も足も出ず死にそうになっていながらの、戦い終わった後のこの強気な姿勢は見習った方がいいのかなんなのか。

 

   ◇◆◇◆◇

 

 さらに2時間ほど歩いたが、竜もいなければ魔物もいない。

 俺への風当たりは一層激しくなってきた。


 「このスライムが元凶なんじゃないの? 不景気そうな顔してるし」


 へ〜。スライムの表情が読み取れるんですね——、すごいですね——(棒)


 「このスライム、リアルラック値低そうだもんな。俺たちがテイムして少しは幸運恵んでやったのに、その俺たちに不幸撒き散らすとは。恩を仇で返すとはこのことだな」


 このパーティーに入ったことが一番のアンラッキーだったんですけど。

 あんたらの仲間になったことでリアルラック値低いと言われるなら甘んじて受けるけど、俺が不幸を撒き散らしているとは言いがかりだ——


 「まあ、みんなそう言うな。弱いスライムを先頭にしていることで魔物が寄ってくる算段だ。強い私たちだけでは魔物が怖がって寄ってこなくなるからな」

 したり顔で嘯く勇者。


 この根拠なき傲慢と偏見は、彼の人生でどのようにして勝ち得たのだろうか。この発想身につけるためのビジネス啓発本出たら売れそうだな。


 むしろ洞窟で一番恐れられている俺がいることで魔物避けになっている気がしてる。さっきから弱い魔物の気配がしてもサッと身を隠されているし……


 まあ弱い魔物とは言え、この勇者たちでは歯が立ちそうにないから、それはそれで好都合だけど。

 

 とうとう俺が竜を食らった場所、灼熱竜が棲んでいた巣穴に来た。


 今は巨大な空洞があるだけで、もぬけの殻だ。


 なんせ俺が竜の身体だけでなく、竜の秘蔵アイテムもすべて食っちゃったからな。


 しかし、かつての伝説の竜が棲まっていただけあり、この場所には依然として、ねっとり目に見えるかのような濃厚な魔素と、食物連鎖の頂点に立つものの幾万年生きてきたその圧倒的なまでの存在感が残滓となり、ここで竜を喰らった俺であっても思わず身震いする。


 妙なところで大物ぶりを発揮する勇者パーティー御一行様は、この空っぽの空間が竜の元の巣穴であることにはこれっぽっちも気付かずに、なんの感慨も受けずにそこを抜けそのまま洞窟の奥へと進んだ。


 この鈍感力、見習いたい。

 


 さて、ここから先は俺も知らない世界だ。


 竜を喰らう前の俺がどこで生まれ、どこから来て、どうしてここまで来たのかも覚えてない。


 ここから先、自我がないころにお世話になった場所なのかもしれないが、なんせ竜を喰らった瞬間に自我が芽生えたから、その前の記憶はない。


 でも、知らない場所はちょっとワクワクするよね。


 ここから俺の本当の冒険が始まるのだ!

 

   ◇◆◇◆◇

 

 さらに2時間……。竜も魔物も出ない旅が続き、みんなそろそろ飽きてきた。


 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ————っ、もううんざりする! この洞窟ほんとどうなってるの⁉」

 だいだい最初にぶち切れる修道女さんが、今回も先鞭を付ける。


 「もう半日近く歩いてるが、竜の痕跡もないとはな」

 半日やそこらでもう嫌気が差す勇者って、人徳的にどうなんだろう?


 「おい、スライム。本当にここが竜の棲まう洞窟なんだろうな? 俺たちをたぶらかしているのではないだろうな?」


 またみんなで俺に当たりはじめた。


 再びいたたまれなくなった俺は、『胃袋』から『竜の鱗の欠片(小さめだけど防魔の効果もあるよ)』を取り出し通路に転がした。

 後ろからついてくる勇者が松明に光るその鱗を見つけた。


「これは⁉ 竜の鱗だ!確かに竜はこの洞窟にいるんだ!」

 喜ぶ勇者。


 元気を取り戻して、またしばらく歩く。

 

 また飽きるみんな。

 また竜のドロップアイテムを転がす俺。

 喜ぶ一行。

 

 そんなことが何回か続いた。


 「スライム、さっきからなんか不審な動きしてんのよね——」


 ギク⁉ 俺が落としているのがバレた⁉


 「貴方、私たちよりも先にドロップアイテム見つけてこっそりちょろまかしているんじゃないでしょうね?」


 その逆です……。 全部持ち出しで、みんなに貢いでいます。

 そんなことを言えない俺は黙り込む。

 

 「なんか怪しいと思ってたぞ。もっとすごい宝がゴロゴロしているはずの伝説の洞窟だからな!」

 戦士がすぐに扇動に乗る。もっとも騙されやすいやつナンバーワンだな。彼。


 「お前が先頭を歩こうと画策していることは最初から分かっていた!姑息な盗っ人め!」

 おい勇者!真っ暗な洞窟にびびって、無理やり俺に先頭歩かせておいて、これか———い!


 またまた悲しくなる。


 

 「盗んだ宝を今すぐ全て出すんだ!」

 3人で俺を責め立てる。ついには武器を抜き、無抵抗の俺を刃物で脅しはじめた。


 まじか——、一応パーティーの一員やぞー、俺。


 彼らからここで逃げるのは簡単だけど、俺が逃げたらこの3人では洞窟の元の出口までたどり着けないだろうからな。


 来る途中見かけた弱い魔物も、俺がいなければ襲ってくるかもしれんし。できるだけ我慢だな。


 

 そんなことをぼやっと考えていた俺は、責める彼らに取り囲まれるように、洞窟の狭隘に入り込んでしまった。


 「覚悟しろ。スライムごときが人間を騙せるとでも思ったのか——!」


 「テイムした主を裏切るとはとんでもない魔物だ。魔物の風上にも置けん!」


 「貴方が悪いんじゃない。貴方に盗みを働かせたそのお宝たちがいけないのよ。早く全部寄越しなさい!」


 逃げ道のない俺に剣が近づく。


 俺は体を細く伸ばして剣から逃れようとした。

 俺の触手からポロッと何かが滑り落ちた。


 「これは⁉」


 キラッと鈍く光るアイテムを拾う勇者。

 『スライムの指環』を落としてしまった。


 「やはりお前がお宝を盗んでいたのか! 信じていたのに!」

 全く信じていなかった勇者たちが俺を責める。


 「これは違います! スライムの秘宝で、私が譲り受けたものです。決してこの洞窟に落ちていたものではありません!信じてください!」

 必死になる俺を尻目に指環を松明にかざして、みんなで観察する。

 

 「……。しょぼい指環だな、これ」


 「こんなのがスライムの秘宝なのか?」


 「人間の子供のおもちゃの方がまだマシだわ」


 「私も内心そう思っていますが、この指環はスライムの間で代々大切にされていた秘宝なのは間違いないのです。この指環だけは返してください」

 勇者たちにすがる俺。


 「この指環を返してほしければ、お前が隠し持っているお宝をすべて差し出すのだな」

 勇者らしからぬワル顔で迫る勇者。


 俺は胃袋に入っているアイテムを全て出した。



 今まで食らってきた魔物の各種ドロップアイテム、大きくて強い魔素が込められている魔石、聖なる黄金の杖、灼熱竜を倒して出現した宝箱に入っていた伝説の『破邪の大剣』まで何でもござれ。『胃袋』から出され、小山のようにうず高く積み上げられた輝く宝の数々。


 暗闇が支配する洞窟にもかかわらず、勇者たちの顔は宝の煌めきに下から照らされ、醜くも光り輝いていた。

 


 「お前を信じていた私たちを裏切って、よくもこんなことをしていたものだ」


 「道理で、伝説の洞窟を冒険しても宝が見つからないはずだぜ」


 「本当に醜いスライムね」


 俺は投げかけられる言葉の暴力の数々に堪えて、訴え返す。


 「指環を返してください……」


 目を輝かせてお宝を検分するパーティーの仲間たち。


 お宝を余さず自分たちの荷物としてしまった後、興味なくなって勇者が指環をほいっとその辺の地面に放り出す。

 慌てて拾う俺。


 「こんな役に立たないスライムをテイムしてやったのに手癖も悪いとはな」


 俺に見切りをつけた一行は、今まで来た方とは反対側、洞窟のさらに奥へと俺を追いやる。


 「もうこれ以上何も出てこないだろう。勇者のわたしを恐れて灼熱竜も逃げてしまったようだ」


 お宝どころか、水も食料もすべて奪われてしまった俺。


 「もうお前に用はない。殺さずにはいてやるが、私たちの前にはもう金輪際姿を現すな」


 そう言って、洞窟の奥側の俺に『破邪の大剣』を振るい脅す。


 「ここからは、貴様は自由だ。ただし、洞窟の奥にしか行けないがな」

 そう高笑いして彼らは、もと来た洞窟の出口に向かって振り返らずに帰っていった。


 俺は暗い洞窟の中でひとり、みんなの足音が聞こえなくなるまで佇んでいた。


   ◇◆◇◆◇

 

 「まあ、こんなこともあるよね」


 仲間だと一瞬でも信じていたパーティーを惨めに追い出された俺は、がっかりしながらも方策を練る。


 洞窟の出口に向かうことは簡単だ。

 ただ、洞窟の出口方面には御一行様がまだいらしゃるし、見つかったらまた嫌な気分になるだろう。


 洞窟の奥は未知だけど、冒険をしたくて里を離れたんだし、これもよい機会だ。洞窟の奥を見極めてやろう。


 幸い、洞窟の奥からはわずかに風が吹いてきているので、この先はどこかにはつながっているはず。


 足取り軽く洞窟の奥に歩き出した俺。

 

 と、洞窟の出口の方から小さな金切り声が聞こえた。その声がどんどん大きくなってきた。考えられるのは彼ら。


 大量の魔物に追われて魔物の群れを引き連れてこちらに逃げてきたようだ。


 

 デス・パレード。

 魔物の群れスタンピードを他者に押し付ける、冒険者の中での最大級のタブー。

 自分の命が惜しさに魔物のヘイトを相手にスイッチさせて逃げる卑劣な行為。まあ、彼ららしいっちゃ彼ららしい。


 俺は生き延びるため立ち向かう決意をした。



 彼らを追いかけてきた魔物は角が3本の『ホーンヘッド・バッファロー』の群れ20匹ほど。


 彼らにバッファローのヘイトを見事スイッチされた俺は、体を器用に伸び縮みさせてバッファローの攻撃を避けながら、対応が一瞬遅れた個体を見逃さずに全力で覆いかぶさり食らう。


 5匹ほど食べると猪突猛進さも弱まり、バッファローたちは不思議な生き物を恐れるかのように立ち止まった。


 

 その瞬間後ろのバッファローを吹き飛ばしながら突入してくる新手の大型怪物、巨大な斧を持ったミノタウロスの群れが見えた。上背3mほど。


 バッファローを斧一振りで解体しながら、血走った真っ赤な目を見開いてこちらに近づいてくる。


 スタンピードはバッファローだけではなかった。


 勇者たちはなぜか普段は単体で出現することの多いミノタウロスの集団にまで好かれてしまったようだ。


 

 怯える勇者一行。


 俺に魔物の群れを押し付けデス・パレードした直後に足を縺れさせ、青ざめた顔で歯をガチガチさせながら、今は少し先の地面に倒れて動けなくなっている。


 彼らと、バッファロー&ミノタウロスの群れスタンピードとの間に立つ俺。


 ミノタウロスは怒りで口から泡を吹きながら、俺たちの前にたまたま立ちはだかってしまっているバッファローを一瞬で屠りながら俺たちに向かって一直線に進んでくる。


 元々は勇者たちをヘイトしていたであろうバッファローは、もうミノタウロスの逆鱗に触れることだけが恐怖となり、その死地から逃げ出したいという本能に従い、集団パニックになりながら俺たちに向かって蹄を上げる。


 

 ああ、これはあの勇者たちには到底太刀打ちできないな。


 そんな勇者たちを見捨てることはできない俺は、灼熱竜を食べて得たスキルをはじめて使ってみることにした。



 指環を取り出し、厳かに触手を伸ばして指環に嵌められた魔石をミノタウロスに向ける。


 「灼熱竜の息吹を祝福にブレストファイヤースピア!」


 かっこよく叫ぶ俺。身構える魔物たち。

 しかし、何も起こらない。


 まあそんなもんだよね。指環の使い方も何も知らんし、詠唱した呪文も適当に今作ったもんだし。


 どう見ても駄菓子屋で100円で売っていた指環が公園に捨てられて、公園で遊ぶ子どもたちが石と一緒に蹴っ飛ばして何年も経ったような見栄えだし、信じてはなかったけどね。


 ああ、俺の人生あっけなく終わったな。


 

 その直後、俺のスライムボディから炎の槍が何本も飛び出した。

 手当り次第にバッファローやミノタウロスに突き刺さる。


 魔物たちは、大やけどになってかなりの痛手を受けたようだ。怒りや恐怖でパニックになっていた魔物たちの目が血走った赤から黒に戻ってきた。

 今度は冷静になり、逆に俺に怯えはじめたようだ。



 これめっちゃ使えるやつやん!


 もう俺に敵うものはおるまい。鼻高々になりながらブレストファイヤースピア(仮称)を千手観音さながら360度の敵に放る。


 逃げ惑う魔物たち。だがどの方向に逃げても全方位から飛んでくる炎の槍に焼かれる。


 俺を敵に回した時から、お前たちの逃げる場所はもはやなくなっていたのだよ。諦めなさい、フフフッ。


 スタンビードも残り1割を切った。

 俺を襲ってしまったのが運の尽き。恨むなら、俺に押し付けてきた勇者様御一行を恨むんだな。

 

 最後の1匹を倒す。

 俺の周りには、次々にパーティクルを散らしながら黒塵に還る魔物たちと、まだ何が起こったのか理解が追いつかない顔で震えている勇者たちの姿。


 その異常な雰囲気の中、ひとり異彩を放ち優雅に散歩でもしているかのような立ち姿(イメージ)で笑みを浮かべ洞窟を見渡す俺。



 「これにて一件落t————」


 残りのセリフを言い終える前に、俺は意識と体がぶっ飛んだ。

 大型トラックにはねられKICK BACKされたかのように文字通りぶっ飛んだ。

 

 なにか非常に大きな長方形の鉄性魔物が唐突に俺を襲ったようだ。


 オオガタ・トラッケという、胴体が長方形で全長10m以上の魔物。


 何を考えているのかわからない魔物ではあるが、普段は温厚でのっそりと歩くところ以外見たいことないくらいおとなしい魔物だ。


 そのトラッケが猛烈な勢いで俺に突っ込んできたようだ。


 

 俺は一旦 トラッケに全身がめり込んだ後、洞窟の奥に百メートルは跳ね飛ばされた。


 1カメ、2カメ、3カメが入る贅沢なカットで、俺が跳ね飛ばされるシーンが走馬灯のように流れた。


 その勢いで洞窟の上下左右のありとあらゆるところにぶつかりながら、洞窟の奥に向かってどんどん飛んでいった。


 転がった先は洞窟の外だった。


 

 すでに先程までのスタンビードの喧騒が嘘のように静かだ。


 地面はやわらかい草で覆われており、暖かい日差しが洞窟の暗がりに慣れた目には少し眩しい。


 なぜか転がり出てきたはずの洞窟がどこにも見えない。


 ここはどこだ?

 

 

 とある辺境の洞窟で生まれ勇者パーティーの一員となった落ちこぼれスライムだった俺は、奇しくもその洞窟での冒険でパーティーを追い出され、そして……、死んだ。

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