だがしかし、断る!

 俺はスライム。ひょんなことから勇者パーティーに加わり、だんだん人間不信になってきているただの落ちこぼれスライムだ。


 名誉挽回のためにも求められている役割を一生懸命果たすべく頑張る。


 

 「洞窟はこちらでございます」


 俺は若干卑屈な態度でみんなを洞窟の方に案内する。


 洞窟への道には様々な迷彩魔法が施され、普通に向かっているだけでは辿り着くことすらできない仕掛けになっている。


 「すぐそこの道に出るのになんでわざわざ大きく迂回してるんだ?」

 胡散臭さそうに尋ねるスキン戦士。


 「未だに洞窟までたどり着いた者がいないのは、洞窟までの道のりに非常に厄介で強力な魔法がかけられているからなのです。真っすぐに見えているのが実は罠で、真っすぐ行けば行くほど遠回りになっているんです。やがて気づかぬうちに正反対の向きに戻ってしまい、もと来た道を帰ることになります」


 「ほほう、魔法の道とはな?よくそんな秘密をお前知っているな。もしかしてお前、俺たちを騙して逆に魔物の巣に案内してるんじゃなかろうな?」


 「はじめから胡散臭そうなスライムだったものね。なんか怪しいのよね」

 同調しはじめるいじめっ子修道女さん。


 勇者さんは優等生キャラかもし出しながら、根っこの人間至上主義を隠しもしない。

 「まあそう言うな。スライムごとき、いくら無い知恵絞ったところで私たちを害することなんてできないはしない。もし騙していたとしたら、私の剣ですぐさまみじん切りにしてしまうまで!さあ私たちのために働け、弱きスライムよ!」


 頑張って、洞窟まで安全にみんなを道案内しているのに、なんで俺こんな上から目線でこき使われてるんだろうな。


 じぶんの人を見る目のなさを呪う。


 

 洞窟の主であった灼熱竜の知恵を借り、何百重もの迷彩魔法を突破した。


 いよいよ灼熱竜の棲んでいた伝説の洞窟がその姿を現した。

 入口の高さだけでも有に人間の十倍はある非常に大きな洞窟だ。洞窟の中には、歩いて通り過ぎるのに数時間はかかる天然の大広間や、深さの底が創世から誰にもわからないという地の亀裂もあるらしい。


 洞窟のあまりの広さに、灼熱竜でさえ1万年掛けても全部は踏破出来ずにコンプリート諦めたと伝えられる。


 一度道に迷ったら二度と出ることも叶わぬ、別名『地下迷宮』。


 ゴーっという風と共に生臭い臭いが洞窟の中から湧き出している。


 

 「ここが、灼熱竜の棲む洞窟か……」

 金髪勇者が少し毒気に当てられながらつぶやく。


 申し訳ない、もうその竜は俺が食っちゃっていないんだけどね。俺はひとりごつ。


 さて、ここからどうやって竜がすでにいないことを最も穏便に彼らに納得してもらうか。この旅最大の難関だな。



 「お、お前が先に行って道案内しろ」

 みんな恐る恐ると言った態度で俺を先頭にさせる。恐怖に取り憑かれた彼らは、闇雲に剣を構えてはビクッと振り返るを繰り返しながらじりじりした足取りでゆっくりと進む。


 「こ、怖いわけじゃないんだからね!」


 「よ、弱いスライムはカナリヤみたいなもんだからな。一番警戒心の強いお前に先頭を歩いてもらおう」

 隊列の真ん中に陣取り、一番ビクついている金髪勇者がうそぶく。

 

 広い大広間に出た。ここでは松明の灯りはあまりにか細く、天井も壁も全く見えない。揺れる火は、足元をわずかに照らしているだけだった。


 勇者さんたちにとっては松明の灯りの外の闇からいつ魔物が襲ってくるかと待ち構えながら神経をすり減し続ける強行軍だが、灯りがない暗がりも問題なく見通せる俺には近所の散歩と変わらなかった。

 俺が洞窟を出たときもそうだったが、この辺にはやっぱり全く魔物はいない。


 「大丈夫だ。このあたりに魔物はいない。緊張で疲れすぎないようにここらで肩の力を抜こう」

 みなを安心させる言葉を掛ける俺。しかし恐怖に支配されている彼らはひとり冷静な案内役に腹を立てたようだ。


 「うるさい!襲われたらすぐ死ねばいいとはなから諦めているお前たちスライムには、竜をも恐れずに戦い人類を救いたいと願う私たちの高尚で繊細な心は分からぬのだ!」

 彼らのプライドに触れたしまったようだ。思わす出てしまった勇者さんの大声が広間に反響し、耳障りなオーバードライブの不気味な歪みが残響となる。その音で魔物が寄ってくる想像をしてしまったのか、さらにガチガチに肩の力が入っている。


 この緊張感では、本当に魔物が出たらそれだけで腰抜かしてしまうだろうな。



 人の気配に身を隠した小さな洞窟トカゲを見つけた。

 少しでも緊張感を和らげられるように少し嫌がらせをしたくなり、俺は小さく声を出した。


 「あそこに魔物が!」


 俺が指差した方向に、松明の灯りから暗がりにささっと逃げる小さなトカゲの姿が一瞬映る。


 「「「うわ——————————!」」」


 逃げ惑う勇者たち。 真っ暗な洞窟の中で互いにぶつかり倒れる。

 足元に溜まっていた水に手が触れたのか「血!血だ〜!!!」と転げ回る。

 俺は触手を伸ばして洞窟トカゲを捕まえ、安心させるように松明の前に持っていく。


 「ごめんなさい、魔物ではなく洞窟トカゲでした(てへぺろ)」


 心の中で舌を出す俺。


 「なんと凶悪な顔したトカゲだ! こんな獰猛なトカゲが巣食うとはこの洞窟は何と危険なのだ!」


 「人間を食うような凶暴で危険なトカゲに違いない! 」


 「猛毒を持ってるわ!すぐに殺しなさい!」


 いやいや、岩場のコケを舐め取って食べてるような、無害でかわいらしい小トカゲなんですけど……


 トカゲがかわいそうになり、トカゲの尻尾を離して地面に逃がした。

 気が動転していたトカゲは何を間違えたのか転んだ勇者たちに向かって一目散に走る。


 「「「うわ—————————————!」」」


 彼らは一瞬で飛び上がり、洞窟の奥にものすごいスピードで走っていった。

 奥からガシンガシンと彼らが互いにぶつかる音がする。

 すぐに立ち上がり、また走って、またガシンとぶつかって、また走ってを繰り返しながらどんどん音は遠ざかる。


 まじか——。真っ暗な中でよく走れるな——。限界を超えたひとの恐怖心ってすごいな。

 洞窟の奥に入り込んでしまった彼らのことが少し心配になって、後を追う。

 

 恐怖心から想像で作りあげてしまった凶暴な魔物から命からがら逃げ延び、息も絶え絶えに洞窟の通路に倒れ込んでいる彼らに、俺はようやく追いついた。


 「どうしましょう。このまま凶暴な魔物や伝説の竜がいるかも知れない洞窟の奥にさらに進みますか?それとも戻りましょうか」

 俺は勇者たちがもう帰ろうと言ってくれることを期待して、倒れ込んだ彼らに声をかけた。


 「ぜーっ、ぜーっ。確かに……私たちは……弱い……。逃げ……出したい。日々そんな……誘惑に……かられるよ。

 だがしかし、断る!竜を……退治して……私たちは……秘宝を……手に入れるんだ〜!」


 がめつさが恐怖心を上回り、目先の欲にくらんで克己する勇者……。はじめてこの勇者を尊敬する気持ちが湧き上がってきた。


 それとともに申し訳無さが募る。

 もう灼熱竜はこの世にいないんだよな……

 


 「よし、休憩は十分だ。先に進もう」

 金髪勇者は颯爽と立ち上がり、聖なる剣を洞窟の奥に潜んでいるであろう想像の灼熱竜に向けて掲げた。


 なんか格好いい。さっきまでトカゲに怯えて逃げ回っていた人物とは思えん。


 「俺たちの冒険がいよいよはじまるな」

 スキン戦士がその後ろに仁王立ちし、目を輝かせる。


 「支援魔法は任せて! まだ魔力はたっぷり残っているから!」

 キラキラした笑顔をふりまく修道女さん。

 

 「「「さあ、スライム。先を行け!」」」


 やっぱりそうなりますか……

 秘密を抱えた俺は、重い心を引きずりながら洞窟の奥に向かうのであった。

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