里との別れ

 俺はスライム。とあるなんの面白みもない辺境の地に住んでいてひょんなことから勇者パーティーの一員となった、ただの落ちこぼれスライムだ。

 

 そんな俺でも、行き倒れていた俺に貴重な水を恵み命を助けてくれた里のみんなには、簡単には返せないだけの恩義を感じている。知らんぷりで勝手に出ていくことはできない。


 スライムの里があることは人間なかまには危なくて話せない。


 仲間たちに「旅支度を整えるのでここで少し待っていてほしい」とだけ伝えた。


「早く帰ってくるのですよ? お前は私たちの大切な仲間ペットですからね」

 なぜかとびきりの笑顔でサムアップする勇者。しばしの別れ。



 里に着くと、里長たちが今か今かと俺を待ち構えていた。


「地平線に見えていた影の正体が分かりました。人間です」


「人間とな⁉ もうダメじゃ——!もうこの里はおしまいじゃ〜! 破滅の日は来たれり〜!」


 慌てふためく里長。


「こうなったら里を捨てて逃げるしかない! 人間にここがバレたら一巻の終わりじゃ〜」



 急に俺から離れた里長が、長老たちを引っ張って隅っこで何やら話し込み始めた。


「かれ……をい……けに……えとし……て捧げ……て、許しをこ……うしかな……いじ……ゃろう」


「あ……やつはこ……の里で……一番のお……ちこぼれ。もうそ……れし……か道はな……いな……」


 隠す気もなさそうな会話がそこはかとなく聞こえてくる。


 そうだった。彼らはそういう人物スライムだった……



 食物連鎖最下層のスライムが辺境の地で生き抜くだけでも厳しい。


 隠れ里を守るためにはきれいごとではなく、たとえ非情と思われようが切り捨てるものは切り捨てなければならない。必死な気持ちはわかる。

 俺が里長でも同じことを考えただろう。


 里長に重い決断をくださせるのもかわいそうなので、助け舟のつもりで里長たちに後ろから声をかける。

 

「私によい考えがあります。私自らが人間をかどわかして、里から遠く離れたところまで引っ張っていくというのはどうでしょう?私は所詮この里に命救われた身。この命に替えてもこの里を守り抜くと誓います!」


 話していて自分でもじんわり涙が出てきた。

 どうせ里を出て勇者パーティーについていく気だったのでやることは変わらないけど、なんとなくいいことしている気分になれる。

 

「おお!それは良い考えじゃ! 行き倒れていたおぬしを助けたのはこの日のためじゃったか!」


 興奮のあまり身も蓋もないセリフをのたまう里長。


「そなたこそ真の聖者じゃ。『露集め』がどんだけ下手であっても、もはやバカにするものはおるまい。そなたを、里を救った聖者として子々孫々まで語り継ぐことにしよう」と長老。


 そう言っている長老たちが一番俺の陰口を言いふらしていたのは知ってるんですけど……


 そんな考えをおくびにも出さない大人な俺は、まるで本物の聖者であるかのようなとびっきりの微笑みを浮かべた。


 「この里を救うために、最後にひとつお願いがあります。この里にあるという伝説の『聖なるスライムの指環路銀の足しになりそうなもの』を私にいただけないでしょうか。その指環は正しき行いをするスライムを導き、希望をかなえるものと伺っています。私が見た人間どもは非常に強く狡猾で、私一匹の力だけではとてもではありませんが勝つことも騙すこともできないでしょう。この里を救うためにぜひその指環を私めに預からせてください」


「え———っ⁉ それな———!」


 人間が来たと伝えたとき以上に奇声を上げた長老たちは、再度こそこそと密談しはじめた。


「そん……なこ……と言われ……てもなあ。あ……の指環めっ……ちゃ貴重やし、あ……いつ……には……もった……いなすぎ……るわな」


「あやつに与えるならワシがほしいくらいじゃわい」


「いっそ、わしらが指環もら……って人間をやっ……つけに行くか⁉」


 もはやほぼ素で会話が聞こえる。


 俺も負けじと声を張り上げる。


「そう言えば彼らは勇者と名乗っていました。魔物の目も潰れんばかりに輝く聖なる大剣を掲げ、ヒヒイロカネと竜のうろこで造られたという破邪の盾は動かざること山のごとし、そして理不尽なまでに不条理で無尽蔵な大魔法の数々。スライムを食べるのが趣味で、このあたりにスライムの里があると聞いてよだれを垂らして探しているらしいです。私めではとても勝ち目はないと、一目散に逃げてきた次第です」


「・・・」

 

「そう言えば伝説のスライムの指環の在り処がたちどころにわかる魔道具を持っているらしく、その痕跡を辿ればスライムの里に簡単にたどり着けるって話してましたね——」


「・・・」

 

「そう言えば彼らの唯一の弱点もその指環で、滅びの山に指環を投げ捨てられてしまうと彼らも一緒に滅んでしまうらしいです。わたしが指環を滅びの山に捨ててきフロドになりましょう。 そう言えば……」


「もう分かった!分かったわい! 指環はそなたに託そう。その代わり確実に指環もろとも人間を葬り去るのじゃぞ!」


 長老の中の最長老がとうとう根を上げて、お付きのスライムに里の奥から指環を出してくるよう指示した。


「これが『聖なるスライムの指環』じゃ」


 厳かに最長老が言う。


 なんかただの古い指環だ。ところどころメッキが剥がれていそうな安っぽさ。これ本当に伝説の指環なのだろうか?


 子供のおもちゃ拾った古のスライムが後生大事にしまっていただけではないか疑惑が浮かぶ。どう見ても高く売れそうにないな、このしょぼさだと。


 それでも大人の態度を貫く俺は、こうべを垂れてその『聖なるスライムの指環チープなまがい物らしき品』を長老の触手からうやうやしく頂戴する。


 「私の命に代えて、使命を果たしてきます」


 こうして、とある辺境の地の落ちこぼれスライムだった俺は、里の救世主となるべくひとり旅立ったのである。

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