未知との遭遇
俺はスライム。とあるなんの面白みもない辺境の地に住んでいる、ただの名もなきスライムだ。
一滴も水が集められず肩身の狭い思いをしているただの落ちこぼれだ。
ある日、そんな里の日常をガラッと変える異変が起こった。
砂漠の地平線を、見慣れぬ影が動いた。長老スライムもその影がなんだかわからないとのこと。
「そういえばおぬしは灼熱竜をも倒した
もう自分でも忘れていた
いやいや、今までさんざんホラ吹きだとか落ちこぼれだとか無能扱いしてきて、急なこの変わり身はなんですか?
まあ、か弱きスライムにとっては小さな魔物1匹でも厄災となるので、長のこの態度も無理はない。
「この日のためにおぬしを里に迎え入れていたのじゃ。わしの先見の明じゃな」
「あれだけ嘘つき呼ばわりしながらずいぶんと偉そうな態度っすね」
「この里では水を集められるものが正義。なんと言ってもらっても結構」
開き直る里長。圧倒的に立場が弱い俺……
結局、俺があの影の正体を暴きに行くこととなった。
影は一定の速度でこちらに近づいてくる。規則的な動きからして魔物ではなさそうだ。里にはそれがなにか思い当たるものはいなかった。
あと半日ほどで里まで来てしまう。俺は急ぎ出発することになった。
「あれが魔物でおぬしが襲われても決して里に戻るでないぞ。むしろ逆方向に逃げて里から魔物を遠ざけてくれ。それがおぬしの責務と心得よ」
落ちこぼれにとことん冷たい里長。まあ、どんな弱い魔物でもスライムよりは強いので無理はないけど。
こうして俺は未知の影を調べるために出発した。
◇◆◇◆◇
里ではその実力を発揮できていないけど、なんせ俺は灼熱竜も喰らったスライムだから、そこそこ強い魔物であっても倒す自信はある。
久々の獲物だ。里ではひもじい生活をしているし、俺は相手がなんであっても食う気満々だった。
影の近くまで来たところで、砂に身を隠し影の本体が近づくのを待った。
影の足音とともに砂から身を乗り出し、今まさに捕食しようとした俺は、その姿をみて動きが止まった。
これは、人間? 竜の知識がそう教えた。
人間はこの世界で最も繁殖している生物で、個々では非常に弱いものの、集団になると大きな魔物の群れを一掃できるだけの力があるらしい。
それこそスライムなんぞは「冒険者のはじめの村」から出たあたりで初心者の人間に狩られる運命の、最弱で有名な存在とのこと。
意味は不明だが人間には手出ししてはいけないとスライムとしての本能が訴えている。竜を食った俺が言うのもなんだが。
「スライムだ。なんでこんな辺境の地にいるんだ?」
「灼熱竜の封印されている洞窟近くに最弱の魔物がいるとは意外ね」
「このあたりは灼熱竜の魔素の影響で強い魔物しかいないというからな。スライムでは簡単に殺されてしまうだろうに」
人間たちがつぶやきながら武器を構える。俺はスライム語だけでなく人間の言葉も理解できるようだ。灼熱竜の知恵のお陰?
俺は思わず声を出した。
「ボクは悪いスライムじゃないよ」
「・・・」
「このスライムしゃべるぞ! 気持ち悪いやつだ、注意しろ!」
人間たちは武器を振りかざして攻撃してきた。
俺はついついこの人間たちを捕食してしまいそうになりながらも、後で復讐の怒りに燃えた人間たちに狩られるのを恐れて、我慢して攻撃を避ける。
『え? あんまり強くない?』
この人間たちは攻撃をちょっとの動きでかわす俺を捉えきれないばかりか、5分ほどでもうすでに息を切らし始めている。
「…… 。この、…… スライムは、…… 逃げ足がっ…… 速いっ……」
息も絶え絶えにすでに諦めの目になっている人間。いやいやこんな弱いのは洞窟には一匹もいなかったんですけど、どうなってるんですか⁉
「勇者を名乗るものとしてこの凶暴なスライムは捨て置けん。いずれ人類に仇なす魔物へと進化するに違いない!」
え? 俺、人間の敵になるつもりはないです! 人間の集団怖そうだし。
とりあえず、人間の攻撃にきりきり舞いになっている演技をしつつ、落とし所を探る。
人間は3人。
ちょっとよさそうな武具をつけて両手剣を振り回している金髪の男。
大きな盾と斧を左右に持ち、2人をかばいつつ斧で俺を狙うスキンヘッドの大男。
そして、戦いの場に相応しくない白い修道女の格好で2人の後ろに立ち、手にした杖で仲間に回復魔法や付与魔法を掛ける女。
大仰な態度の割にはなんの権能もなさそうな彼らの攻撃は洞窟で生き抜いてきた俺には全く効かない……
このままだと彼らがへとへとになって先にダウンしそうだ。
しびれを切らした俺は芝居に打って出た。
金髪男が力任せにふるった剣がそのまま空振りして、大地にめり込み砂利を巻き上げたタイミングに合わせて、俺はさも飛んだ砂利が被弾したかのように倒れる。
「や—ら—れ—た———!」 三文芝居の俺。
「なんと!とうとう私の
「素晴らしいぞ!さすがは勇者殿! 相手を油断させて撃つ見事な攻撃だ!」 喜ぶスキン頭。
「もう私も魔力を使い果たしそうでした…… ありがとうございます!」 喜ぶ修道女。
なんかこんなんで喜ぶ3人がかわいそうになってきた。
この実力でよくこの辺鄙な地まで無事にたどり着けたものだ。
「いよいよ勇者殿が授かった英雄の権能を魅せる時ですね。それではよろしくおねがいします!」スキン頭が何やら焚きつける。
「任せてください!」
勇者と呼ばれた金髪男が両手に剣を握りしめて中段に構えたポーズを取る。薄っすらと剣が光る。何が起こるんだ⁉
顔が赤くなるほど両手に力を込める。
「う——ん。仲間にな———れ!」
え?
何も感じないんですが……⁉
この茶番はなんなのでしょうか?
「仲間にな————れ!」
もう一度叫ぶ金髪勇者。手がぷるぷる震えている。
それを真剣な心持ちで見守るハゲ男と修道女。
もうこうなったら諦めるしかない……
『スライムが仲間になりたそうにこちらを見つめている。
仲間にしますか?
▷ はい
いいえ 』
彼らの心にひょっこり浮かんだであろう操作パネルの幻影が見えた気がした。「はい」にカーソルが当たったまま、ポチッとAボタンが押される。
俺は微笑ましいそんな彼らににっこり微笑んだ。
それを見てにっこり笑う彼ら……
「テイム成功です(どゃ)」
勇者が疲れながらも満足感漂わせる表情で宣言した。
「よくみるとかわいいスライムちゃんですね」
「俺たち勇者パーティーの新たな仲間だな。ようこそ我らのパーティーへ」
こうして俺は勇者パーティーの栄えある4人目(4匹目)のメンバーとなったのであった。
まあ里のしょぼくれた生活よりは冒険のほうが面白そうだし、これもありかな。
俺はスライム。とあるなんの面白みもない辺境の地に住んでいた、ただの落ちこぼれスライムだ。
そして、成り行きで残念感の強い勇者パーティーの仲間となった、彼らに痛々しい気持ちを抱きつつも強く断れないタイプのただのスライムである。
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