とある辺境の地で落ちこぼれスライムだった俺がパーティーを追い出され、異世界最強・悪役・新米聖女に転生し、のんびりダンジョン生活をも無双するのは間違っているのだろうか

八田さく

とある辺境の地の落ちこぼれスライム編

はじまりの地

 俺はスライム。とあるなんの面白みもない辺境の地に住んでいる、ただの名もなきスライムだ。


 いつ生まれたのかも覚えていない。気付いたらここにいて、手当たりしだいに周りのものを捕食していた。


 ふと意識が芽生え、周りのものが理解できるようになっていた。


 なぜだかはわからない。

 ただ、ここが洞窟の中で、いま俺が捕食しているのが竜であることが突然理解できた。


 この竜はいししえの竜種の一体で、創世からの知識を蓄えていた特別な竜だった。その竜を喰らったお陰かもしれない。


 ともあれ、俺は知識を得て、おのれがスライムであることも自覚できた。

 竜から得た知識によるとスライムは非常に弱い魔物で、創世から今日に至るまで、一度たりとも竜を捕食するようなことはなかったらしい。


 竜も俺に食べられたことが最後まで信じられなかったようだ。


 無理もない。俺も今の知識があったらこんなに強い竜に襲いかかるような暴挙には出ないだろう。無知でほんと申し訳ない。


 竜を最後の一欠片までくらい尽くした俺は、ふと周りを見渡した。

 そこはとてつもなく広い洞窟だった。


 スライムには目がないが、なぜか俺は周辺がどのようになっているのか手に取るように知覚できた。



 それまでの俺が何を見て何を考えてどこでどのように行動していたのか、全く覚えていない。が、今は見るもの見るものすべてが理解できた。


 それと同時に、「論理的思考」ができるようになった俺は、竜を食べずに仲間にしなければならなかったのではないかとの自責の念が浮かぶ。


 だが時すでに遅し。竜は俺の中ですでに消化され尽くして、ひとかけらも残っていなかった。


 灼熱竜の異名があったようだが、それも今は昔。俺は過去を振り返らずにきれいさっぱり忘れることにした。



 洞窟を少し探索する。洞窟には魔物はほとんど残っていなかった。もしかすると俺がすべて食べ尽くしてしまったのかもしれない。

 洞窟での最後のディナーが灼熱竜だったと思うと、贅沢な気分だった。

 食べられそうなものはもう残っておらず、腹をすかせた俺は洞窟から外に出ることにした。

 

 洞窟の外は見渡す限りの青空と砂漠が広がっていた。

 はじめての冒険に逸る気持ちを抑えて、こうして俺は砂漠に大いなる一歩を踏み出したのである。俺に足はないのでスライムの柔らか触足だったが。


   ◇◆◇◆◇

 

 砂漠はひたすらに広かった。ただただ広かった。やたらめったら広かった。悲しいことにエサになる魔物に出会うこともできず、ひたすら進んだ。


 炎天下で俺のスライムボディは熱くなってきた。レンズ効果で暑苦しさは倍増している。しかも灼熱竜を食べたせいか体内に炎を抱えているかのような熱気。水分が抜けてしぼんできている気がするが……大丈夫か? 俺。


 意識が朦朧としてきたころ、ようやく一本の木とちょっとした水辺を遠くに見つけた。思いっきり水浴びをして火照った体を冷ましたい。


 取りつかれたようにオアシスに向かう。遠い。近づいたと思うと蜃気楼が浮かびそのたびにオアシスが遠くに逃げた。蜃気楼。


 まぼろしを追いかけて、さんざん歩き回らされた俺のボディには陽炎が揺れ、そして俺は……意識を失った。

 

   ◇◆◇◆◇

 

 目をさますと小さな岩場の陰だった。遠巻きに様子を伺うスライムたち。


 一匹のスライムが体の一部を皿のように変形させて水を運んできた。どうやら干からびていた俺に水をくれるらしい。ありがたい。


 脇目も振らず水を飲んで俺はようやく息を吹き返した。


 一番大きなスライムが話しかけてきた。


 「ここは辺境の隠れスライムの里。大昔、わしらか弱きスライムが魔物に狩られないよう身を隠して寄り集まっていつの間にか出来た里じゃ。わしは里長をしておる。おぬしはどこから来た?」


 「自分以外のスライムと出会ったのははじめてです。助けてくれてありがとう。俺は東の洞窟から来ました」


 「東の洞窟? あそこには灼熱竜が封印されていて濃い魔素が充満し、強い魔物がわんさかいるで誰も近づけないはずじゃ。悪い冗談を言うでない」


 「洞窟の魔物も竜も俺が食べ尽くしてしまいました。もう洞窟は空っぽです。食べるものがなくなったので洞窟を出てきたんです」


 里長は呆れた顔をしたがそれ以上は突っ込まなかった。


 「この里は水も食料も不足しているで、これ以上おぬしに恵んでやることはできん。申し訳ないが、体が動くようになったらここから出ていってもらう」


 素気なくそう言うと岩場の奥に帰ろうとする。命の危機を感じた俺は必死で食い下がった。


 「ここからおっぽり出されたら死んでしまいます! ここにいさせてください! どんな仕事でもやります! 魔物を狩るのは得意です、竜を狩ったくらいですから!」


「竜のことはもういい。それ以上竜のことも洞窟のことも言わんほうがおぬしのためじゃぞ。ここには真っ当なスライムしかおらんのでな」


「わかりました。とにかくここに住まわせてください! 絶対お役に立ちます」


 涙目で訴える俺。厳しいことを言いつつも根はやさしそうな里長にほだしを掛ける。


「役立つことを証明するために仕事をさせてください! 魔物でもなんでも狩ってきます」


「このあたりは土地が痩せていて魔物も寄り付かんわ。それなんでわしらスライムがなんとか生きていけてるのじゃ。スライムが他の魔物を狩るなんて聞いたこともない。スライムは最弱と昔から決まっておるでの。 洞窟の竜を食べるなぞのホラは真っ当なスライムならば想像もせんわ」


「であればどんな仕事でも! 竜の知恵を授かったので頭は回ると思います」


「まだ言うか... それならば試しにこの里で一番重要な仕事『露集め』をやってもらおうか。これで一人前以上の働きができたら里のためにも受け入れを考えよう」


「ありがとうございます! やらせてもらいます!」


 こうして俺が里に受け入れてもらえるかどうかの大事なクエストが始まった。



 『露集め』とはこの里で水を確保するための最も重要な仕事で、この仕事をうまくこなすスライムが里で尊ばれるのだそうだ。


 スライムの柔らかボディを活かし、夜に広く薄く伸びてただただ大地に寝そべる。それだけ。


 夜冷えた空気がスライムボディに結露し、露が集まり水となる。

 非常に地道な仕事だった。


 ちなみに里長は1日に1リットル集めたレコードホルダーとして里の皆から崇拝されているらしい。あんなに体が大きいんだから……反則だよな。



 そして夜。スライムボディを目一杯伸ばして俺は静かに砂漠に広がる。


 俺以外のスライムも何十匹と様々なカラーのそのボディを広げている。


 月夜の中、幻想的な花畑のようだ。奇妙な光景である。


 俺はまわりを見渡す。里に受け入れてもらうために俺は張り裂けんばかりに薄皮状に伸び、スライム花畑の中でも一際大きな花を咲かせている。


 これならばいける!


 そう考えていた時期が俺にもありました…… 涙。

 


 他のスライムが順調に結露からしずくを滴らせ、ボディに作ったくぼみに器用に水を集めているのを横目に、寒く感じる砂漠の夜にもかかわらず俺の体は芯からホッカホカしていた。灼熱竜のせいだ。


 俺の体に水蒸気さんが結露してくれる気配は全くなく、薄っすら空が明るくなってきた今も一滴のしずくも集まっていない。


 これは非常やばい! 役に立つどころか単なる無能ではないか。


 竜の知恵からなんとかいいアイデアが出ないか、頭をフル回転させる。が、水に困ったことのない竜にはその類の知恵はなかった。


 しかし窮すればなんとやら、叡智の神が俺にぱっと宿った。


 砂漠を掘ればいい。砂漠の地下にはわずかでも水分が保たれているに違いない。


 普通のスライムには砂漠を掘る手段がなくても、俺には竜やその他の魔物を食べて得た権能がある。


 俺は触手を鋭利な錐状に変化させた。みなにばれないように広げていた花のように広げていたボディを少し縮め、その分を体の下から伸して錐状にした触手で砂漠を穿ち始めた。


 思ったより地中も乾燥しているが更に錐を伸ばす。感覚を鋭くして水源を探る。探る。


 そしてとうとう地中に動く気配を捉えた。


   ◇◆◇◆◇


 「で、その結果がこれか」


 里長に言われて開いた俺の触手の中には小さな砂漠トカゲ。


 「めんぼくない」


 「おぬしが『露集め』を成功させようとなんとかあがいたことは認めよう。ただし、一滴の水も集められずにその代わりがトカゲ一匹とはのう」


 「めんぼくない」


 地中奥深くにひっそりと隠れている砂漠トカゲは珍しいらしく、俺のまわりには里のみんなが集まってきた。


 「ボクでも昨日は三滴露集めできたよ」


 子供の声。


 「竜を食ったとは聞いていたが、こんなに小さな竜だったとはなぁ」

 みんなが俺を笑う。



 里長はしかしすでに決めていたようで厳かに宣言した。


 「まあ『露集め』はできなかったものの、おぬしの頑張りは認めよう。慣れてくれば一人前に『露集め』ができるじゃろうて。おぬしを里に迎え入れることとしよう」


 「ありがとうございます!」

 俺はこうして里の一員となった。



 ただし灼熱竜体質は一向に改善されず、数ヶ月経った今も未だに一滴の露集めもできない、里でも有名な落ちこぼれスライムとなった。


 俺はスライム。とあるなんの面白みもない辺境の地に住んでいる、ただの名もなきスライムである。

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