第8話 動く運命。交わる未来②【中学二年・秋】

 京都で恋占いと言えば、やはり「恋占いの石」。


 というわけで、俺たちは地主神社までやってきたのだが……。


「うわ~。すごい行列~」


 芹園は眼前に広がる人だかりを見て、大きく口を開けた。


 今からこの後ろに並ぶのかと思うと辟易する。


 そんな気持ちが表情に出ていたのか、ぎゅっと太ももをつねられた。


「植芝くん? ダメだよね~? キミから誘ったのに……ちゃんと楽しそうにしていないと」


「はい、すみませんでしたっ……!」


「わかればいいんだよ。ほら、並ぼっ」


 い、痛かった……。少しだけヒリヒリする。


 でも、確かに今のは俺が悪い。


 負けた俺がやる気を出さないなんて言語道断。


 そもそも今回の狙いは俺を防波堤にして、周囲に特別扱いするほど仲が良いんだぞとアピールするため。


 改めて気合いを入れ直そう。


 もっとしっかり役目を果たさなければ。


「芹園、荷物持とうか? 背負った並ぶのはしんどいだろ?」


「えっ、いいの?」


「ああ。体力にも自信はある」


「じゃあ、お願いしてもいい?」


 俺は彼女からリュックサックを受け取る。


 思ったよりも重いな。苦と言うほどでもないが。


「私、肩こりしやすいからすごく助かるよ」


「寝る前にストレッチをするといいぞ。勉強してると肩凝るよな」


「う~ん、それもあるけど私の場合は……ね?」


 そう言って芹園はトントンと胸元を叩く。


 ……なるほど。大きければ大きいほど女性は辛いらしいからな。


 だけど、一つ俺からも言いたいことがあった、


「芹園、余計なお世話かもしれないが、そういうのはやめておけ」


「怒っちゃった? ごめんごめん」


「いや、本気で。お前は自分が可愛いことわかってるだろ?」


「えっ……あ、うん……」


「周囲の目を引く容姿しているんだ。そういうのを喜ぶやつもいるからやめておいた方がいい」


「わかった……気をつけるね」


 シュンとしおらしくなる芹園。


 ……やってしまった。バカか、俺は。


 ついさっきいい雰囲気を保つようにしようと意識したばかりなのに、すぐ口を滑らせやがって。


 芹園のためを思っても言うタイミングがあるだろうが。


 人前で注意されて、彼女も恥ずかしくなっている。


 その証拠に芹園の耳は赤くなっていた。


「……悪い。水を差したな」


「ううん、そうじゃなくて! えっと……その……」


 指をモジモジとさせている彼女の瞳は右へ左へと忙しなく動いている。


「……植芝くんって……私のこと、可愛いって思ってくれてるんだよね?」


「……? ああ、芹園がかわいいのは事実だろ」


「……どれくらい?」


「え?」


「今まで見てきた中でどれくらい私のこと可愛いと思ってる?」


「いちばんだな」


 ごまかしても意味がないし、嘘をつく必要もない。


 確かにテレビなどあまり見ないので比較対象が少ないのもあるが……今後、俺は他人を評するとき芹園が基準になるんだろうな。


「そ、そっか~。いちばんか~。植芝くんは私が好きなんだね~、ほんと」


「ああ、好きだぞ」


「…………えっ?」


 芹園の顔は一気に朱色に染まり、動きが固まった。


 ……? 嘘でもそう言っておかないとダメなことくらい気づいているだろう?


 俺からお前を誘っているんだから。


 しかし、芹園の様子がおかしいので少しかがんで、彼女の耳元に口を寄せる。


「おい、芹園。演技忘れてる」


「いやいやいや、今のは反則だからっ! そういうのはちゃんと雰囲気のあるところで――演技? ……は?」


 人生で初めて人間が怖いと思った瞬間だった。


 怒った芹園ってこんなに怖いんだ……。


 周囲に悟られないよう笑顔で怒っているから余計に恐ろしく感じる。


「……ちょっと植芝くん? 嘘でも女の子に好きっていうのはダメなんじゃないかなぁ?」


「い、いや、設定的にはその辺り詰めておいた方がいいかと思って……」


「『ごめんなさい』は?」


「ご、ごめんなさい……」


「乙女心を傷つけたんだから、私の言うこと一つ聞いてくれるよね?」


「は、はい……」


 こういうときの女性に逆らってはいけない。


 それを俺は父の背中を見て、学んでいる。言い返しても喧嘩になるだけなのだ。傷口を広げる必要は無い。


 だいたい翌日にはげっそりした父親と元気な母親が仲直りしている。


 芹園がなにをお願いしてくるかわからないが、甘んじて受け入れよう。


「…………ないこと」


「え……?」


「私以外に『可愛い』って言わないこと。それで手打ちにしてあげる」


 彼女の口から出たそれは意外なものだった。


「わかった。その条件を呑もう」


「……あっさり受け入れるんだ」


「俺はてっきり今日の自由時間、全ておごれくらい言われるものかと……」


「なに? また私を怒らせたいのかな?」


「滅相もございません」


「ふぅん……?」


 いぶかしげな視線を送ってくる彼女に肩を縮こまらせて首を振る。


 素直な俺の姿が滑稽だったのか、クスクスと笑い声を漏らす。


「よし、それなら許してあげましょう」


「ありがたき幸せ」


 どうやらご機嫌は治ったみたいだ。


 よかった……。出された条件も苦になるような類いじゃない。


 芹園を知った以上、そうそう可愛いと思える相手なんて巡り会えないだろう。


 そもそもあまり異性に興味がないしな。


 財布が軽くならずにすんで一安心。


「あっ、次だよ。私たちの番」


 そんなやりとりをしているうちに俺たちの順番がやってきた。


 前の人が友達の声援を受けながら石に向かって歩いている中、彼女は俺が背負っていたリュックサックから耳栓を取り出す。


「……耳栓?」


「そう。植芝くんは知らないの? 人のアドバイスを受けながらの到達だと、他人の手を借りた上での恋の成就になるんだって」


「初耳だ。……でも、流石に危ないんじゃ……」


「ふっふっふ。植芝くんは私を誰だと思ってるの? 私は天才で完璧な芹園星乃」


 ドンと効果音が聞こえてきそうなくらい自信満々に芹園は己の胸を叩いた。


「そこから一発で成功するのを見届けるように!」


 耳栓をつけた彼女はそう言って、目を閉じて歩き出す。


 一人で何とかしようとするあたり、芹園らしい。


 きっとなんでも出来てしまうのだ、彼女は。


 乱れず、ただひたすらにまっすぐに歩を進める。


 まるで彼女の足下にレールでも敷かれているかのごとく。


 天才。完璧。本当に彼女にぴったりな言葉だと思う。


 改めて自分のライバルの手強さを感じて――思わず表情がほころんでしまった。


 俺の目の前を歩いている芹園の後ろ姿を見つめる。


「――いぇい! 植芝く~ん!」


 そして、石に触れた彼女はこちらに振り返り、満面の笑みでピースサインを作るのであった。


「…………やっぱり芹園がいちばん、だな」








◇長年ファンをしている阪神タイガースの優勝が決まりましたので明日の更新はお休みさせていただきます。

 次は芹園さんが植芝くんの自宅に遊びに行きます◇


◇多忙&高熱のダブルパンチ食らってます!!

 もう少しだけ待ってください……◇

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いつもひとりぼっちな天才少女にテスト勝負を挑み続けて数年後、「いつになったら私の気持ちに気づくの?」とキスされた。 木の芽 @kinome_mogumogu

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