第7話 動く運命。交わる未来①【中学二年・秋】

 芹園星乃とは全ての男子にとってのマドンナだ。


 アイドルなんて目じゃないほどに可愛くて、自分にも優しく接してくれる同級生。


 清楚可憐な立ち振る舞いは思春期真っ盛りの彼らの心をいやでもときめかせる。


 州愛学園・二年生男子の五割の初恋は芹園星乃だろう。


 そして、散った恋心の数はもっと多い。


 芹園星乃は特定の人間と仲良くしない。みんなに対して平等を貫く。


 州愛学園の生徒において、これは共通の認識。


 彼女が付き合う男子はどんな人物なんだろうという話題は男子にとって日常茶飯事だった。


 ――そして現在、俺がそのオッズ一位に躍り出ているらしい。


 人生で初めて嫌だと思った一位だった。


「ふふっ、すごい楽しみだね、植芝くん」


 そんな俺の気持ちも知らずに芹園が隣で微笑んでいる。


 ……いや、違うな。人の感情に敏感なこいつが気づいていないはずがない。


 多分、この笑顔は今の状況を楽しんでいるものだ。


「ああ、観光は楽しみだな、観光は」


「えぇ〜? この状況は楽しくないの?」


「今すぐ帰りたいくらい憂鬱だね」


 家族全員から鈍感と言われる俺でもわかった。


 背中にヒシヒシと感じる男子たちの嫉妬。


 そりゃそうだよな。


 ぽっと出の俺が芹園を独占して、京都観光を楽しんでいたら恨みくらい買うに決まっている。


 まぁ、こうなるのはわかってあの行動に出たから後悔はないんだが……だからといって、俺たちについてきすぎじゃないか?


 チラリと後ろを見やれば、学校指定の制服を着た集団があちこちにいる。


「どうかした?」


「いや、あいつら他にすることないのかなって」


「ごめんね、私が人気者すぎて……」


「事実だから何も言い返せねぇ……」


 人生で初めて聞く謝罪風自慢に付き合いつつ、道を歩く。


「昨日はどうだった? どれくらい話しかけられた?」


「やばかった。代わる代わるやってきて全く息つけなかったわ」


「あははっ、一緒だね」


「おかげで顔見知りが増えた。増えすぎた」


 三年生まで来るってどういうことだよ……。


 あんな一気に自己紹介されても顔と名前が一致しない。


「消灯時間まで根掘り葉掘り……でも、ちゃんと恋人じゃないって否定しておいたから安心していいぞ」


「…………あー、そう。うんうん、それがいいよ」


 なんか急に機嫌悪くなってないか……?


 別に変なこと言ってないよな……。むしろ上手く乗り切って褒められてもいい。


 とにかく理由がわからないので、深く踏み込まずに話題を切り替えることにした。


「そっちはどうだった?」


「……植芝くんの尊い犠牲のおかげで女子との距離は縮まったよ。ありがとう」


「ハハッ、それはよーござんした」


 芹園に告白した相手の中にはサッカー部のエースストライカー。バスケ部のキャプテンなど人気の高い男子もたくさんいたわけで……。


 そんな彼女が修学旅行で、俺からの誘いを受けて自分の予定を埋めた。


 告白とは違うが、明らかに芹園に好意を寄せている――と他の奴らから勝手に思われている――男子おれを拒絶しなかった。


 これは女子たちにとっては大歓迎な状況。


 自分たちがモテ男くんたちと思い出……もしくは深い関係になる可能性ができたのだから。


「こんな策を弄して裏を読み合って……まるで戦国時代の大名だな」


「あれ、植芝くんは知らないの? 恋は乙女にとっていくさなんだから」


 ということらしい。


 これに関してはずっと巻き込まれている芹園が言うのだからそうなのだろう。


「私、いろんな人から聞かれちゃった。植芝くんのどこがいいの? とか、二人は付き合ってるの? って」


「優しい芹園はもちろん否定してくれたんだよな」


「大丈夫。まだ・・そういう関係じゃないよって言っておいたから」


「わかってたけど……わかってたけど……!!」


 今回、俺と修学旅行を一緒に回ることにしたのも、こういうやりとりを芹園が煩わしいと思っていたからだ。


 だから、含みを持たせた回答で逃げたのだろう。


 女子たちが勘違いして安心してくれたら万々歳。


 この一回でも効果は抜群みたいで、芹園もご満悦な様子。


 機嫌も元に戻って何よりだ。


「そういえば、植芝くんって定番のあれ言わないよね」


「あれってなに?」


「一緒に回る役が俺で良かったのか、みたいな」


「あれって自分に自信がないから安心したくて聞くんだろ? 俺は自信に満ちあふれてるし」


「あー、なるほどね」


「むしろ、芹園が釣り合わないとまで思ってる」


「それについてはちょっと長い話し合いが必要かなぁ」


「一生平行線で終わるだろ」 


 絶対無駄な時間になることが確定している話し合いだ。


 俺もこいつも、引かないところは全く引かない似たもの同士。


 だから気が合って、こうやってなんだかんだ一緒に過ごす時間が増えているのかもしれない。


「……で、どうするよ。プランはそっちに任せていいんだろ?」


「うん。いろいろと考えてみたんだけど、やっぱりこれしかないかなって」


 夏休み明けに交換したSNSアプリで『ドンと私に任せなさい』と彼女は言っていた。


 なので、俺は誘っておいてノープランで挑んでいる男になる。


 文字面だけで見たら最低野郎だった。


「というわけで、今回の自由時間はそれっぽいところを回ろうと思います」


「それっぽいところ?」


「もう、鈍いなぁ。そんなの一つに決まってるでしょ」


 彼女は俺の前に回り込むと、笑顔の横に指ハートを作ってウインクした。


「行こうよ、私たちの恋の行方を占いにっ」


 恋していない俺たちが行っても意味ないだろ……とは口にせず、俺は頷いた。

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