幕間 来ちゃったっ……♡

「ふふっ……来ちゃったっ……」


 麦わら帽子を被った私は目の前にそびえ立つ見慣れた一軒家を眺めていた。


 夏休みに突入してから一週間。


 やろうかやらないか迷って、ついに家の前までやってきた。


 学校から見て私の家と植芝くんの家は逆方向・・・にあるので時間がかかる。


 だけど、その時間でさえ楽しい。


 植芝くんとなにをして遊ぼうか、電車に揺られながら想像を膨らませている時間は私のテンションを上げていく。


 玄関を開けて、私がいたら彼はどんな顔をするだろう。


 喜んでくれるかな。植芝くんのことだから嫌な顔しそ~。


 でも、絶対にお家にあげてくれると思う。


 植芝くんの優しさは底が抜けているのは、この一ヶ月の間の付き合いで理解していた。


 もちろん、それに甘えてばかりじゃいけない。


 今日は私手作りの焼き菓子も持参していた。


 学園の男子なら泣いて喜ぶこと間違いなしのお土産。


 植芝くんはそうならないけど、でもちゃんと美味しく焼けているから普通に喜んでくれそう。


 今日のプランはお家デート。


 外でいろいろと歩き回るのもいいけど、州愛の生徒たちに見つかると面倒だ。


 あまり露骨に彼をひいきすると、今度は植芝くんが男子からのヘイトを集めすぎることになる。


 ついこの間、教室で私を誘えたのも夏休みという冷却期間があったからできただけ。


 その辺りはしっかりと調整しなければならない。


 彼は自我が強く、良い意味で鈍い人だけど、どんな人間にも許容範囲には限界がある。


 ……あ~、なんで他の有象無象のために私たちが気を遣わないといけないんだろう。


 私の世界には彼だけでいいのに。


「……ダメダメ。今からはいちばんいい笑顔じゃないとね」


 浮かび上がった負の感情を頭を振って、捨てる。


 中学生はまだまだ子供だ。私自身にできることも少ない。


 早く大人になりたいな。


 大人になっても植芝くんは私の隣にいてくれるだろうか。


 わからない。彼がいま私に構ってくれるのは、私が彼にとって超える目標だから。


 もし大人になるまでに彼が私を超えてしまったら?


 興味を失ってしまうのかも。そして、次の目標を見つけてそこに向かって彼はひたむきに走り続けるだろう。


 かこなんて振り返りもせずに。


「……こんな風に悪いことばかり想像するようになったのも植芝くん成分が足りないからだ」


 早く会おう。そして、いっぱいおしゃべりしよう。


 そうと決まれば善は急げ。


「……化粧崩れもなし。完璧な私」


 手鏡でチェックをした私は意を決してインターホンを押した。


 ピンポーンと電子音が鳴って、数秒の静寂。


 時間でいえばほんのわずかなのに心臓の鼓動はバクバクと活発になり、緊張で体が硬くなってしまう。


 さんさんと太陽が照りつける中、汗をかいてまでやってきたのだ。


 植芝くんの驚いた顔を見ないとやってられない。


「……あれ?」


 しかし、返ってくる言葉はなかった。


 チラリと隣を見てみるけど、車も自転車もちゃんとある。どこかに出かけた形跡はない。


「もしかしてお昼寝してる……?」


 もう植芝くんったら、だらしないなぁ。


 夏休みだからって生活のリズムを崩すと、夏休み明けがしんどいんだから。


 でも、目覚めに私の顔を見られるんだから最高の目覚めになるよね。


「さぁ、早く出ておいで~」


 もう一度、インターホンを鳴らす。されど、結果は変わらず。


 あれぇ? と首をかしげていると、隣から声がかかった。


「植芝さんにご用事?」


 話しかけてきたのは人の良さそうなおばあさんだった。


 ちょうど玄関から出てきたところで、どうやら隣人みたい。


「こんにちは。そうなんです。私、大海くんのお友達で」


「まぁ、大海くんの! あら、でも聞いていないのかしら?」


「えっと……?」


「植芝さんのところ、実家に帰省してるのよ。ちょうど避暑地だから夏の間はあちらにいるらしいわよ」


「えっ」


「だから、しばらく留守にしているみたいだけど……」


「えぇ~!?」


 まさかの新情報に私の叫び声が近所一帯に広がった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「お兄ちゃ~ん! ご飯出来たよ~!」


「わかった! すぐ降りる!」


 一階のリビングからふうかに呼ばれた俺は自習ノートを閉じて、学園指定のシャツに着替える。


 夏休みも終わり、今日から再び登校が始まる。


 始業式のあとは授業もあるが、昼までなので比較的楽だ。


 この一ヶ月はずっとおばあちゃんの家で過ごしていたが、暑さに苦しまなかった分、勉強もはかどった。


 予習復習もきっちりできたし、夏休み前よりも成長したと思う。


「……あいつ、なにしてたかな」


 ライバルである芹園の顔を思い浮かべる。


 夏休み前の放課後はずっと彼女と一緒に時間を過ごしていた。


 だからではないが……最初のうち少しだけ彼女がいないことに違和感が凄かった。


 それだけ彼女と会話し、理解を深めた時間は俺にとっても楽しかった時間だったのかなと思う。


 もちろん、本人に直接は言わないが。


 言ったら絶対『え~? 植芝くん、私に会えなくてさみしかったんだ~?』みたいにからかってくるだろうから。


「ちょっとお兄ちゃん!」


「すまん、すぐ降りるから――」


「――お友達が来てる! めっちゃ美人な人!」


「は?」


「とにかく待たせてるから早く降りてきて!」


 妹の急かす声に、俺は慌てて階段を駆け下りる。


 俺の友達で美人な人。そして、俺の家を知っている人物。


 該当するのは一人しかいない。


「おはよう、植芝くん」


 何度見ても見飽きない透き通った瞳。


 毛先まで手入れされた栗色の髪。


 玄関先に立っていた彼女はまさに俺の予想通りの人物で。


「来ちゃったっ」


 満面の笑みで、芹園星乃はそう言った。









 ◇芹園星乃の秘密◇



 恋愛面に関しては意外と年頃なロマンチスト。

 そのため、植芝くんと連絡先を交換していなかった。

 夏休み前まで秘密の場所に行けば会えたし、私が会いに行けば植芝くんはいつでもいるよねとか考えてた。


 夏休み明けに彼と再会して速攻で交換した。

 意中の人だけ着信音変えるタイプ。



◇次回更新、9/9(土)朝7時でお願いします◇

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