第1話 ひとりぼっちな世界の終わり①【中学二年・春】
人々に感動を与えた桜も散り、新緑が芽吹き始める。
この中学校に入学して二回目の五月。
ジワジワと夏の到来を感じさせる暑さを感じながら、私はひとり憂鬱な足取りで廊下を歩いていた。
州愛学園ではテストの返却終了から一週間後、各学年の掲示板に成績優秀者の一覧が張り出される。
今は時代に合わせて校風も丸くなったけど、実力主義だった昔の名残らしい。
私にとってはどうでもいいことだったけど。
「…………」
多分、今回も私が一位だ。
だって、中学生になってから去年の一年間はずっとそうだったから。
面子もほとんど変わらないんだから、今回だって同じ結果に過ぎない。
そう思ってもわざわざあそこまで確認しに行くのは、何かがあってほしいと心のどこかで思っているからかもしれない。
だけど、そんな余計な考えを持たせないほどに現実は酷く、日常を突きつける。
いつもと変わらない位置。そこに私の名前は記載されていた。
「うおっ! また芹園さん一位じゃん! やべ~!」
「やっぱり天才はすごいわ~!」
「ほんとほんと。住んでる世界が違うっていうか!」
「勉強も運動も出来て、綺麗で性格も最高。もう女神様だよ、女神様」
そんな雑音が耳に届く。
遠巻きにこちらを見つめる好意的な視線がいくつも刺さる。
彼ら彼女らは純粋に褒めてくれているのだろう。
それはわかっている。わかっているからこそ、私はまた孤独を感じて、この場から去る。
……きっと無意識にみんなは私と自分を切り離して考えている。
私は『天才』で負けても仕方がない『
だから、誰も悔しくない。悔しがらない。
決して近づきすぎず、自分が傷つかない位置から笑顔で、手放しに私を賞賛する。
これじゃあ、まるで私だけ別世界で生きているみたいだ。
ただ私は特別なこともせずに、みんなと同じように時間を過ごしているだけなのに。
いつでもひとりぼっち。
向けられる羨望のまなざしも、賛辞も全てが私は大嫌いだ。
でも、それ以上に大嫌いなのはそれを受け入れて、
「――おい!」
「……え?」
大きな声と同時にガッと肩に手をかけられ、振り返る。
そこには目の下に隈を作り、目つきが鋭くなった男子生徒がいた。
「お前だな……学年一位の芹園星乃ってのは」
「…………」
驚いて思わず声が出なくなってしまう。
こんな乱暴に声をかけられるのはずいぶんと久しぶりだったから面食らってしまった。
だけど、私の視線は彼から離れない。
小さく咳払いをして、みんなに求められる完璧な芹園星乃の笑顔で対応する。
「うん、そうだよ。えっと、キミは……」
「俺の名前は植芝大海。今年の春に転入してきた」
「そっか、植芝くんって言うんだね。それで私に何か用だったかな?」
「ああ。俺からお前に伝えたいことは一つ――」
徹夜でもしたのか、やけにテンションが高い彼は口端を吊り上げて、こちらに手を差し出す。
「――次の期末考査、俺と勝負しろ!!」
そして、笑顔のまま平然とそう言い切った。
……彼の言っている言葉の意味がわからなくて、一瞬だけフリーズしてしまう。
一人の相手にこんなにも戸惑うなんて初めての体験だ。
「えっと……それは点数で私と勝負するってこと?」
「そうだ! 今回、俺は学年二位に甘んじてやったが次こそは俺が勝つ!」
彼の啖呵は廊下に響いて、掲示板を見に来ていた他の生徒の耳にまで届く。
それから彼に対する嘲笑や馬鹿にするような声がコソコソと上がり始めた。
異物を見るような視線が確かに向けられているはずなのに、彼はそんなの全く気にせずに私を見ている。
まるで世界に私たちしかいないんじゃないかと思わせるほどに。
そう、彼と私。ひとりぼっちじゃなくて二人。
「……っぷ、あはははっ……!」
「……なにか俺は面白いことを言ったか?」
「ご、ごめんね。すぐ落ち着かせるから……ふぅ。……うん、いいよ。やろうか、テスト勝負」
「本当か!? 二言はないだろうな!?」
「もちろんだよ。指切りでもしようか?」
「ハッ、そんな必要はない。覚えとけよ。お前を下し、次にトップに君臨するのは俺だからな!」
私との勝負の約束を取り付けられた彼は気分良さそうに笑いながら、教室へと戻っていく。
そんな彼に心配そうに話しかける男子が数人。
これまでの私の成績について話しているのだろうか。
だけど、植芝くんはその男子生徒の背中をバシバシ叩きながら、自信に満ちあふれた表情を浮かべていた。
そんな彼の姿を見て、私も思わず頬が緩みそうになってしまう。
……どうしてだろう。
私に向けられた貪欲に勝利を求める彼の強い意志がこもった瞳が焼き付いている。
嘘も、建前も、下心もない真摯なまなざしが私の心をざわつかせる。
これまで見てきたどんな人たちとも違う人。
……もしかしたら、彼なら私の隣に立ってくれるんじゃないか。
この閉ざされたひとりぼっちの世界を壊してくれるんじゃないか。
私の運命を変えてくれるような、そんな理論も根拠もない直感に近いものだったけど。
今まで誰にも感じなかった、そんな予感がして。
「……植芝大海くん、か」
不思議と、信じている自分がいた。
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