いつもひとりぼっちな天才少女にテスト勝負を挑み続けて数年後、「いつになったら私の気持ちに気づくの?」とキスされた。
木の芽
プロローグ 出会って二年目の夏【中学三年・夏】
俺――
そいつと出会ったのは中学二年の時だ。
俺は小さい頃から何でも出来た。勉学でも一番、運動でも一番。
両親は褒めてくれるし、俺も嬉しいから更に頑張ってまた一番を取ってくる。
天才だと周囲からはもてはやされ、俺もその通りだと思い込んでいた。
「さてと……今日も始めよっか。植芝くん念願のテストの点数勝負」
――目の前で微笑んでいる
オレンジ色の光が差し込む旧校舎の空き教室。
部屋のほとんどが備品置き場の倉庫と化したこの校舎に滅多に人は訪れない。
だから、俺たちが勝負をするにはうってつけの場所だった。
「覚悟は出来てるんだろうな、芹園……? この俺に負ける覚悟がよ」
「植芝くんのその口上は聞き飽きたよ。結果は始まる前から決まっているんだから」
「フッ、これを見ても同じことがほざけるかな?」
俺はバッグから五枚の試験用紙を取り出し、机に叩きつける。
赤ペンで記された数字の合計は485点。
平均95点越え……!
自己ベストを記録した俺の成長を見て、さすがの芹園も驚きを隠せないのか声も出せない様子だった。
「おいおい、うつむいてどぉした芹園? そんなに今の顔を見られたくないのかなぁ?」
「……そうだね。植芝くんのせいでひどい顔になってると思うから」
「クックック、それは結構! だけどよ、ぜひ拝ませてくれよ、この俺によ〜?」
「……仕方ないから見せてあげる」
そう言って、顔を上げた彼女は――笑いを噛み殺した表情をしていた。
そして、すぐに遮るように
「98、97、97、98、100……ってことは」
「合計490。キミの負けってこと」
「……ぉぉぉ……っ」
腹から絞り出した声が魂と共に抜けて、その場に膝をつく。
ま、また負けた……?
前回の芹園の中間テストの点数を超えて、勝ったと思ったのに……。今度こそこいつを頂点の座から引きずりおろせたと思ったに……!
キッと芹園を睨みつける。彼女はどこ吹く風といった感じで、ニコニコと俺を見つめていた。
「成長しているのはキミだけじゃないんだよ。わかった? ずっと学年二位の植芝広海くん?」
「その呼び方やめろ! まだ定期テストなら十回しか負けてねぇだろうが!」
「それ、全敗じゃない。中学二年生になって、植芝くんと勝負を始めてから」
「そのすかした態度ムカつく!」
「植芝くんが私に勝てたら態度も改めるけど?」
「ぐぬぬぬ……!」
事実、俺がこの中学に転入してきてから芹園に土をつけたことはない。
何も言い返せなかった俺は机に散らばった自分の回答用紙を掴むと、バッグのクリアファイルにしまう。
「ふぅん……? 以前みたいに乱暴に扱わないんだね」
「いつの話だよ、それ。やったの最初だけだから」
人生において初めて敗北を喫した時は悔しさのあまり握りつぶしてしまったが、今は違う。
これらのテスト用紙は全て額縁に飾ってある。
それを見れば奮い立たせてくれるからな。芹園に勝つんだという想いを。
「それじゃあ帰ろうか。今日もよろしく頼むよ、植芝くん」
芹園は学校指定のバッグを背負うと、ポンと労うように俺の肩を叩く。
「……前から思ってたんだけど、わざわざ放課後に残って旧校舎に来る必要あるか? そのせいで帰る時間遅くなって、お前を家まで送り届けるハメになってるんだけど……」
「よく考えてみて、植芝くん」
「なにをだよ」
「私は完全無欠で学校一の美少女。先生からの信頼も厚く、生徒たちからだって毎日羨望のまなざしを向けられている」
「……悔しいが事実だな」
才色兼備。文武両道。気品に溢れている。
一部は行きすぎている評価もあるが、だいたいは当てはまっていると思う。
実際に彼女は育ちも良く、勉学も、運動も優秀だ。
あまりテレビを見ない俺でも、アイドルより彼女の方が綺麗だと断言できる。
俺の返答に満足気に頷く芹園の笑顔を見て、改めて性格だけがもったいないなと思った。
「よろしい。つまり、植芝くんとこうして交流していることがバレたら私のイメージを崩しかねないってこと」
「それ、すごい俺に失礼だからな!?」
「安心して。ここまで全部わかって言っているから」
「……お前なぁ。そんなんだから友だちいな――」
「――それ以上の発言は許可しません」
ぞくりと悪寒が走ったので、俺は口を紡いだ。
そのまま無言のまま、俺たちは旧校舎を出て、残り台数の少なくなった自転車置き場に向かう。
州愛学園は中高一貫なので中学生も自転車での通学が認められていた。
「……さっきの話だけど」
こぎ始めてから数分後、後ろに座っていた芹園はおもむろに口を開く。
「キミの発言を参考にするなら、植芝くんは私と友達じゃないんだよね」
「ああ、ライバルだからな」
「そう……。じゃあ、私が負けたらキミとの関係も終わりなのかな」
「は? 何言ってんだ。それだと俺一勝しかできてないじゃん」
ガタンと小石を踏んでしまい、自転車が少しだけ上に跳ねる。
ギュッと腰の服を掴む力が強くなった気がした。
「お前に勝ち越してこそ本当の勝利だろうがよ。どこまでも追いかけてやるから逃げても無駄だぞ」
「……うん、そうだよね。植芝くんはそういう人だった」
後ろから聞こえる声音はいつもよりも高揚していた。
なんだかんだいって、こいつとは付き合いが長い。
中学二年の時に俺が転入してきて、今は三年の夏だから……一年半か。
顔を見なくても、わかることも増えてきた。
「え? なんでテンション上がってんの? こわ〜」
「別に? なんでもないけれど?」
「うわ、絶対悪いこと考えてるじゃん……」
「減らず口たたかないでさっさと漕いでよ、運転手さん。このままだと夕飯に間に合わなくなっちゃう」
「全部お前のせいだろうが……!」
と口では文句を言いつつも、俺はペダルを漕ぐ。
現状、俺は敗者で勝者は芹園。
俺が勝負を受けてもらっている側だ。
クックック……覚えておけよ、芹園。この恨みはいつか晴らさせてもらうからな……!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぜぇ……はぁ……ほら……! 間に合っただろ……!」
「うん、きっちり六時前。お疲れ様……あっ、ちょっと待って」
「なに……? もう帰りたいんだが……」
「そのままだと熱中症になるでしょ。冷たい麦茶、持ってきてあげる」
「芹園が……俺に気遣い……?」
「私にばかり文句言うけど、植芝くんも十分口悪いと思うよ」
……まぁ、そういう風に仕向けてるのは私なんだけど。
鍵を開けて中に入ると、冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出してコップに注ぐ。
こぼさないように気をつけながら小走りで、外で待つ彼の元へ。
「はい、どうぞ」
「おう、サンキュー」
植芝くんは素直に受け取ると、一気に喉へ流し込んでいく。
私はそんな彼の様子を笑顔でずっと見ていた。
「これで帰りは大丈夫だね?」
「ああ、生き返ったわ。コップありがとな。じゃあ、俺も帰るから」
「次の勝負は二学期の中間考査かな。それまでにせいぜいもっと頑張ってあがいてね」
「当たり前だ! 次こそは俺が勝つ! そこから連勝してやるから楽しみにしとけよ!」
「うん、とても楽しみにしてるよ~」
「微塵も思ってなさそうな返事やめろ! あ~、くそっ! また明日な!」
「バイバイ、また明日」
私が返事をすると、彼は絶対にこっちを一度振り返ってから、なんともいえない表情で手を振ってくれる。
そんなところが
「今日の言葉……嬉しかったな」
小さくなっていく植芝くんの背中を見つめながら、帰り道に彼が言ってくれたことを思い返す。
『どこまでも追いかけてやるから逃げても無駄だぞ』
彼はどんなに負け続けてもくじけない。私のもとに至ろうと一歩ずつ歩み続けてくれる。
さっさと滅びてしまえば良いと思っていた
『天才』『女神』『神の子』……今までかけられてきた言葉の数々。
美貌、頭脳、身体能力……全てにおいて私は才を持ちすぎていた。
物心ついたときから、みんな私を特別扱いして上っ面だけ褒め称えて、誰も
みんなの求む仮面を被って、みんなの求む芹園星乃として生きていく。
なんてむなしい世界だと思った。
――あの日、キミが現れるまでは。
「……植芝くん」
私に色彩を与えてくれたキミが好き。
ずっとずっと、いつまでも植芝くんの視線を、興味を、気持ちを私にだけ向けてほしい。
だから、私は勝ち続ける。
そうしたら植芝くんは私だけを見ていてくれる。私から離れられない。
最近はね、ずっと一緒にいる方法ばっかり考えちゃうんだよ。
一学期の期末テストも終わって、夏休みが近い。
学校という共通の場がなくなってしまえば、彼と会う頻度は極端に少なくなってしまうだろう。
……そろそろいろいろと踏み込んで良いかもしれない。
「明日も楽しみだね、植芝くん」
あぁ……はやく明日にならないかな。
そんなことを思いながら、私は手に持ったコップに口を付けた。
◇ヒロインが激重感情を匂わせるところから始まるラブコメが大好き侍で候……。よって、拙者も参戦いたす……。
次回からは二人の出会いから、星乃が激重感情を抱くに至るまでを書いていきます。随時、甘酸っぱいイチャイチャも挟まると思います。どうぞよろしくお願いいたします。◇
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