第9話 夜焚と心象図2


翌日の朝、凛太郎は颯と学校の図書室にいた。

開館したばかりということもあり他の生徒はまだ誰もいない。司書の人にお願いをして許可をもらい、卒業アルバムが保管されている棚の前まできた。

「なあ、凛太郎。本当に学校に遺体が埋まってると思うの?」

 周りに人影はないが、颯は声をひそめる。

「俺だって、確信があるわけじゃないよ」

 凛太郎も気持ちだけで言えば、颯と同じだった。自分たちが通っている学校に遺体が埋められているなんて、信じたられない。

「でも、昨日のあれは間違いなく俺たちへの警告だった」

けれど、20年前この学校で行方不明になった生徒がいて、遺体はまだ見つかっておらず、桜の木の下を探られることを嫌がる人物がたしかにいるのだ。

「窓を割って脅してまで止めさせようとしてる。これ以上過去を探ったら、お前たちもどうなっても知らないぞって。俺たちは、手紙を探しているだけだったけど、埋まってるものを万が一見つけられたらまずいから、焦ったんだよ。遺体じゃないとしてもそんなことをするくらいには、やましいことがあるはずだよ」

「それで、手紙探しは一旦置いておいて、遺体を探そうってわけ?」

「そっちを解決しないと、手紙の場所も探せない。また邪魔されるだけだし」

「邪魔って……凛太郎さ、もし遺体が埋まってるなら、そいつ殺人犯だよ?」

「殺人犯とは限らないよ。犯人は別で、埋めただけかもしれないし」

「いや、そうじゃなくて、恐くないのかってこと」

「…………恐いよ、たぶん。でも、なんていうか……それ以上に見つけたい」

 現実味がないだけなのかもしれないが、恐いと言えば恐い。けれど、ふつふつと湧き上がる何かが恐怖を打ち消しているような気もした。

「なんか俺、お前の方が恐くなってきた」

「昨日も言ったけど、颯は降りてもいいんだよ」

「降りるって言い方、嫌い。そう言われると、絶対に降りたくなくなる」

 颯らしい答えに、凛太郎はつい笑みをこぼす。

 自分と違って、颯には野球部がある。待っている人がいると思うからこそ、怪我をして欲しくない。だから本当は亜紗と同じように、颯にも関わらせたくなかったし、ひとりでやりたかった。けれど、颯の中で答えはもう固まっているのだろうと思う。

 説得することはやめて、凛太郎は目当ての卒業アルバムを棚から引き抜いた。

ネットの記事に詳細は書いてなかったものの、行方不明になった女生徒の名前が『為成裕子』であることが記されていた。それが、亜紗の叔父の幼馴染であり、手紙を埋めた張本人だ。

アルバムを開いてページをめくるうちに、クラス写真の中にその名前を見つける。

「いた。この人だ」

「あ、亜紗の叔父さんも同じクラスだな」

 颯が隣のページに載っている圭介の写真を指さす。あどけない顔つきだが、人懐っこい笑顔にはちゃんと面影がある。

 当時の校内の写真も見ようと、ページを進める。すると、颯がその手を止めるように、声をかけた。

「待って。これって……」

 別のクラスの写真が載っているページを颯が覗き込む。凛太郎もそこに並んでいる生徒の写真を眺めるうちに、見覚えのある顔に目を止めた。

「倉間先生だ。まさか、同級生だったなんて」

倉間からこの学校の卒業生だとは聞いていたが、その可能性は考えもしなかった。倉間はもっさりとした髪の毛のおかげで、実年齢より少し上に見えるせいもある。

すると、純粋に驚く凛太郎の横で、颯は神妙な面持ちになっていく。

「……なあ、昨日石を投げ込んだのって、普通に考えたら学校の中にいる人間だよな? 俺たちが学校を調べてたのって昨日だけだし」

 颯が言おうとしていることを察して、凛太郎は動揺した。

「もしさ、本当に学校に遺体が埋まってるとして、その犯人がいるならさ……被害者と関係があるやつだろ。為成さんと同級生で、今もこの学校にいる人なんて……」

「倉間先生に限ってそれはないよ……」

 遮るように、凛太郎は言った。

 これでも、凛太郎は倉間のことを知ってるつもりだった。凛太郎と同じように地図が好きで、たったひとりの部員しかいない部活を守ってくれている。厚かましいところはあるが、口数の少ない凛太郎と打ち解けようと、部活には関係ないことまで話してくれるような人だ。

 けれど、凛太郎の想いとは裏腹に、颯は冷静に言い返す。

「そんなの、わからないだろ。いくら顧問だからって、全部を知ってるわけじゃないし。少なくとも、20年前はどんな人だったかなんて……」

 颯は少し言い過ぎたと思ったのか、口調を和らげる。

「悪い。俺こそ何も知らないのに……」

「いや、颯の言う通りだよ。もし、本当に学校に遺体が埋まってるなら……俺が犯人だったら、できるだけ近くで見張っていたい。誰かに掘り返されたりしないように……」

 そう考えると、教師として学校の中にいればそれが叶うということだ。倉間の他に、同じような人はいるのだろうか。そう考えて、ふと思い当たる人物がいることに気づく。

「もうひとりいるよ。当時から、この学校にいる先生」

「え、誰?」

「校長先生だよ。当時もこの学校にいたはずだ。校長ではなかっただろうけど……」

 凛太郎は卒業アルバムを戻るように捲り、教師の写真が並ぶページを開く。予想通り、今の校長は、当時の教頭として写真が載っていた。

「そういえば校長、昨日やたら馴れ馴れしく話しかけてきたよな。今まで話すこともなかったのに、急にだろ? あれも何か探ろうとしてたんだとしたら……」

 それを聞きながら、凛太郎はアルバムの後ろの方までページを捲る。すると、部活ごとに撮った写真が紹介されていた。野球部の写真の中に、若かりし圭介の姿があり、ずらりと並んだ部員の隅に、為成裕子も映っていた。

「為成さんって、野球部のマネージャーだったんだ」

「本当だ……やっぱり、このふたりってそういう関係だったのかな?」

「そういうのって?」

 凛太郎が聞き返すと、颯が訝しげな顔をする。

「だから、そういうのだよ。叔父さんの話しぶりからして、付き合ってた感じじゃないんだろうけど……好きだったんじゃないの?」

「ああ、そういうことか。そういうものなのかな……」

 いまいちピンときていない様子の凛太郎に、颯はさらに眉を寄せる。

「……凛太郎、地図が好きなのはわかるけど、たまには少し違うことに目を向けた方がいいんじゃないか」

 やけに真剣な顔で心配しているけど、颯なりの冗談だ。こういう世話焼きなところは、意外と倉間と通ずる部分があると、ときどき思う。

「余計なお世話だ」

 凛太郎が一蹴すると、颯もようやく笑った。

「で、これからどうする? 為成さんについて、もう少し調べてみるか?」

「そうだね。行方不明になった日に学校に来ていたのなら、よく行っていた場所とかに寄ったかもしれないし」

「よく行く場所か……パッと浮かぶのは、野球場くらいだな」

「そうだよね。マネージャーだったみたいだし」

「野球部のこと調べるなら、記念館にでも行ってみるか?」

 凛太郎たちの高校は、野球部の歴史が深い。一番、力を入れている部活でもあるから、記念館にもきっと何かしら資料があるはずだ。

「うん、そうしよう」

 凛太郎は頷いてから、卒業アルバムを棚に戻した。



 図書室が入っている特別校舎のA棟を出る。記念館があるのは、敷地の東側だ。西側の特別校舎から移動するため、中央の本校舎前を突き抜けるように広場を通る。

「おい、深見と辻浦」

 名前を呼ばれて振り返ると、ちょうど校舎に入りかけていたらしい倉間がこちらに向かってきた。さっきの図書室での会話のことがあり、にわかに緊張が走る。

「なんですか?」

 なるべく普段通りに見えるよう気をつけながら、凛太郎は返事をした。

「……お前ら、変なことに首突っ込んでないだろうな?」

「いえ、何も……」

 答えながら、顔が引きつりそうになる。昨日、亜紗に嘘がつくのが下手くそだと指摘されたばかりだ。何か聞かれたときに、うまく誤魔化せる自信がなかった。

「本当か? 昨日、部室の窓、割られたらしいじゃないか。怪我とかなかっただろうな?」

 危うく、ほっとして油断しそうになる。ただ、本当に心配してくれているだけなのだろうと、思いたかった。

 もういっそ、直接聞いてしまおうか。為成裕子さんと、同級生だったんですかって。

 けれど、颯の言葉を思い出し、気を引き締め直した。目の前のこの人を、知った気になっているだけなのかもしれない。

「いえ、俺たちは大丈夫でした」

 変にぺらぺら喋ってもボロがでるだけだろう。そう思い、凛太郎はあえて短く返す。

「そうか……深見、学校の桜の場所を調べているんだろう?」

「え……どうして、知ってるんですか?」

 倉間にはそのことは話していないし、昨日校内で会ってもいない。

「校長から、聞いたんだよ。なんで、そんなことしてるんだ?」

「なんでって……先生が課題を出せって言ったんじゃないですか」

 昨日、校長にした言い訳を同じように伝える。

「ん? ああ、言ったけど、真に受けるとは思わないだろ」

 凛太郎は、思わず膝から崩れ落ちそうになる。そうだ、この人はそういう人だった。

「それに……」と、何かを言いかけて、倉間は言葉を切った。

「いや、なんでもない。熱中症には気をつけろよ。あと……」

 校舎に戻ろうとした足を止めて、倉間がもう一度振り返る。

「窓のこともそうだけど、何かあったら大人を頼れよ」

 それだけ言って、倉間は校舎の中へと入っていった。その背中を見送りながら、やっぱりどうしても倉間が誰かを殺めたり、遺体を埋めたりするような人物だとは思いたくなかった。

「……倉間先生が犯人なら、わざわざあんな話するかな?」

 思わずそんなことが口をついて出る。

「どうだろうな。顧問だし、言わないと不自然っていう考え方もあるよな」

「そうだね……」

 相槌を打ちながら、なぜか何かが引っかかっているような感覚がした。

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