第13話 竜魔公アシュタロト


「うへへぇ〜、うっへへぇ〜…… お菓子…… 大量のお菓子〜」


 先日帰って来たアレックスお兄様からの大量のプレゼントであるお菓子を並べてうっとりしていると、部屋の扉がノックされる。


 いけない、いけない。 皇女たるものあまりだらしの無い顔を見せられないわ。

 私はキリッとした表情を作り返事をする。


「どうぞ」


「フリル! 帰って来たぞ! 出迎えが無かったから寂しかったが…… そうか兄貴の土産に浮かれていたのか」


「レオンお兄様! お帰りなさいませ! まさかお菓子を眺めていてお兄様のお帰りに気付かなかった訳ではありませんのよ!!」


「ハハハッ、そうか。 俺はてっきりだらしの無い顔でお菓子を品定めしていたのかと思ったよ」


 ギクゥ!! なんて的確な予想なんでしょう! 何処かにカメラでもついてる!?


 私がキョロキョロと辺りを見回していると、レオンお兄様が心底悲しそうな顔をしている。

 適度に日に焼けた褐色の肌とエメラルドブルーの瞳を持ち、いつも快活なレオンお兄様が悲しそうな顔をすると、そのギャップにやられてしまうぅ!!


 はぅあぁ…… もしも兄妹じゃなければ…… それか禁断の……


「フリルともっと一緒に居たかったんだがな、また魔獣が出たと報告が来てな…… どうやら緊急らしくてな、直ぐに出ないと行けないんだ」


 レオンお兄様は魔法よりも剣術などの武勇が優れており、優秀な近衛と共に皇都近郊の魔獣退治に勤しんでいる。


 本来ならレオンお兄様が直接出る必要はそれ程無いのだろうけれど、根が真面目なのか政治的な判断なのかは知らないが多忙を極めている。


「今度行くのは港町のヨランダだ。 帰りには魚介類を買ってくるよ!」


 魚介類! この世界はまぁまぁ発展していて海が近場に無いここ皇都でも魚は食べる事は出来る。 出来るが…… やはり新鮮な海の幸は港に行けばこそでしょう!!


「魚介類!! 行く! レオンお兄様、フリルも是非お供したいです!!」

 

「えっ!? 遊びに行くんじゃないんだぞ!」


「えー、でもレオンお兄様が守ってくれますよね!」


 私がこれでもかと目をキラキラさせて上目遣いでお願いすると


「ハーハッハッハ! 勿論だとも! お兄ちゃんはフリルを守る! 守るに決まっているだろう! よし、フリルが一緒に行けば千人力だな!」


 そうしてアッシュを連れて、私も一緒に行ける事になったのだ。

 



☆★☆★☆★☆★☆★



「ここから森に入るぞ。 魔獣に襲われた人の救助も目的の一つだ。 ご飯は魔獣を討伐した後になるぞ」


 所変わり、港町ヨランダ近郊の森。


 早い所魚介類にあり付きたいのは山々だが、ここまでついて来て、お兄様は討伐してきてー! 私はご飯食べてるからーってのはちょっと言えなかった。

 うぅ、お腹減ったよぅ……


「さっきからやけに蜘蛛型の魔獣が出るなぁ」


「蜘蛛の糸に毒、体液と気持ち悪いんだよなぁ」


 森の中にはレオンお兄様とその側近の近衛小隊30人が入って来ているが、私を乗せた馬を囲む様にアッシュと隊員が並んでいる。


 時折り出る魔獣を倒しながら先に進んでいるのだけれど、どうやら蜘蛛型の魔獣が多いらしい。 周りの隊員達が愚痴をこぼしている。

 


 そんな愚痴を聞き流しながら私だけ乗せられているお馬さんに揺られていると、私の美食眼びしょくがんが獣道の横に生えているキノコを捉える。


「アッシュ、あそこにあるキノコ取って来て!」


「取って来るのは構いませんけど…… あれ食べるんですか?」


「モチ、私の美食眼はあのキノコを美味だと判断したわ! だって松茸に似ているもの」


「マツタケ? ……まぁいいでしょう」


 ササっと道の脇でキノコを取ってくるとアッシュはどうぞと渡してくる。


 流石に私も生じゃあ食べれない。

 そこらに生えてるキノコをそのまま食べるのはちょっと抵抗あるわ。


 私はイメージで手の平から水を出すと軽くキノコを洗い、指先から火を出して炙って行く。


 いい匂いだわぁ!! あっ、周りの隊員さん達を無視して1人でキノコを食べていたら顰蹙ひんしゅくを買いそうだから私の周りを魔力で覆って匂いが漏れない様にする。

 更に目立たない様にキノコを隠しながら炙って行く。


 ぱくりっ


 ンマぁぁぁあああい!!


 おほっー、これはこれは芳醇な味と香り、旨味成分が口の中で弾けていらっしゃる! 何も付けず焼いただけでこの美味さ!


 これは…… もっと食べたいですわぁ……


 私がキョロキョロしながら次のキノコを探していると、いつの間にか森の奥までやってきており、目の前には何かを祀っていたような祠が見える。

 そこの祠に立て掛けられるように何やら見覚えのあるような豪華な装飾の本が一冊見える。


「魔封緘禁書だ」


 隣でアッシュが鋭い目で本を睨んでいる。


 そうかアッシュと出会った時の……

 

「うわぁぁああ!!」


 そこまで考えていると突然前方の隊員達が数人、白い糸に絡み取られるように宙吊りにされていく。


「禁書の悪魔だ! 各自戦闘開始せよ!」


 レオンお兄様の鋭い声が聞こえると、周りの隊員達も次々と武器を構えて走って行く。


 その先には、鬱蒼と茂る樹々の間、見上げた宙から音もなく人間大の蜘蛛が降りてくる。


 人間の女性の上半身だけを蜘蛛の胴体にくっつけた様な姿……


 前世の知識で言うならばアラクネーの様な魔獣だ。


 大量の3,40センチ大の蜘蛛型魔獣が現れて隊員達を襲っていく。

 それぞれ手にした武器で応戦していくが、隙を突いて1人、また1人と糸でぐるぐる巻きにされて宙吊りにされていく。


「クククククッ、大量の餌がやって来たねぇ! やはり数人だけ捕らえて後は逃せばもっと大人数で来ると思ったわぁ。 今回は全員我が子達の栄養になってもらうわぁ」


 生理的嫌悪を催す巨大な蜘蛛型の魔獣なんだけれど、何故か悲鳴を上げないでいられる。


 それより、なんだろう…… キノコ食べたい。


 私がキノコの事を考えて周りを見渡すと、でっかいキノコ発見!!


「いっただきー!!」


「くそっ! この蜘蛛の糸、行動阻害効果が付いていやがる! 巻き付かれると強制的に睡眠状態にもされるぞ!! ちっ! 魔剣を解放するしかないか……」


「クククククッ、そこの指揮官らしき男、中々やるみたいね! イイ男だし私が直接毒を注入してあげるわ!」


「ぎゃふっ!?」


 私が巨大キノコに飛び掛かると同時に背中に強い衝撃が!?


 イターい!! 何かアラクネーが攻撃して来たぁ……


「フリル!! フリル!! まさか俺を庇って!?」


「なんだこのブタは!? 私の爪が刺さらない!? ならば糸で捕らえて後からゆっくり食べてやる!」


「やめろっ!! ぐあっ!」


 アタタタタッ…… デカいキノコかと思ったらいつの間にかレオンお兄様に変わっていたわ? 何を言ってるか分からないと思うけど、私も分からないわ!

 そしたらレオンお兄様が私を庇って糸にぐるぐる巻きにされてしまったわ!!


「アッシュ! アッシュ! アイツをやっつけなさい!」


「分かりましたよ、お嬢様」


 ここは魔法が得意と言っていたアッシュに戦って貰おう。

 そしてこの前みたいに私の魔法でパワーアップさせれ…… ば…… あれ? なんか…… すっごい眠いんですけど……


 眠い目を擦りながら見るとアッシュも大量の蜘蛛、吐き出される糸、アラクネーの爪による攻撃を避けるのが精一杯の様で反撃出来ていない。 ヤバイかも……


「おんやぁ? お前もしかして悪魔なのかい? 人間に使役されているなんて、とんだ恥知らずだねぇ! ブタの下僕をやってるなんて虫ケラねぇ、アッーハッハッハッハ!」


「ちっ! 虫に虫ケラ呼ばわりされたくはねーな! フリルお嬢様! コイツは2段階まで封印解除されてやがります、眠っちまう前に俺も2段階解除して下さい!」


「フンッ! 蜘蛛は昆虫とは違うのよ! 無知な奴めっ!」


「に、2段階!? 何よそれ……」


「本を開いて2段階目まで封印を解除と唱えるだけですよっ!」


 アラクネー達の攻撃を避けながらアッシュが説明してくれる。 良く見るとアッシュも身体に幾つもの傷が付いている。 早くしないと本当にヤバそうだ……

 眠さMAXだけれど……


「……アッシュの封印を2段階目まで解除するわ!」


 右手をガオンの亜空間に突っ込んで本を取り出して開く。 素早く唱えると、本のページがひとりでにペラペラと捲られ光りだす。



 アッシュが同じように光りだし、その光が収まると額には捻れた2本の角、爬虫類のような太い尻尾に両腕は赤い鱗と鋭い爪が見える。


 縦長の瞳孔に金色の虹彩が鮮やかな瞳を爛々と輝かせると、その鋭い爪で子蜘蛛達を次々と切り刻み、潰し、吐き出される糸は口から焔を出して燃やして行く。


「そ、その姿は…… まさかアシュタロト!? 竜魔公アシュタロトなの!?」


昆虫むしかどうかなんてどうでもいいんだよ! おれにとっちゃあ等しく虫ケラなんだよ!!」


「ぎゃああっーー!!」


 そう言って口から出す焔でアラクネーを燃やして行くアッシュ…… まさか本当に悪魔だっていうのかしら!?


 そこで私は抗えない睡魔に意識を手放してしまった──


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る