第7話 私の戦闘力は53ま…… ゲフンゲフン


「よぉ、嬢ちゃん俺ぁよ最近の若い子は、良くわかんねぇんだけどよ…… 普通、拐われたらもっとビクビクしてるもんじゃぁねぇのかい?」


 私は今、このバイケンと言うオッサンに付いて人攫いのアジトの中を歩いている訳なんだけど、なんだか臭いし色々な物がごちゃごちゃと積み重ねられている室内はある意味面白くて、こっちの世界に転生してからこんな汚い所へ初めて来たかも知れない。


「ほえ〜、なかなかに興味深いですわ! 庶民の住まいというのはこの様な感じなのね!」


「いんや嬢ちゃん。 ここは庶民ってより更に下層の掃き溜めみたいなところだ。 ここいらぁ貧民地区でな、嬢ちゃんみたいな人種には一生縁の無い様な場所さぁ。 ここから出たら綺麗さっぱり忘れるこった」


 ふぅん、ハインデル神皇国なんて名乗っているけれど、みんながみんな幸せに暮らしている訳じゃなさそうね。

 まぁ、そうよね前世の様に発展した世界でも貧富の差があったんだから……


 しかも神皇国なんて、如何にも宗教臭のプンプンする国だもんねー。 そういえば昔、もっと小さかった頃に神々の話を絵本でされた気がする…… 興味がなかったから忘れちゃったけれどね。


 たしか、この国の信仰する女神の名前は……


「ファーティマ……」


「そうそう、この国の女神様ってのがそんな名前だったな。 図太い嬢ちゃんかと思ったら神に祈るなんて繊細な所もあるじゃねぇか。 そういや嬢ちゃんの名前はなんてぇんだ?」


「えっ!? あ、私の名前はフリ……」


「ふり?」


「フリーザ…… じゃないフリージアですわ!」


「そうか、かわいい名前じゃねーか。 俺はこの国の出じゃねーから有名な女神様以外は知らねぇが、嬢ちゃんは成長したら女神様に匹敵するぐらいのべっぴんになるんじゃねぇか? ガハハハハッ」


 おっと、危なく偽名が戦闘力53万の有名な悪役になってしまう所だったけれど…… 咄嗟にしては中々かわいい名前になったんじゃないかしら? オッサンも褒めてくれてるし。 それにしてもぽっちゃり状態でもお兄様達が褒めてくれるからこの国の美醜観に疑問を持っていたけれど、やっぱりこの姿は美少女で合っているのね。 良かったわ。


「そしたらオッサンは新たな女神様を助けた剣士様ね、ふふっ」


「あぁ? まだオッサンって歳じゃあないんだがな。 まぁ未来の女神を助けたとあっちゃあちったぁ伯がつくかもなぁ。 おっと、そういやぁまだ人攫いの頭みたいな奴を見てねぇなぁ…… あっちの方が怪しい気がするねぇ……」


 頭をボリボリと掻きながら呑気な話をしていたオッサンが急に目つきを鋭くして通路の奥を睨む。


「嬢ちゃん、下手に別れるよりかぁ側に居た方が護りやすいってもんだ。 ついて来な」


 そう言ってオッサンが通路の奥、今まであった部屋のドアよりも頑丈そうな扉へ小走りで駆け寄ると思いっきり蹴破る。


「な、なんだ!?」


 大きなバキィィィ! って音と共に開いた扉の奥には革張りのソファの上で裸の少女に跨がる男が居た。

 少女は両手を縄で縛られている様に見えるからこの子も拐われた子かもしれない。


──うわぁ…… ちょっと18禁ですよお客さん。 私が精神年齢大人じゃなきゃトラウマになるところだわ


 踏み込んだと同時にオッサンの目にも止まらぬ居合が鞘鳴りと共に炸裂して男の左腕が宙を舞う。


「ぐあっ!?」


 左腕は斬られたものの咄嗟にあのスピードの居合から逃れるあたり流石人攫い集団のボスなのだろう。

 すぐにソファの影に隠れてしまう。


「ひぃっ!?」


 少女が裸のまま悲鳴を上げ、震えている。 ここは私がフォローしてあげないとだな……


 私は部屋の中をぐるりと見回すと左手に大きな布が掛かっている箇所を発見する。


 オッサンと敵のボスが牽制しあっている間にサッと布を取り少女へと駆け寄る。


「もう大丈夫よ」


「ひぃぃぃい!!?」


 そう言って少女に布を掛けて抱き寄せるも、今度は私の後ろを凝視して悲鳴を上げる…… あら、しかも漏らしちゃってますねこれ……


「もう大丈夫だから、ね……」


 そう言って一応後ろを確認すると、私が取った布の下はどうやら鉄製の檻になっていたようで、その中に居る一匹? の獣? と目が合う…… 合ってしまった。


 ライオンのような明るい茶色の身体、尻尾には何か棘の様な物も見える。

 そして…… ライオンの頭に当たる部分には人間の顔が付いていた……


 老人の様な顔でタテガミの代わりに長く伸び切った白髪のような白髪がてろりと張り付いている。


 深い皺のいくつも刻まれた顔から生気のない薄青色の目が覗く……


「食事の時間かェ……」


 酷くしわがれた声でボソリと呟かれたにも関わらず、何故か明瞭に聞き取れた……


「くくっ、くくくっ! そいつはな歳とっちゃあいるが歴とした魔獣! マンティコアだ! 俺が命じれば直ぐにテメェ等を食い殺すぞ!」


「ほぉ、こりゃあちったぁびっくりしたが、檻に入ったまんまじゃ何もできねぇだろうよ」


 オッサンがチラリと魔獣に意識を向けるも檻があるため脅威が無いと判断したのかまたボスへと注意を向ける。


「へっ、そうつはもうボケちまってんのか布を被せて暗くしときゃあ寝てるんだがな、一度布を取ったらエサをやらなきゃならねぇ」


 え!? もしかしなくても私のせい?


 するとマンティコアは自らの尻尾をしならせると鉄製の檻の隙間から棘を飛ばしてくる。


 オッサンに向かって放たれた棘はキンッキンッと高い金属音をだし刀に弾かれる。


 その隙を突いて敵のボスが右手にナイフを持って飛びかかってくる。


閃光爆発エクスプロージョン


 嗄れた声が聞こえたと同時に激しい光と轟音が鳴り響く。


「きゃあっ!!」


 少しの間、眩しさで目が眩み耳も聴こえなくなる…… 舞い上がっていた砂埃が落ち着くと鉄製の檻はグシャリと曲がり中に居たはずの魔獣の姿が見えない。

 耳鳴りが止むとビチャリビチャリと不気味な音がしているのに気付く……


「お、オッサン……?」


 私は布の上から震える少女を強く抱き竦め、バイケンを呼ぶ。

 どうやら私の声も震えているみたいだ……


「大丈夫だ……」


 不意に大きな手が私の頭を上から優しく抑えてくる。

 

「ちっ、ありゃあマジもんの化け物だ……」


 ビチャリ…… ビチャリ……


 バイケンが私の頭を抑えたのはきっと、この音の出所を見せない為だろう……


 ただ、私は既に見てしまっていた。 バイケンに頭を抑えられる直前に。


 醜悪な化け物に食べられている、敵のボスを。



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