第2話 高橋みさと①

幼いころに事故に遭った。高速道路での居眠り運転が原因だった。

小学校2年生の夏、家族で車に乗って旅館へ向かっている車中で荷物を置いたらまず何をするか母親と話していた時、シートベルトが私の胸を強く圧迫した。

視界は暗転し自分が座っているのか立っているのか、目を開けているのか閉じているのかすらわからない。

何もわからないまま意識が遠のいていった。


気がつけば自由に動かない体にひどく痛む頭。

上手くしゃべれない口に規則的に鳴る電子音。

ここが病院であることすらすぐに理解できなかった。

様子を見に来た白い服を着た看護師さんと目が合ってから事情を説明してくれるまで二日も時間を空けられた。


そして理解するのに七日間も掛かった。


両親は既に助からず、複数の車を巻き込んで横転したトラックの運転手も助からなかった。

頭を打った影響か十日間程意識がなく、目を覚ました後も脳鬱血の症状が抜けない。


そこからは私の青春と呼ばれる時間はある一つの事を除いて明るい話題など無かった。


施設か、関わりが薄い親戚に引き取られるのか私に選択権は無かった。

世間体からか最初に引き取ってくれた親戚の元で私はその家族に馴染もうとした。

だが、色彩や環境と同じで人間同士にも相性があり次第に体を縮こませるような生活を送っていった。

それに加え相性以外にも問題があった。


〝声〟が聞こえるのだ。

おかしくなってしまった。

当時はそう思わざるを得ない状況だった。

急に両親を亡くし、家をなくし、居場所を失った。

きっと喪失と、事故によって頭を強く打ったせいで自分はおかしくなってしまったのだと思った。


初めは恐ろしくて仕方なかった。

断片的に聞こえる〝声〟は怒っていたり、癇癪を起こしていたり騒がしかったのだ。

聞こえたり聞こえなかったり、こちらの声も届いたり届かなかったり。

しかし次第に声はこちらを認識し、ある日私に話しかけてきた。


「うるさいうるさいうるさい!いい加減、貴方誰なのよ!?姿を見せなさい!私を誰だと思っているの!!」


こちらが聞きたい。

ぜひ、このおかしな頭が受信するこの〝声〟に、あなたに名前があるなら試しに聞いてみたい。


「私はみさと。あなたは?」

「え!知らないの!?姿は見えなくてもこの屋敷の者でしょ?」


屋敷?少なくとも私が住んでいるのは屋敷と一般的に呼ばれるものではない。


滅茶苦茶に怒り狂った〝声〟がこちらの名前を聞いてきたその日初めて意思疎通が出来た。

事故から1年経っての事だった。

初めは〝声〟の大きさを調節できず絶えず頭に響く声に絶叫したり、〝声〟が煩くて他の人の声や音が聞こえず無視されたと言われたり散々だった。

意思疎通が出来るようになり、日を増すごとに聞こえる頻度は増えて〝彼女〟をより感じるようになっていった。

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