告白―恋する邪神とあなたの初めて―
ぐちゅっ…ぐちゅっ…
うじゅるるっ…
扉の向こうから、名状しがたい音がする。
扉を叩く。
「…追いかけないでと言ったのに。」
「もう三日も経ったんですか。
そうですね。心配かけてしまいましたよね。」
「ところで、その…汗のにおいが…
いや勿論わたしには嬉しい事ですけど
わたしが一緒じゃなくても、ちゃんとお風呂には入らないと…」
「え、ずっと私を探してた…?
三日?ずっと?お風呂に入る間も惜しんで…?
……え、えへっ、わたしを喜ばせようとしたって駄目ですよっ
だ、騙されませんからっ!笑ってないですしっ!」
「それにどうして、この場所が分かったんですか。
無我夢中で這いずり周って、やっとここまで逃げられたのに…」
「…ああ、そっか。わたし、おばかですね。
ここは私たちが初めて出会った場所だから、見つけてくれたんですね。
人に忘れられた展望台の個室。わたしとあなただけの場所。
無意識だったのに、こんな場所に来ちゃうなんて…
本当に、あなたの事ばかり考えちゃってるんですね…」
ごぎゅぎゅぎゅぎゅっ…
がががが、ぎぎ…ぐずぐずぐず…
硬い何かが擦りつぶされ、灼けて溶けている音がする。
扉の向こうの恋人は、どんな姿をしているのだろう。
「今のわたしを見せたらきっと、あなたの正気を壊してしまう。
…扉は開けられません」
「だからもう、一人にしてほしかったんです。なのに…
あなたの声を聴いてしまったから、もう一人は嫌になっちゃいました。
あなたが傍にいて欲しくて、抑えられません。」
「…そこに居てくれますか?
ごめんなさい。すこしだけ、我儘を言わせてください。
あなたを想っている時間だけは、幸せなんです。」
ぐちゅっ…じゅるっ…
音は止まない。
「…ありがとう。」
「…最初は興味本位でしかなかったんです。
毎日、くすんで星も見えない夜空を見上げるあなたが可笑しくて。
退屈しのぎになるかと思って、わたしは宙から降りたんです。
ちゃんとあなたと話せるように、あなたの理想の少女を象って。」
「なんで、なんて聞かれても…わたしにもわかりません。
ただ、多分、退屈だったんです。」
「宙に捨てられた旧い支配者に許されたのは、星の観察と微かな干渉だけ。
人に触れても、与えられるのは崇拝と畏敬のみ。
一方的な信仰にも、恐怖にも、私はもう飽きてたんです。」
「だけど、あなたは。あなただけは。
わたしが時々ドジっちゃって、ちょろっと…触手、を出しちゃったりしても。
怯えることも崇めることもなく、普通に接してくれましたね。」
「…想像できますか?
人の単位では表せないほどの時間、ただ支配と崇拝しか知らなかったわたしが
あなたから普通の愛をもらうこと。
それがどれだけ特別だったか。」
「いっそあなたが、塵屑の様につまらない人なら良かったのかもしれません。
…どうしてあなたは、わたしを受け止めてくれるんですか?」
「そう、ですか…あなたにもわからないんですね。
恋に理由も理屈もない、って…ふふっ
今日のあなた、ちょっとキザったらしいですよ?
もしかしてわたしのために格好つけてます?
それなら…気持ちだけでもう充分…」
「…ごっ、がっ…ごぼっ…
が、がぎ、ひあっ」
突然、彼女が血を吐くような声を出し
「縺イ縺ィ繧翫↓縺励↑縺?〒 縺。縺九h繧九↑…」
脳に強いノイズが、声が走る。
「こ、ひゅ…ごめん、なさい…
あなたを想えば想うほど、またおかしくなりそうなんです…」
「だってあなたに愛されるほど、幸せになるほど…
終わりが来るのが、怖くって…どうしようもなくって…」
「だって人間なんて
微かな生の時間に、簡単に愛して、簡単に飽きる。
そういう生き物でしょう?」
ぎぎぎぎっ…
扉の奥から聞こえる音が大きくなっていく。
「もしもわたしがあなたに飽きられてしまったら
この恋が終わってしまったら。
わたしはもう、生きていけなくて…」
ぎぎぎぎぎぎぎぎっ…
また、さらに大きく
「その結果が、あの時の行動です。
あなたを生み直して、都合のいいように作り変えようと…
…支配しようとしたんです。」
大きくなっていく。
「少し前に、あなたの記憶に触れた時も。
私との思い出以外消してしまおうかとも思ってたんです。
そうすれば、あなたはわたしだけを覚えてくれるから…」
「支配して、崇拝されるのには飽きたはずなのに。
本当に、馬鹿らしいお話し、で…」
「ごぶっ…げ、ひ…
あぁぁ縺ゥ縺?@縺ヲ縺励≠繧上○縺ォ縺ェ繧後↑縺??…」
「…ごめんなさい。
もう、わたし、あなたの恋人で居られません。
これ以上あなたを想うと、欲のままあなたを支配する獣に成り下がってしまう。」
「壊れたわたしが、あなたを殺して恋を終わらせるぐらいなら
まだ恋人で居られる間に、この恋を終わらせたいんです。
それがきっと、一番、綺麗な幕引きですから…」
「…わたしをもう一度、一人にしてくれますか。
そしてどうか、わたしの事なんて忘れて…」
………
……
…
少し、悩んで。間をおいて。
恋人のいる部屋の扉を開ける。
「…!?!!?
なん、で…扉を開けたんですか…!」
そこにあるのは、まぎれもない恋人の姿。
恋人が、ばらばらになって転がっている。
そして、その上に座する何か。
黒い瘴気を纏う不定形の雲の中から、無数の触手を揺らめかせ、そのすべてから煤けた腐臭のする粘液を滴らせながら中心の瞳から赤黒い涙を流しているおぞましい化け物ではなく、怪物でもなく、それは愛しい恋人の…
「あぁっ…もう、わたし…!
縺翫°縺医j縺ェ縺輔>繧上◆縺励?縺ゅ↑縺…」
無数の触手が伸びる。
その中の、ひときわ巨大な触手が口を開けて呑み込まれ…
ぐじゅっ…ずちゅ…
じゅるるるるっ、じゅず…
……
…
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