第30話 一人で喋るな
数十人で戦いを挑んだ軍人たちが窮奇相手に全滅するのを見届けると、先生は低い声で呟いた。
「やっぱり窮奇に特殊なスキルはない……」
「ですね」
小指のような形の山の上から窮奇を見下ろしつつ、俺は今の戦いで窮奇が見せた特性について指折り数えた。
「先生を連れ去ったときと同じ瞬発力。十人以上が持つ短機関銃、突撃銃からの一斉射を受け止めるどころか跳ね返す毛皮。人間を簡単に押しつぶす脚。そしてあの鎖」
「二本減って四十八本」
「数えたんですか?」
「うん」
「すげー……」
窮奇の肩から生えている大きな鳥型の翼。その根元からじゃらじゃら生えている、先生曰く四十八本の鎖。
「薙ぎ払う動きで当てただけで人を粉々にしてました」
低予算のスプラッター映画みたいだった。多分食事時に思い出したら吐く。
「空中戦になったとき一本であの体を支えてたね。予想通り、あれが一番厄介かな。でも戦闘中も今も治さない辺り、再生能力はないか、問題にならないくらい遅いかだね」
しばらくの間、悠々と闊歩する眼下の虎を静かに見下ろし、そして先生は頷いた。
「作戦変更は無し。勝つよ」
上向きの弧を描いて右腕を伸ばし、
「モードチェンジ」
指を鳴らす。
「【
すると、先生の緑の瞳に雷が走った。銀の髪の毛はくすみ、磨くことを忘れられた鏡のように輝きを失って、ねずみの色に変わっていく。
今や紫がかった両目で俺を見ると、先生はにこりと笑った。
「それじゃ、頼むよくっきー」
「先生……!」
準備していた台詞は出てこなかったので、俺はそのとき浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「任せてください! お気をつけて!」
俺が差し出した拳に、先生は拳を合わせてくれた。
「うん!」
静電気がばちってなった。
「あっつ……」
「あう……」
先生は苦笑いをしながら、ひょいと小山から飛んだ。
増設され、計十二本のナイフを吊るした両腰のホルスターを揺らしつつ、先生は窮奇の前に降り立つ。
それを見ているだけで、俺の口の中はカラカラに渇いた。
束になった軍事の専門家たちを一蹴しておいて、大した傷も追っていない怪物。俺が今まで倒したやつらなんて、この虎に比べたらひよこみたいなものだと思う。そんなモンスター相手に、先生はなんら怯むことなく、戦いを挑む。
人体をむさぼっていた化け物が、血で真っ赤になった顔を上げた。俺だったらちびって泣きながら死んだふりをする恐怖映像にも、先生は歩みを止めない。
腰のナイフを一本抜きつつ、窮奇の間合いに迫る。死への一歩だ。
達した瞬間、窮奇の背後へとナイフが投げられ、先生を仕留めるはずだった剛腕は空を切った。
代わりに、虎の右腕が鮮血を吹く。すれ違いざまに相手を屠ったのは。
俺は先生と窮奇の周囲の地形に隠れながら、思わず声を上げた。
「……先生だっ!」
一瞬でナイフの場所へと移動していた先生は、自らの血を見た窮奇の激昂を背中で受けつつ、残る十一本のナイフを射出した。
【雷雲蓋世】は電撃を高度に操作するスキル。それは金属製のナイフを乱舞させ、持ち主をナイフのもとへと運ぶことも、その逆も可能にする。
蠢き始めた四十八本の鎖が先生に殺到する前に、スズメバチの群れとなった刃物がその根元へと深い斬撃を叩き込む。
「四本切れた!」
窮奇が再び、怒りに身を任せた雄叫びで空気を揺らしたが、先生の手足と化したナイフたちは構うことなくその鎖を断ち切る作業を続ける。
互いに引き寄せ合い、反発しあう銀のきらめきたちは、巨木をなぎ倒す鎖の一払いを容易くかわし、強烈なお返しをぶちかます。
「六本目……!」
やれている。
俺がなんとか倒した軍人。そいつと同レベルの軍人の集団をさして苦戦もせずに全滅させたあの虎と、先生はやりあっている。着実にその肢体を切り落とし、削いでいる。
「いける……!」
雷と見紛う速度で絶えず動いて窮奇を翻弄し、場を荒らす突進の兆しを読み取れば一息で肉薄して、その鼻面に右拳をお見舞いしている。
先生はたった一人で窮奇を抑え込み、圧倒していた。
「いけるぞ……!」
ぐつぐつと煮立つものを感じた俺は、雄たけびを上げながらラプターを握った。背中のバックルには、あの特別製の弾丸、恐竜殺しの戦利品、『溶けない血』がある。
先生から任された役目だ。
「やってやる……!」
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スキル名:【雷雲蓋世】
レア度:A+
実用性:NV区分8(WSTAによる10段階評価)
概要:このスキルの所有者は電圧に対して高い耐性を得る。スキル所有者は自身のMPを消費することで、その消費量に相当する電荷を帯びることができる。また、スキル所有者はMPを消費することで自身が触れた物体、生命体に電荷を帯びさせることができる。
効果対象:スキル所有者および所有者の接触した物体、生命体。
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