第31話 バッティングセンター行きたいね
先生は窮奇と一度接触した時点で、その体毛と外皮の硬さを把握していた。そして自分が今保有している兵器、戦力をそのままぶつけても、この大虎に有効打を与えることはできないとも考えた。あの軍人たちの統制された一斉射撃がそれを証明してくれたわけだ。
窮奇の毛皮は銃火器すらはじき返し、連なり生えた鎖は弾丸を叩き落す。
だから先生は、四十八本の鎖をすべて切り落とし、その分厚い皮膚を切り裂くことを決めた。そこに血を白金に変える弾丸を撃ち込むために。
銃を撃つのは俺の役目だ。先生が窮奇を丸裸にするまで待機し、銃弾を拒むことは
できない傷口がつくりだされ、そこを守る手段がすべて取り除かれたのを確認してから、『溶けない血』を当てる。
先生は、それ以外に窮奇を倒す方法は思いつかないといっていた。
鎖を断ち切ってあの図体に傷をつけることはできても、恐らく自分はそこでパワーダウンしてしまう。決め手を欠いて持久戦に持ち込んでもこっちの死期をずるずる延命するだけだ、と。
先生が力尽きれば俺たちはそこで終わりだ。ここでの勝ち負けはそのまま生き死にを決める。弾は七発しかない。俺の責任は重大だ。
安全な場所で隠れて、狙撃する機会を待てるのならそれが一番良かったけど、銃火器のスキルを取っても、この型落ちの突撃銃での精密射撃は俺には難しかった。先生と窮奇の戦いに巻き込まれないよう離れすぎて、いざというときに遠くて狙えないようでは元も子もない。
先生にすべての段取りをつけてもらってから登場するというのもできない。先生がああやって雷をバリバリいわせてる状態の体力消費はハンパないのだ。先生が窮奇の防御を削りきることでこっちの攻撃のチャンスが来るのが先か、先生が電力を切らすのが先かはわからない。それくらいにギリギリの作戦で、俺だけ命大事にとはいかない。
勝ちの目を求めるなら、俺だって命を懸けるくらいはしなければならない。
それがわかっているからここにいるけど、やっぱり怖いからさっきからぶつぶつ喋って自分を鼓舞している。
いや、もうね。レベルが違うから。戦いの。先生のナイフも窮奇の鎖も、俺は一本に集中してやっと追えるかもってレベルだからね。全体を見ようとしたら素早い虫が飛んでる風にしか映らないよ。ほら見てみ? あのときどき俺をかすめながらぶんぶん振り回されてる鎖の一本にフォーカスしたらあれに関しては段々動きがゆっくりになるでしょ? でも他のはそのまま、まさに目にもとまらぬ速さなんだよ。ちょっとバグってるよね。こっちに来るのがスローで見えちゃうし、あの鎖。こえー。
災害が起きたときに自分も巻き込まれるような場所で動画を撮っている人は、なにも承認欲求とか使命感とかだけでそうしているわけじゃないって話を聞いたことがある。ファインダーやレンズ越しに辺りを見ていると、視点が自分ではなく、第三者の、俯瞰したものになってしまい、自分のことまで他人事になってしまうからだ、という説だ。
論文とかの根拠を見たことがないから俗説なのかもしれないけど、もし本当にそういう現象があるとするなら、俺は多分それに陥っていた。
近づいてくる一本を見ながら、鎖っていうけど溶接の継ぎ目がないし、やっぱり先生が言ってたみたいにこれは爪とか髪と同じものからできているんだろう、だから先生も磁力でどうこう出来ないんだ、とか悠長に考えていた。鎖がいくつのパーツの集まりなのか数えてすらいた。
もうあと数秒、窮奇の目が俺を捕らえているのに気づいて『ラプター』を構えるのが遅かったら、俺の頭はショッキングピンクと白っぽいものをまき散らしがら四分五裂していたことだろう。
隠れ潜んでいたつもりの俺を鎖の一本が襲い、強烈な一撃をお見舞いした。スライムの盾を展開する間もない不意打ち。その攻撃の威力は魔法で封じ込められる許容量を超えていて、『ラプター』はそれを差し引いた分の威力をぶつけられた。先生が俺に貸してくれた軍用ナイフは砕け散り、その断末魔として自分に封印された今の叩きつけを吐き出した。
俺の右手はそれをもろに受けることになったけど、解放された衝撃と鎖の攻撃とが相殺する形になってくれたので結果的には幸いだった。もし『ラプター』がダメージを抱え込んだまま壊れていたら、俺は鎖に吹き飛ばされるくらいではすなまかっただろうから。
俺はごろごろ吹っ飛ばされた先で口の中の土を吐き出しながら、そのことに感謝した。
魔法を修得できる確率は非常に低く、そして生来のスキルと同様、所有者にもその全貌は伝わらないので、このシールの魔法のことは俺も先生も完全には把握していなかった。新たな発見だ。
シールの魔法で衝撃を封じられた物体は、壊れるとその衝撃を解放する。
俺は自分の道具をより一層慎重に取り扱うべきだ。特に、ナイフ同士をぶつけて斬撃を込めたときなんかは。
俺なりに岩場を選んで伏せて隠れていたつもりだった。どうしてピンポイントに俺の位置がばれたのか。そんな疑問がぼんやり浮かんで、答えはすぐに出てきた。
動物なんだから、鼻が利くよな。当たり前といえば当たり前だった。彼らの感覚器官を俺たち人間の物差しではかるべきじゃなかったんだ。
息を吐いて、残った『じゃじゃ馬馴らし』を右手で掴み、もう片方の手で新しく借りた四本のナイフを探る。懐の四本、紛失はしていない。
場所がバレる。上等だ。それはそれでやりようはある。
フッと笑って強がったあと、腕の痛みに悶えながら地面を転がった。
強がらないとやってらんねーよ。声も出ないくらい痛い。これ腕折れたわ。絶対折れた絶対折れた。こんなに痛いのは記憶にない。記憶がなくなってきた。ていうか意識が。
でも。
俺は腕をついて立ち上がった。
先生はまだ戦ってる。俺だけ寝てられない。寝てるわけにはいかない。
決意を込めて、俺はナイフを掴み、野郎に向かってぶん投げた。
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