第22話 ジビエ
先生が言った通り、山中に移ってからはモンスターの強さが段違いになった。豚とイノシシの中間みたいなやつを一体倒しただけで俺のレベルも130まで上がったし、その分苦戦もした。先生のサポートに徹したおかげで大きなけがはしなかったけど、一人ならまず勝てなかっただろう。
死体を先生が解体している間、手伝うためのスキルを持っていない俺は横で豚の情報を確認していた。
モンスター名:封豕≪転≫
「……ほう、ふう、ふうてぃー? ふうち?」
「
「あっ、そんなふうに読むんですね。こいつも古代中国の化け物ですか?」
「名前はそうだね。大きなイノシシの妖怪とかそんなのじゃなかったかな。神様だったかも」
「神様って、だったら俺たちたたられませんかね」
「……」
「え? 先生?」
なんで黙ってにこやかにこっちを見るんですか?
答えてくれないので別の質問をする。
「きゅうきだとかけいざんだとか、先生はよくそんなの知ってますね」
「伝説から名前を借りてるものってモンスターにもスキルにも多いからね。中身も似通ってる場合があるし、元ネタを知ってるかどうかがけっこう死活問題になりかねないから、有名どころは押さえてるんだ」
伝説の獣とかそういうかっこいい存在だったら俺だって昔はかなり調べてたんだけどな。もうあんまり憶えてない。
小さい頃はドラゴンを10種族くらい言えてたのに。サラマンダーとかシェンロンとか坂本龍馬とか。
俺は今度はレベルを確認した。最大値150に対してこいつは137。最大値目前の立派な数字ではあるが。
「……こいつもレベルマックスじゃない」
「……ん。くっきーのスキルの話?」
「はい」
俺の【進化】スキルがレベルマックスのモンスターの死体にも使えるという話はすでに先生に伝えてある。だけど先生と一緒に行動している間に一度もレベルマックスのモンスターに遭遇していないから、裏技的活用法について実践できていない。
「うまいこと会えたら一気に楽になると思うんですけど」
「どうだろうね。レベルマックスってことは相当強いってことだし、倒すのにも一苦労だから。私たちが大けがするかも」
「そっか、それもそうですな」
このレベルとの戦いを後ろから援護しているだけでも何度かひやりとした。もっと強い個体なら玉ひゅんではすまないかもしれない。
「それに今は使わない方がいいよ」
先生はぼそりと呟くと、背負っていた水色のリュックに加工した素材をひょいひょいと収めた。
「それ便利ですよね」
「必需品だからね」
はさみから旅行用トラックまでこれ一つに、がキャッチコピーのビードロ社製多収納機能付きリュックはかなり値が張るので、俺も現物は初めて見た。先生はこれにモンスターの素材もそこらへんで拾った木の棒もそのまま放り込んでいる。
「中身ぐちゃぐちゃにならないんですか?」
「大丈夫大丈夫。私元々掃除キライだから気にならない」
「俺はその発言が気になります」
俺は今度は自分のステータス画面を見た。
「おー。結構スキルポイントが手に入りました」
「おっ、じゃあそろそろ探査用のスキルを手に入れようか」
「探査用ですか」
ここまで俺はスキルポイントを身体強化や武器の扱いに関するものに割り振ってきた。身体強化が七、武器が三くらいの割合で。
「今のくっきーのスキルだとモンスターが死んだあとじゃないと相手の能力がわからないでしょ? それって相手の特性とか弱点が名前でわかる場合にはすごく大きなディスアドバンテージだよ。それに見た目が弱いモンスターでもレベルが高くて強いなんてことはあるから、そういうときに逃げる判断ができるようにするためにも、探査用のスキルはとっておこう!」
「なるほど。じゃあさっそく取りますね」
「うん。タグ名が探査だから、まずその中のパッケージをとって……」
幸いステータス条件はクリアしていたので、俺はパッケージとその先のスキルをいくつか取得した。
「おぉふ……」
使い方やらを早口で説明されて、それを自分がすべて文面として暗記する奇妙な感覚。
俺は獲得したスキルを発動して目の前の先生を見てみた。
「レベル……262!?」
「くっきー。人のステータスをいきなり見るのってかなりのマナー違反だからね? 年収を聞くのと同じ感じだよ?」
「あ、ごめんなさい……」
他人の給与明細を勝手に見て勝手にへこんだ感じだった。
「……でもスキル名とかは見れないんですね」
「私がジャマー系のスキルを持ってるからね。対モンスターじゃなくて対人だとスキルの名前しかわからないとかってことは往々にしてあるよ」
「だから伝説とか伝承の知識が重要なわけですか」
「そういうことだね」
マナー違反のペナルティとして先生の荷物も背負いながら、俺はごつごつした山肌を歩いた。
ただのおっさんだったころの俺ならこういう舗装されてない道を歩くのはそれだけで一苦労だっただろうけど、今はそこらを歩くのと大して変わらない。足の運びがすごくスムーズになっていた。
はっきり言って登山は楽勝という気分がある。
「はっひ、はっひ、はっひ……」
とか調子に乗ってたら息が切れてきた。
普段歩いているコンクリートの道がひ弱な現代人にどれだけ優しいのかよくわかる。少し強い風が吹いただけで砂ぼこりが舞って目がかゆくなる。
「この、このまま、窮奇にでくわすまで歩くのは、根気が要りますね」
「いや、歩き回らなくていいと思うよ。ほら、あれ」
前を行く先生が指さした先には、この土地で一番標高が高そうな山がある。
「きっと窮奇はあそこにいる。これも経験則だけど、ダンジョンのボスで有名なモンスターはああいう目立つところで挑戦者を待ってるものなの」
「へー。律義なやつですね」
「本当は燕を飛ばして確認したいんだけど」
「けど?」
そう口にした俺の背後に、刃物のきらめきが迫っていた。
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