第18話 あと中学生になるまで右と左がわからなかった
「二年前にルキウスと一緒にダンジョンで行動したことがあるの。偶然だったけど」
「……ほほう。あのルキウスと」
通路の先を行っていた先生が体ごと振り返って、若干悲しそうな瞳で俺を見た。
「くっきー。バカにしたり面倒くさがったりなんてしないから、わからないこととか不安なことがあったら言ってね? 二人きりで恥ずかしがることなんてないんだから」
俺の知ったかぶりを先生はお見通しだった。
「ご、ごめんなさい先生……」
年下かつ大人の女性にやんわりと叱られるのは非常に情けない。
「本当はルキウスが人名かモンスターの名前かもわかってません」
「うんうん。素直でよろしい」
「あと実は47都道府県が言えません」
「うんうん。憶えればよろしい」
「あと実は三十過ぎて未だにカラオケに行ったことがありません」
「うんうん。今度私と行けばよろしい」
「あと実はじいさんがめちゃくちゃをしたせいで二桁万円の借金があります」
「うんうん。私もできる限り手伝うし相談にも乗るからコツコツ返せばよろしい」
聖母か?
「俺、頑張ります!」
「うんうん。それでね、ルキウスはあのとき世界で二番目にレベルが高かった探検家だよ。キンシャサダンジョンを解決する手段を探して、アマゾンの白金郷でプラチナレコードを探してたの。私も」
「……?」
「えっと、どこがわからなかったかな?」
「どこがわからなかったかわからないレベルでわからなかったですね」
そのあと、三十番目の部屋で待ち構えていた魔物を一撃でぶちのめした先生の根気強い説明のお陰でようやくどういう話だったのかわかった。
21世紀に開発途上国とか発展途上国とか呼ばれていたアフリカ大陸、ラテンアメリカなどのいわゆる第三世界は、ダンジョン出現による食糧問題やエネルギー問題の解決後、それまでの先進諸国と険悪な関係になり始めた。
ラテンアメリカの思想家が、貧困や紛争に苦しんでいた第三世界に対して諸先進国家が見てみぬふりを続けていたことを自著で痛烈に批判すると、それは民間の人々から熱烈な支持を受け、瞬く間に第三世界の政治思想の主流を決定してしまったのだ。
先生が当時同行した、そのルキウスというアメリカ出身の探検家はそういった世界の分断に心を痛めていたので、アフリカ大陸が抱える問題の一つを解決する手助けを行うことで、新旧世界の融和、第三世界の態度の軟化を図ろうとしたわけだ。
キンシャサダンジョンはアフリカ大陸で長い間問題になってる大規模ダンジョン。
アマゾンの白金郷は土地全体がダンジョンになってしまっている三大禁踏地。
プラチナレコードはそのアマゾンで一度発見されている特別な道具。
「レコードは地球上の情報体にアクセスできて、スイッチを入れた人の質問に一度だけ答えてくれる、らしいよ」
「質問ならなんでもですか?」
「知ってる限りならなんでもなんじゃない? レコードにもわからないこととか知らないことは質問しても反応しなかったよ。それに質問もあまり欲張った聞き方だとダメだったね。ダンジョンを壊す方法を教えてくれ、とか」
「へー?」
先生と一緒に長い通路を歩いていると、空気のじめじめした感じがだんだん薄れてきた。
「レコードを見つけたのはルキウスで、質問したのもルキウスだった。言い方を変えたり色々試して、キンシャサダンジョンを破壊するスキルはあるか、って聞いたときに、レコードがやっと反応したの」
「喋ったんですか?」
「喋ったね。ペラペラ。たしか八つ、スキルの名前を挙げてた」
「はあ、八つ」
中規模ダンジョンを全壊させるには戦略級核兵器を三発直撃させる必要がある、なんて研究結果をインドのシンクタンクが出したって記事を見た記憶がある。
そんなことを人間が引き起こせるっていうんだから、八という数字は、八つも、と形容するべきだろう。
「その中にね、“原初の炉”っていう名前、あったよ」
「……!? なっちゃんのですか!?」
先生はうなずいた。
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