第17話 夏 ③
猫背の女性の登場に、部屋の人々が不安そうな眼差しを交わし合っていると、
「おいおめーら! まずは拍手でお出迎えだろ、コラ!」
という怒声が響いた。
ぎょっとしながら皆がそちらを見ると、黒髪のひどく小柄な女性がいつのまにか
「このお方はなぁ!」
「あ、か、彼女は私のパートナーで専属技装士の
「今私が喋ってんだろ!」
「ご、ごめん」
夏はこっそり出穂に尋ねた。
「技装士ってなに?」
「さあ? アタシだってなんでも知ってるわけじゃないんで」
「はい実は知ってまーす。ダンジョン用装備専門の技術者だろ。なんでもは知らなくてもこれくらいは知っとけ。ったくこれだからゆとりはよ~」
「ムカつく~! 性格わるっ!」
二人がじゃれている間も、もちはぷりぷりと怒りながら話し続けていた。
「このお方、遊子はなぁ! 本当ならおめーらが何か月も書類審査待ちしてやっと会えるようなやつなんだぞ! もっと丁重に接しろ! 用もないのに部活にやってくるOBのごとく扱え!」
「い、いや、あの、私は、フレンドリーに接してほしいかなぁ、って。気軽に、遊子さんとかでも……」
「タメ口呼び捨てでオーケーだそうだ!」
「ちょっ……」
微妙な目線を交わす隊員たちに紛れて、出穂が夏に耳打ちをした。
「あの人先輩とキャラ被ってません?」
「んだとコラ」
「あ、寄せてる」
先ほども質問をしていた麒麟児の一人が、もう一度手を上げ、遊子ともちのとなりで微笑んでいるだけのユーリに厳しい視線を向けた。
「あの、一等佐官。さきほど名前が出ていた國丸さんは、この作戦には参加しないんですか」
同じことを尋ねる両目に部屋中からみつめられ、ユーリが口を開く前に、遊子の暗い声が響いた。
「あへへ、ごめんなさい。そうだよね、みんな私なんかじゃ不安だよね。國丸さんの方がいいよね。ごめんね……」
もちが身を乗り出して男子学生の胸倉をつかんだ。
「当てつけかてめぇー!」
「いやっ、ちがっ……」
「い、いいんだよ、もち。そ、そりゃあみんな、國丸さんの方がいいに決まってるもの……」
男子学生に食ってかかろうとするもちを止める遊子の目は死んでいる。
「おめーもおめーでもっと押し出しを利かせろや!」
「あ、あの! 一等佐官! それで國丸さんはどうなるんですか!」
がんばるなこいつ、という周囲の同情を浴びながら必死に続ける学生に、ユーリがやっと答えた。
「國丸特別二等尉官とその麾下の特殊部隊は独断での強攻偵察に際して甚大な損害を負ったため、今次作戦には参加できません」
冷や水を浴びせられたように、誰もが押し黙った。
遊子たちの騒がしさで緩んでいた場に、胃を吐き出してしまいたくなる緊張が舞い戻る。
それはとりもなおさず、日本が滅びる瀬戸際に立たされていることを、誰もがもう一度直視させられたということだった。そしてその尻を崖っぷちから救うことができるのは、もはやこの場の面々だけだということを。
「先ほども伝えましたが、準備期間は一か月です。情勢に詳しい方であればご存じでしょうが、都庁舎への封じ込めが始まった段階で、民間の研究者たちが、包囲の維持はもって四か月が限界だという試算を出していました。参謀本部はそれよりもさらに短い三か月という計算結果を提出しています。これは士気の低下を防ぐために秘匿されていた事実です。私は一等佐官ですから、今回このメンバーに限り、その事実をお伝えする権限を持っています」
全員が、頭の中で短い計算をした。
包囲が始まって既に一か月が経過している。
残り二か月。
二か月で日本は終わる。
咳払いすら絶えた部屋を見回し、絶望的な現実をつまびらかにすることをユーリは続ける。
「本来なら、四か月目まで訓練の時間をつくりたいところでしたが、部隊の都庁舎内突入を援護するのには防衛部隊にも準備や余力が必要です。三か月を過ぎれば、恐らくそれだけの力は日本に残らない。ですから、一か月後です。一か月後、このメンバーで都庁舎内に突入します」
夏の横で出穂が白くなるほどに両手を握っていた。
それを横目で確かめた夏は、その上にそっと自身の片手を乗せてやる。
「はっきりと言っておきますが、この作戦への参加を強制はしません。この中の大半が身を持って経験しているでしょうが、極限下でのプロフェッショナルによる軍事行動に、戦意のない者は障害となるからです。お伝えしたことについては
一度言葉を切り、ユーリは静かに言った。
「守るものがある人だけ残ってください」
「なんで残ったんだ?」
訓練の詳細が伝えられたあと、四十六名の突入作戦志望者は専用の宿舎に移動した。
二人ずつに用意された部屋のベッドに寝転がりながら、夏は出穂にそう尋ねた。
「……先輩こそ、なんで残ったんですか。やっぱり家族が心配になったんですか」
「あの人らは多分もうこの国を出てるよ。生き残るためなら外国語を学ぶくらいは死に物狂いでやる人たちだし」
「じゃあなんで」
「だから言ったろ、あたしが残るのは友達のためだって」
ごろりと態勢を変え、もう死んでしまった友人と、まだ生きてくれている友人を思い出す。
「おっちゃんは多分逃げないから、あたしも見捨てるわけにはいかねーの」
床に座っていた出穂が目をまん丸にしてこちらを見ている。
そういえばこいつにおっちゃんの話をしたことはなかった。
出穂はじっと夏の顔を凝視したあと、その中に待ち構えているものがなにかを知りながらゴキブリホイホイを覗かずにはいられない人のように、恐る恐るの口調で切り出した。
「……と」
「と?」
「友達って、アタシのことじゃないんですか……?」
「は?」
夏のぬぼーっとした表情で答えを察した出穂の顔が、みるみると青ざめた。
「うわーっ! うわっー!」
頭を抱えながら叫び、
「最悪だーっ!」
しまいには泣き出した。
「うおっ、なんで泣いてんだ……」
「さ、最悪! せ、先輩がアタシのために残るんだと思ったから、アタシ……うわーっ!」
腹の底から泣き叫びながら、出穂は鬼気迫る形相で夏に詰め寄った。
「じゃあ、じゃあ! なんであのとき手を握ったりしたんですか!?」
「いや、あのときって?」
「あたっ、アタシが作戦聞いてビビってたときですよ!!」
「……ああ。なんでって、なんか怯えててかわいそうだったから」
「……それだけ!?」
「じゅ、十分じゃねーかなぁ」
出穂はぽかんと口を開け、
「……ア、アタシ、こんな人のために」
床に突っ伏して泣き始めた。
「うああああっ! うああああああっっ!」
「えっ、おい、落ち着けよ」
「触らないでぇ、うあああああん、たかぽーん!!」
「誰だよたかぽん……」
放っておいたら部屋を水浸しにしそうな勢いで出穂は泣きじゃくっている。
「ほら、あんまり泣くなよ」
夏が途方に暮れつつも、そのままにしておくのはなんだか忍びないので背をなでてやると、出穂は黙って夏の胸に頭を寄せてきた。
「うあああああああああ」
「なんなんだ……」
胸を貸して好きに泣かせてやりながら、夏は去り際、ユーリに呼び止められ、伝えられたことを思い出していた。
「あたしが
受け止めれ切れない重さにぼんやりしていると、祖父が預金通帳の中身をすべて出してしまったときの孫の背中を思い出した。
「……おっちゃんもこんな気持ちだった?」
生きて会えたら聞いてみようと思ったが、それを叶えるためには一体どれだけ命をすり減らさねばならないのか、夏には見当もつかなかった。
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