第16話 夏 ②
宿舎の一室、第四作戦会議室には、四十人程度の人が集まっていた。麒麟児が十人未満。残りは揃いの迷彩服を着た防衛隊員たちだ。
「なんでこんなときにこんな人数集めたんですかね」
「知らね」
長机に並んで座る出穂のささやきにそう答えながら、夏は室内の顔ぶれを確かめた。隊員たちは誰が誰かよくわからなかったが、出穂と夏を含めて、学生はダンジョン踏破経験を持つ者たちのようだった。実戦の経験と実力のある生徒を集めたらしい。
ユーリを経由して渡された上級教導官からの指令書には、ただ招集日時と場所だけが記されてあった。理由は未だにわからない。
しかしながら、穏やかな目的ではなさそうだった。
そんなことを考えている所に、扉が開き、電子黒板の設置してある壇上へと向かう足音が聞こえた。
「はい、お待たせしました」
オレンジ色の髪をなびかせながら壇上に上がったのは、あのユーリだった。
「作戦本部から今次作戦の総指揮権を預かりました、真田ユーリ一等佐官です」
厳しい訓練によって私語を封じ込んできた隊員たちも、一瞬ざわつきかけた。
「とはいっても、みなさん、集められた理由も聞かされていないでしょうから、さっそくそこを説明します」
ユーリの言葉に反応し、室内の照明が落ち、電子黒板が稼働しだす。
「現在ダンジョン化した新宿都庁舎ですが、六十九時間前、國丸特別二等尉官らの活躍により」
國丸という名前に、またもや隊員たちが顔を見合わせる。
「最上階までのルート、並びに最上階についての情報が得られました。それによると、本来、北展望室、南展望室が存在していた階層、そしてその下層三階層程度が、ダンジョンの最終フロアへと変貌しているようです」
ユーリは動揺した隊員たちの顔を見回しながら、静かに続けた。
「今次作戦の目的は二部隊による南北展望室への同時攻撃、そしてそれによるダンジョン攻略です」
そこまで話し終えると、情報が隊員たちの頭に浸透しきるのを待つように間を空けて、ユーリはにこりと笑った。
「なにか質問は。どうぞ」
挙手していた一人が、
「では、今回のダンジョンは最終フロアが二つあるということでしょうか」
と、震える声で尋ねた。
「そのようです。二つの部屋のモンスターを掃討しなければ、このダンジョンは消滅しません」
「ここにいるメンバーが突入部隊員に選ばれたということですか」
「その通りです。動員可能兵数と輸送能力、支援能力から、この人員と員数が最適だと判断されました」
自分が決死隊に数えられていることを理解した人々によって、一気に話し声が増える。
「えっ? うそ……」
知らず、夏の袖を握る出穂の横で、夏は冷めた目をしていた。
「なぜ一部隊による各展望台の攻略ではなく、二部隊に分けての同時攻略を?」
「先ほどの質問の答えと重複しますが、輸送能力、支援能力からの判断です。端的に言えば、二度の部隊突入を行う余力はないと考えられています」
ざわという話声が広がる。
その中で、遠慮気味に細い手が上がった。
「どうぞ」
「あの、僕たち学生もその部隊に加わる、ということですか」
「はい。学生ではあっても、あなたたちはダンジョンの攻略ならびに今回防衛部隊としての戦闘経験がある人員です。人によっては」
夏は、ユーリが自分を見たような気がした。
「部隊の攻撃力や防御力の中核を担う場合もあるでしょう」
「……わかりました」
納得はしきれてはいない学生の声だったが、隊員たちもそれに構っている余裕はない。
「人員の配置は決定しているのでしょうか」
「これから一か月、あなたたちには突入部隊としての訓練を受けてもらいます。書類上での適正調査をもとに参謀本部が部隊案を作成していますが、訓練の結果次第で内容は変化するでしょう」
「では、二部隊の隊長、現場指揮官はどうなっているのでしょう」
ピンと腕を上げた男子学生に視線が集まる。
「一部隊は一等佐官として、もう一部隊は?」
ユーリは、その質問を待っていたとでもいうように笑みをつくった。
「隊長は二人とも決定しています。私と、遅れていますが、もう一人、ランカーの方を招聘しています」
眉間に皺をつくった夏は、出穂にこっそりと尋ねた。
「なあ、ランカーってなんだ? あとさっきの國丸って誰だ? 有名人なのかよ」
「先輩やばぁ……」
出穂はドン引きしている。
「ランカーは世界のレベル上位百人のことですよ! 日本に五人しかいない人たちです!」
「五人しかいねーの?」
「いやいや、五人、も! ですって! 九十位くらいをうろちょろしてる人、八十位くらいの人、國丸さんは五十位くらいの人です。知らないのヤバイですから、総理大臣の名前知らないくらいヤバイです」
「お前総理大臣の名前知ってんの?」
「知りませんけど。あとその上の二人は、たしか三十四位の飯島って人、それに、七位の……」
「あら、今到着したようです。紹介しますね、みなさん」
会話が止まり、全員が扉を見つめる。重い開き戸を開けて入ってきたのは、ピンクの髪をツインテールにした、うつむき加減の女性だった。
「世界ランク九十六位の染矢
部屋にこもった落胆を一身に受けながら、女性は卑屈な笑みを浮かべた。
「そ、染矢です。よろしく、お願いします。うへへ……」
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