第15話 カクテルってジュースみたいでおいしい
「見えない! 何も見えない!」
「頭からは血が出やすいんだよねー。だからケンカを売られたときは頭を殴らせて大ごと感を演出することでビビらせるってテクニックがあるんだよ」
「今ビビってるのは俺!」
血が目に入って辺りが真っ赤になったりしたけど、俺はなんとかスライムを一人で倒した。
俺は先生にケガを見てもらいながら、額に走った一本の線のヒリヒリとする痛みに涙目になっていた。
「よーし。これで大丈夫だよ。いまどきの治療キットは優秀だから」
でっかい軍用の絆創膏を貼りつけ、その上にさらに包帯をぐるぐる巻きにすると、先生は俺の頭をぽんと叩いて処置を終わらせた。
「……なんかすいませんでした。取り乱して」
「大丈夫大丈夫、くっきーのビビりは今に始まったことじゃないし」
「……」
先生はスライムを解体してバッグに入れた。
「本当に倒しちゃったね、スライム。これでくっきーも一人前だよ。よく頑張りました!」
褒められてしまった。
先生が差し出したグータッチにグータッチで返しつつ、俺は謙遜を忘れなかった。
「うひひ。いやいやまだまだですよ俺なんてぐへへ」
「褒められ慣れてないんだねえ」
俺を褒めてくれた人なんてなっちゃんと先生と小学校の先生くらいですよ。
かなしい。
でもまあそうくよくよすることもない。
先生と一緒に大部屋の先の通路へと移動しながら、俺は確かな手ごたえを感じていた。ここに入る前はレベル18だとかそこらだったのに、俺はたった一か月でレベル114にまで到達したんだから。
「これで俺も、日本に行けますね……!」
自然と握りこぶしをつくってそう言ったら、先生にやんわりと首を振られた。
「いやあ、まだまだまだまだ」
「そんなにですか」
「まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだま」
「そんなにですか!?」
「最初の頃に比べたら見違えたけど、居抜き型をどうこうできるレベルには達してないよ。一か月でそこまで強くなろうってのはちょっとね」
「うっ……」
「期限ぎりぎりめいっぱいまで修行して、そして私がサポートしてやっとドヤ顔で駆けつけることが許される感じだよ」
「ううっ……」
「でも、頑張ったことも、結果を出したことも事実だし」
先生は通路脇の隠し扉を開けて休憩用の小空間に進むと、荷物を向いて俺の方を見た。
「お祝いしないとね! くっきーお酒は飲める? ジュースの方がいい? 麦茶もあるけど」
「あっ、酒飲めます。大丈夫です」
「じゃあ今夜は酒盛りだね!」
「でさあ! 万里の長城を見に行ったら落書きだらけでさあ! 許せないよね!?」
「それはとんでもない話と言わざるを得ませんね」
「でしょお!? 日本語の落書きまであったんだよ!?」
「なんて書いてあったんですか」
「チャリで来た!!」
俺のお祝いとして始まった酒盛りは、酒を飲むごとにヒートアップする先生が見ものだった。
先生は7本目の缶ビールを振り回しながらテンションを爆上げする。
「ありえないよね! あっ、あとくっきー知ってる!? ブルドッグって顔の皺に汚れがたまるのを拭いてあげないと死ぬんだって! かわいくない!? あとプルタブって私ずっと犬の種類だと思ってた!」
話に脈絡がない。
「……先生飲みすぎじゃないですか?」
「だいじょぶだいじょぶ。これノンアルだから」
「
テンション爆上げするくらい驚いた。
「私お酒弱いんだよねー。でも人とゆっくりお話しするの好きでさー。お酒飲んでる人より酔いが回ってるって言われたことあるよ」
「顔真っ赤ですもん」
「でも、くっきーとだとなんだかお酒も進んじゃう……」
「いやノンアルですやん!」
「「ぎゃははははは!」」
たのしい。
「へっへっへっ。弟子なんてとったの生まれて初めてだから、うまくいってるのが嬉しくて嬉しくて。それもこれもくっきーが頑張り屋さんだったからだよ。スパルタ方式しか知らない私によくついてきてくれたねえ」
「んなことないですよ! 先生の指導が素晴らしかったからです! 先生が熱心に教えてくれるから俺もついていく気になったんです!」
「おいおーい! お酒が美味くなること言ってくれるじゃーん! よしのもう! ほらほらくっきーも焼酎飲んで飲んで。いやーお酒強いねー」
「あざす! いただきます!」
俺は焼酎を一気して先生を喜ばせたあと吐いて掃除をした。
「気になってたんですけど先生はなんでこんなに俺に親身になってくれるですか?」
「んー?」
「レベルアップのキャリー行為っていうか介添えって、普通、国お抱えの人でも渋ることなんでしょう? 危険だし、ライバルを育てるようなものだから」
「そうなの~?」
先生から教えてもらったんですよ。
「冗談冗談マイケルジョーダン。憶えてるよ」
「先生! それ年齢ばれますよ!」
「なんでかっていうと、うーん……」
先生は慎重に言葉を吟味しているようだった。
「まあ、くっきーがそのなっちゃんって子を助けようとしてたから、かな。親戚でもないのに」
「ああ、でも友達なんで」
俺がそう答えると、先生は心底羨ましそうにため息を吐いた。
「そんな風に言ってくれる大人に会いたかったよ、私も。私、髪がこんなだからさ」
先生は自分の銀色の髪をつまんで持ち上げた。
「親も含めて、子供の頃から出会う大人出会う大人が私を利用しようとする人ばっかりだったし、私が成長してもそんな人ばっかりで、そういう人たちのために命がけで危険なことするのが内心すごく嫌だったんだよね。だから五年前に我慢がきかなくなって、後先考えずに仕事辞めちゃった」
そこでノンアルを一口あおると、先生は空になった缶に目を落とした。
「子供の頃に、たった一人でも損得抜きで自分を助けようとしてくれる人に会えたら、救われると思うの。うん。私はくっきーっていうか、そのなっちゃんの力になりたかったんだよ。それにそうすることは、なんていうか、昔の私の供養っていうか……」
なんとなく言いたいことがわかった俺はセンチメンタルな気分になった。
「……先生、俺、なっちゃんの力にもなりたいですけど、今は先生の力にだってなりたいと思ってますよ!」
「うふふ、ありがと」
酒の勢いで喋ったら結構大人っぽい表情が返ってきて心臓に悪かった。
「ところでさあ、そのなっちゃんどんな子なの? あの鬼教官がさぼりを許すなんて、ちょっと信じられないなあー」
「なっちゃんですか。なっちゃんは、そうですね。グルメで、ちょっと怒りっぽいですね。あとマリカーで周回遅れの最下位に赤甲羅を投げるタイプです。それは俺のじいさんの真似なんですけど」
「へー。スキルは? ランクが低めだから見逃されてたのかな?」
「いや、甲判定だって言ってましたよ。あんまり詳しく聞くのもかわいそうだったからあとは名前くらいしか知りませんけど」
「どんな名前?」
「あーっと、あー、あっ、“原初の炉”、だったかな」
先生が空き缶を落とした。
「先生?」
空き缶から先生に視線を戻すと、浮かれ気分が抜けた顔つきがあった。
「……遊んでる場合じゃなかった」
苦虫を噛みつぶしたあとのような声でそう言うと、先生は空き缶を拾って自分用のテントに潜ってしまった。
「くっきー、もうお開きね! 明日は早朝から移動を始めるから、急いで寝て!」
「えっ? 先生?」
「事情は明日歩きながら説明する。とにかく早く休んで!」
よくわからないけど先生の指示に従って寝袋に入った俺の耳に、低い呟きが届いた。
「間に合わないかもしれない……」
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