第14話 ウホホリアン

「捕食がゴリラってバナナっぽいですよね」

「その言い間違いゴリラポイント高いねー」


 二十八の大部屋を超えた先、二十九番目の大部屋を目前にした通路で、先生が持ってきていたバナナを頂いたあと、俺は準備を始めた。

 籠手をしっかりと右腕に巻き付けて、先生から貸してもらった短槍『じゃじゃ馬馴らし』と大型ナイフ『ラプター』を、背中に回したバックルにマウントする。


「……ヨシ!」

「うんうん。指さし確認は大事だよ。それじゃくっきー。これが最終試験ね。今回、私は助言、手助けを一切しません。くっきーが一人でモンスターを倒してください」

「はい!」


 俺は返事をしたあと、腕をまわし、足をぶらぶらさせ、屈伸し、アキレス腱を伸ばした。背骨がバキバキと音を立てる


「うんうん。準備運動は大切だね。戦ってるときのこむら返りは悲惨だからね」

「はい!」


 じっくり時間をかけてストレッチを終えた俺は、かがみこんで土をいじっていた先生に声をかけた。


「先生、準備完了いたしました!」

「……ん。はいはい!」


 先生はよっこら立ち上がると、木の枝を握った左手をシュバと前に突き出した。


「最終試験です! 移動による突発的遭遇を想定! この一か月頑張ったこと、すべて出し切ってください!」

「はい!」


 威勢よく答えて、俺は二十九番目の部屋に突入した。

 

 土でできたドーム型の空間だった。他のほとんどの部屋と同じ。ただしここは中心にため池があって、それが空間のほとんどを占めていた。


 さっと視線を走らせて、辺りの様子を観察する。


 指南その1、退路を確認しろ。


 池の中には岩が点在。足場としては不安定。池のふちは人二人が通れる程度の面積。


 指南その2、敵を把握しろ。


 池の真ん中でなにか大きな球体がうごめいている。

 

「スライムか……」


 俺の声に反応したようなタイミングで、スライムがぶくぶくと膨れ上がった。体中についている目がぎょろぎょろ動いていてかなりキモい。


 俺は調査系のスキルを発動して、敵のステータスなんかを調べた。


「メガスライムね」


 そういや俺はヘクトスライムの素材で喜んでたんだったな。なんだか遠い昔に思えた。


「男子、三日会わざれば、だぜ」


 俺おっさんだけど。でも九州男児だっておっさんが名乗るもんだしいいだろ。

 短槍を右手に持ち、先端にナイフをくくりつけると、俺は時計回りに池のふちを走った。


 スライムの体の構造を、先生はあんかけに包まれたまんじゅうに例えていた。多分甘いものが食べたかったんだと思う。

  

 あんこにあたる中枢器官をゴム質の硬い皮膚が守り、さらにそれを粘度の高い体液で覆って衝撃を鈍化させる。

 二重の防壁で攻撃を耐えながら、相手に近づいて体液の中に沈め窒息死させたあと、溶解成分がにじみ出る触角で獲物を溶かし、養分にする。スライムの生態は大体そんな感じだ。


 先生はスライム相手だと、感覚器官をすべて潰してから時間をかけて殴り続けるらしいけど、俺は百個近い目玉を全部削ぐやり方はごめんだった。こっちは急いでるんだ。あとそんな至近距離でずぶずば斬りつけるようなこと怖くてできない。


 一撃で終わらせる。


 基本事項その1と2をとばしてその3。

 相手の弱みに自分の強みで当たれ。


 スライムの弱み、動きの鈍さ。

 俺の強み、酒が強い。


 あと強力な一撃がある。


 時計で言えば11時の場所まで回りこみ、スライムの目玉の動きからこの個体ものろまなことを確認すると、俺はスライムめがけて一気に跳んだ。


 俺が上を通ったあと、水面にさざなみが立つ。スライムから発されるんじゃなくてスライムへ向かっていく波の動き。


 なるほど。

 体の底面の体液を、水面を覆うようにして展開することでカモフラージュし、俺が岩の上をぴょんぴょん飛び跳ねてきたら俺の足に体液をまとわりつかせるなりして水中に引きずり込むつもりだったわけか。

 だけど俺が一息にスライムの場所にジャンプしたから、その罠は意味がなくなった。


 俺の軌道からどこに落下するかを予測したらしいスライムは、俺の前面に体液を集中させて分厚い膜をつくった。


 スライムは体液を回収するときに近くの岩を撫でさせたからぬめっている。俺はいまさら軌道変更できない。

 

「関係ないね!」


 俺は体術スキルを発動し、全体重を乗せて、構えた短槍をスライムへと突き立てた。体ごとずぶずぶと沈む感覚。

 この場合、槍を防ごうとするスライムの体液の抵抗は、槍の刃の面積に比例する。もし俺が拳で殴りつけていた場合、槍を突き立てるようには拳は沈まなかっただろう。

 鋭利な穂先を、俺の体重がかかる角度で突き入れたからこそ、槍は体液をかきわけ、表皮に刺さり、止まった。

 貫通はしてない。


 中途半端にささったままの槍を握った俺へ、スライムが体液を伸ばす。このままだとねばねばに包まれて死ぬ。


 このままならね。


 俺はラプター、槍に括りつけたナイフを対象に魔法を発動した。


「シールオープン!」


 魔物を倒したときごくたまに会得する技術、技法、だから魔法。ダメージを封じる魔物を倒したときに手に入れたシールの魔法は、物に衝撃を封じ込める。

 ラプターに封じ込んでいた六つの斬撃。一点に収束されていたそれが解き放たれ、スライムの体がばらばらに弾けた。


「でばばばでばばでばばばでばばばばでっばばー」


 俺のおでこにもちょっと当たって血がどばどば出た。


「あびゃー!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る