第19話 たからだからね
「どんなスキルか本人から聞いたことはある?」
「あの、昨日も言いましたけど詳しくは聞いてないんです。でも、“活力異常”の延長線上だとか言ってたような……」
俺は脳みそを絞って必死になっちゃんとの会話を思い出そうとした。
「……そうだ、“活力異常”の一個上のランクとか、たしかにそんなことは言ってました。でもそれ以外はあまり……」
「“活力異常”は体力か魔力、それかその両方に関わるスキルだね。常に発動している常駆型なら人一倍ステータスが高いし、他には、発動すると上限が上がったり回復したりする場合もあるよ」
「でも先生! なっちゃんはそんなすごいスキルだなんてこと言ってませんでしたよ!? そりゃ、甲判定だから上等なものでしょうけど、そんなダンジョンを破壊できるだなんて……」
「国の検査だって万能じゃないし、才能なんて本人も知らないことはたくさんあるよ。くっきーもそうだったんでしょ?」
痛いところを突かれた。
その通りだ。先生に弟子入りしたときに話したことだけど、俺は俺のスキルの適用範囲を把握していなかったし、国から示された鑑定結果もそこには触れていなかったんだ。
「でも、なっちゃんの場合は麒麟児だから、一般人よりも念入りにスキルを調べられてることもありえる。それを本人に知らせないことも。今の時代、人材は国の宝だからね。下手に自覚させて出国騒ぎを起こすよりも、内緒にしたまま思想教育をするっていうのは考えられるよ」
「思想教育って……」
スパイだとか軍人だとかにやるようなことを、あのなっちゃんに? 俺が47都道府県を言えるか聞いたら「47もあんの!?」って驚いてたあの子に、愛国心を?
「……多分それはされてないですね。なっちゃん、学校サボる日の方が多かったので」
「特別扱いだね。私のせいかも」
先生はボソッと言うと、いつになく厳しい顔で俺の方を振り向いた。
「学生動員って言っても、ダンジョン入り口の包囲網で手伝わされるくらいだと思ってた。だから、包囲が持たなくなるギリギリの三か月目まで時間があるとも思ってた。でもね、私が知ってる指導官なら、生徒のそんなスキルを見逃さないし、国の危機にその生徒を遊ばせるようなこともしない」
緑色の瞳から漂う緊迫感に、俺も汗をかいてしまう。
「八つのスキルの中には、ダンジョンを破壊する武器をつくりだすような、間接的な効果のものもあったけど、“原初の炉”はきっと違う。エネルギーでダンジョンを破壊するスキルだよ。でもまだ力を扱いきれはしないだろうから、新宿で使うのは最後まで躊躇されると思う。でも」
通路の奥から吹いてきた風は、今回ばかりは涼しさよりも、冷たい感触で俺を撫でた。
「もう後がない状況になったら、あの人はなっちゃんをダンジョンの奥に行かせるよ。例えなっちゃん一人になっても、撤退はさせない」
なっちゃんのスキルはダンジョンを破壊することができるようなとてつもないもので、政府はその情報をもう掴んでいるかもしれないし、そのときはなっちゃんをダンジョンの危険な最深部へと駆り出すかもしれない。
先生が言いたいことをよく咀嚼して、俺は浅い息を吐いた。
「帰らなきゃ! 先生! 出口はどこですか!」
「帰ってどうするの?」
「帰ってなっちゃんに伝えるんですよ! はやく日本から逃げろって!」
「くっきー、よく聞いて」
ばたばたみっともなく動き回っていた俺の両肩を掴んで、先生は俺をじっと見つめた。
「クリアするか、スキルを手に入れるか、どちらかしかこのダンジョンを出る方法はないの。これから先の分と今ある分のポイントを使えば、この難度のダンジョンから脱出するスキルも二週間くらいで手に入れられると思う」
「だったら!」
「でも、そうやって日本に戻ってどうするの? なっちゃんはきっと監視されてるし、今のくっきーじゃ包囲網に近づくことも難しい」
「れ、レベル114ですよ!?」
「戦うために育て上げられたレベル80には勝てないよ。ごめんね……」
そんなことない、なんて言えない。だって俺はそんなやつらと戦ったことはおろか会ったこともないんだから。先生以外には。
じゃあその先生がレベル80だったら勝てるか? そんなの決まってる。勝てるわけがない。
「……これは私の推測でしかないけど、なっちゃんを最前線で戦わせるとしても、もうなっちゃん抜きだと勝てないことがはっきりするまで、そのギリギリまでは猶予があると思う」
「どっ、どのくらい!?」
「……一か月、半くらいは。ダンジョンを破壊するような力だから、都市部で使う許可は土壇場まで降りないはず」
先生の口調には迷いがあった。
あと二か月は時間があると思ってた。それだけ鍛えたらなんとかなるかもしれないって。でも、あとたった一か月ちょっとだなんて。
喉を掻きむしりたくなるような息苦しさ。責任を感じるようなことじゃないのに、俺の動転っぷりを見た先生は自分も顔を伏せてしまっている。
「……ごめんね」
「……先生が謝るようなことじゃないですよ」
俺が考えをすべて、年下の先生に預けていたことがそもそも不甲斐ない。
「……」
「あの、あのね、くっきー。このダンジョンでなら……」
「行きましょう!」
「え?」
俺は先に向かって足を速めた。
「ここをさっさと制覇して、ダッシュで日本に帰ります!」
「あえっ? あっ、うん?」
「悩んでるだけ無駄なんでしょう? なっちゃんは天才肌だったから、こうしてる間にも強くなって実戦投入が繰り上げされてるかもしれません。今の俺が帰っても用なしのままだっていうんならごちゃごちゃ考えるのはやめます!」
細長い通路の先は、まるで油膜がかかったような不思議な色合いで奥が見えなかったけど、俺は迷わずそこにつっこんだ。
「100でも200でもレベルを上げて、なっちゃんのところに駆けつけて見せますよ!」
「ダンジョンで突っ走っちゃダメ―!」
なんか足元がなくなって頭から落ちた。
「 ギャー!!」
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