第157話 さらけ出す本音

 ハルマとカイロンが部屋の中へと入った後、レイハはずっとそわそわと落ち着かない様子で部屋の扉の前をウロウロとしていた。


「まだ終わらないのかしら」

「あー、レイハ? まだ入ったばっかりだよ」

「五分も経ってないね」

「レイハって心配性なの?」

「ここまで酷くは無かったんだけどねー。先日の一件から余計に拍車がかかってるっていうか。うーん……レイハ、ちょっとこっち来て」

「なにツキヨ。私は今忙しいんだけど」

「右往左往してるだけの状態を忙しいとは言わないよ。二人とも、すぐに戻ってくるからここは任せたよ。もし私達が戻るよりも先に坊ちゃまが戻ってきたらここで待ってて」

「わかった」

「どこに行くの?」

「ちょっとね。ほらレイハ、行くよ」

「だから私は――」

「いいから。来て」


 有無を言わせぬツキヨの瞳にレイハは若干怯む。ツキヨは本気の目をしていたからだ。

 ここまで真剣な目をするツキヨを見るのは久しぶりだった。だからこそレイハは渋々と言った様子で了承するとにした。


「わかったわ。でもすぐに戻ってくるわよ」

「それはレイハ次第だと思うけどね」


 ツキヨと連れたって部屋から離れるレイハ。そして、十分に距離を取った場所でツキヨが立ち止まった。


「それで、話ってなんなの――っ!」

「あのさ。何のつもりなのかな」


 抜刀された大太刀がレイハの首に添えられる。反応できなかったのはツキヨから殺気を感じられなかったからだ。本気で殺すつもりじゃないことはわかっている。それでもその目の冷たさは確かな怒りを感じさせた。


「なんのこと」

「自覚が無いの? だったらはっきり言ってあげる。今のレイハは普通じゃ無いよ。冷静な判断をしてるようでしてない。坊ちゃまを守るって言うけど、それはそのためならなんでもしていいってわけじゃない。坊ちゃまを守りたいってだけなら監禁でもすればいい。簡単でしょ? 学園を辞めさせて、屋敷に閉じ込めればいい。ただそれだけだ」

「そんなことできるわけないでしょ」

「坊ちゃまに嫌われるから? 坊ちゃまに嫌われるのが怖い? 坊ちゃまに見限られるのが、必要無いって言われるのが怖い? だから他人を遠ざけるの? 坊ちゃまが新しい友達を、知り合いを作るたびに不満気な顔してたの気付いてる?」

「そんなこと……」


 ない、とは言い切れなかった。思い当たることがあったからだ。


「この際だからはっきり言ってあげるよ。依存してるのはレイハの方でしょ? 自分の生きる理由も戦う理由も、全部坊ちゃまのため。ただそれだけのために君は生きてる。だから怖い。自分から坊ちゃまを奪う誰かの存在が」


 ツキヨの言葉がナイフのようにレイハの心に突き刺さる。


「嫉妬、不安、恐怖……そんな感情に振り回されてる今の君はディルク家のメイド長に相応しくない」

「ずいぶんと手厳しいわね。今の私はそんなに頼りないかしら」

「そう言ってるんだけど。わからなかった? 私もさ、もう何年も坊ちゃまともレイハとも一緒にいる。だからわかる。屋敷を出て変わったのはレイハの方だ」

「……言い返す言葉もないわ」


 ツキヨの指摘にレイハは言い訳することもできなかった。壁にもたれかかるようにして脱力する。

 そこにあったのはディルク家のメイド長としての姿ではない。ハルマには決して見せることのできないただのレイハとしての姿。


「もう……自分で自分がわからないの。坊ちゃまは強くなりたいと言ったわ。だから私はその望みを叶えたかった。あなたとミソラに鍛錬を任せたのも、学園に行くのを許可したのも坊ちゃまが強くなりたいと願ったから。だけど坊ちゃまが強くなる度に私は不安になるの。私は不必要になるんじゃないかって。もし本当に私よりも強くなったら……坊ちゃまを守るためにいる私はいらなくなる。それだけじゃないわ。坊ちゃまが友達を作るたびに、私の必要性が薄れていく気がする。私なんか必要なくなるんじゃないかって。それがたまらなく怖い……」

「それ、本気で言ってるわけじゃないよね。君が坊ちゃまにどれだけ大切にされてるか、知らないなんて言わせない」

「だから言ったでしょ! わからないの自分でも! そんなはずないってわかってるのに。自分で自分が信じられない。不安が拭えない!」


 それはツキヨが初めて聞く、いや、ツキヨ以外の者も聞いたことがないであろうレイハの弱音だった。

 レイハとはここまで不安定だったのかと驚く。


「坊ちゃまが【才能ギフト】に目覚めたって聞いた時、嬉しかった。本当に、心から嬉しかった。だって坊ちゃまはずっと【才能ギフト】が無いことを悩んでいたから。だけどそれ同時に怖くもなった。もし坊ちゃまに目覚めた【才能ギフト】がアルバやシアみたいに強い【才能ギフト】だったらって。そう思って。そんな風に考えてしまう自分が嫌で嫌で仕方無い」

「はぁ……まさか君がここまで脆いとは思ってなかった。いやでも、考えてみれば兆候はあったのかな。気づけなかった私達のせいだね。あの強いレイハにこんな弱点があったなんて」

「私は強くなんてないわ。強くあろうとしてるだけ。私にはそれしか価値がないもの。でもこんなこと坊ちゃまには言えない。坊ちゃまの知ってる私は、強くて格好良くて、理想的なメイドじゃなきゃダメなの」

「もうだいぶイメージ崩れてそうな気もするけど。うーん……」

「なによ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい。今だけはなんでも聞いてあげるわ。というか、解決策を提示しなさい」

 

 ずっと胸の内に溜まっていた鬱憤を吐き出したからか、少しだけすっきりした様子でレイハが言う。


「はははっ、あり得ないくらい上から目線。解決策って言われてもそんなのあるわけないでしょ。強いていうなら今の言葉をそっくりそのまま坊ちゃまに伝えることくらいかな」

「役立たず。そんなことできるわけないでしょ」

「それが一番だと思うんだけど」


 レイハの抱える悩みも苦しみも、全てハルマと腹を割って話し合えば解決する事柄だ。だがそれができないのはレイハのプライドゆえだ。ハルマに対しては格好良いお姉さんでありたいという思いがハルマとの本音の対話を許さない。

 それすら失ってしまえばレイハはレイハで居られなくなるからだ。

 そんなレイハの気持ちを理解できるツキヨは嘆息するしかない。


「今のままじゃダメなことはわかってるんだよね」

「……えぇ、わかってるわ。このままじゃ私はきっと間違いを犯す。けどそれがわかってても私は私を止められない。でも少し気が楽になったわ。話させてくれてありがとう。でもここでの会話は忘れてくれると嬉しいわ」

「それはいいんだけど。でもレイハ、君はまだ隠してるね」

「隠してる? これ以上何を隠してるっていうのよ」

「じゃあはっきり言うけど――レイハ、坊ちゃまのこと好きでしょ」


 その言葉を聞いた瞬間、レイハの顔が真っ赤に染まった。

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