第158話 【才能】検査

「さぁディルク君、こっちへ来てくれるかい?」


 カイロンに案内されて、ハルマは部屋の最奥にある祭壇の前にある椅子に座らされる。ハルマの目の前にあるのは丸い鏡だ。曇り一つ無い綺麗な鏡。その鏡は正面に立つハルマの不安気な顔をくっきりと映していた。


「何か心配なことでも?」

「いえ、その……すごく今更だと思うんですけど、これでもし【才能ギフト】が無かったらどうしようって思って。前回のことはただ一度だけの奇跡かもしれないって。そう思ってしまって」

「なるほど。確かに君のように後天的に目覚める例はかなり少ない。同じような不安を抱く人はたくさんいたよ。でも心配することはない。きっと君自身のためになるような【才能ギフト】が発現してるさ」


 ハルマがずっと不安に思っていたことだった。

 もし【才能ギフト】が目覚めたというのがただの幻想だったら、あの一夜だけの奇跡だったらと。

 レイハはハルマのためにわざわざリスティリア法国にまでやって来た。これでもしやっぱり【才能ギフト】はありませんでしたなどということになれば申し訳ないなどというレベルではない。

 だからこそハルマはこの国に来てからずっと緊張していた。どんな【才能ギフト】でも構わない。発現していますようにと、心から願いながら。


「それじゃあ手を出して。手順は覚えてるかい?」

「最初に血を採るんですよね」

「そう。そしてその血を鏡の前の水皿に垂らす。神への供物として血を捧げ、【才能ギフト】が宿っていれば神が答えてくれる。宿っていなければ反応無し。これが従来の【才能ギフト】検査なんだ、でも今はもっと簡易に、そして詳細に知る方法が発明されているんだよ。今でも神との対話を重要視し、かつてのままの儀式を続けているところはあるけれどね。ちなみに私のこの部屋はほとんどただの飾りさ。もちろん置いてあるのは偽物じゃない。ちゃんと使えるものだけどね。重要なのはこの部屋に置いてある機械。これが君の【才能ギフト】を調べ、その詳細を教えてくれる。必要なのは血だけなのさ。一瞬チクッとするよ」

「っ……」


 カイロンがハルマの指先に針を刺す。そしてそこから流れ出る血を採取したカイロンはその血を鏡の前に置かれた水皿へと垂らした。

 透明だった水がハルマの血と混じって濁る。瞬間、背後にあった機械が動き始めた。


「ディルク君は、この検査にどんな意味があると思っている?」

「検査の意味ですか? 【才能ギフト】の有無を調べる以外にあるんですか?」

「もちろんそれも正しいさ。でもね、多くの子はこの儀式をする前には【才能ギフト】が目覚めているんだ。まだ言葉も喋れぬ赤子が【才能ギフト】を使ったなんて話は珍しくもない。君も知っているだろう?」


 【才能ギフト】が目覚めるのは多くが三歳から五歳の間と言われている。強制的に検査を受けさせられるのが五歳というだけで、それ以前に目覚めた子はその時点で【才能ギフト】検査を受けていた。


「【才能ギフト】を持っていると知っていながら検査を受けるのは、己に宿った【才能ギフト】を正しく知るためさ。そしてその名を知るために検査を受ける。名と使い方を知るというのは重要だよ。知っているのと知らないのとではできるイメージに大きく差が生まれる。例えば『水』という【才能ギフト】を持っていたとして。それはただの水を生み出す【才能ギフト】なのか、それとも塩水を生み出す【才能ギフト】なのか。はたまた両方作り出せるのか。水を操る能力なのか、魔力を水に変換する能力なのか。わからなければイメージもできない。それは【才能ギフト】を操る練度に大きな差を生む。使いこなすための練習の方向性も全く違ってくる」

「でもレイハさんは【才能ギフト】が目覚めたら頭の説明書みたいなものが刻まれるって言ってましたよ」

「確かに使い方はわかるだろうね。でもそれはあくまで基礎的な使い方だ。例えるならば右足と左足を交互に出せば歩ける、みたいなね。魔力を込めれば炎が出る、程度のことしかわからない人もいるんだ。それも人によって変わる。そこで私達研究者や神に仕える者達の出番だ。【才能ギフト】検査で神と対話することで、その詳細を伝えるのさ。もちろん調べるのは他にも色々理由があるんだけどね。私の場合は研究さ。君の【才能ギフト】を私の研究に役立てたい」

「あんまり期待されると心配になるんですけど」

「いやいや、どんな【才能ギフト】だって構わないさ。私にとっては全て価値ある【才能ギフト】なんだからね。それにどんな【才能ギフト】であったとしても自分の【才能ギフト】だ。卑下することはないさ。ここだけど話だけどね、私はこの国の腕輪システムが好きじゃない。だってそうだろう。【才能ギフト】を持てるというのはそれだけで価値あることさ。この国に居ると忘れそうになるけれど、世の中には【才能ギフト】を持たない人の方が多いんだからね」


 カイロンの言う通りだった。【才能ギフト】を持つ者よりも、持たない者の方が圧倒的に多数だ。最近は【才能ギフト】を持つ者が増えているが、それでも持たない者の方が多い。ハルマも少し前まではそちら側だった。だからこそ持たざる者の苦しみがハルマもわかるのだ。

 

「そうですね。もしボクにも【才能ギフト】が目覚めてたなら、どんな【才能ギフト】でも感謝しないと」

「おっとすまない。話が脱線し過ぎたね。それじゃあ始めるよ。と言っても、君がすることはもうないんだけどね。検査が終わるまでの間待ってて欲しい。そう時間はかからないはずだからね」


 カイロンが機械を操作している間、ハルマは完全に手持ち無沙汰になってしまう。集中しているのか、声をかけれる雰囲気でも無くなってしまった。

 部屋を出ても大丈夫なのか、それともここで待っているべきなのか。迷ったすえにハルマは静かに待っていることにした。

 下手に動いて集中しているカイロンの邪魔をするべきではないと思ったのだ。

 そうして待ち続け、退屈のあまりハルマが欠伸を噛み殺していたその時だった。不意に視線を感じたのは。

 部屋の中にいるのはカイロンとハルマだけ。そしてカイロンの視線は機械と繋がったモニターに集中している。ではこの視線はどこから向けられたものなのか。

 その正体を探ろうと部屋をキョロキョロと見回し、そしてハルマは気付いた。その視線が正面に置いてあった鏡から向けられているのだと。

 だがそこに映るのはハルマだけ。不思議に思っていると、不意に鏡の中の『ハルマ』がニヤリと笑みを浮かべた。


『こっちへおいでよ』


 そんな言葉が聞こえた瞬間、ハルマの視界が眩い光に包まれた。


「っ!?」


 あまりの眩しさに一瞬目を閉じたハルマだったが、目を開けた瞬間に驚愕する。

 そこは真っ白な部屋だった。置いてあるのは二つの椅子だけ。


「いったい何が起きたの。カイロンさんっ、レイハさんっ!!」

 

 レイハ達の名を呼んでもその音は部屋の中に虚しく響くだけだった。


「そんなに怖がることないよ。呼んだのはボクだからさ」

「え?」


 声のした方へ目を向けたハルマは奇妙な感覚に襲われる。

 確かに目の前にいるのに、正しく姿が認識できないのだ。男なのか女なのか、若者なのか老人なのか、確かに見えているはずなのに判然としない。


「ようこそボクの部屋へ。ボクは君達が神様って呼ぶ存在だよ」


 

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