第156話 【才能】の移植

 屋敷の中へと足を踏み入れたレイハは、外観とはあまりにも違うその内装にレイハは驚く。単純に言ってしまえば、ゴミ屋敷だ。乱雑に転がっている機械の数々。はっきり言ってしまえば人が住むような場所では無いし、人を招き入れるような場所でもない。

 レイハは実績ばかり見て詳しく調べなかった己を呪う。

 チラッと後ろを歩くハルマや他の面々の表情を見てみれば、レイハと同じような感想を抱いたのかなんとも言えない微妙な表情をしていた。


(失敗した。マジで失敗したなこれは。あー、どうする? 今からでも別のところを探すか? いや、ダメだ。それじゃ時間がかかりすぎる)


 思わず出そうになるため息をレイハはグッと堪える。レイハの中でカイロンの評価はかなり下がっているが、それでも露骨に態度に出すのは失礼だからだ。


「どうかしましたか?」

「いえその……ここにはお一人で住んでいるんですか?」

「えぇそうなんですよ。だからどうにも片付けにまで手が回らなくて。あ、もしかしてそれを気にされてますか? でしたら申し訳ない。最近は研究に没頭し過ぎているせいで片付けにまで気が回らなくて」

「そうですか……」


 どれだけ研究に没頭したらこうなるんだと言いたかったレイハだが、研究者とは変人なものだと自分に言い聞かせ、無理矢理納得させる。


「今はどんな研究を?」

「そうですね……私がどんな研究をしてきたかはご存じで?」

「えぇ、ある程度は」

「『【才能ギフト】による肉体変化』も?」

「それでしたら読みました。確かに興味深い論文でしたね。それぞれが持つ【才能ギフト】によって引き起こされる肉体の変化。私にも無関係というわけではありませんでしたから。非常に面白かったです」

「へぇ、どんな内容なの?」

「題名の通りだけど。簡単に言ってしまえば、『炎』の【才能ギフト】を持つ人は熱への耐性が他の人よりも高くなるのよ。逆に水や寒さには弱くなる。私は『氷』の【才能ギフト】を持っているから寒さには強いけど、熱には弱いし。普段は対策してるから気にしたことも無かったけど」

「同じ『炎』の【才能ギフト】であっても、炎を生み出す【才能ギフト】と肉体と直接炎へと変える【才能ギフト】ではまた耐性に変化が生まれるんですよ。前者であれば自分の炎では焼かれずとも、他者から炎をぶつけられれば火傷を負うことを確認しています。逆に後者は自身の炎だろうが他者の炎だろうが完全に無効化できる」

「なんとなく理解できたような……そうでもないような? 坊ちゃまはわかった?」

「ボクはサラさんに教えてもらってたから。詳しくってわけじゃないから完全に理解してるわけじゃないけど」

「わたしはさっぱり」

「私も」

「はははっ、かなり簡略化して説明しましたからね。もし機会があれば読んで見てください」


 カイロンの研究内容は誰もが当たり前として受け入れていることを突き詰めて研究しているようなものが多かった。肉体への影響もそうだ。誰もがなんとなく知っていることを数値などを用いて言語化する。そうすることで【才能ギフト】への理解を深めているのだ。

 他の研究者は一つの【才能ギフト】を突き詰めて研究し、その発展性や可能性を論文にしている者が多い。どちらが良い悪いという話ではないが、レイハにとってより身近で理解しやすかったのはカイロンの研究だった。


「それで、その研究が今の研究とどう関係しているので?」

「あぁいや単純な話でしてね。今の研究は【才能ギフト】の移植なんですよ」

「……【才能ギフト】の移植?」

「そんなことできるんですか!?」


 思いもよらぬ言葉にレイハ達の足が止まる。

 【才能ギフト】の移植。もし成功すればそれは有史以来誰も成し遂げたことのない偉業になる。

 臓器を移植するのとは訳が違うのだ。

 正直に言って、レイハは【才能ギフト】の移植という言葉を聞いた瞬間にゾッとした。カイロンの目に宿る狂気の片鱗を見た気がしたからだ。


「いやぁ、それがなかなか上手くいかなくてですね。完全に手詰まり状態なんですよ。そもそも【才能ギフト】とはどこに宿っているのかという問題もあります」

「【才能ギフト】がどこに宿っているのか?」

「そうです。思考するための脳、生命機能を維持するための心臓や肺などの臓器。全身を巡る血、しかしそのどこにも【才能ギフト】は宿っていない。では魂に宿っている? ならばその魂はどこにあるというのか。考えたことはありますか?」

「いえ、考えたこともありませんね。確かに興味深いですが」

「そうでしょう。誰もが当たり前のこととして考えもしない。しかしおかしいでしょう。【才能ギフト】を持つ者と持たない者。そこにいったいどんな差違があるというのか。私はそれが知りたい。そして、【才能ギフト】の謎の全てを解き明かしたい!!」


 あまりの熱量に気圧されるレイハ達。その目は本気だった。カイロンは本気で【才能ギフト】の全てを知りたいと思っているのだ。


「すみません。少し熱くなりすぎましたね。そういう事情もあって、私は少しでも多くの【才能ギフト】の情報が欲しいのです」


 スッと落ち着いたカイロンの目には理知が戻っていた。先ほどまで宿っていた狂気は嘘のように鳴りを潜めていた。まるで人が変わったかのようだ。


(こいつ……薄々感じてたけど、かなりヤバい奴だな。こんな奴に坊ちゃまを任せて大丈夫なのか?)


 レイハの脳が警鐘を鳴らす。こいつはヤバい奴だと。だが、だからこそ信用できる側面もある。その技術だ。ハルマに危険が及ばないならばカイロンが狂人だろうと関係ない。

 ハルマの安全やキアラのこと。それ以外にも様々なことを天秤にかけた結果、結局レイハはカイロンにハルマのことを任せることにした。カイロンの技術を信用することにしたのだ。

 

「さて、この部屋です」


 カイロンに案内されてたどり着いた部屋は、想像していたような部屋ではなかった。機械が数多く置いてあるような部屋だと思っていたのだが、その内装は教会に近かった。

 部屋の最奥に置いてあるのは祭壇。しかしその祭壇は機械が繋がっている。神聖さと、それに合わない近代感。なんともアンバランスな部屋だった。


「ここが【才能ギフト】を調べる部屋なんですか? こんな設備は見たことはないのですが」

「えぇ。私独自の設備ですから。ですがより詳しく調べるならば必要なんですよ。心配ならば詳しく説明しますか?」

「……いえ、結構です。説明されても理解できるとは思えませんから。お任せします。坊ちゃま、大丈夫ですか? 先ほどからずっと黙っていますが」

「う、うん。大丈夫だよ。ちょっと緊張してるだけで」

「ははっ、そうでしょうね。【才能ギフト】を調べる前の子供はみんな同じような雰囲気ですよ。緊張しながらも楽しみにしている」

「うっ、子供……」


 小さな子供だと同じだと言われ、ハルマは恥ずかしそうに顔を赤らめる。しかしその言葉を否定することもできない。楽しみにしていることは事実だからだ。


「さぁどうぞ中へ」


 カイロンの後に続いて部屋の中へ入るハルマ。その後に続いてレイハも中へと入ろうとしたが、カイロンに止められてしまった。


「なんのつもりですか」


 若干険しい目つきでカイロンを睨みつけるレイハ。しかしカイロンはさして気にした様子もない。


「すみません。ここからは私と彼だけにして欲しいんです。雑音があると集中できないもので」

「初対面の人と坊ちゃまを二人きりにしろと?」

「いきなり私のことを信用しろとは言いませんが、調べるのは私なのですから私の意も汲んでもらわないと」

「ですが――」

「レイハさん、ボクなら大丈夫だから」


 なおも言い募ろうとしたレイハだったが、ハルマに言葉を遮られる。

 言いたいことは山ほどあったが、そのどれもがカイロンを説得できるほどの言葉では無かった。


「……わかりました。ですがもし坊ちゃまの身に何かあればその時は命は無いものと思ってください」

「ははっ、大丈夫ですよ。ただ検査するだけなんですから。危険なことなど一つも無い」


 レイハの殺気をぶつけられてもカイロンは全く意に介した様子もなくヘラヘラと笑っていた。

 結局止めに入ったのはツキヨだった。


「はいはい。お願いする人脅してどうするのさ。それじゃあ坊ちゃま、私達は部屋の外で待ってるから」

「うん、じゃあまた後で」


 そう言ってハルマはカイロンと共に部屋の中に入るのだった。

 

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