第122話 目覚める力
意図せずソノマンを挟み込む形になったハルマ達は、視線を交わして仕掛けるタイミングを計る。
そして――。
「はぁああああああっっ!!」
「『竜破斬』!!」
最初に仕掛けたのはハルマとエリカ。それから少しタイミングをずらしてフィオナが動く。左右のどちらへ避けても追撃ができるようにするためだ。
しかし、ソノマンの行動はハルマ達の予想を超えたものだった。
「『開門』」
パンッと手を叩くソノマン。そして次の瞬間にはソノマンの姿がハルマとエリカの目の前から消えた。
「え?」
「何が起きたの!」
「二人とも下!」
「「っ!」」
ハルマ達の足元にあったのは人が一人通れる程度の小さな門。ソノマンは足元に門を開き、そこに落ちることでハルマ達の攻撃避けたのだ。
「どこに行ったの!」
「エリカ、上だ!」
「気付くのが遅いな」
「うわぁっ!」
「きゃぁっ!」
門の出現先はハルマ達の頭上だった。思いもよらぬ位置からの不意打ちに反応が遅れた二人はソノマンに押さえ付けられる。必死に抵抗する二人だが、ソノマンの力は凄まじく振りほどくことができない。
「二人を離してっ」
フィオナがソノマンに蹴りを叩き込もうとする。しかし、ソノマンはその蹴りを右手で抑えていたエリカを投げることで妨害する。
「エリカ邪魔。視界を塞がないで」
「そんなこと言われたって投げられて空中で身動き取れるわけないでしょ!」
「ふっ、仲間割れか」
「うるさいわね! 余計なお世話よ。フィオナ、行くわよ!」
「命令しないで」
エリカとフィオナ。個々の能力は決して低くはない。しかし、肝心なところで息が合わない。普段ならば大きな問題にはならないが、この状況ではそれが致命的な隙になってしまう。
だがそれも仕方のないことだ。二人が出会ったのは今日が初めてで、互いがどんな戦い方をするのかも知らなかったのだから。何より、真面目なエリカと怠惰なフィオナでは性格が合わないのだ。
「ハルマを離しなさいっ!」
「ハルマは連れて行かせない」
「無駄だ。貴様らでは私には勝てない。この『門』がある限り、私は無敵だ」
エリカとフィオナの一撃が再び『門』による移動で避けられる。必死に抵抗するハルマだが、ソノマンの想像以上に強い力になかなか振りほどくことができずにいた。手に持っていた刀も落としてしまっている。
「あまり暴れるな。苛立ってこの首をへし折りたくなる。いや、それもいいかもしれないな。助けにきたこの女達の前で貴様の首をへし折る。そうすればこの女共も絶望するだろう」
グッとハルマの首を握る手に力を込めるソノマン。
「あっ、ぐっ……あぁ……」
苦悶にあえぐハルマの姿にエリカの表情が怒りに染まる。
「いい加減に――しなさいっ!!」
教室の床に叩きつけるような一撃。その一撃に耐えきれなかったのは床の方だった。床が抜け、ハルマ達は階下へと落ちる。不意の一撃にソノマンは姿勢を崩し、ハルマを拘束する手が僅かに緩んだ。その隙を逃さず、ハルマは蹴りをソノマンの顔面に叩き込み、なんとかその手から逃れることに成功した。
「びっくりした。すごい一撃」
「あ、あたしもびっくりしてるわよ。っていうかこれ後で怒られたりしないわよね」
「その時はあの魔人族のせいにすればいい」
「……そうね。それくらいは許されてしかるべきだわ」
「愚か者共が……図に乗るなよ」
ソノマンは明らかに苛立っていた。今のこの状況、自分が戦っているというこの状況そのものに。
そもそも、ソノマンは戦う立場の存在ではない。作戦の総指揮をとり、指示を出す側の存在なのだ。それなのに今こうして戦わされている。それが気に食わなかったのだ。
「どいつもこいつも、役立たず共が」
ミレイとの戦いのせいで本来ソノマンを守る役割であるザナトシュがこの場にいない。ミーナの元に送ったミジットとドーギーからもハーマッドの元に送ったマンクトランとハンプからも討ったという報告がない。
想定通りならばもう終わってるはずだった。しかしまだ主目的すら達成していない。
少しずつ歯車が狂っている、そんな感覚がソノマンを苛立たせていたのだ。
「もういい。これ以上こんな茶番に付き合うつもりはない。見せてやろう極めた【
ソノマンを挟み込むように前後に出現する二つの門。ソノマンは正面の門に飛び込むと、後方の門から飛び出し、再び正面の門の中へ。そしてその速度はどんどん加速していき、やがて目で捉えるのが難しいほどの速さへと到達した。
何を仕掛けてくるのかと一箇所に固まり警戒するハルマ達。しかしソノマンはそんなハルマ達を嘲笑う。
「警戒しても無駄だ。この門を潜り続ける限り、私は無限に加速し続ける。そして――」
「エリカ、フィオナ伏せて!」
ハルマが気づけたのはある意味奇跡だった。先ほど直接ソノマンから殺気をぶつけられたのが原因か、二人よりも早くその殺気に気づくことができたのだ。
ハルマに言われて伏せた直後、ソノマンが通り過ぎる。そして再び門の中へと姿を消した。
「……ハルマ、もう一回読める?」
「ううん。厳しいかも。さっきのも奇跡みたいなものだし」
「ハルマ、使えない」
「そこまで言わなくてもよくない!?」
「あいつ、また加速してる。今度はたぶんさっきよりも速い。そんな速度でぶつかられたら即死する」
今のソノマンは何十㎏もある肉の砲弾。直撃すればただではすまない。
「じゃあどうするの? このままここでやられるのを待つ?」
「ヤだ」
「同感。ボクも嫌かな」
視線を交わす三人。絶望的状況ではあったが、ハルマ達の心はまだ折れていなかった。
ハルマは考える。ソノマンの『門』がどういう【
今もソノマンは門の出入りを繰り返してどんどん加速している。その時だった。加速し続けていたソノマンの姿がフッと消えたのは。
「いなくなった?」
「まさか逃げたの? ううん、そんなわけないわね」
「いったいどこに……」
緊張が限界に達し、誰も音を発さない。ソノマンがどこから仕掛けてくるのか。その一点にのみ全神経を集中していた。
「出て来る瞬間、絶対に門が出現するはず。それにさえ気付ければ……」
ソノマンの動きはあくまで直線的だ。そして門に入れば絶対に門から出て来る。動きが目で追えないほど速かったとしても、その門さえ把握できれば避けることはできるとハルマ達は考えていた。
しかし、そんなハルマ達の考えをソノマンは読んでいた。
「門から出て来るとわかれば貴様らは門の出現位置を探す。そんなことはわかっていた。だが忘れたか。私の門はどこへでも自由に出現させられるということを! こうなれば半死半生、いや、死のうが構うものか! 止めれるものなら止めてみろ!」
壁を突き破って飛んで来るソノマン。
(マズいダメだ! 避けきれない!)
ソノマンは真っ直ぐにハルマに向かって飛んできていた。またしても不意を打たれたハルマは己の死を悟る。
ハルマとフィオナが必死に手を伸ばす姿が見える。ソノマンの勝利を確信した笑みも。全てがゆっくりになる世界の中で、ハルマはこの場にはいないレイハのことを考えていた。
(ごめんなさいレイハさん。ボク、結局何の約束も果たせなくて……)
強くなると約束した。誰よりも強くなると。
しかしその約束は果たせない。口にした言葉も守れない自分が心底嫌になる。
結局最期まで守られる存在でしか居られなかったと自嘲するハルマ。
(きっとボクはこの一撃に耐えられない。そしたらボクは死んで……そしたらレイハさんは……)
脳裏を過る光景。アルバとシアがいなくなった日。レイハは大丈夫だとハルマを安心させるようなことを言いながら泣いていた。実際に涙を流していたわけじゃない。だがそれでも泣いているとハルマは感じたのだ。
もしここでハルマが死ねばどうなるか。またあの時と同じ顔をレイハにさせるのか。レイハのことを泣かせるのか。
そう考えた瞬間、諦めかけていた心に火が灯る。
(そんなの嫌だ!! ボクは、ボクはレイハさんを守るって決めたんだ。レイハさんの笑顔を守るって! そのためにボクは誰よりも強くならなきゃいけないんだ!)
守られてばかりじゃダメだから。胸を張ってアルバ達の息子だと言いたいから。
いつかレイハに語ったこれらの理由も嘘じゃない。
それでもその根本にあったのは大切な人を自分の手で守りたいという男の子のごくありふれた理由だけ。
ハルマの知るレイハは誰よりも強いから。そんなレイハを守りたいならば世界で一番強くなるしかない。
(ボクはまだ何の約束も果たせてない。だから……だからボクは!)
「こんなところで死ぬわけにはいかないんだっ!!」
ドクンッと心臓が跳ねる。
無我夢中に腕を振り抜くハルマ。
「馬鹿な……貴様、いったい何をした」
驚きに目を見開くソノマン。その右腕は肘から先が切り落とされていた。
そして、それを成したハルマの手には刀が握られていた。
「貴様は刀など持っていなかったはずだ。それなのに、なんだその刀は!!」
「え? これ……ボク、いったい何して……」
驚くのはソノマンだけではない。当事者であるハルマも何が起きたのかまるでわかっていなかった。
「ハルマ……あなた、まさか刀を生成したの? でもそれってあたしの『剣』の【
「ボクもよくわからないけど……でもこれなら戦える!」
全身に力が満ちるのをハルマは感じていた。これまでに感じたことがないほどの全能感を。
「まさかこの局面で目覚めたというのか。貴様の【
この日、この時、この瞬間。
ハルマの中で眠り続けていた【
それは神すら予期せぬ【
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