第121話 抑えきれぬ憎悪

「『開門』!!」


 ソノマンが手を打ち鳴らしたその瞬間、ソノマンの背後に門が出現する。


「まずい! 逃げる気だぞ!」

「逃げるだと? そんな必要はない。お前達はここで終わる」


 門の中に飛び込み姿を消したソノマン。ハルマ達は一箇所に集まり、互いに背を預け合って周囲を警戒する。


「気配は?」

「探れない。あの門に飛び込まれた瞬間に気配が遮断された!」

「あんなこと言って、まさか逃げたんじゃないだろうなあの野郎!」


 しかしアデルのその言葉はすぐに否定された。ハルマ達のことを取り囲むようにして無数の扉が出現したからだ。


「これは!」

「あの魔人族の気配がする……ううん、囲まれてる」


 フィオナが感じ取ったソノマンの気配。それは周囲を取り囲む全ての扉から放たれていた。そのせいでどこにソノマンがいるのか読むことができなかった。

 

「おいおい、それヤバすぎるだろ!」


 ラゼンが冷や汗を流す。ソノマンの身体能力で飛びかかられるだけでも脅威なのだ。それがどこから飛んで来るかわからないなど、ラゼンでなくても恐怖を覚えるだろう。

 扉から出てきた瞬間に反応することができる者などほとんど居ない。


「『竜破斬』!!」


 エリカが正面に出現した扉を壊そうと技を放つ。しかし、扉は想像以上に頑丈でエリカの技では壊すことはできず、僅かに傷をつけるだけだった。

 この中で一番の破壊力を持つエリカ。そのエリカですら壊せないのであればハルマ達では壊すのが難しいだろう。


「警戒したところで無駄だ。この『無限扉』から逃れることはできない」

「声! いったいどこから……」


 どこからともなく響くソノマンの声。瞬間、全ての扉が開く。全員の警戒心が限界まで引き上げられる。

 どこから仕掛けてくるのか、何をしてくるのか。必死に考えを張り巡らせるハルマ。


「考えても無駄だっ」

「っ!」


 眩い光がハルマ達の目を眩ませる。

 それは警戒して扉をジッと見つめていたからこそかかった罠だった。

 使われたのは初級の光属性の魔法。光を灯すというただそれだけの魔法だ。しかし、ハルマ達の視界を一瞬奪うにはそれだけで十分だった。


「私の狙いは最初から貴様だけだ、勇者の息子!」

「ハルマっ!」

「ディルク様!」


 ソノマンが真っ先に狙ったのはハルマだった。しかし、目を眩まされたハルマは僅かに反応が遅れてしまう。

 フェミナとエリカが助けようとしたが、それよりも早く他の扉から魔獣と天使が雪崩込んでくる。

 二人の助けも間に合わず、そのままソノマンに捕まったハルマは扉の奥へと押し込まれてしまう。

 

「ガハッ!」


 投げ飛ばされ、壁にぶつかるハルマ。

 ハルマがソノマンに捕まって連れてこられたのはどこかの教室だった。

 扉の先は学園内の教室のどこかに繋がっていたのだろう。ハルマはエリカ達と完全に分断される形になってしまった。

 慌ててエリカ達の元へと戻ろうとするハルマ。しかし、その前にソノマンが立ち塞がる。


「飛んで火に入るとはこのことだな。まさか目標である貴様が自分から私の元へとやって来てくれるとは。一目見てわかった。貴様が勇者の息子だとな。あの男の面影がある。それにあの女に似た魔力もな。忌々しい……」

「なんで……ボクのことを狙うんだ……」

「勇者の息子を狙うのに理由が必要か? 私達は魔王教団。魔王様に忠誠を誓う者。狙う理由などいくらでもあると思うが?」


 魔王を討った者であるアルバは魔人族、魔王教団にとって決して許すことのできない存在。当然息子であるハルマも復讐の対象に入る。一族郎党全てを根絶やしにしてもまだ足りぬと息巻く過激な者も少なくない。

 それはハルマも知っている。だからこそ聖ソフィア学園に入学するまでハルマはレイハ達によって守られ続けていたのだから。


「嘘だ」

「嘘だと?」

「確かにボクはあなた達にとって憎むべき存在なのかもしれない。でも今回の襲撃はそれだけが理由じゃないはずだ。あるんでしょう。生かしてボクを捕まえたい理由が」


 最初に教室が襲撃された時、ハルマは殺されるのではなく捕まえられた。復讐だけが目的ならばその場で殺されてもおかしくなかっただろう。

 捕まえて、連れていかれそうになったということは生かして捕まえる理由があったということだ。


「ふふふ、あはははははははっ!! 確かにそうだな。他の者には極力殺さず連れてくるようにと伝えた。だからそう考えたのか。確かにそれも間違いではない。だが、正解でもないな」

「どういう――っぅ!」


 ソノマンがハルマの鳩尾に蹴りを叩き込む。


「がはっ、げほっ! っぅ……」


 床に転がり、苦悶の表情を浮かべるハルマを見てソノマンは対照的に愉悦に満ちた笑みを浮かべる。


「確かにただ復讐のためにお前を捕まえろと言ったのではない。だが、生かしたのは私が殺すためだ。そうやって苦しむ貴様の姿を見たかったからだ! 憎き勇者の息子! ただで殺しはしない。殺してなるものか! ありとあらゆる苦痛を与え、許しを乞い、救いを求め、希望を与え、その上で殺す! 惨たらしく殺す! これは決定事項だ!!」

「っ……」


 ソノマンの目を見たハルマはゾッと背筋を凍らせる。ドロドロの狂気に満ちた瞳。これまで肌で感じていた突き刺すような殺気とは違う、粘着質で纏わり付くような殺気。


「だが安心しろ。貴様の命は私達が有効活用してやる。喜べ、貴様の身は魔王様に捧げられるのだ。魔王様復活のためにな」


 魔王の復活。それは最初にハルマを捕まえたブラーとレガトルも言っていたことだ。それがハルマには引っかかった。


「復活? なんで……だって、魔王は父さんが討って死んだはずじゃ」

「あの御方は死んでなどいない! 貴様如きが魔王様を語るなぁっ!!」


 ハルマの言葉がソノマンの逆鱗に触れたのか、容赦のない荒々しい蹴りがハルマを遅う。ただ激情に任せただけの蹴りでも凄まじい威力で、飛びそうになる意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。


「ふーっ、ふーっ……ふぅ。少し冷静さを欠いてしまったか。ダメだな。こうして直接勇者の息子を目にするとどうしても気持ちが昂ぶってしまう。貴様はこのまま連れて行く。先ほどの者達は……まぁ、いずれ死ぬだろう。先ほど出現させた扉の先にいたのは私が捕まえておいた魔獣と天使共だ。あの場所では逃げ場もない。もうすでに魔獣の餌になっているかもしれないな」

「そんな……」

「さて【精霊王】と【不沈要塞】の方はどうなったか……いや、どうでもいいな。主目的は達成した。後は成功しようが失敗しようがどちらでも構わない」


 このままでは連れていかれる。そう思ったハルマは時間を稼ぐ方法を考える。


「どうして……どうしてあなた達は父さんの力を使えるの。ミレイさんが言ってた。妙な腕輪から父さんの力を感じたって」

「時間稼ぎのつもりか? 無意味だ。貴様が知る必要はない」

「くっ……」

「ハルマ・ディルク。貴様は喜ぶべきだ。本来ならばとうの昔に死んでいたはずの命。魔王様に捧げられるのだからな。もっともそれで貴様らの罪が贖われるわけではないが」


 その時だった。ソノマンの背後にあった時計塔に通じる扉が荒々しく開いたのは。


「ハルマは」

「連れて行かせないわ!!」

「エリカ、フィオナも!」


 魔獣と天使の群れを無理矢理押しのけてきたのか、二人ともボロボロだった。しかしそれでもその目には確かに闘志が灯っていた。


「はぁ、また貴様らか。どうやら無駄話をし過ぎたようだ。だが無意味だ。貴様らが来ようとも、ハルマ・ディルクを救うことはできない」

「魔人族如きが図に乗るな」

「これ以上あなたの好きにはさせないわ。ハルマを返してもらうわよ!」


 助けに来てくれた二人を見て勇気をもらったハルマも立ち上がる。一人なら無理でも三人ならばと。

 

「いいだろう。希望を奪うのもまた一興だ。ハルマ・ディルク。貴様の前にこの二人から殺してやろう」

「ボク達は負けない。絶対に!」


 瞳に闘志を滾らせて、ハルマはそう宣言した。

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