第120話 時計塔の戦い

 ハルマが扉を潜り抜けた先、そこは建物の中だった。

 振り返って扉を確認するハルマ。しかし、氷で閉ざされた扉は開かない。ビクともしない。

 そしてその直後のことだった。ミレイの反応が消えたのは。


「ミレイさん……」


 ペンダントが完全に輝きを失う。それはつまり、ミレイが居なくなったということを指し示していた。ハルマはペンダントを握りしめる。冷たさは感じるが、それだけだ。何の反応もない。

 この時湧き上がった感情をどう形容すればいいのかハルマにはわからなかった。怒りや悲しみ、それ以外にも様々な感情が混ざっている。

 ミレイはレイハがペンダントで作り出した分身。そんなことはわかっている。しかし理屈ではないのだ。今この瞬間、ミレイを失ってハルマは確かに悲しんでいるのだから。


「ハルマ、気持ちはわかるけど行きましょう。彼女の思いを無駄にしないためにも」

「……うん。そうだね。行こう」


 エリカに促されてハルマは扉に背を向ける。そしてそのまま振り返ることなく進んだ。

 先に扉を潜り抜けていたフェミナ達に追いついたハルマはあらためて状況を確認する。


「ここってどこなの?」

「建物の構造から見て、おそらく時計塔の中かと。理屈はわかりませんが、どうやらあの扉は空間と空間を繋げることができるようですね。おそらく【才能ギフト】でしょう。厄介ですね。その扉を使って逃げられたら追い切れなくなる」

「それじゃあもしかして、魔王教団がここにやって来たのも……」

「この建物の中にいる何者かによる可能性が高いでしょう。天使も魔獣も、魔王教団も全て」

「なんて【才能ギフト】なの」


 どこにでも現れて、どこへでも逃げることができる。味方ならば頼もしいが、敵に回ればこれほど厄介な能力もない。

 

「どうやらまだわたし達がこの建物の中に入ったことには気付かれてないようです。行きましょう。わたしが先導します」


 ハルマ達でも感じ取ることができるほどに濃密な魔力の気配。それがこの建物の中に充満している。そしてその発生源はハルマ達のいる階よりもさらに上だ。

 外でのミレイとザナトシュの戦いの余波が原因か、時計塔の一帯には魔力が溢れている。

 それに紛れている今のハルマ達を見つけるのはそう簡単なことじゃない。見つけるのは容易なことではない。

 ハルマ達は気配を消しながら時計塔の中を駆け上がる。

 近付くにつれて魔力が濃くなる。それはザナトシュに勝るとも劣らないほどの魔力。近付くだけで息が詰まりそうになる。


「この先です。ここまで来たらもう止めることはしませんが……みなさん本当にいいんですね。私はミレイじゃありません。ですので、彼女のように守ることはできません。命がけになりますよ」

「今さらよフェミナ。ここまで来たんだもの。覚悟はしてるわ」

「俺はふざけた真似をしたやつは自分でぶっ飛ばすって決めてんだ」

「ん。何かあったらラゼンを盾にして逃げる」

「おいっ!!」

「フェミナさん。ボクも覚悟はできてます。行きましょう!」


 全員の覚悟を確認したフェミナが一番に飛び出す。そこは時計塔の一番上。鐘の取り付けてある場所だ。学園内を一望できるその場所にその男は居た。


「っ! まさかここまで来る者がいるとは。ザナトシュはいったい何をしているんだ」

「魔人族……やはりまだ居ましたか」


 ハルマ達は逃げられないように警戒しながら取り囲む。

 魔人族の男――ソノマンは深くため息をついてハルマ達のことを見回す。


「確かに俺は強くはない。ザナトシュのように武を鍛えたわけではないからな。だからこうして数が居れば押し切れる。そう思ったのかもしれないが――甘い」

「ノーリアス様!」

「へっ?」


 狙われたのはラゼン。その動きにいち早く反応したのはフェミナだった。短剣を手にラゼンに斬りかかったソノマンの一撃を細剣で受け止めるフェミナ。その動きは確かにザナトシュと比べれば拙い。武を学んでいない者の動き。

 しかし、それでも魔人族。素のスペックが人族とは違う。ただの力で押し切られそうになる。だが、ソノマンが力押しで来るというならばフェミナには学んだ技術がある。押し合うのではなく受け流す。細剣の角度を調整し、短剣を滑らせると姿勢を崩したソノマンに向けて連続で突きを放つ。

 フェミナの突きは確かにソノマンに命中した。しかしその手応えはまるで鋼鉄のようだった。ミレイの氷壁すら貫いたフェミナの突きをもってしてもソノマンの体を貫くことはできなかったのだ。


「硬いっ!」

「私は後衛職だからな。よく狙われる。だから防御する術は身につけているさ。そして、お前達では私の防御は崩せない!」

「くっ!」


 技術も何もない強引な力技。しかしそれでも強い。それが魔人族。

 この僅かなやり取りだけでフェミナはそのことを痛感させられた。


「私とて腐っても魔人族。肉体強度は人族のそれをはるかに凌駕し、力も、魔力も、お前達では到底及ばない。それが魔人族という存在だ。いくら数を集めようがその事実は変わらない」


 ソノマンは武術を使えない。魔法も使えるモノは限られている。『門』という特殊な【才能ギフト】を極めることに特化したがゆえに、それ以外の技術を身につけなかったからだ。

 だがしかし、それは弱いということにはならない。魔人族に生まれたがゆえに与えられた天性の身体能力と魔力。それだけで大抵の者はねじ伏せることができるのだから。


「そこの女はともかく、他の者は話にならないな。今の私の動きに反応できたのはそこの女だけだった」


 単純な身体能力。それが脅威的な武器になるのだから魔人族は恐ろしい。こうして戦おうとしてハルマはそのことをあらためて痛感した。動きだけで言うならばハルマやエリカの方が上なのだから。

 

「ボサッとするなディルク! 数で攻めるぞ! ノーリアス、『付与魔法』だ。さっさと使え! 女共もさっさと攻めろ!」


 とっさに指示を出すのはアデルだ。土人形を生み出し、ソノマンに襲いかからせる。


「俺があいつの動きを止める! だからさっさと終わらせろ!」


 アデルはこれまでの戦いで魔力を消耗している。いや、消耗しているのはアデルだけではない。ハルマ達もだ。食事と休憩である程度回復できたとはいえ、全快したわけではない。

 言ってしまえば限界はそう遠くなかった。だからこそアデルは短期決戦を仕掛けることにしたのだ。

 当然その意思はハルマ達にも伝わっている。だからこそハルマ達もアデルが動きを止めている間にソノマンに斬りかかった。


「数で押せばどうにかできる。あの『人魔大戦』の頃から何も成長してない……いや、むしろ個の質は劣化したか。教えてやろう。魔人族の……私の力を」

「っ、気をつけて! 何かしようとしてる」

「もう遅い――『開門』!」


 ハルマ達が止めるより早くソノマンは【才能ギフト】を発動させ、『門』の恐ろしさが牙を剥いた。

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