第119話 ミレイの献身

 ハルマ達が到着する少し前。

 ザナトシュの不意打ちを食らったミレイは猛攻を仕掛けて来るザナトシュに対して防戦一方になっていた。

 理由は単純、『勇者』の力で強化されたザナトシュの手数が尋常では無かったからだ。一つの攻撃を防げばその次の瞬間には二つの斬撃が飛んでくる。


(こいつ、私の核の位置を狙って……)


 ミレイは魔力がある限り再生し続けることができる。右腕が斬られようが、体を半分失おうが、核さえ無事ならば動き続けることができるのだ。それが本体ではないレイハには無いミレイにだけ――『氷の鏡像』にだけ与えられた無二の武器だ。

 しかし核の存在は同時に弱点でもある。ザナトシュはその弱点に気付いたのだ。


(核は自由に動かせる。でも今動かしたら魔力の流れで見抜かれる。それにそんな余裕がない。右腕だって再生させる余裕がないのに)


 ザナトシュに先手を取られた時点でこの状況はある意味必然だった。ミレイの実力を知っているザナトシュは油断しない。常に先手を打ってミレイの可能性を確実に潰してくる。

 

(勝てない。少なくとも、今の私にこの状況を打開する手段は無い)


 残りの魔力量や損傷の具合からミレイは冷静にそう判断を下す。

 しかし、だからといってただ負けるつもりは無かった。今のこの状況でできる最善をミレイは考える。


(私の氷壁は私が消えても残り続ける。あの氷壁の内側にいる限り主様を守ることはできる。なら私のすべきことは、『私』が戻るまでの時間を稼ぐことそれが勝利条件になる)


 今はすでに夜。《大災厄スタンピード》がどうなったのかをミレイは知らないが、それでもレイハならば失敗しないと信じていた。


(常に主様の傍にいることができる『私』が私は憎い。主様は私を通して『私』を見ている。そんなのわかってる。私はどこまでいっても『私』の偽物。仮初めの存在。正直、嫉妬で気が狂いそうになる。でもだからこそわかる。『私』の実力は私が誰よりも知っている。主様を守るために向かった『私』が失敗するわけがない。いいえ、失敗するなんて許されない。あの日、あの時、あの瞬間から『私』の全ては主様のモノなんだから)


 レイハとミレイは性格も思考も違う。それでも共有する記憶と想いは同じ。

 

(主様を守る。そのためなら私は嫉妬も怒りも憎悪も捨て去れる。私という存在の全てを使い潰すことができる)


『……ふふっ』

「追い詰められて笑うとは。気でも狂ったか?」

『狂った……えぇそうね。狂ったのかもしれない。それも最初から狂ってたのかしら? でもそんなことはどうだっていいのよ。もうどうでもいい』


 負けを確信し諦めたかのような言葉。しかし、そうでないことをザナトシュは感じていた。ミレイの目がまだ光を失っていなかったからだ。


「ならば……一気に押し切る!!」


 ミレイの懐に飛び込み、ザナトシュは逆袈裟斬りを放つ。その一撃でミレイの左腕を斬り飛ばしたザナトシュ。これでミレイは最初に不意打ちと合わせて両腕とも失ったことになる。しかしそこでミレイは離れるのではなく踏み込んだ。

 ザナトシュが感じたのはミレイの内側で高まり続ける魔力だった。


『あなただけはここで道連れにする』

「貴様まさか!」

『さぁ、一緒に――っ!』


 残った魔力を内側から暴走させ、自分自身を爆弾にすることでザナトシュを道連れにしようとしたミレイだったが、近付いて来るハルマの気配を感じてザナトシュから距離をとる。


『まさか、主様!? どうして……まさか、あの氷壁を破った!? あり得ない。主様達にあの氷壁を破れるはずがない!』


 ミレイが展開した氷壁はハルマ達の実力を考えて構築したものだった。絶対に破れないはずだった。しかし今現実にハルマはミレイとザナトシュの元へと近付いてきている。

 

(まずい、まずいまずいまずい! この距離で自爆したら主様を巻き込む!)


 ミレイの自爆は周辺一帯を氷の世界へと変えてしまうほどの威力を持つ。巻き込まれればただでは済まない。


「隙ができたな」

『っ、しま――っ!!』


 今が自爆を決める最初で最後のチャンスだった。しかしハルマの接近に動揺したミレイはザナトシュを前に隙を晒してしまった。


「終わりだ!」


 急加速からの刺突がミレイの胸に突き刺さる。ザナトシュが狙ったのはミレイの核。核の位置がわかったのはミレイが自爆しようとした時に核も活性化したからだ。位置さえわかればザナトシュは外さない。


『かはっ……』


 その直後のことだった、茂みを抜けてハルマ達が姿を現したのは。


『主……さま……』


 剣で刺し貫かれるミレイの姿を見たハルマは驚きと絶望に満ちた表情をしていた。


「ミレイさんっ、ミレイさんっっ!!」

「ダメよハルマ、止まって!」


 ミレイに駆け寄ろうとしたハルマをエリカが止める。


(あぁ、主様が呼んでる。行かなきゃいけない。それなのに……)


 核を貫かれた体は上手く動かない。ハルマの元へ行かなければという思いに反して、氷でできたミレイの体は言うことを聞かずに少しずつ崩れていく。


「勇者の息子か。ちょうど良い、連れていくか」


 ザナトシュの目がハルマに向く。倒れ、膝をつくミレイには目もくれない。そのままザナトシュはハルマの元へ向かおうとする。


『……ない』

「なに?」

『行かせない! 主様の元には!』

「っ!」


 ゾワッと殺気を感じたザナトシュが振り返ったその瞬間、間近にミレイが迫っていた。


「馬鹿な、どこにそんな力が! ぐぅっ!」


 ミレイはザナトシュを蹴り飛ばし、ハルマとザナトシュの間に割って入る。今この瞬間にも崩れ去りそうな体をミレイは必死に押し留めていた。貫かれた核と崩れた箇所を氷で補強する。一秒でも長く保たせるために。


「ミレイさん、大丈夫なの!?」

『えぇ主様。問題ありません。それよりなぜここに居るのかと問いただしたい所ですが……今は時間がありませんので、端的に伝えます。あそこにある扉が見えますか?』

「扉? って、どうしてあんな所に扉が」


 それはザナトシュがミレイの背後を取った時に突如出現した扉。何もない場所に扉だけが立っているという違和感しかない光景。


『私が氷でザナトシュの視界を塞ぐのと同時にあの扉に飛び込んでください。いいですね』


 このままここに居ればザナトシュに捕まる。そう判断したミレイの迅速に決断を下した。あそこからハルマのことを逃がすと。それは賭けだったが、勝算の無い賭けではなかった。あの扉がどこに繋がっているのかもおおよその見当はついている。

 しかしそれをハルマ達に説明している暇はなかった。


「……わかった」

「ちょ、ハルマ本気なの!? あんな怪しい扉、どこに通じてるかもわからないのに!」

「それでもミレイさんの言うことなら信じるよ」

『ありがとうございます主様。では……行きますっ!』


 ザナトシュの視界を覆い尽くすように展開された氷。それと同時にハルマ達は扉に向かって走り出した。

 エリカ、アデル、フィオナ、ラゼン、フェミナが扉に飛び込み、そして最後にハルマが扉に入ったのを確認したミレイは扉に背を向け、その前に立ちはだかる。


「ミレイさん!? 何してるの、早くしないと!」

『申し訳ありません主様。私はここまでです。最後までお守りできず申し訳ありません』

「ミレイさ――っ!」


 そこでハルマはようやく気付いた。ミレイの体が少しずつ崩れていることに。ミレイの限界に。


『大丈夫です。主様ならばきっと成し遂げられます。なにせ、この『私』が認めたお方なのですから』

「……うんっ!」


 ハルマの姿が扉の奥に消えたと同時、ミレイは扉を閉めて氷で閉ざした。

 そしてその直後、ザナトシュが氷を斬り裂いて姿を現す。


「……やってくれたな。壊れかけの死に体で」

『だからこそできることもあるのよ』

 

 ミレイは一番最初に砕かれた右腕をザナトシュに向ける。砲身へと変化させた右腕は砕かれた。しかし、完全に壊れたわけでもない。ミレイは戦いの最中、少しずつ直していたのだ。


「無駄だ。この距離ならば打つよりも俺が斬る方が早い」

『それじゃ試してみる?』

「愚かな――終わりだ!」


 ミレイが技を放つよりも早くザナトシュは距離を詰め剣を一閃。ミレイは上半身と下半身を分断された。


『残念。愚かなのはあなたの方だったわね。私の狙いはあなたじゃない』

「っ、まさか!」

『悉く凍てつかせろ――『霜滅砲ユミル』!!』


 ミレイが狙ったのはザナトシュではなく、空。天使を召喚し続ける門だった。

 絶対零度の砲撃は宙に浮く天使ごと凍らせながら門に直撃。門は完全に凍てついて機能しなくなった。

 しかしそれが限界。全てを振り絞ったミレイの体が指先から崩れていく。


『主様……ご武運を』


 最後にそう呟いてミレイは消滅した。

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