第117話 気持ちを言葉にして
「くっ、このっ、壊れっ、なさいよ!!」
ガンガンと氷と剣がぶつかり合う音が響く。その発生源はハルマの視界の先にいるエリカだ。レイハが建物全体を覆うようにして展開した氷壁を壊そうとしているのだ。
しかし結果は芳しくない。ドラグニール流剣術の破壊力を持ってしてもミレイの作った壁は壊せなかったのだ。正確に言うならば、壊したさきから再生しているせいで突破できないというのが正しいが。
ミレイの『氷鎖牢』はその言葉通りにすぐ溶けた。体の自由を取り戻したハルマ達はすぐにその後を追いかけようとしたのだが、氷壁に阻まれ出ることができずにいたのだ。
逆に言えば、それは外にいる天使や魔獣の侵入も許さないということだ。今ハルマ達の目の前にある氷壁はハルマ達を阻む壁であり、守る壁でもあった。
「はぁ……はぁ……ホントに硬いわね。この壁は」
荒い息を吐きながらエリカは剣を下ろす。怖そうとしたのはエリカだけじゃない。ハルマもアデルもフィオナも挑戦した。ラゼンが炎の『付与魔法』を使って強化しても溶かすことはできなかった。
ミレイの本気の氷の前には生半可な炎では足りなかった。
「ハルマ、あっちの方もダメだった。この建物全体が完全に氷で包まれてる」
「やっぱりそっか。どこかに出る場所があればと思ったんだけど」
「現状出る手立て無しか……はぁ、やっぱ本気なんだなミレイさん。本気で俺達のことをこの建物から出さないつもりだ」
「ミレイさん……」
ハルマは氷壁を前に項垂れる。今ハルマはかつてないほどに無力感を覚えていた。結局何もできない。またこうして守られるだけ。ミレイに突き放されたという事実が今までにないほどにハルマを打ちのめしていた。
ハルマを守るためだということも、ハルマ自分自身に実力が足りないということもわかっている。目の前の氷壁を破れないことが何よりの証拠だ。しかしだからといって何もできない自分を仕方無いと許容することもできなかった。
このままミレイに任せて全てを解決してもらう。本当にそれでいいのか。何度自分の心に問いかけても返ってくる答えは否だ。
なぜそう思うのかはハルマ自身にもよくわかっていない。フィオナに英雄になりたいのかと問われた時と同じだ。
自分で解決して英雄になりたい? 違う。
自分はもっと強いのだと証明したい? 違う。
頼りにされていないのが悔しい? これも違う。
ハルマは問いに対する明確な答えを持っていない。
想いがあればなんでもできるなどと考えているわけじゃない。ミレイに任せてここで大人しくしているのが正解なのかもしれない。
それでも、ハルマの心の奥底が叫ぶのだ。何もできないから何もしないなんて認められ無いと。だが同時に、ここまででいいじゃないかと呟く自分もいる。
自分一人の力じゃないとはいえ、エリカを助けた。アデルを助けた。教員達を解放した。今までのハルマでは考えられないほどの成果だ。これ以上出しゃばって迷惑をかけるくらいなら大人しくしていた方がいいと。
「……ハルマ、何しょぼくれた顔してるの」
「え?」
「さっきからずっとよ。不満ありありです。納得できませんって顔してる」
「それは……うん。そうだね。でも仕方無いのかなって」
「え?」
「ボクの実力が足りないのは本当のことだしね。さっきのミレイさんとの戦いだって、ボクはただ囮になっただけだったし」
「……ハルマ、それ本気で言ってるの?」
「本気も何も事実だし。ってあの、エリカもしかして怒ってる?」
「そりゃ怒るに決まってるでしょ。馬鹿なこと言ってる暇があったらどうするか考えて」
「馬鹿なことって、そんなことな言い方しなくても」
「事実でしょ。そうやって項垂れてるだけなら誰にだってできるもの。それよりも少しでも作戦を考えた方が建設的でしょ」
「そうかもしれないけど……」
「あぁもうじれったい!! はっきり言えばいいでしょ! 置いてかれて悔しい、信頼されてなくて悔しいって! そうやって自分の内に抱え込み過ぎるからダメなのハルマは! 言いたいことははっきり言う! はい! ボクは置いてかれて悔しいです! 復唱!!」
「で、でも言ったって置いてかれた事実も悔しさも変わるわけじゃ」
「いいから復唱するの! はいっ!」
「ボ、ボクは置いてかれて悔しいです……」
「ダメ! 声が小さい。もう一回!」
「ボクは置いてかれて悔しいです!」
「だったらどうするの! このままここにいるの?」
「そんなの嫌だ!」
思わず立ち上がるハルマ。そこでハッとする。ついさっきまで抱えていた鬱屈した気持ちが楽になっていることに。
そんなハルマの様子を見てエリカがフッと笑みを浮かべる。
「どう? 少しは楽になったでしょ。これはお父様からの教えなんだけど、どうしようもない気持ちは山で叫ぶとスッキリするって。まぁここは山じゃないけど。でも、考えてばかりじゃどうしようもないことっていうのはきっとあるから。だったら、今は細かいことは忘れましょ。それに、あたしだって彼女にはムカついてるの。あたし達が何もできないなんて勝手に決めつけて。だから、見返してやりましょう。一緒に。もちろんみんなでね」
「……うんっ!」
「わたしはここでのんびりでもいいけどー」
「こらフィオナ。水差さないの」
「よっしゃ! それじゃもう一踏ん張り頑張るか!」
「ふんっ、俺はどのみちこんな場所に居るつもりは無かったしな」
今のハルマ達の行動は間違っているのかもしれない。ここに居るのが正解なのかもしれない。答えは誰にもわからないし、そもそも正解など無い問題なのかもしれない。
ならきっと考えるべきことは単純で、今の自分がどうしたいか。ただそれだけなのだ。
「レイハさんやサラさんにはきっと怒られちゃうだろうけど」
「ほらハルマもこの壁を壊す方法考えて。出れなきゃ話にならないんだから!」
「うんっ、そうだね。考えよう」
ハルマ達の現状一番の問題は天使でも魔獣でもなく目の前の氷壁だ。これを破れなければ外に出ることはできないのだから。
「やっぱり剣にラゼンの炎付与を施すのが一番いいと思うんだけど」
「でもそれじゃダメだったでしょ。溶かして壊す速度より氷壁の再生速度の方が速かったもの」
「うん。だから今度は二人でやろう。ボクとエリカの力を合わせて」
「……そうね。試してみましょう」
ラゼンがハルマとエリカの剣に炎付与を施し、二人は氷壁の前に立つ。
「いくわよハルマ」
「うん」
「ドラグニール流剣術――」
「月影一刀流――」
「『炎竜破斬』!!」
「二ノ型改『炎月』!!」
炎を纏った刀と大剣が氷壁にぶつかる。二人の渾身の一撃だ。
しかし、それでも拮抗。二人の剣は途中までで止まってしまっていた。
「これでも足りないなんて」
「でも、再生はしてない! 後一押し……っ」
「任せて」
「フィオナ!?」
フィオナがハルマ達の後ろで構える。その右腕は一回り大きくなっていた。そう見えたのはアデルの『土』が原因だ。フィオナの腕を包み込み、大きく見せていたのだ。そして当然のその土の拳にはラゼンの炎付与が施されている。
「『フレイムフィスト』!」
直撃、そして同時に破砕音。明確に氷壁が壊れる音がした。
パッと表情を明るくするハルマとエリカ。しかし最後の一撃を叩き込んだフィオナは表情を顰める。
「ダメ。足りない」
「え、そんな」
フィオナの一撃は氷壁を後少しというところまで砕いていた。しかし、あと一歩が足りなかった。
パリパリと少しずつ氷壁が修復されていく。
ここまでしてもダメなのかと、ハルマがそう思ったその時だった。
「『竜穿突き』!」
その声が聞こえてきたのは内側からではなく外からだった。
レイピアによる刺突がハルマ達の目の前の氷壁を貫く。ハルマ達が壊した部分と合わせて、ようやく人が通れるだけの穴が開いた。
「ご無事ですか、お嬢様、ディルク様! 早く外へ!」
「あなた、フェミナ!?」
外から氷壁を貫いたのは、エリカのメイドであるフェミナだった。
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