第116話 ハルマを守るための決断
激戦からの束の間の休息。食事をとることができたハルマ達はミレイの元へと戻ってきていた。
「お待たせミレイさん。おかげでゆっくりできたよ」
『いえ、私はここに居ただけですから。申し訳ありません主様。こんな状況でなければしっかりとした食事をご用意したのですが』
サンダルフォンがやって来たことはハルマ達には伝えない。その場にいたフィオナもハルマ達には伝えなかったようだ。
それでいい。無用な心配を与える必要は無いとミレイは考えていたからだ。
先ほどまでは体力的にも精神的にも追い詰められていたハルマ達だが、食事をとれたことで幾分か回復できたらしい。先ほどまで顔に浮かんでいた悲壮感は無くなっている。
これならばしばらくは保つとミレイは判断した。
『では主様』
「うん! それじゃあここからはまたみんなで頑張ろう! そのためにまずちゃんと作戦を立てて――」
『いえ、主様達にはここに居ていただきます』
「え?」
思いもよらぬ言葉にハルマが目をパチクリさせる。エリカやアデルは目を鋭くし、ラゼンは不穏な気配を感じたのかミレイとハルマの間で視線を右往左往させていた。何も気にしていないのはフィオナだけだ。
「なんで、どうして急にそんなこと言うの」
『急ではありますが、ずっと考えていたことです。そして先ほど結論を出しました。このまま進んだとしても主様達が居れば足手まといになると』
「おい、それはどういうことだよ。俺らお前に勝ってんだろうが」
『それはあくまで条件付きでの勝負の場合。ただの殺し合いなら私には勝てない。たとえ天地がひっくり返ろうとも絶対に』
「あ? ふざけ――っ!」
喉元に氷柱が迫っていた。冷たさすら感じられる距離だ。後少しでも動けば氷柱が喉に突き刺さるだろう。しかしアデルは全く反応できなかった。いつ、どのタイミングでミレイが動いたのかすらわからなかった。殺気も何も感じ取れなかったからだ。
『さっきの戦いはあくまで実力を測るための遊び。もし私が最初から殺すつもりなら初撃で全部終わってた。その程度もわからないの?』
「っ……」
「止めてミレイさん! どうして急にそんな。さっきはボク達が一緒に居ても大丈夫だって」
『状況は刻一刻と変化しています。つまり、私の判断も先ほどまでと変化することもあるのです。主様の意は汲みますが、それでも私にとっての最重要事項は主様を守ること。そのためならばたとえ主様の意に沿わぬことであったとしても私は躊躇いなく行う。それにこれは最大限主様に譲歩した形でもあります』
「どういうこと?」
『本来ならばこの学園など捨て置き、主様を連れて去るのが最善手。しかしそれでは主様は納得されないでしょう。ですから、ここに残っていただいて私が片付けると言っているのです。何か問題がありますか?』
「それは……」
ハルマは何も言えなかった。ミレイは学園を救いたいというハルマの意を汲んで、そのうえでハルマを守るための選択をした。
ミレイと一緒に行きたいというのはハルマ達の我が儘でしかない。足手まといというのも事実だろう。この建物に入るまでの間もミレイは常にハルマ達のことを気遣っていた。
「問題ならあるわ。もしあなたが一人で行って、それで負けたらどうするつもり? 今度こそ打つ手が無くなるじゃない。少なくとも、さっき戦った魔人族の男はあなたに匹敵するくらいには強いんでしょう?」
『当然策は考えてあるわ。でも、その策を実行するにもあなた達が邪魔なの。私だって本当ならお前みたいなメス豚共のいる場所に主様を残したくはないけど、でも主様を守るのが私の使命。その前には私の意思なんか石ころも同然。だから仕方無く見逃してあげるって言ってるの』
「メスぶ――だからあなたねぇ!」
『これはもう決定事項です。もう時間的猶予もない。ここからは時間との勝負。申し訳ありませんが主様達には強制的にでもここに残っていただきます。申し訳ありません主様。今からする無礼をお許し……いえ、許しは乞いません。これが私の結論なのですから――『氷鎖牢』』
「っ!?」
氷の鎖がハルマの体を縛り上げる。ハルマだけではない、エリカもアデルもラゼンもフィオナも同様だ。手足を拘束され、ハルマ達は動けなくなってしまった。
『ご安心ください。その鎖はすぐに溶けますから。では主様、行って参ります。愛しています主様。この命、その全てを主様に捧げます』
「ま、待って! ミレイさ――」
呼び止めるハルマのことを無視してミレイは建物を出ていった。
建物を出たミレイが一番最初に行ったのは巨大で堅牢な氷の壁で建物全体を覆うことだった。
魔獣や天使の攻撃ではビクともしない堅牢な氷壁だ。そしてそれは当然内からも。今のハルマ達では絶対に破れない壁を形成したのだ。
『これで全てが終わるまでの間、主様の安全は確保できる。後は私が終わらせるだけ』
ミレイが出てきたことに気付いた魔獣と天使がその視線をミレイに集中させる。獲物を見つけたと思っているのだ。しかし現実は違う。この場において狩る側はミレイであり狩られる側は魔獣と天使だ。
『主様の安寧のため、これより全てを狩り尽くす。先ほどまでは主様達を巻き込まないようにしていたけど、もうその必要もないもの。出し惜しみはしない』
迫り来る魔獣と天使を氷で圧殺し、殴殺し、刺殺し、蹂躙する。
そうしてミレイが向かうのは時計塔だ。この学園を一望できる位置にあり、状況を確認するにはもってこいの場所。だが、それだけで居ると判断したわけではない。時計塔からは不自然なほど魔力を感知できなかったのだ。
魔獣と天使が溢れかえるこの状況下で、魔力を感知できない場所などあるはずがない。もしあるとすればそれは意図的に隠されているからだ。
だからこそ魔人族は時計塔にいるとミレイは確信していた。
『見敵必殺。一撃で仕留めると言いたいところだけど……』
ザナトシュとの交戦を思い返すミレイ。正面から戦えば勝ち目は薄い。もし勝てたとしてもその後に続かない。魔力が切れる。そうなればミレイは存在を保てなくなってしまう。
『『私』の使う『
レイハの使う『
つまり最初で最後の一撃になる。しかしそれでも迷っている暇はなかった。
『やるしかないわね』
ミレイの右腕が砲身の形状へと変化する。
『主様から頂いた魔力、愛の全てをこの一撃に込める』
狙いを定めたミレイが時計塔ごと吹き飛ばそうとしたその瞬間のことだった。
「させんぞっ!!」
『っ!』
背後からの一撃。『
その一瞬の油断がもたらした代償は、砲身と化した右腕の喪失だった。
『くぅっ!』
「そこまで大きな魔力を練っていて気付かれないと思ったのか?」
『そうね。それもそのはずだわ。これでも気をつけていたつもりだったのだけど。その扉から出てきたの?』
ミレイの背後には無かったはずの扉があった。奇妙な光景だ。何もない場所に扉だけが立っているのだから。しかしザナトシュはそこから出てきた。
「さて、それでは再戦といこうか」
『やっぱりこうなるのね。えぇいいわ。今度こそ氷像にしてあげる』
そして、ミレイとザナトシュの再戦が始まった。
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